アイドル
イベント舞台。
舞台にはそれほど多くはないが観客が集まっていた。
前の方には、おそらくアイドルファンと思われる人たちがいる。大きなレンズのカメラや、ハデなうちわを持っている。ドルオタと言われる人たちだ。
アイドルの到着が遅れていることはアナウンスされていた。
アイドルファンたちは、遅れていることを知っても、舞台前から離れない。
暑さにぐったりしながらもおとなしく待っていた。
彼らの目的はアイドルだ。
ここに明里たちが出ていっても歓迎されない。
興味の無い人たちの前に出ても、明里なら注目を集めて、観客を楽しませる事ぐらいできるだろう。
でも今回はアウェーだ。観客は興味ないのではなく、アイドルが観たいのだ。この暑さの中で待たされている彼らが、余計なことに体力を割くことは無いだろう。
アイドルが目当てでない一般客には届くかもしれないが、舞台前列には一般客はいない。
負け確定イベントかよ。
俺は観客席で、思った以上に厳しい状況な事に気づいた。
俺たちグリーティング班の4人は客席に来ていた。本当ならテントで体力を回復したいところだが、サクラでも舞台を盛り上げたい。
俺の隣に真城珠が立っている。その向こうに、監督と座長。
司会者が舞台で、アイドルが遅れていることをアナウンスしている。
それから、この時間を使ってご当地PRの告知をする。
ご当地キャラの姫様が登場。
付き添いのお姉さんが姫に続く。
「みなさんこんにちはー!」
お姉さんが笑顔で元気に挨拶する。
俺たちも大きな声で挨拶を返す。
俺たちの声しか聞こえない。
前列のアイドルファンたちは興味なさそう。
後ろの観客も同じく。
ボソボソとレスしているのが聞こえる程度。
ご当地トークを司会者とお姉さんが楽しそうにしているが、姫様を効果的に使えていない。
明里は、着ぐるみの4体のPRポイントを、このバイトのために押さえてきていたらしく、トークに淀みはない。
ただ今日はうだるよように暑い。
最前列のアイドル目当ての何人かが、席を立つ。日陰を求めたのか、水分補給か。
ステージの上からは、席を立たれるのが見えているだろう。
もちろん彼らのせいではない。
悪いのは、彼らをステージに引き留められない明里たちだ。
しばらくトークをしたあと、ご当地ソングを踊ることにしていた。
お姉さんは姫の着ぐるみと一緒に踊る。
姫はたいして動けない。社員さんはエンターティナーではないから。
明里はヘッドマイクで歌いながら、アイドルっぽい振り付けで踊った。
良い手ではない。
新人アイドルの体でステージに上がっていたら、アイドルファンの人たちに、もう少し好意的に見てもらえたかもしれない。
歌もダンスも出来がいい。最高の笑顔でステージを作っていた。
ただ、客席は盛り上がらないだけで。
目当てのアイドルじゃない。それだけで彼女は受け入れられない。
それでも彼女は諦めない。
笑顔で歌とダンスを観客に届ける事をやめない。
すごいよ、明里。
お前、すごいやつだったんだな。
涙で前が見えなくなった。嗚咽をのみ込もうとして、うまくいかなかった。
彼女は勇者だ。
蟷螂の斧で、勝ち目の無い何かと闘う戦士だった。
少なくとも俺にとって、高松明里はまぎれもない英雄で、そして偶像だ。
「これじゃダメだよ」隣で珠がつぶやいた。
私ならもっとうまくやれる。そう聞こえた。
俺は反射的に拳を振り上げていた。
珠を殴りつけようとして、踏みとどまる。
ここで冷静になれる自分に吐き気がする。ただのチキンだ、俺は。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「お疲れ様です!」ステージ裏に戻った明里は、司会者や着ぐるみの社員さん、バックスタッフに元気にあいさつしていた。
スタッフは遅れてきたアイドルを、舞台にあげる準備に忙しい。
俺たちも明里のところにいく。
座長と監督が明里をねぎらう。
珠は社員さんが着ぐるみを脱ぐのを手伝う。
「お疲れ」俺はそれだけの言葉を彼女にかけた。良いステージだった。本心からそう思ったが、それは言わない方がいい。
「暑いねー。ちょっと涼んでくる」彼女は笑顔でそう言うと、客から死角になる建物の裏に歩いて行った。
涼むのなら、外よりテントの方がましだ。戻りたくないのか。
一人になりたいのはわかっていた。でも俺は少し迷ってから、彼女の後を追う。
何かがぶつかる音がした。
物陰で明里は一人、無言で壁を蹴っていた。
俺は立ち止まる。
彼女は、離れている俺には気づいていない。
彼女は壁を蹴るのをやめた。
しばらくすると、小さく嗚咽が聞こえてきた。腕で涙を拭う動作をする。
両腕を交互に上げて、目の周りをこすっていた。ずっと繰り返していた。
俺は彼女にかける言葉を持たず、立ちすくむことしかできない。
物陰に隠れて惨めに泣く権利は、ステージに上がった彼女にしかない。
「しょうがないなー」
後ろから声がした。いつの間にか珠がいた。
珠は俺の横を通りすぎて、明里の方に向かう。
俺は珠の腕をつかんで止めた。
「?」珠は俺を振りかえる。
「先輩、あんなやつほっといて、テントで休憩しましょう」俺は珠を引きずるように、そこを離れた。
ふざけんなよ、このグズ女。
天才に、凡人の気持ちがわかるわけ無いだろ。
珠になぐさめられたりなんかしたら、明里は二度と立ち上がれない。
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