蒸らしすぎた紅茶は苦い
「日向は僕の事、好きでも何でもないよね」
夏休みの朝。
観光客が俺たちを避けて行き交う。
彼女はよろめくように、手を離し、一歩引き下がる。そしてすぐに、思い直したように右手を伸ばし、俺の服の裾をつかんだ。
何かを言おうとして、口を開くが、言葉を紡げない。泳いだ目は、最後は下を向いたままになった。
俺は黙ったまま、彼女の言葉を待つ。
しばらくの沈黙の後彼女は、「ごめんなさい」とだけ呟いた。
何に対して謝ったのか?
小さく嗚咽が聞こえる。
観光客がこちらを見ながら通りすぎる。
「部屋に行こう」
彼女は黙って、俺の服の裾をつかんだまま、後ろをついてきた。
無言のまま部屋に着いた。
俯いたままの彼女を座らせる。彼女はベッドを背もたれにして床に座った。いつもの場所だ。
俺は台所を勝手に使って、湯を沸かし、二人分のパックの紅茶をいれる。
なんだか時間稼ぎしてるみたいだ。
なぜこんな話を始めてしまったのかな?
蒸らしすぎた紅茶のパックを取り出し、更に時間をかけるように、冷蔵庫からパックの牛乳を取り出した。普段は紅茶に何も入れないけど、紅茶に牛乳を垂らす。
クーラーの無い台所は暑かった。
部屋に戻ると、彼女はさっきと同じ姿勢で、俯いたまま座っていた。ヘアピンをとっていて、長い前髪が顔を隠していた。
彼女の前のテーブルにコップを置く。
彼女が選んだお揃いのコップだった。
この部屋にはたくさんのお揃いがある。すでに持っていたのも、次々とお揃いに変わっていった。
俺は少し考えてから、彼女の右隣に座る。
どうしたものかと、何とはなしにコップを見ていると、左腕を触られる感触があった。
彼女は俯いたまま、遠慮がちに俺の半袖を摘まんでいた。
「紅茶いれたから飲んで」
「ん」彼女は手を伸ばさない。袖をつかんだまま。
俺はつかまれていない右手でコップをとる。
「日向は可愛いすぎるから、見た目につられた男がよってくるのが、嫌だったんだよね」
反応がなかったけど、肯定で良いのかな。
「だから見た目にふれずに、告ればOKもらえると思ったんだ」
彼女は、え?、て顔で俺を見る。やっとこっち向いたか。
俺は少し苦笑して彼女に視線を合わせた。
彼女はとがめられたように、視線を外して再びうつむく。
うん、話をはしょりすぎたか。
「彼氏が要らないなら、顔を隠して目立たなくする必要がない。単にお断りすればすむ。本来の日向はそういう性格だよね」
熱い紅茶を少しだけ口にする。
「彼氏がほしかったけど、見た目で選ばれるのは嫌だったから、地味にしていた。そういう事だよね」
彼女を見る。うつむいたまま、返事がない。これも肯定か。
「ごめん。日向の希望と違ってたよね。みんなが日向が美人さんだと気付く前に告白するだけで。早い者勝ちで、こんな美人と付き合えるなんてラッキーとしか思ってなかった。見た目で選んだとばれないように気をつけるだけだった」
反応は無いけど続ける。
「何か騙してるようで悪かった。自分で言ってて、なかなかヒドイな、僕。気に入らないなら、思ってた理想の彼氏と違うと思うなら」
これ言うの?
「別れる?」
「え?」彼女は驚いたように俺を見る。
彼女の目が揺れている。何か言おうとして失敗していた。
それでも俺は待った。
「バカ」
罵倒大会か恨み言大会でも始まるかと思ったが、意外と優しい声色だった。
「もう、情が移ってしまいました」彼女は困ったようにそう言った。
俺は黙ったまま彼女を見つめ返していた。彼女は少し恥ずかしそうに視線を外した。もう、うつ向いていない。
つかんだ袖は外さなかった。
「紅茶いれたから」二回目。
ぬるくなった紅茶を飲む。
彼女は右手でつかんだ俺の袖を離さずに、左手でコップを取った。
彼女は空になったコップをテーブルに置く。
「訊いて良いですか?」
「何?」
「拓海は謝ってますけど、私には怒ってないのですか?」
「どうして?」
「付き合うのは誰でもよくて。私が拓海の事を好きでもないのに付き合った事。いい加減とか、思わないですか?」
「うん。僕に不利益はないかな。むしろ、わかって付き合おうと言ったことに、僕の方が罪悪感さえある」
「むぅ。話が通じません」
「そう?」俺はむしろ笑ってしまった。
「付き合うのは誰でも良い、って。軽すぎるとか軽蔑しませんか?」
「軽蔑してほしいの?」
「してほしくありません」
今度は声に出して笑ってしまった。
「むぅ」
「日向は、見合い結婚した人にケンカ売ってるの?」
「?」
「合コンとか見合いで付き合ってる人、バカにしてる?」
「むぅ」何が言いたいのかわかったらしい。
「先ず付き合ってから、それから関係を深めれば良いかな、と思っていたから。と言うか、最初から僕はそう言っていたよね」
彼女は少し記憶を探ってから、「ん」と同意した。
「むしろ、話を聞かない事には、腹が立ったけどね」冗談めかして言ったが、これはホンネ。
「ん……。ごめんなさい」
「いいよ」俺は彼女の頭を撫でる。
彼女は緊張をといた、柔らかい表情を浮かべて、俺の腕にしがみついてきた。
だから、痛いって。
「時間かけて僕のことを本当に好きになってくれたら嬉しいな」
彼女はわずかな時間、固まった。そして顔を俺の腕に沈めてくる。
そして、
「とっくに、本当に好きになってますよ?」
お久しぶりです。




