着ぐるみ
昼休み。いつものように3人で昼御飯を囲む。
田上くんはいつものように惣菜パンを買ってきている。運動部なのにそんな量でだいじょうぶなのかな?
日向におしぼりケースから、濡れたおしぼりを渡された。手を拭いて、ケースに戻す。
「なあ、サッカーしない?」田上くんが話を振ってきた。
「ん? 部活に誘ってるの?」俺が演劇部に入ってることを知ってるよね。
「いや、友達と草サッカーするから、那智も来ないか?」
「部活は?」
「インハイ予選負けたからだいじょうぶ」
「おい」良くないだろ。
「あ、来週はダメ」
「まだ日は決めてない」
「日向、来週は土日ともバイトって言ったよね?」俺は日向に確認する。
「ん」
ちゃんと伝わってるようだ。
「イベントスタッフのバイトあるから」
市主催の大きなイベントがあるので、そのスタッフ。田上くんもそのイベントは知ってるようだ。地元だからね。
「那智は何するんだ?」
「んー、何だろう」言えない。守秘義務があるので。
「泊まりですか?」彼女が訊いてくる。
「いや、通うよ?」
「なら、お泊まりできますね」
おい、何言ってるんだ。
田上くんが苦笑する。
俺の前に弁当箱が置かれる。
「いただきます」日向の発声に合わせて、いただきますをする。
「また、部の女の子と二人でお泊まりしてくるのかと思いました」
「いや、それは」
「あーん」俺が喋ろうとすると、卵焼きをあーんで食べさせようとしてきた。
うん、恐いので食べておこう。卵焼きを食べた。
「いや、それは」もう一度。
「あーん」日向は口を開ける。
嫌がらせだよね。俺は同じように卵焼きを彼女に食べさせた。
「那智?」田上くんが心配そうに声をかけてくる。
「いや、」
「前に日帰りで劇を見に行くと言って、帰って来ませんでした。部の女の子とお泊まりだそうです」
普段しゃべらないくせに、何でハキハキ話してるの?
「ひなちゃん、 フキゲンなのかな?」田上くんが優しく彼女に話しかける。まるで駄々をこねる子供をさとす感じ。
田上くん的には彼女の扱いはそんな感じなのかな? 多分そう。
田上くんには、理は俺にあって、日向が駄々をこねていると判断したのだろう。
さすが、友よ!
「むー」彼女は不満のうなりを上げる。
いやいや、今まで誰かに信頼されるような言動してこなかったよね。自業自得だよ?
「那智、ほんとは?」田上くんが俺に訊いてくる。
「劇団の打ち上げに朝まで参加してた」
「だって。ひなちゃんが心配するようなことは無いと思うよ」優しくさとす。
俺たちって、子供の保護者だったかな?
「ふんっ」彼女は分かりやすくそっぽを向いた。
「日向!」ヤッバ、ちょっと大きな声が出た。
彼女がビクッとする。周りのクラスメートがこっちを注目するのがわかる。
「那智、大声を出すな」田上くんが怒っているのを感じる。
えー、俺が怒られるの?
「日向、田上くんに謝ろ? ね?」俺は精一杯優しくさとした。
「むー」
「いいよ、今の、ふん、可愛いかったよ」
「うん、まあ、日向は可愛いから」子供っぽい可愛さだけどね。
「最初に比べたら、だいぶ打ち解けてもらったよね、俺」
返事しなかったときに比べたらね。
「人見知りも、ちょっとは俺に慣れてくれた?」
「ん」
田上くん、ちょっとだまされやすくない? 心配だな。
日向は、はじめから人見知りなんかしてない。ただ、他人に興味ないだけだよ。
◇◇◇◇◇◇◇◇
次の土曜日。今日はバイトに来ている。
イベント用の大型テントの中。広い部屋位の大きさがある。四方を布で覆われて中が見えないようになっている。
野外用の冷風機と扇風機が動いている。外よりはましだが、かなり暑い。
俺たちはそのテントで待機していた。
テントにいるのは、演劇部の5人。2年生の、座長こと八坂雪、監督こと市山聡司、看板女優の変態ゴミくず真城珠。1年生は高松明里と俺。
ここのスタッフは俺たち以外に、このイベントを請け負っているイベント会社の社員さんがいる。この6人でこの部署を担当している。
着ぐるみグリーティング班だ。
県内のゆるキャラの着ぐるみ4体。姫っぽいなにかと、牛っぽい何かと、妖怪っぽい何か、そして犬っぽい何かというラインナップだ。それぞれ珠、俺、監督、座長が担当する。
今は短パンとTシャツ姿で待機している。
明里は白の制服っぽい衣装を着ている。制服といっても、どこかの軍隊の音楽隊のような服。金キラのボタンやバッチ、金糸などの飾りがついてる。下はミニスカートで、白に少しの赤が配色されている。これ以外に、飾りのついた白の帽子と、白の手袋、白のブーツがあるが、今は外している。
「明里はカッコいい衣装でいいな」うらやましい。
「可愛いでしよ」明里が機嫌良く、返事を返す。
「似合ってて可愛い」
「那智も似合ってるよ」
「着ぐるみに似合ってるもなにもないだろ」
明里は楽しそうに笑う。俺もつられて笑う。
「1年は元気ね。若いってすごいわ」座長が呟いた。
2年生3人はシートの上に寝っ転がり、業務用の扇風機に当たっていた。
体力を温存したいのか、後の二人は返事もしない。
朝の内に2回グリーティングがあった。今は昼御飯を食べて休憩中だ。
この仕事のほとんどは休憩時間だ。夏場の着ぐるみは灼熱地獄である。わずかのグリーティングと、長時間の休憩を繰り返すことで、乗り切る。
明里は着ぐるみを着ていないので、体力の消耗は少ない。彼女が着ぐるみを着ていないのは、一番体力が少ないと、座長が判断したからだ。
イベント会社の社員さんが入ってきた。半袖シャツにスタッフ証をさげている。30才前後位の、イベント屋っぽい人。
「そろそろお願いします」
社員さんの呼び掛けで、俺たちは動き出す。
着ぐるみ着るの、臭いんだよな。汗が染み付いて。気休めで、消臭スプレーをかけてから着ぐるみを着る。ホント、ただの気休めだった。
着ぐるみの視界はとても悪い。
普通は、他人が歩いていると、ぶつからないようによけて歩く。でも、着ぐるみを着ていると、子供が近寄ってくる。
視界の悪い着ぐるみでは、小さな子に気づかずに、蹴りとばす事故が起きる。だから、付き添いのスタッフが必要になる。
付き添いは社員さんと、明里だ。
明里の役割は小さな子供を安全に誘導する、お姉さん。
「さあ、みんなー。子供達に夢をお届けしに行くよー。準備はいいかなー?」明里がステージ司会のお姉さんキャラで俺たちに声を掛けた。
まだ、客はいないよ。
2年生たちが無言で、でもノリノリで手を上げた。俺も同じようにする。
「ゲート オープン!」
明里の合図で社員さんがテントの出入り口の布を開けた。
「じゃあみんなー、いっくよー」明里が最高の笑顔で、俺達を地獄に導いた。
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