奇祭
夜の村を歩く。
灯りが少なく、夜空が綺麗だ。俺はポカンとしながら星を見上げる。
日向に手を引かれて、歩いていた。
「拓海、前見ないと危ないですよ?」
「うん」
ここまでの満天の星空は久しぶりだ。いつぶりだろうか?
「キレイだ」
「ん」
彼女は動きやすい服にハッピを着ている。俺も動きやすい服にしていた。ハッピは着ていないけど。
うるさいくらいの虫の声。波の音も大きく聴こえる。
暗くて見えないが、海が近くにある。
そして聞こえる、喧騒。
祭囃子は聞こえないが、人の声が聞こえる。
怒鳴り声?
彼女の母親の態度から、危ない事があるかもしれないとは、予想していた。
大人しかいなくて、女の人も少ない。
喧嘩神輿や、通過儀礼的な危険な度胸試しをする奇祭だと想像していた。
まあ、概ね想像通りの奇祭だった。
歩いていた先に人の怒鳴り声が聞こえた。
道端でハッピを着た男二人がいた。
一人が道端に座り込んで、もう一人が立ったまま拳を何度も叩き込んでいた。
なんと言っているのか聞き取れない奇声をあげながら。
ヤバくない? 荒くたい祭では、よく喧嘩が起きるけど、いきなりかよ。
殴っていた方の男が、俺たちに気づいて、殴るのをやめてこちらを見る。
男の手には血がついている。顔も殴られた後か、アザになっている。
殴られていた男は、身を守るように縮こまっていた。
暗い外灯に浮かぶ、男の目は狂気じみていた。
こわいこわい。
俺は立ち止まる。日向も立ち止まる。
彼女は、こちらを向いた男を見ている。
どうしよう?
トラブルを避けるために、逃げた方が良いか?
彼女の性格では逃げないかもしれない。
「おう、日向。帰ってたのか?」
男は道端でバッタリと知り合いに会ったときのような、緩い反応を見せた。
いやいや、さっきまでバイオレンスしてたよね?
え? 日向の知り合いなの?
「で、誰?」男は俺を指差す。
「彼氏? んー、婚約者」
婚約者は早くない?
いやいや、何、普通に会話してんの?
「おーい!日向が男つれて帰ってきたぞー!」男は後ろを振り返って叫んだ。
いやいや、何なの?
「あ、日向だ」殴られていた男が、鼻血をたらしなが、こっちを見ていた。
あなたもそれどころじゃ無いよね? 血が出てるよ?
今、殴られてたよね?
「彼氏もやんの?」殴っていた方の男が言う。
「ううん。観光」
「そ」俺に興味を失って日向をにらみつける。
倒れていた方の男が立ち上がりこちらに近付く。日向は殴っていた方の男から目を離さない。
近づいてきた男は、「観光の方は、危ないから離れててくださいね」と言って、俺の腕をとる。
「離れてて」日向が前を向いたまま言う。
男が、俺を日向から引き離す。
は? 何? 何なの?
俺が離れると、日向と対峙していた男が、「日向ー!」と叫んで彼女に突っ込む。
彼女は片手で男のパンチをそらしていた。
いや、男が殴りかかるところは見えなかった。いつの間にか彼女がパンチを手でさばいていた、その結果だけが目に入った。
男がのけぞる。
急に彼女が沈んだように見えた。彼女は両手を地面につけて、片足を伸ばす。伸ばした足は一回転して、男の足を刈っていた。
男が仰向けに倒れる。
ドン!と音がした。
彼女はしゃがんだ体勢で、片手を斜め下、男の顔を殴っていた。反対の手を、その反対の斜め上に伸ばしていた。
「あ、参った」男が言った。彼女の下ろされた手は、男の顔に当たる寸前で止められていた。
実際に殴ってはいなかったようだ。
彼女は中腰をといて立ち上がり、男に手を差し出す。
男は彼女の手をとって立ち上がった。
「よう 、日向!高校行ってもサボってなかったようだな!」別の方向から声がした。
祭の中心方向から、男が二人やって来ていたようだ。
気づかなかった。
一人はガタイのよい巨漢。かなり年上のようだ。
もう一人は高校生ぐらいの若さ。
二人ともハッピを着ている。
「日向の男ってどこ?」また男たちがやって来た。今度は三人。
みんなハッピを着ているが、なんかボロボロじゃない? 血が出てる人もいる。
大体わかった。
この村の人は、みんな知り合いだ。
田舎だね。
「なんか弱そうじゃないか?」
「ハッピ着てないよ」
「なんだ、殴れないのか」
弱そうって、俺の事?
あ、うん、皆さんに比べたら貧弱に見えるね。
俺、身長も筋肉もある方だと思ってたんだけどな。
「次、俺な」最初に来ていた、高校生ぐらいの男が日向の前に立つ。
さっき日向に倒されてた男は後ろに下がる。
「ずるいぞ。俺も日向とやりてー!」誰かが叫んだ。
何か違う意味に聞こえるんだけど。
失笑気味の笑い声があがる。
わざとか。
日向は無表情のまま、対峙した男を、ぼーっと見ている。両手をたらして、立っているだけ。
対峙した男も両手を下げて立っている。こちらは少し右半身を前に出している。
そして戦いが、……、始まらない。
何してんの?
「まあ。二人とも『待ち』だからね」俺の横についていた男が言った。たぶん俺に言ったんだと思う。
いや、解説ならもっとわかりやすく言ってよ。
「日向!格下に待ちなんかするんじゃねー!」最初に来ていた巨漢がヤジる。
あ、格下なんだ。
「おー!!」日向が叫んで、右手で円を書きながら前に出る。
声、でか。突然の叫びにビクッとした。
ビクッとしたのは対峙していた男もおなじだった。そのため、日向の手のひらが顔面に入る。そのまま日向の連打。日向は拳ではなく、手を開いて手のひらで連打する。顔だけではなく、腹や脇にも散らす。
男はずっと両手でガードしていた。
日向が飛び上がって真っ直ぐ足を上げた。真っ直ぐな飛び蹴り。と思ったら、もう片方の足でも連続で蹴り。
日向が空中で一回転して着地した。
男はゆっくりと倒れる。
日向が素早くしゃがんで腕を出す。倒れて頭を打たないように、男の頭を抱えていた。
見ていた男たちが駆け寄る。
「ゆっくり下ろせ」
「氷あるか?」
「女に負けてやんのー」
ちょっとダメージ大きかったのか? 素早い応急措置。あと最後のやつ、真面目にやれ。
日向が立ち上がって俺を見る。
「ちゃんとついてるから心配するな」俺についていた男が、日向に言った。
「このまま寝かせとけ。場所変えるぞ。日向、離れろ」
日向は、倒れている男から離れる。戦場の方をずらすらしい。
「これは何て祭ですか?」俺は、隣の男に尋ねる。
「夏季例大祭」
普通の名称だった。
「どういう、いわれが?」
「さあ? 昔からあるからわからない」
「伝承が伝わってない奇祭ですか?」
「んーたぶん、祭のあとに酔っぱらいが喧嘩し出したのが、恒例になったんじゃないの?」
ひどい成り立ちだった。
「みんな喧嘩祭って呼んでるね」
そのまんまだね。
「みんなを相手にするの、私疲れちゃう」日向が言った。
言葉だけ聞くと、なんか下品に聞こえないか? 俺の心が擦れてんの?
「康太さん、しよ?」
最初に来ていた巨漢が前に出る。
一番強そうなの指名しやがった。




