(日向視点)奇祭。初戦
拓海にプロポーズされた。
その拓海は満点の星空を見上げて呆けている。
可愛い。子供みたい。
彼の手を引いて、神社に向かう。
今日は夏祭り。初めて夜の祭に参加する。
拓海と一緒に。
彼が立ち止まる。
祭に参加している人たち、つまり、殴りあいをしてる人たちを見て驚いているようだ。
可愛い。わざと、ちゃんと説明しなかった甲斐があった。
薄暗い外灯ではよく見えない。LED外灯に早く変わらないかな?
立って殴っている方は、和夫さん。殴られてる方が、貴史さんだった。
二人ともかなり強い。
勝ったのは和夫さん。でも、かなり苦戦したのだろう、勝ったのにボロボロだ。
和夫さんが私に気づく。
「おう。日向、帰ってたのか?」道端で会ったような気安さで声をかけてくれた。
父さんが帰らなくなって、高校に入るとき、私が逃げるように村を出ていったことを咎めもしない。
「で、誰?」
「彼氏? んー、婚約者」
「おーい!日向が男つれて帰ってきたぞー!」
私に彼氏ができたことをとても喜んでくれている。他の皆にも教えようと、大声で叫んだ。
ちょっと、恥ずかしいな。
「あ、日向だ」座り込んでいた貴史さんが、いたわるような目で私を見る。
みんなにとても心配かけていた事に、やっと気づいた。
「彼氏もやんの?」和夫さんが、拓海も喧嘩するのか訊いてくる。
「ううん。観光」
「そ」和夫さんは拓海になんと声をかけてよいか困ったように、彼から目を反らした。
村の男たちは口下手ばかりだ。
私も人の事は言えないけど。
貴史さんが拓海に近づいて、「観光の方は、危ないから離れててくださいね」と言った。もっと他に言いたいことがあったろうに、ホント口下手なんだから。
「離れてて」拓海を祭に巻き込まないように、離れてもらう。
「日向ー!」と叫んで和夫さんが突っ込んでくる。
『お帰り』、と聞こえた。
不器用な村人たちが拳で語り合う。それが喧嘩祭だ。
彼はノーモーションで右拳を顔面に叩き込もうとする。その軌道上に、左手掌を上にして、真っ直ぐに突き刺す。強い打撃を真っ正面で受けるのは、非力な私にはムリ。打ってきた腕に沿わすように腕を当て、わずかに腕に螺旋の動きを加える。それだけで、彼の拳の軌道は、私の顔から外れた。
同時に右足を進め、その推力に合わせて、右手を正面顔の高さに出す。拳を握らずに親指以外の指を揃え、手のひらの付け根近くを押し出す。
突っ込んできた彼の顔面に当たる。
自分から顔面を殴られに来たような結果になる。綺麗なカウンターだ。
彼がのけぞる。
私は力を抜いて、沈む。自分からしゃがむのではなく、脱力して重力任せで沈んだ方が速いから。
右足を伸ばし、左足に全体重をかける。両手で地面を支える。
のけぞった彼には、私が目の前から消えたように思えたはずだ。
体重をかけた左足を軸に、伸ばした右足を一回転させる。コンパスで円を描くように。
一周した私の足は彼の足を刈っていた。
彼は仰向けに倒れる。
立ち上がりながら息を吸う。体を閉める。
体を沈めて中腰になりながら、右足で地面を踏みしめる。息を一気に吐き出して、体を開く。
ドン!と音がする。
しゃがんだ体勢で、右手を斜め下に突き出す。左手は右手と正反対、斜め上に突き出す。
地面を踏み抜くのも、反対の手を突き出すのも、蓄積した力の全てを、振り下ろす右手にのせるためだ。
私は振り下ろした右手を、彼の目の前で止めたていた。
『ただいま』。そう拳で返事した。
「あ、参った」彼が言った。そんなわけはない。
和夫さんは強敵の貴史さんと戦ったばかりで、まともに動けない状態だった。なのに無理して私の相手をしてくれた。
私は中腰から立ち上がり、彼に手を差し出す。
彼は私の手をとってくれる。
なんか泣きそうになる。
「よう 、日向!高校行ってもサボってなかったようだな!」
闘いの途中にやって来て、見ていた二人組が、声をかけてきた。
康太さんと速人だった。
康太さんは年上で体が大きい。そして速い。
私たちの格闘技の先生でもある。
速人は中学生の男の子。少し見ないうちに大きくなってる。拓海より大きいかな。
「日向の男ってどこ?」次々と知り合いが寄ってきた。
「なんか弱そうじゃないか?」
「ハッピ着てないよ」
「なんだ、殴れないのか」
拓海に怪我させたら、怒るよ?
「次、俺な」速人が前に出る。
和夫さんが場所を譲る。
「ずるいぞ。俺も日向とやりてー!」誰かの声が聞こえる。
ごめんなさい。私のパートナーは拓海だけだから。
速人は中学生で後輩。同じ格闘技の先生、康太さんに習っている同門だ。けっこう慕ってくれていて、よく練習を見てあげていた。
ごめんね。さよならも言わずに別れたね。
私に言いたいことはいっぱいあるよね。
だから、拳で語り合おうよ。
私は自然体で立つ。速人をどことなしに見る。
速人は少し右半身を前に出した自然体。やはりどことなしに私を見る。
力を抜いて両手を下げる自然体にするのは、相手のどんな動きにも対応するため。
ひと所を見ないのは、意識外からの攻撃や、フェイントを避けるためだ。
そして戦いは、……、始まらない。
お互いカウンター待ちだったね。
彼女視点って、こういう事じゃないような気がする。




