束縛する彼女
「ねえ、私と一緒に死んでくれませんか?」明里が笑顔で言った。
「怖いわ!」
「ごめんなさい。ちゃんと説明します」
「おう」
「浮気がバレました」
「まじで?」
「うん。彼女さんにね、詰め寄られたから」
「うん」
「殴り殺しちゃった」てへっ、て顔で笑う。
「何で!」
「そこらに転がっていた杭で」
「凶器を聞いたんじゃないから!」
「鈍器のようなもの?」
「そうじゃない!」
「という訳で、一緒に死ぬか、駆け落ちするか、2択です」
「どちらもお断りです!」俺はきびすを返して逃げ出す。
「あ、待ってよー」明里が俺を追いかける。
暫くして小道具の影に倒れていた女性がおきだした。
「痛ったー。思い切り殴られた。あの女、無茶苦茶するなー」
頭を押さえている。
「死ぬかと思った」
「死んでるよ?」上手から現れた背広の男が言った。
「誰?」
「死神」
「サラリーマンでしょ」
「営業中だから、ほら」
退場した俺と明里は、舞台前のパイプ椅子に静かに座った。
舞台真ん前に立っている演出家の回りに、出番の無い役者が静かに座っている。
高校の演劇部で同じ1年の俺と高松明里は、二人揃って市民劇団に参加していた。
夏休み前から参加していたが、夏休みに入って、平日の昼間も参加するようになった。
毎日ではないけど、けっこう練習日がある。
今回の劇は、劇団全員参加ではなく、有志による単発公演だ。市内にある大学の学生が多く参加しているので、夏休みの終わりに一回公演を打つことになった。
夏休みの平日の昼間、練習に参加できる大学生と俺たち高校生、あとフリーターが中心メンバー。
加えて、通常の練習も夜にあったりする。
バイトも単発で入れているので、あまり日向に構ってやれない。
夏休み入ってすぐに、日向とはちょっとした危機があったので少し心配ではあるかな。
いや、前よりは関係性は深まったかとは思う。
そもそも、俺が勝手に日向を疑っていただけだったかも知れないけど。
「今日は送ってくよ」
「ん?まだ早いよ?」
帰りの電車の中。市民劇団は俺の住んでいる市の隣の市だ。電車では先に俺の降車駅があって、後に明里の降車駅が来る。
帰りが遅いときは、俺の家の最寄り駅で降りずに、毎回明里を送っている。
「今日は彼女のとこによるから」
日向のバイトが無いときは、日向の部屋に泊まっている。
「ふーん」彼女はつまらなそうに返事をする。
しばらく、車窓から流れる田園風景を見ている。まだ日が沈んでいない。夏になって、日が長くなった。
「いつ別れるの?」
「別れないよ?」
「いやいや、私の方が絶対良い女だから」
「確かに明里の方が良い女だけど?」
明里は俺の中では、とっくに恋愛対象から外れていた。
「那智ってマジメだよね」呆れたように、それでも彼女は優しい微笑を浮かべながら言った。
表情が多彩な明里は、本当に魅力的だと思う。
「欠点が多い方が可愛いだろ」
「守ってあげたくなる?」
「物理的には守られる方だけどな」
「んん?」
わからなくていいよ。
明里の家まで送っていった。
「合宿、楽しみだね」
「うん」
「じゃあね」
「じゃあ」
彼女が手を振った、俺も手を振り返して、家を後にした。
曲がり角で振り返ると、玄関前で明里が大きく手を振ってきた。俺も手を振り返して、角を曲がった。
「ただいま」
「お帰りなさい」
玄関を開けた日向が出迎える。
合鍵を渡されているが、基本的には使わない。使う予定もないのだが、むりやり押し付けられた。
何でだ。
「ご飯作るから待ってて」
「手伝うよ」
「ん」
彼女は、炊飯器のスイッチをいれる。
俺は手を洗ってから台所に立つ。
彼女はエプロンを着けた。
これはお揃いを買ってないな。と、どうでもいい事を思った。
今日の夕食は和食だった。基本彼女は和食を好むようだが、俺が来るときは、俺の好みにあわせて洋食になることが多い。
生活スタイルも和風で、部屋にはイスがない。
俺が食べ終わる頃に、向かいに座った彼女も箸を置いた。
「ごちそうさまでした」彼女が頭を下げる。
俺も彼女にならう。
いつも同じ位に食べ終わる。最近気付いたのだけど、彼女は俺の食べ終わりに合わせているようだ。
「片付けるよ」俺は使い終わった食器を集める。
「ん」彼女も一緒に洗い物をする。
家では母親の手伝いなんかしないのだけどね。
「今日はどこか出掛けたの?」洗い物をしながら彼女に話しかける。
「ん。ひろと素子」
んー。佐々木さんと浜口さんか。林間学校で同じ班になった人たち。
「仲良くなったんだ」
「初めて」
今日初めて二人と遊びに行った、って事だね。あの二人は親切だね。
「どこ行ったの?」
「買い物?あとお茶しました」
「ふーん」
風呂上がり、俺たちはお揃いのパジャマに着替えていた。
ちなみに、お風呂は別々に入った。一緒に入ったことは無いけどね。
俺はベッドを背もたれにして座って、戯曲を読んでいた。
彼女は何か難しそうな歴史書を読んでいた。アケメネス朝か。何処だったっけ? 教科書で見たような記憶が……。ま、いっか。
彼女は寝そべって、俺を膝枕にしていた。寝そべって本を読むと、目に悪いよ?
「あ」彼女は急に何かを思い出したようだった。
何だろう? 俺は本を離して彼女を見下ろす。
彼女も本を離して、俺を見上げていた。
「今のは束縛ですか?」
え? なんの話?
「私が今日、何をしていたか訊いたのが、です」
何を言ってるのでしょうか?
「今日、私が何をしていたか、訊きましたよね?」
「うん」
「二人でいなかったとき、彼女が何をしていたのか、いちいち詮索するのは束縛ですよね?」
「ん?」ただの雑談ですが?
「付き合ってるぽいです」何か楽しそう。
「すみません。拓海は、今日は何をしていましたか?」
「劇の練習だよ? 言ったよね?」
「むぅ」不満そう。「他には?」
メンドクサイなー。
「終わってから、一緒の演劇部の女の子を家まで送っていった」
「この間の、ゴールを捧げた子、ですか?」
「アシスト、ね」林間学校の事を覚えてるのか。まあ、覚えてるよね。
「他には?」
「特に無いかな」
「そう」彼女は再び本を読み始めた。
それだけ?
「今まで何も訊かなかったのがいけなかったのですね」しばらくしてから、彼女がそう言った。
俺は本から目を離して、彼女を見下ろす。彼女は本を離さずにいて、顔が見えない。
「何も訊かないから、私が拓海の事を本当は好きじゃないと、不安になったのですよね」
「ん」
「ごめんなさい」
「ん」
俺は黙って、続きを待った。
それ以上は無かった。
訊くだけでは、束縛にならないよ?
サボってた分、連投です。
後もう一回、夜に。




