登山
林間学校2日目の朝。
皆が寝静まっている中、バイブにしたアラームで目が覚める。
まだ薄暗いなか、待ち合わせ場所に向かった。
日向は先に来ていた。
彼女は俺を見ると、駆けよってきて、抱きつく。
「おはよう、日向」
彼女は俺の胸に顔を埋めている。
林間学校の朝は早い。いつものようにジョギングをしようとすると、いつもより早く起きないといけなかった。
しばらくしてから、彼女は顔を上げて、
「お早うございます」と言った。
そして、両手を繋いだまま、体を離す。
「どうですか?」
誉めろですね? どうですかと言われても、学校指定の体操服でしかないんだけど。半袖の白いシャツに、紺の短パン。
短パンなんだ。
俺は半袖のシャツに、紺のジャージだ。皆そうだよ。短パンは水遊びとか、サッカーするとき位だよ。
「短パンなんだ」あ、そのまま口に出した。
「足が見えた方が、拓海が嬉しいかと思いました」
「そう」嬉しいか? うん、嬉しいか。「可愛いね」
小学生みたいで可愛い。
それから準備運動をする。
「こっちにコースがあるみたいです」
ジョギングコースがあるんだ。
そして俺たちは、急勾配で、足場の悪い登山道を、飛び跳ねるように駆け上がっていた。
コースって、登山コースの事だったのね。
彼女は修験者のように駆け上る。
俺はゼイゼイ言いながら、必死でついていく。
たまに、彼女が俺を待ちながら、シャドウボクシングをしている。
「だいじょうぶ? ペース落としますか?」
「いいから先に行って」彼女のペースを落とさせるのは気が引ける。
もう、吐きそう。
頂上は開けていて、気持ち良かった。まあ、俺はまだ吐きそうなんだけど。
彼女は風にあたりながら、気持ち良さそうに伸びをする。
眼下に、街とその向こうに海が見える。さらに海の向こうには、対岸の半島が見えた。
タンカーが豆粒のように、海に浮かんでいた。
彼女はいつものように練習をはじめる。足場が悪いのも気にしていないようだ。
俺も発声練習をする。
コダマが帰ってくる。
「やっほー!」山に登ったら、これをしないとね。
彼女は驚いて俺を見る。
「日向もしたら?」
目をぱちくりした。
可愛い。
彼女はあまりに大きな声を出さない。たまにはいいんじゃないかな。
彼女は少し考える。
大きな声を出すのは、恥ずかしいのかな?
「ほら。どうぞ」俺は微笑んでうながす。
彼女は両手をラッパにして、隣の山に向かい、「やっほー!」と叫んだ。
声、でか!
え?俺より声大きい? 俺、演劇やってんだけど。発声練習とかしてるんだけど。
はっきりと、コダマが帰って来た。
「日向、声でか」
そう言うと、日向は恥ずかしそうに顔を赤らめた。
可愛い。そしてレアな表情。
俺は笑ってしまった。
「むー」
「日向も大きな声出せるんだ」
「出せます。バイトで」
ああ、はい!よろこんで!とか言ってるんだ。
いや、格闘技って、けっこう声出すよね。空手とか剣道とか。
その後、気をつけて彼女の練習を見ていると、けっこう息を使っているのがわかった。技を出すときに、声を出さずに、瞬間に大量の息を吐き出す。
そんな格闘技もあるんだ。
帰り道は当然下りだ。
彼女は転がるように、駆け降りた。
登りは30分強かかったけど、下りは20分位で降りた。思ったより早く帰れた。
キャンプ場に着くと、普通にジョギングコースを走っている生徒が何人かいた。
そのうちの一人は明里だった。
明里は俺に気づいていないようだったので、声をかけなかった。
日向が明里を指差す。
え?
「拓海がゴールを決めたとき」
「僕はゴールしてないよ」
「拓海がゴールになるパスをしたとき」
「アシストね」
「観客に指を差すのは、どういう意味があるの?」
昨日のサッカーで、俺がアシストをしたのは、ゴール近くの左サイドだった。日向はセンター近くの右サイドの本部席にいた。
見えてたんだ。
俺はゆっくりと息を吐き出した。
「今のゴールをお前に捧げる」
「ん」
その後、管理棟が開いていたので、シャワーを使った。
俺がシャワールームから出たとき、日向はまだ出てきていなかった。
その代わり、顔を手のひらでおおって、しゃがみこんでいる榎本さんがいた。
何してるんだ?
「榎本さん、どうかしましたか?」
「こんな朝からシャワー使う子がいるとは思わなかったのよ」
なるほど。昨日、お風呂に入れなかったので、今、シャワーを浴びていたのね。
「ひなちゃんに、ハダカ見られた」きゅーっとして、羞恥にもだえてる。
「おい、日向のハダカ見てないよな」
「見てないから。服脱ぐ前に逃げてきたから」
ならいいか。
「お疲れさまでした」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
朝食後のレクリエーションは、登山だった。
さっき登ったけど。
途中で休憩を挟みながら、2時間近くかけて上るらしい。
田上くんと徳山くんは、軽く歩いている。
佐々木さんと、浜口さんは、ちょっとペースが遅い。
「三鬼さん、杖があっていいねー」佐々木さんが、息を切らしながら言った。
日向は俺の腕につかまって歩いていた。
彼女は俺を杖がわりにしてないよ? 体幹がしっかりしてるから、体重をかけていない。
でも、俺は歩きにくいけどね!
読んでくれてありがとうございます。
50話です。ここまで読み進めてくれた、数奇なあなたに感謝を。
最後までご贔屓にしていただければ幸いです。
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