夏でも川の水は冷たい
「川遊びする?」佐々木さんが提案した。
林間学校、1日目の昼食後。午後は自由時間になっている。
「水着持ってきてるの?」俺は佐々木さんに尋ねた。
「持ってきてない。浅いところで遊ぶだけ」
「暑いものね」浜口さんも同調する。
「俺、レクの準備あるから」田上くんが、断りを入れる。サッカー部の有志で、サッカーのミニゲームを主宰するらしい。
「わかった」
「那智もエントリーしてあるからな。時間になったら来いよ」
「うん」
「日向は?」俺は日向に尋ねる。
「ん……。水遊び嫌い」
「ついてくる?」
「ん……」
「じゃあ、一緒に俊の手伝いしに行こう!」炊事棟の壁の向こうから、いきなり榎本さんが現れた。
「でた!」
「何、人を化け物みたいに言わないでよ」榎本さんが俺に抗議する。
「すみません。急に出てきたので驚いただけです」
他意は無いよ。
その証拠に、俺以外のみんなも、日向を除いて、驚いていた。
日向は驚かないね。感情が無いのでしょうか? いや、気づいてただけか。
「可奈ちゃん手伝ってくれるの?」田上くんが尋ねる。少し嬉しそう。
田上くんと榎本さんは、「俊」、「可奈ちゃん」呼びの仲で定着している。
どんどん仲良しになっていくね。田上くんがわかってるなら、口出しするのも変だしね。
「手伝うよ。ひなちゃんも、一緒に手伝おう」榎本さんは日向に近づくと、日向の肩に手を添えた。
日向はチラッと榎本さんを見たが、特に嫌がっていない。
それから田上くんに視線を移す。
田上くんは特に口を開かず、微笑んだ。日向に任せる、て事だろう。
そして最後に、日向は俺を見た。
日向はいつも俺にベッタリだけど、あんまりよくないよね。
どうしたものだろ? 俺はちょっと考える。
「俊の手伝いに行く」日向がそう答えた。
あれ?
川遊びに行くメンバーは、一旦バンガローで服を着替えた。
学校指定のジャージの長ズボンと半袖シャツを着ていたのを、ズボンだけ短ズボンに替えた。
徳山くんと、佐々木さん、それに浜口さん。俺を含めた4人で川に行く。
「三鬼さんは、那智くんについてくると思ったのにね」佐々木さんが何となしに言った。
うん、それな。
最近、あの3人仲良いよね。
「俊、榎本さんと仲良いよな」徳山くんが俺に話しかけてくる。うらやましそうなニュアンスが受け取れる。
榎本さんと仲良くなりたいの?
見た目は美少女だけど、おすすめしないよ。
「田上くんは榎本さんが好きなのを公言してるからね」
「そうなの?」佐々木さんが疑問を口にする。
あれ? 俺だけにしか言ってなかったか?
川辺はけっこう人が集まっていた。
暑いからね。
川遊びにもってこいな1日だ。
深くなっているところは、本格的な人たちがいた。
水着を着ている。
けっこう女子もいた。水着は自由なので、攻めた女子もいる。
「あっちが良かったかな」徳山くんが呟く。
「うん、そだね」同意しておく。
俺と徳山くんは、目を合わせてから、なんとなく女子二人を見る。
「いやいや、持ってきてないから」佐々木さんが首をふった。
「三鬼さんに言いなさいよ」と、浜口さん。
「日向は水遊びが嫌いらしいので」
浅瀬のところでは、短パンの生徒が足を水に浸けて、涼んでいた。
「冷た!」けっこう冷たい。
俺たちは、足を浸けて、つっ立っている。いや、涼しい。
他の生徒もおとなしく足を浸けているだけだが、なかには、水を掛け合って、キャッキャしているグループもあった。
「那智!」
呼ばれて振り返ると、演劇部の高松明里がいた。
明里は、すでに水浸しだった。
短パンと半袖シャツは水浸しで体に張り付いている。髪の毛もストレートになっていた。なんか別人みたい。
いつもの楽しそうな笑顔。
と、思ったら、後ろからやって来た男子生徒に水を掛けられていた。
「うひゃ!」
冷たそう。
その男子はシャツを脱いで、上半身裸だった。脱いだシャツをバケツがわりに、水をすくって明里にかけていた。
二人とも楽しそう。
バカなの?
「ちょっとタンマ」
明里がその男子を止める。ちゃんと空気を読んだ男子は、他の生徒との水の掛け合いに参戦した。
女子も水浸しになっている。
明里のクラスメイトはバカばっからしい。
「どっちが彼女さん?」明里は小声で訊いてくる。
「違うよ」
「ふーん」と、言った瞬間に、手のひらで水をすくって、俺にかけてきた。
「うわ!」
「あははははは!」楽しそう。
俺も水をすくってかけ返す。連続で。
「ちょっとちょっと!」彼女は抗議しながらも、対抗して繰り返し水をかけてくる。
一瞬で、水浸しにされてしまった。
「ひどいなー、おい」俺は笑いながら抗議する。
「楽しー!」
そうだね。
彼女は俺の後ろに視線を移す。
「那智の友達?」
「ああ」それほど親しくはないけど。
「那智と同じ演劇部の、高松明里です。よろしくね」と微笑んだ。
そして笑顔のまま、水をすくって、後ろにいた3人にかける。
大きな音をたてて水をかけるが、すくった水のほとんどをこぼして、飛沫だけを飛ばした。
「きゃ!」佐々木さんが声をあげるが、ほとんど濡れていない。
「あははは」明里が笑いながら、俺たちに水を飛ばす。水をすくった手のひらを縦にして、ほとんどの水をこぼしてから。
「こっちは4人だ!やり返せ!」俺は笑いながら、彼女に水をかけ返す。
徳山くんたちも、彼女に水をかけ返す。
こっちの4人は、遠慮なく水を浴びせた。明里はもとからびしょ濡れだったからね。
「ひきょうだー!」明里は逃げようとして、流れに足をとられる。倒れそうになったところを、俺は彼女の腕をつかんで助ける。
彼女は俺を見た。俺も彼女を見た。しばらく見つめあったあと、彼女はにっこりと笑って、「えい!」と、俺を川のなかに押し倒した。
「とりゃ!」仰向けに倒れた俺の上におおい被さってくる。
顔が水に浸かる。すぐに顔を上げて、「溺れるわ!」
「溺れろ!」彼女は俺に抱きついたまま、額で俺の顔を水に押し戻す。
息できない。
顔で顔を押し返す。
水から顔が出る。
「冷た!」
明里がけらけら笑う。
俺も笑いながら、体を起こし、かわりに彼女を水の中に押し倒した。
その後は、明里のクラスメイトたちに混ざって、水の掛け合いをした。
佐々木さんと、浜口さんは、ちゃっかりと逃げていた。
徳山くんはいつの間にか、ずぶ濡れになっている。
「那智くん、徳山くん、そろそろ戻らないと!」佐々木さんが声をかけてきた。
「そろそろ行くよ。レクの時間」
「サッカー? 出るの?」
「出るよ」
「見に行こうかな」
「おう」
「勝ってね」
「ううん?」
ずぶ濡れの明里が微笑んだ。
ただのあそびだけど?
負けられなくなったか?
読んでくれてありがとうございます。




