合宿
「黙りなさいよ!」真城珠が叫んだ。
「いえいえ、黙りませんよ? 何ですか? 逆ギレですか?」高松明里が煽る。
真城珠は怒りのあまり、言葉が出ず、明里を睨む。
怖い。むっちゃ怖い。
流石に明里も怯んだ。
「明里!」2年の八坂雪が怒って叫んだ。「何やってるの!」
俺は黙って見ている。
他の2年の先輩も3年の先輩も口を出さない。
「ここは引く所じゃない!」座長の八坂はむっちゃキレてる。
怖い。
明里は怒られて不機嫌そうに黙っている。
真城珠は怖がってキョドってる。
「珠の演技に本当にビビってるんじゃない!」演出をしている座長の八坂雪は、普段と違ってなかなか迫力がある。普段は優しい先輩なんだけどね。
真城珠の怒る演技は本当に怖い。演技とわかってても、凄い圧だ。座長よりはるかに怖い。明里が役柄を忘れてビビってしまうのも仕方ない。俺でもビビる。
あと、さっきまで凄い圧を放っていた真城珠が、演技をやめたとたん、座長の剣幕にキョドってるのが面白い。
ホント、腹立つ。
2年で舞台監督の市山聡司。3年で部長の原田智香。同じ3年で副部長の佐山依子。この3人は基本的に演出には口を出さない。
口を出す権利があるのは、演出助手の俺だけって事になる。
演出家が怖くてムリ。
明里が座長にやり込められるのを黙って見ていた。
俺達高校演劇部の、合宿初日である。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「お疲れさま」
「お疲れー」
俺が声をかけると、明里が元気に返事を返してくる。
いや、疲れを隠せてないけどね。
8月の初め。日が落ちたのに、まだ明るく、暑い。
俺達は体育館外の階段に並んで腰かけた。
練習は大会議室を借りている。この暑さでは、クーラー無しの体育館とかでは練習にならない。
田舎にある市の施設を借りている。合宿期間は2日間。俺達以外に利用者はいない。
今日の練習は終わり。
この後、風呂と食事。
その後は施設職員も帰って、俺達だけになるらしい。
風呂場は1つしかなく、あまり大きくないので、一度に3人までしか入れない。
最初に3年生二人が入って、次に男性二人。最後に3年以外の女性三人の順。
今は、3年生が入浴中だ。
そろそろ入浴の時間になったので、着替えをとりに部屋に戻ることにする。
明里も、一緒に部屋に戻った。
2階の部屋には誰もいなかった。
部屋は二人部屋で、監督の市山と二人で使うことになっている。
しばらく待っていたが、戻ってくる気配がない。
部屋の外に出て待っていると、3年生二人が戻ってきた。
「お先に。市山くんと入って」と原田部長が声をかけて奥にある自室に戻った。3年生二人は同室だ。
とりあえず入浴の準備をしてロビーに降りる。
そこには目当ての監督がいた。というか、俺と3年以外の全員がいた。
なぜ先に、明里が監督たちを見つけているのか?
「先に入っててくれ」監督が俺に声をかけて、座長との会話に戻る。
明里と珠が俺を見ている。
明里はイタズラっぽく微笑みかけてきた。
俺は一人で風呂に入った。
それほど大きくはないが、4、5人ほどなら入れそう。
女性5人で一緒に入浴でもよかったのじゃないか?
まあ、利用者が俺達だけだから、別にいいか。
体を洗ってから湯船に浸かっていると、脱衣場に人が入ってきた。やっと、監督が来たようだ。
なんの話をしていたのだろう?
脱衣場に続く引き戸が開いた。
「ヤッホー、おじゃまするね」
明里の声がした。
何?!
声をした方を向くと、明里がいた。
タオルで隠しているが、裸だった。
何事?!
広げたタオルの端で胸元を片手で押さえて、胸を隠している。
広げたまま下に垂らされたタオルが、腹から腰を隠す。片手で股の辺りのタオルを押さえていた。太ももまで隠されていたが、ギリギリで何かが見えそう。
何かの絵画で見たような構図だな。と、どうでもいい事を思った。
彼女はニッコリと笑っている。が、こわばった笑い。かなり緊張してる。先程の声も明るく言っていたが、うわずっていた。
顔が真っ赤だ。
彼女は下側を押さえていた手を離すと、後ろ手で扉を閉める。
後ろ手にして、体を捻ったときに、タオルが揺れる。
何か見えそう……。いや、見えた?
彼女は意を決したように、息を吐くと、こちらに近づいてきた。
俺は慌てて彼女に背を向け、湯船に口当たりまで沈む。いや、苦しいし。口は湯から出した。
「那智、照れてる?」彼女のからかうような声が聞こえる。いや、照れてるのは明里だ。かなり声が固いよ。
彼女がプラスチックの腰掛けに座る気配がする。多分、俺に一番近い洗い場に座ったのだろう。
「ねえ、何か言ってよ」一転、不安げな声色。
「いやいやいやいや、何? 何事?」慌てて返事をするが、かなりテンパってるな、俺。
「いやぁ、那智と一緒にお風呂入りたかったから」俺が慌てていることに安心したのか、彼女の声は楽しげになった。いや、緊張は隠せてないけど。
「監督は?」
「珠ちゃんに、一緒に入りたいと言われてたから」
「いいの?!」
「座長もいいって。監督と私が入れ替わりね」
「どうして座長も監督もOKするかな?!」珠は知らない。あいつも、明里と共犯か。
「座長の話だと、役者は家族だから、お風呂は男女一緒に入るものだって」
「ホントかよ!」
後で座長に尋ねたら、ホントだった。演劇とか映画では普通の事。ただし、昔は。
監督も座長も、おかしいよ。演劇やってるやつらは、以下略。
「あれ? 入れ替わりってことは、監督は?」
「監督は、座長と珠ちゃんと一緒に入るって」
「マジか」
監督、ハーレムか?
俺は呆れて、つい、振り返る。
彼女は壁のカランに向かって座っていた。
横向きの、明里の裸が見えた。
彼女はタオルを足の上に広げて置いて、髪の毛を洗っていた。目を閉じてこちらを見ていない。
俺は、彼女から目を離せなくなった。
ちゃんと鍛えられた、均整のとれた体だった。形の良い胸が見えた。
彼女が髪の毛を洗い終わって、顔についたお湯を手のひらで拭きとると、こちらを見た。
しばらく見つめあったあと、彼女は微笑んだ。少し恥ずかしそうに。
つられて俺も照れてしまう。慌てて背を向けた。
彼女が体を洗っている間も何か会話をしたが、ドギマギして、話が入ってこない。
照れを隠すために、何か話していただけで、特に意味の無い会話だったのだろう。
体を洗い終えた彼女が俺の隣に入ってくる。
近い。
こんなにつめなくても、湯船は充分広いのに。
「那智、こっち向いてよ」
そう言われて、恐る恐る彼女の方に目をやると、彼女はこちらを向いて、湯船に浸かっていた。
両手を胸の前で交差させ、胸を隠していた。タオルは湯船の外に出してある。
透明に揺れるお湯の中に足が見える。足をぴったりと閉じているが、黒く揺れているものが見えた。
しばらく湯の中を見ていたが、見すぎた、と思い、慌てて視線を上げる。
彼女は、俺がどこを見ていたかわかっていたのだろうが、何も言わずに恥ずかしそうにしていた。
彼女も視線を湯船の中にやったが、残念そうに、視線を俺に戻した。
いや、俺はずっと手で隠していたからね。




