側転宙返り
部活の終わりの、帰ろうとしているとき。
明里が期末テストの話題を振ってきた。
「かなりヤバそう。ぜんぜん勉強してないよー」
ふーん。
「俺はいけそう」
「なんで?!」
「いや、勉強してるから。ちゃんとね」
「那智なのに?!」
ひどいな、おい。
「塾に通ってるからね」
「そうなの?」
「彼女さんの部屋」
「なにそれ?」
「毎週末はお勉強会だよ。高校生のお部屋デートは、お勉強会と決まっているらしい」
「健全。いや、むしろ不健全?」
「どうだろうね」
「彼女の部屋が塾?」
「そう。彼女さん、頭良いし、教え方も上手」
「いいね」
「いいのか?」
「良くないかも」
「だよな」
明里は近くにいた、真城珠にも話を振る。
「珠ちゃん先輩はテストだいじょうぶなの?」
「テスト?勉強なんかしてる暇あったら、戯曲の一つでも読めば?」
ダメらしい。相変わらずのダメ人間だ。
「カントクー。珠ちゃんこんなこと言ってますけど」明里が監督こと市山聡司 に告げた。
「あ?」監督がこちらを見た。「別におかしな事言ってないだろ」
そうか?
座長の八坂雪も、「珠にしては、まともな事言うわね」と言った。
離れたところで部長が苦笑している。原田部長は2年生3人のために、顧問や教師たちに小言を言われたり、頭を下げて回っているらしい。
いい人だね。
自重しろよ、2年生。
「あー、それで良いんだ」明里がなんか壊れたように呟いた。
「良くない。正気になれ」
◇◇◇◇◇◇◇◇
日曜日。俺は日向に起こされた。
先週と同じように、俺は彼女の部屋の床で寝ていた。
「お早うございます、拓海」
「おはよう、日向」
彼女は、俺のジャージのズボンとTシャツと靴下を渡してくる。昨日、彼女の部屋に置いておく用にジャージを買っておいた。
俺は体を起こして床に座る。
彼女は着替えるために、パジャマのボタンをはずし始めた。下には何も着ていないので、白い肌が見えた。
俺は彼女に背を向けてパジャマを脱ぐ。
朝の5時。空はすでに明るくなり始めていた。
彼女が告げた目的地はかなり離れた公園だった。往復で1時間くらいか。公園で練習するらしい。なんの練習かは訊かなかった。
少しストレッチをしてから走り出す。かなりのスピードだ。
演劇部のジョギングの時の、真城珠を思い出す。
珠と違って、日向はたまに後ろを振り返り、遅れはじめる俺を待つ。
俺、彼女の練習の足を引っ張ってるな。
「先に行って」と、言ったが、彼女はそうはしなかった。
遅れた俺を待つあいだ、彼女は足踏みをして待つ。膝が腰より高く上げているから、足踏みと言うより、もも上げだ。
そのうち、その場でステップを踏み、体を揺らしながら中に拳をうちはじめた。
シャドウボクシングってやつか。
打ち出されるパンチは高速で、そして手数が多い。
俺にあれをやられたら、一つも避けれずに、ボコボコにされる自信ある。
公園に到着して、俺は持ってきたタオルで汗をふく。もう暑い季節になっていた。
息切れしてゼイゼイいっている。
いや、30分くらいのジョギングなんて平気なんだよ?普段ならね。彼女を待たせると悪いから、いつもよりペースが速かっただけで。
いや、マジ気持ち悪い。
彼女は平気な顔をして息を整えていた。
「ストレッチしよ」
彼女基準のストレッチは、うん、痛い。マジきつい。
彼女は俺とストレッチをするのが楽しいのか、必要以上に密着してくる。嬉しそうでなによりです。その分、俺はきつくて辛いですけどね。
芝生の上に座って前屈しているときなんかは、甘えた彼女が後ろから抱きついてる様にしか見えない構図。
彼女は胸を背中に押し付けて、頬をすりすりしてきて嬉しそう。
俺は痛くて泣きそう。
演劇部の練習で明里にもよくやられるが、明里と違って、日向は全く押し返せない。
「もっと息はいて」
呼吸が続かないよ。
交代して彼女の背中を押す。全く抵抗なくベッタリと体が折り畳まれた。そして延々と息をはき続ける。
すごい肺活量だね。
その後、俺はいつもの発声練習と、腹式呼吸の練習をする。
広い公園なので近所迷惑にはならないだろう。
彼女は何かの型の練習をしている。彼女からは格闘技をしているとは聞いていないが、明らかに格闘技の練習にしか見えない。それも見よう見まねとかではない、長年反復された動きだった。
発声練習後、ダンス用の技の練習をする。前転宙返りとか、後転宙返りとか。
側転の練習をしていると、彼女が近づいてきた。
「補助しますか?」
補助なしでも側転できるよ?
「手を着けてるから」
地面に手をつけて側転していたからか。俺はダンサーではない。そこまでできなくていいのだけど。
「側転宙返りできるの?」と訊いてみる。
彼女はいきなりその場で側転を決めた。
「予備動作無しでできるの?!」驚いた。ホント驚いた。
「? 予備動作ですか?ばれますよね?」彼女は不思議そうな顔をした。
誰かと闘うのが前提なんですね。
戦闘民族でしょうか?
「マットとか無いと怖いからやめとく」だって、地面に顔ぶつけそうになるから。
「ん」彼女は少し残念そう。
補助するとか言ったのは、俺にかまって欲しかっただけか。
俺は彼女の頭をなでなでした。
彼女は満足そう。
少なくとも、彼女とは物理的なケンカはしないようにしよう。
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