膝の上
俺の天使はいつものように、飛び付くように抱きついてきた。
5月ももうすぐ終わるころ、土曜日。
毎週末の習慣となった朝8時の改札。
「おはよう。日向」
「ん。おはようございます」
「手、離してくれたら頭なでてあげる」
「はい」
彼女は手を離して、目をギュッととじた。
可愛いな。
彼女の頭をなでなでする。彼女が満足したのを確認してから、肩を抱いて駅の構外に誘導する。
いつまでも改札近くに立っていると迷惑だからね。
彼女の扱いにも大分なれた。こちらから積極的に行くと結構思い通りに動いてくれる。
攻撃に振っていて、防御には振っていないキャラのようだ。
今日の日向をほめる。ここもいつも通り。
前髪を帽子のなかに入れて、おでこも目も出している。帽子のつばは後ろに回している。
よく着ている明るい色のパーカー。中のTシャツはたまに着ている原色系の、不思議な幾何学模様の柄。このセンスだけは理解できない。
パンツは短いデニム地。丈が折り返しの少ない裾のみで、太もものほとんどが生足。
小学生か。
これはこの間二人で買い物に行った時に買った。夏用の涼しげな服を買おうと言って、選んだ服だ。いや、涼しげなのは間違いないね。
買うのを止められなかったのは、試着したときに、彼女の生足の魅力に逆らえなかったからだ。反省している。
ロリータファッションと小学生みたいな服はまったく違うから。
俺のかっこいい系の美人の彼女さんは、俺の趣味の勘違いから始まった小学生みたいな服装と、元から疑われる彼女の謎センスによってカオスになっている。
今度服を買いに行くときは、まともな人を連れていこう。
すれ違う人たちが、美人の彼女さんに目が行くのは仕方ない。太ももをじろじろ見るのは止めて欲しい。さわると筋肉量にビビるよ。
その後はいつものように彼女の部屋で勉強。
ボレロの制服につられた俺は、身の丈に合わない進学校の授業に苦戦している。
彼女との勉強会は、ほぼ俺が彼女に勉強を教えてもらう時間となっている。俺は塾にでも通ってるのだろうか?
何よりも問題は、ボレロにつられて入った学校が、夏服になってボレロでなくなったこと。
学校、楽しくない。
昼食後は彼女の部屋でだらだらしている事が多い。今日はスマホでシナリオを書いている。
彼女は本を読んでいる。俺のひざに座って。
この前、ひざに座らせてから気に入ったようだ。本を読むのに疲れると、顔を俺の首筋にすりすりしてきたり、においを嗅いだりしている。
俺、なんか臭うの?
あんまりかまってやらないと、要らんちょっかいを出してくるので、たまに頭をなでてやったり、おでこにキスしてやったりしている。
かまってる間はおとなしい。
今は、俺の左手をいじって遊んでいる。右手で本を開いて読みながら、左手で俺の左手の甲を押さえ、俺の手のひらで自分の太ももをなでなでしていた。
ショートパンツだから、太もものほとんどが生足。生足触らせて何がしたいのだろうか。
俺は左手が使えないので、右手だけでスマホを操作していた。スマホでシナリオ書くのはちょっとやりにくい。フリックミスが多い。
じゃましないで欲しいな。
少しシナリオに没頭していたのか、彼女は退屈しだしたらしい。
太ももを触らせていた俺の手をつかむと、左胸に押し当てた。手のひらでふくらみを包み込むように。て言うか、鷲掴みだね。
俺の手を押さえてる彼女の手は、俺の手を使って胸を揉んだ。
彼女は見上げるように振り返って、俺を見ている。
何してるの? かまってやらないと、ホントに頭の悪いことはじめるよね。
そう言えば、彼女の胸、はじめてさわったな。正確には触らされてるのだけどね。あんまり嬉しくない。いや、少しは嬉しいけど。
俺はスマホを置くと、空いた右手で彼女の左頬をつねった。
「ふぁい?」面白い声が出た。彼女は胸を揉むのをやめる。
俺は自力で彼女の胸から手を離す事をあきらめている。彼女の方が腕力あるし、彼女の胸を触りたくないないわけでもないから。
そういうわけで、彼女に離してもらうことにする。
「右ほほもつねってあげるから、左手離して」
彼女はあっさりと手を離した。難解だね。これは良いんだ。
俺は約束通り、彼女の右のほっぺもつねる。面白い顔になる。つい笑ってしまう。
「日向」
「ふぁい」
「愛してるよ」
「ふわたひもふぁいしてみゃふ、ひゃくみ」
ちゃんと何をしたいのか、わかったようだ。
今回は、前みたいに失敗をしない。俺はニヤニヤしながら、手を離した。
彼女は真顔のまま、ほほをさすった。「もういいの?」
「うん」
彼女は振り返って俺を見ているので、俺の膝の上で横座りになっていた。俺は両手で彼女の腰を抱いて引き寄せた。
言っておかないといけないことがある。
「日向。悪いけど明日は早く帰る」
「ん」
「来週の土曜日は来れない」
「ん」
彼女はそう相づちをうっただけだった。
少し待ってみたけど理由を聞いてこない。本当に俺のプライベートとか興味ないのな。
「劇見に行くのだけど」
明日の日曜日は真城珠と監督の入っている、市民劇団を見に行く。今日も公演をやっており、3年の先輩と座長が見に行っているはずだ。
明日は俺と明里で見に行くことになっている。
それと、来週の土曜日は少し遠い都市まで観劇に行く。明里と二人で。
「日向も見に行く?」
「観劇デートですか?」
「いや、演劇部の人もいる」
「知らない人ですよね?」
「多分知らない」
「んー。やめておきます」
「そう」
どうしたものか。
「演劇部の女の子と二人で行くことになるけど良いの?」
「んー、知らない人はこわい」
あ、そう。俺が他の女の子と二人で遊びに行くのも興味ないんだ。
観劇は遊びじゃないけど!
と、このときは思っていたけど。
後から思うと、ワナにはめられようとしていたようだ。
そして俺はまんまと策にはめられた。
いつも読んでくれてありがとうございます。




