日常
日常回
朝から教室の入り口で、日向に抱きつかれるという、頭の悪いイベントをこなした以外は、特に何もない1日になるかと思っていた。
学校では昼休みにしか日向は俺のところにやってこない。
それ以外の休息時間は、彼女は本を読んでいることが多い。そうでなくても大体は一人でいる。
俺も普段は彼女のことは気にしていない。俺は俺で、男の友達と、主に田上くんとどうでもいいような話、つまり有意義な会話を楽しんでいる事が日常だ。
2限目の授業が終わった後、スマホをいじっていた。書きかけのシナリオを読み直していたとき、
後ろの方で不穏な空気を感じた。
日向の席の方だ。
俺は後ろを振り返る。数人の女子生徒が固まって立っていた。何かを取り囲むように。
位置から見て、日向の席を囲んでいるようだ。女子生徒の壁で、彼女が席にいるのかはわからない。
これはまずいかな。
俺が立ち上がろうとしたとき、田上くんがにこやかな笑顔で、その集団に近づいていった。
何人かと話をすると、その集団はそこから立ち去った。彼女たちは、よく榎本さんと一緒にいる子たちだった。その集団の中に榎本さんはいなかった。教室を見渡すが、榎本さんはいなかった。
集団が去った後には、席に座っている日向が、憮然とした表情を浮かべている。田上くんが苦笑した表情で彼女に話しかけていたが、彼女が返事を返す事はなかった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
昼休み。いつものように3人で昼食をとる。
日向の「いただきます」で頭を下げると、いつものように、あーんで食べさせあう。
いつも通り、彼女は無口だ。いつも通りと違うのは、無表情ではなく、少し不機嫌さが漂うことか。
さて、
「田上くん。とりあえずありがとう」
「何が?」
「さあ、何にありがとうかは知らない」
「何だよそれ」
「知らない。とりあえず礼を言っとくよ」
「那智に礼を言われる事はしてない」
「日向が、礼を言ってなさそうだからね」
「ひなちゃんにも礼を言われるよう事はしてないぞ?」
「そうか?」俺は彼女を見る。
彼女は俺たちの会話を無視して食事をしていた。
「日向」俺が声をかけると、日向はビクッとしてはしをとめた。でも、こっちを見ない。
「礼はいっといた方がいいよ」できるだけやさしく声をかける。
「那智、俺がおせっかいをしただけだ。礼を言う程の事じゃない」
「日向にとってはトラブルでもないような事で、助けは必要なかったのだろうね。でも、助けがいらないって事と、助けようとしてくれる人がいるって事は違うよ。その事にはお礼をいった方がいいよ」
彼女は下を向いたまま固まっている。ムシするなよ。
「日向、礼ぐらい言えよ」
「那智!」田上くんが、強い言葉で俺を止めた。
田上くんはやさしいよね。やさしいからって、彼を軽んじていいわけがない。付け上がんなよ。
彼女は顔をあげた。しばらく俺の顔を見ていた。少し泣きそうな顔にも見えた。
3人とも無言の時間が過ぎた。
「ありがとう」彼女は小さくつぶやくと、また下を向いた。
田上くんがつまっていた息をはいた。
俺は手を伸ばして、彼女の頭をなでた。
「で、何があったの?」ひととおり彼女の頭をなでなでしてからたずねる。彼女にではない。田上くんに。
「先に事情聞かない?」
「何で?」
「何でって」田上くんが苦笑する。
日向と田上くんでは、どちらに理があるかなんて聞くまでもないよね。
「女の子はこわいね」田上くんが言った。
榎本さんか。
あの時日向を囲んでいたのは榎本さんの友達だった。まあ、このクラスの大半の女子と大半の男子は、榎本さんの友達だけどね。
「朝のひなちゃんは、ちょっと可奈ちゃんに冷たかったかな」田上くんは全部を言わなかった。
榎本さんのお友達は、日向が榎本さんに寂しそうな顔をさせたことを怒ったのか。友達思いだね。
自分のために動いてくれる友達の数では、圧倒的に榎本さんの方が日向よりは多いね。
「可奈ちゃんは知らないから」田上くんが榎本さんをかばう。好きな女の子をかばったのではなくて、事実を言っただけだろう。田上くんだからね。
やはり榎本さんはやっかいだ。日向が、榎本さんの友達のねたみやひがみを被せられることになった。こうなるのはわかってたことだ。榎本さんが、わかってないからやっかいなんだよな。
あの八方美人のニセモノめ。
ニセモノの仮面は榎本さん自身を傷つける事に、はやく気づけよ。
「日向、よくがまんできたな」俺はもう一度彼女の頭をなでた。
「ん」
人見知りで口下手な彼女はよくがまんできたと思う。
言葉が苦手な彼女が肉体言語で解決しようとする前に、止めてくれた田上くんに感謝だ。
「力で解決しても、いつもかえって面倒になったから」
田上くんが、は? て顔をした。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ゴールデンウィーク明けの、月曜日の部活。
「お早うございます」
「「おはよー」」元気な女の子の声と、適当なゴミ女の声が帰って来た。
真城珠は半裸で本を読んでいた。隣で高松明里が、先輩の服を持っていた。明里が先輩をきせかえ人形にして遊んでいたところだろう。
明里は先輩の服を机に置くと、
「ちょっと座って待っててね」と、先輩を半裸のままイスに座らせる。そしてカバンから雑誌を出すと、俺のところにやって来た。
「那智、観たい劇、ピックアップしてきた」彼女は楽しそうに俺に話しかける。もってきた本はイベントの情報誌だった。
もうすぐ、監督と珠ちゃん先輩の入っている劇団と、座長の入っている劇団の公演がある。それ以外にも劇団の公演を観てまわることにしていた。
バイト代が入って、軍資金は潤沢だから。
俺も明里も演劇が好きだから、観てまわるのはあたりまえだが、今回は自分達の入る劇団を決めたいと思っている。
「一緒の劇団に入ろ」と明里は言った。俺も明里となら心強い。
二人とも劇団には入っていたが、児童劇団だった。もう、児童って歳でもない。社会人の劇団に入るつもりだ。
興味ある劇団が、今回スケジュール入ってなかった。
「練習を見学させてもらいにいく?」
「劇を観てないのに?」
「その劇団なら前に観たことあるよ」
「俺もある」
「私は気に入ってる」
「俺も」
「じゃあ問題ないね」
いくつか観に行く劇を決める。
「あと、これも観に行きたい」明里が示したのは、都会の劇団だった。そんなには離れていないが、それなりに交通費がかかる。
「野外か。観てみたいな」
「行こう」
「そうだな」
彼女が嬉しそうに笑顔を返した。
いつもの日常が始まった。
いつも読んでくれてありがとうございます。
日常ですよ。




