イベントにはトラブルが付き物
イベント2日目。
ひどく暑い初夏の日曜日。
イベント会社の社員さんは疲れた顔で、待機テントに入ってきた。その表情からトラブルがあったことを感じる。
「次のグリーティングのあと、姫の着ぐるみを貸してもらえる?」
姫を担当している真城珠が、上半身を起こして、社員さんを見た。
「着ぐるみだけでよいのですか?」監督こと市山聡司が訊いた。中に入っている珠ごと貸さなくてよいのかを確認したのだ。
「いや、俺が着るから」社員さんは、中の人は要らないという。
「トラブルですか?」座長の八坂雪が尋ねる。タイムスケジュールは分刻みで決められている。それ以外はトラブルしかない。
「イベント舞台で穴が空いた」
イベント舞台はテントの裏にある。いや、イベント舞台の裏に隠れて、待機テントが張られているのだが。
俺たちのグリーティング班もイベント舞台と合わせて組まれている。お互いにジャマしないように。グリーティング経路も、お客さんをイベント舞台に誘導するように経路が組まれている。
このためグリーティング班を管轄する社員さんは、イベント舞台のスタッフを兼ねている。
「次のグリーティング後に予定されているアイドルのミニライブが遅れる」
出演のアイドルグループが交通渋滞で30分以上は遅れるらしい。
「イベント舞台の司会と、着ぐるみで時間稼ぎする」
「着ぐるみはしゃべれませんよ?」監督が当然の疑問を口にする。
「司会に任せる」
ムチャ振りだね。
「私が着ぐるみで出ましょうか?ダンスもアクションもできますよ?」珠が申し出た。
珠なら着ぐるみ来たままでも、それぐらいできるだろう。
「いや、グリーティングのすぐ後だから、休憩がとれない」
「無くても行けます」
「暑さ対策は必要だから。連続はさせられない」
着ぐるみの暑さは、シャレにならない位に過酷だからね。熱中症はこわい。
「トラブルなら仕方ないですよね。お客さんを退屈させるわけにはいかないですよね」珠は行けると思ってるらしい。そしてエンターティナーだった。
「いや、事故が起きる可能性がある限り許可できない。客もスタッフも、誰一人事故は起こさせない」
イベント屋にはイベント屋のプライドがあるのだろう。
俺は黙って成り行きを傍観していた。
「私も出ましょうか?」明里が口を挟んだ。
何を言い出すんだ?
俺は明里を見た。
彼女はさも気軽な感じで発言したが、目に意思が表れていた。俺は口を出せない。
「しゃべれない着ぐるみだけでは、司会者さんも困りますよね。『お姉さん』がいたら代わりに会話ができますよ」
この『お姉さん』はキャラクターの事だ。着ぐるみではないが、グリーティング用の衣装を着ている。
「『お姉さん』もグリーティング後の休憩は必要だ」
「着ぐるみよりは熱中症の危険はありません」
絶対に無いわけではない。
「私は歌えるし、踊れますよ」
イベントのテーマソングの事か。いい感じにダサイご当地をテーマにした曲だ。
社員さんは考え込む。できるなら、明里の提案はありがたいだろう。
「明里ちゃんにはムリよ」
珠がぶち込んだ。
珠に悪意はないのだろう。単に明里には荷が重いと思っただけで。
「私が着ぐるみのまま出れば、つなげる」
「いや、着ぐるみは休憩なしで連続できない」社員さんはもう一度断言した。
「私が『お姉さん』をする。そのまま舞台に上がります」
「『お姉さん』は私です!」明里が声を荒げた。
座長がため息をついて、珠をにらんだ。余計なことを言いやがって、と思ってる目だ。
座長や監督が提案したなら、交代は可能だったかもしれない。
でも、珠に交代させられるなんてことを、明里が耐えられるはずがない。
「明里にやらせてもらえませんか?」座長が社員さんに申し出た。
社員さんは司会者に経過を説明するために、テントを出た。
次のグリーティングの準備を始める。
犬っぽい何かの着ぐるみを着た座長が俺に近づいてきた。手に着ぐるみの頭部を持ってる。
後ろで縛った長い髪を丸めて、ボールみたいにしていた。
「甘やかしてばかりではダメよ」小声で話しかけてきた。
「はい」
「主催者の要求は時間稼ぎ。できの良いショーを求めていない」
珠ならできの良いショーを作れるが、明里には時間稼ぎしかできない。そう言っている。
腹が立つ言い種だが、俺もそう思う。
「明里も珠も、よけいな事言って。そもそも契約外よ」そう言って、苦笑する。
「そうですね」俺も苦笑した。
明里を見た。
真剣な顔で化粧を直している。緊張しているのがわかるな。
珠にムリと言われたことに怒り狂っていることもわかる。
あのゴミくず、殴ってやろうか。
「那智、甘やかしてはダメ。明里を信じて」
明里の今後の成長を信じて。
失敗する事は確定ですか?
◇◇◇◇◇◇◇◇
グリーティングを終えて、テントに戻る。
社員さんが服を脱いで、下シャツとパンツになる。
珠が着ぐるみを脱いで、社員さんに渡す。
社員さんは渡された、汗まみれで熱のこもった着ぐるみを、顔をしかめながら着る。
明里は化粧を急いで直している。
「明里」俺は着ぐるみの頭部を外して、明里に近づいた。
「がんばって」
「まかせて!」明里はとても良い笑顔で俺に返事した。
座長も監督も、明里に声をかける。
明里は二人にも笑顔で、返事をする。
珠は社員さんの着替えを手伝っていて、声をかけなかった。
「舞台に行きましょう」社員さんが、明里に声をかける。
「はい!」
もう、俺たちは見守るしかできない。
いつも読んでくれてありがとうございます。
変な時間に投稿になってしまいました。




