夜道
月は綺麗ですか?
日曜日。俺は明里と夜道を歩いていた。
街灯があるし、車の往来もそれなりにあり、ヘッドライトでそれほど暗くはない。しかし人通りはまばらで寂しい夜道。
俺は明里を家まで送り届けるために、彼女と夜道を歩いていた。
「いや、あの舞台は斬新すぎだよ」明里は楽しそうに、興奮冷めやらぬようすで話続けていた。
「倉庫で公演とはね。しかも、機材が置きっぱなしで、それが大道具扱いとはね」俺も饒舌になる。
「客席にまで置くことないよね」
今日は劇を観に行っていた。
2年生の演劇部の先輩が参加している、市民劇団というか社会人劇団というのか、そんな感じの劇団だった。
地方の田舎なので、それほど規模は大きくない。会場も使用料の高いホールを借りずに、使われていない倉庫での公演だった。
収容人数が少ない分、土日で昼夜2公演ずつ、回数で動員数を増やしていた。
今日の最終公演に明里と二人で観に行った。最終だけあって、満員御礼だった。
早めに日向の部屋を出て、劇場になっている倉庫の前に並んだ。並ぶのが早かったので結構前の桟敷に座れた。
「一人が何役も演じて、コロコロシーンが変わるの、那智好きそうだよね」
「うん、好物」
「珠ちゃんすごかったね」
「一番、演じる役多かったんじゃないかな」
「小さい女の子の役、むちゃくちゃ可愛かった。お持ち帰りしたくなるくらい」
持ち帰るな。
「あの陰険な主人も、殴りたくなる位、嫌な感じだったよな」
「あの、お母さんと別れ別れになる少年、泣いちゃったよ」
「俺も」
全部、真城珠が演じた役の話だ。
「話、全然理解できなかったけど」
「理解させる気ないよね」
「那智、好きそう」
「大好き」
「気づいてた?珠ちゃんおっぱい見えてたの」
「見た見た。前のかぶりつきで、見上げてた人には見えてたね」
「珠ちゃん激しいんだもの」
服の背中を引き裂いて、生えていた翼を自分で引きちぎるシーンだ。
背中だけ裂けて、背中以外は見えないように調整してあったのだろうけど、最終公演って事で、勢い余ったんだろう。倒れ込んでいるとき、乳房が見えていた。
本人はまったく気にしてないようだった。役に入り込んでいたのか。
いったいどんな話かだって?
「意味不明だけど面白かったー!」明里の感想と同意見だ。
「最後、こわかったわー!こわくて泣いちゃった」
「俺も」
「いや、嗚咽聞こえてきたときはびっくりしたよ。何泣いてるのよ」
「明里も泣いてただろ。涙まみれで。鼻水垂らして」
「鼻水でるねー」
「鼻水延びすぎ!」
「だいじょうぶ。お化粧直したから。ほら、可愛いでしょ」自分の顔を指差してニカッと笑う。
「可愛いけど、鼻水垂らすかわいい女の子。バカっぽ」
「あはは、可愛いのは認めてもらえるんだ」
「事実だし」俺も笑う。
「じゃあさ、今度の台本、可愛い私が、とっても可愛いヒロインを演じる、可愛い劇にしようよ」
「どんだけ可愛い自分、大好きなんだよ」微笑ましすぎてにやける。
「んーそうだな」俺は考えてみる。「今日の劇の台本、何を狙ってたかな」
「はい!」彼女は元気に手をあげる。「変化しすぎて流される日常と常識。あまりにも変化しすぎて、何も変わらない不条理!」
「陳腐だなー。でもそれがいい」
明里は得意そうに微笑む。
「テーマをどう解釈するかは観客次第だけど、仕掛けはわかるね。どうやって魅せるか」
俺は立ち止まる。
彼女も立ち止まる。
「真城珠の引き出しの多さを、これでもかと見せつけて、観客の度肝を抜く」
彼女は黙ったまま聞いている。
「俺でもそうする」
ごめん。真城珠は大嫌いだし、明里は大好きだけど。本気で脚本書くなら、主演、真城珠以外あり得ない。
彼女の目が弱く揺れた。
そして歩き出す。
俺も歩き出す。彼女から半歩後ろを。彼女の顔が見えないように。
「ねえ、那智はいつから劇団に入った?」彼女は明るく、話題を変えた。
「小学4年生から」
「私も。児童劇団ってそれくらいなのかな?」
「そうなんじゃないかな」
「もう6年やってるのね。私たち」
「そうだな」
「監督も4年生からだって。7年になるんだね。座長は小学1年生からだって。10年もやってるのよ」
「ベテランだね」
「部長と副部長も中学から演劇部だから5年になるのよね」
あんまり目立たないけど、3年生の二人もそれなりの経験年数あるんだ。
「知ってる?」彼女は少し言葉を止めた。「珠ちゃんと監督は幼馴染みなんだって」
「そうなんだ」
仲いいよね。付き合ってるんだっけ。
「珠ちゃんは、監督に誘われて同じ劇団に入ったんだって」
「ん」
「中学1年の時に」また言葉を止める。「て事は4年やってるんだね」
言いたくないなら言わなくていい。
「うちの演劇部で、一番キャリア無いんだよね、珠は」
俺は、何か言葉にしようとして止めた。
「ずるいよね」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
彼女の家まで送り届けた。こじんまりした2階建てのよくある家だった。
彼女は玄関を開けたまま、家に入らずに、俺を見送った。
彼女は手を小さくバイバイする。
俺も軽く手を振って挨拶をしてから、歩き出した。
あの後の彼女はいつものように、楽しそうにあちこちに飛ぶ、とりとめのない会話をした。
いつも通り、元気で楽しそうな明里だった。
しばらく歩いて、角を曲がる前に振り返った。
玄関前に彼女が立っているのが見えた。
俺は見えるように、大きく手を振った。
彼女も大きく手を振ってきた。
俺は角を曲がった。
いつもありがとうございます。
しゃべってるだけの回になってしまった。
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