堕天使
期末テストも林間学校も終わると、夏休みに突入した。
夏休みだけど、特に変わらず朝8時に駅につく。
改札を出ると、いつものように天使が待っていた。
日向は駆け寄り、そして抱きついてきた。
夏にくっつかれると、暑い。
夏休みに入ると、観光客も増える。
すみません、ジャマですよね。
一度、彼女を抱きしめてから、「おはよう、日向」と声をかける。
「お早うございます」彼女は俺を見上げて、返事をした。
「歩こうか」さっさと改札の前からどかないと。
「はい」
素直に体を離して、腕につかまってくる。
駅の構内から出ると、片手だけつないで体を離した。こっちを向いて立ち止まる。
「どうですか?」
「天使かな?」
「え?」
「あ、口に出た」
「ん」
「自分で天使と認めた?」
「拓海には私がそう見える?」
「見える」
「ん」
「いいんだ」
これ、会話になってるのか?
彼女はフリルのついた白の袖なしワンピース。いかにも夏の定番? 避暑地のお嬢さんな装い。帽子は麦わら帽子のようなつばがついている白。麦わらではなさそうな、柔らかな編み物で、白のリボンが巻かれて、ひまわりの作り物が飾られている。
前髪はヘアピンで止められて、顔が出るように浅く帽子を被っていた。
ひまわりの飾り物が子供っぽいかとも思ったが、いつもよりは小学生みたくはない。相変わらず白のスニーカーに、短いヒラヒラした白の靴下。
いつもの謎センスはない、完璧な美少女だった。
「この服、初めて?」
「ん」
「前から持ってたの?」
「この前、買った」
「そうなんだ」
「可奈と」
「ん?」
なんだ、榎本さんのコーデか。道理で。
夏休みになってから、俺も忙しくて、いつも日向といるわけではない。俺が会えないときに、他の友達と遊ぶこともあるだろう。
いつの間にか「ひなちゃん」「可奈」と呼ぶ仲になったのか。
「二人で買い物に行ったんだ」
「あと、俊」
そうなんだ。聞いてない。
「?」彼女は不思議そうな顔をする。
いやいや、俺といないときの行動を、いちいち報告しろなんて思ってないよ。
そんな顔したか? いけないいけない、気を付けよう。
「可奈が私を誘ってきたから、俊を呼んだ。私を餌にして、俊が可奈を釣れるように」
何それ?
「拓海がよくやる」
してないよ。あれ? したか?
榎本さんが、男と付き合うことは無いんだけど。日向はわかってないのか?
「いけなかった?」彼女は不安そうな顔をした。
「いや、日向も気を使えるんだね」そう言って、彼女の頭を、手をつないでない方の手でなでなでした。
彼女は嬉しそうに、顔をくずした。
余計なお世話だよね。榎本さんからしたら。
田上くんは榎本さんが好き。でも榎本さんは日向が好き。その日向は俺が好き。
で、もし俺が田上くんを好きだったら何角関係だ?
ん、特に悪くないな。
いやいや、俺は日向が好きだから一周はしない。
日向が俺を好きかどうかは、疑問が残るけどね。
「せっかくだから、散歩しよう」
「はい」
「可愛い日向を見せびらかしに行こう」
「はい」
これはいいんだ。
俺たちは歩き出す。彼女は俺の腕を抱くようにくっついてくる。
「自分で可愛いと思ってるんだ」
彼女は驚いたように立ち止まる。
俺も足を止める。
「可愛くないですか?」不安気に俺を見上げた。
「すっごく可愛い。天使みたい」
彼女はほっとしたような顔をする。嬉しそう。
「戦天使みたいなとこもあるけど」俺は笑いながら言う。
「むー。戦天使は男ですよ」ちょっとむくれる。
「あれ? バルキリーって女じゃなかった?」
「戦天使バラキエルと、バルキリーは別物です」
「そうなんだ」
知らんかった。もともと詳しくもない。
「拓海は、私のこと、男で堕天使と思ってるんですか?」むくれている。可愛い。
「ごめんごめん。日向は可愛い女の子だよ」
戦天使は堕天使だったのか。ここはスルーして、否定しなかった。
再び歩き出す。
観光客の流れのまま、神社方面に歩いていく。朝早くから、観光客向けの店が開いている。
暑くなりそうな朝だ。
彼女は可愛いも、天使も受け入れた。何か変わったのだろうか?
俺は禁句を言ってみる事にした。
「日向はとても可愛くて、美人で、僕の天使だよ」
彼女の横顔を覗き見る。
彼女は少し顔をこわばらせたが、無表情に戻って、前を向いたまま歩き続ける。
「ん」それだけだった。
「それだけ?」
「え?」彼女は驚いたように俺を見る。そして、失敗に気づいたように、
「拓海は、私にとって、カッコいい王子さまです」と言った。
何言ってるの?
頭悪いのかな、この子。勉強はできるのに。
いや、学校の勉強できても、頭悪いやつはいるか。
俺が彼女をほめたのだから、俺の事もほめろと要求されたとでも思ったのか?
カッコいい王子さまって、誰だ?
そんな事はどうでもいいか。
「美人と言われるの嫌がっていたよね。もういいんだ?」
「あ、」やっと思い当たったようだ。
目をそらしてしばらく考える。それから、
「もういいの。見た目だけで、選ばれるのが嫌だっただけだから」
どうぞ、続けて。
「拓海は、私を見た目だけで選んでないってわかってるから。拓海にほめられるのは嬉しいです」
なるほど。
困った。
彼女は思っていた通り、頭が悪くて、チョロかった。
俺もそれほど誠実な人間だとは思ってないけど、騙してるみたいで気が引ける。
「ごめん」とりあえず謝ろう。
「何が?」
「んー」俺、フラれるかな?
「日向が美人だから、付き合いたいと思ったんだけど」
「え?」
「前髪で目を隠しただけで、美人だとバレないと、本気で思ってたの?」
「うっ」思ってたのか。
「これは前にも言ったけど、日向は男なら誰でもいいと思ってたよね。だから、僕はフラれないとわかっていて告白したんだ」
また、彼女は立ち止まる。
俺も立ち止まって、彼女の正面に立つ。
彼女の目はおよいでいて、俺と目を合わさない。
「日向は見た目以外で選ばれたかった。見た目で選ぶ男以外なら誰でも良かった。でも、ごめん。僕は日向の事を見た目だけで選んだ」
彼女の呼吸が早くなっているのがわかる。俺も同じか。
「そもそも、一回も話したことすらないのに、何で内面で選ばれたと思うかな?」
彼女は泣きそうな顔になる。何でこんな話、始めてしまったのかな。
「ここまでわかっていたのに、騙すようなことをしてごめん。でも、お互い様だよね。日向も誰でもよかったんだから」
あーあ、別れ話みたい。俺、フラれるかも。
「日向は僕の事、好きでも何でもないよね」
読んでくれてありがとうございます。
戦天使または堕天使バラキエル(男)と、大天使バラキエル(女)は別物(同一説有り)
戦乙女バルキリー(ワルキューレ)とも別物。
だそうです。




