グリーティング
夏の太陽の日差しが、容赦なく降り注ぐ。アスファルトを熱し、反射させ、蜃気楼のように立ち上る。
暑い。とても暑い。
「!!!」突然股間を強打された。悶絶するような激痛が走る。
何とか叫びを呑み込んで、下を見下ろすと、小さな女の子が俺の股間に顔をうずめていた。
着ぐるみのグリーティング。俺は県内のゆるキャラで牛のようなものを着ていた。
元気な子供は、遠くから着ぐるみを見つけると、両親を振り切って全力で駆け寄ってくる。そしてその全力の勢いのまま、着ぐるみに抱きつく。
着ぐるみの方は、視界の悪さからそれに気づかずに無防備だ。
そして子供の頭の高さが、たまたま着ぐるみの股間の高さと一致するときに悲劇は起きる。
着ぐるみグリーティングで、最も起きる確率が高く、最も不幸な事故の一つだ。
このような事故を避けるために、付き添いのスタッフがいるのだが。
明里、何やってんだよ。ちゃんと仕事しろ!
明里が俺をキャラクター名で呼ぶ。
小さな女の子を俺のとなりに立たせて、自分も女の子の目線に合わせてしゃがむ。
「はーい、ママに手を振ってねー」
明里が手を振った先に、スマホで写真を撮ろうとしている女性がいた。
この子の母親だろう。俺も手を振る。
「バイバイ」女の子が俺に手を振る。
「バイバイ」明里が俺のかわりに答えて、手を振り返した。
俺も手を振る。
暑い。
女の子を見送った先に、見慣れた人達が目に入った。
日向だ。
彼女はTシャツに白の短パン。
そして野球帽を目深にかぶり、顔を隠している。
顔を隠していても、彼女はわかるな。特にダサイTシャツとかが特徴的。
隣に田上くんがいる。
あと、べつにいいか。いちおう、榎本さん。
何かこの3人、最近仲良いね。
俺のバイトをひやかしに来たのだろうが、どこにいるかは言っていない。着ぐるみに入ることは、口外できないことになっている。そういう誓約書を書いているから。
どうやって見つける気なんだろう?
後でメールでもチェックしておくか。
日向がこっちを向く。
帽子のつばをちょっと上げる。
いきなり走り出した。
田上くんと榎本さんが慌てて、追いかける。
人がけっこういるので、そんなに速くは走れないが、流れるように人混みを縫って、一気に近づいてきた。
明里が驚いて、手を伸ばし制止しようとしたが、日向はあっさりと避けた。
そしておもいっきり俺に抱きついた。
彼女の頭が、着ぐるみの頭部に当たる。
頭部が飛びそうになるのを、手で押さえる。
着ぐるみの頭が外れるなんて、そんな失態は見せられない。
飛びつかれた勢いで倒れそうになるが、彼女に引き戻される。
彼女は俺に抱きついて、顔を胸に埋めている。
俺だってわかってるんだよな?
何でわかるの?
明里が日向を見ている。目に呆れたような色が出ているが、ニコニコスマイルはキープしている。
これは良くあることだ。明里は特に気にしていない。
実際に子供以外にも抱きつかれる。こんな勢いで抱きついてくる大人はいないけど。
つまり彼女は、子供といっしょということか。
田上くんと榎本さんが追い付く。
「那智くんなの?」榎本さんが日向に小声で問いかけた。
「ん」
「ひなちゃん、写真撮ろっか」榎本さんがスマホを構える。「ひなちゃんこっち見て」
日向は顔をうずめたまま。
俺は彼女の頭をポンポンとする。
意図が伝わったらしく、顔を俺の胸につけたまま、少し榎本さんの方を向く。
俺は片手を彼女の頭においたまま、もう片方の手でカメラに手を振る。
「きゃー、ひなちゃん可愛いー!」榎本さんが興奮して、写真を撮りまくる。
田上くんはあきれ顔。
俺も被り物の中であきれ顔。
「写真、お撮りしましょうか?」明里が切りがないと判断して、次の行動を促す。
明里が榎本さんからスマホをあずかる。
日向はさっきと同じで、抱きついたまま顔だけ明里に向けた。
俺は彼女の顔が正面から撮れるように、体を横に向ける。
このポーズはけっこう使う。小さな子供と写真を撮るときに。
田上くんが俺の隣に立つ。
空いている手の側だったので、肩に手をまわす。
田上くんも俺の肩に手を回して、二人で肩を組む。
榎本さんは日向の背中側から、両手を肩にそえて日向に持たれかける。
日向は特に嫌がっていない。
けっこう仲良くなったの?
「とりますよー。いちたすいちは?」
「「2」」
答えたのは、田上くんと榎本さん。素敵な笑顔で写真におさまった。
日向だけは冷めた目でカメラを見ていた。
「ありがとうございます」榎本さんは明里からスマホを返してもらう。
「お嬢ちゃん、ありがとねー」明里は、日向を俺から剥がしにかかる。
自分より背の高い日向を、子供扱いだ。まあ、お姉さんの設定だからね。
日向は離れたがらなかったが、明里に剥がされた。
他にも遊んでもらいたがっている、小さなお友だちがいるからね。大きなお友だちは遠慮してね。
この後、テントの中で明里が怒っていた。
「あの女、まわりに小さな子がいるのに飛びつくなんて、何考えてんの!」
あ、うん、ごめん。
「小さい子が待ってるのに、ぜんぜん代わってあげないし」
気づいてないだけだと思うんだ。他人に興味なさそうだし。
「私より年上っぽいのに。ガキかよ」
いや、同い年なんだけどな。
「明里。あの子、ぜんぜんしゃべってなかったし、障害がある子なのかもしれないから。あんまり悪く言ってはダメよ」座長がたしなめた。
俺の彼女さんだとは、とても言えない。
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