花火
ゴールデンウィークの最終日。
つまりバイトの最終日。5時でバイトは終わりだ。
俺は着替えをして、スタッフルームで明里を待っていた。彼女は今、着替え中だ。
「お疲れ様、拓海くん」チーフがスタッフルームに入ってきた。
「明里ちゃんはまだ?」
「そのうち来るでしょ」
「はい」チーフから、缶コーヒーとクリームを挟んだクッキーを渡される。
「ありがとうございます」餌付けされてる。
チーフはおやつの事をノルマとよぶ。大人の世界はこわいね。
「お待たせ」元気な声とともに、明里がスタッフルームに入ってきた。着替えが終わったようだ。
彼女も、チーフから缶コーヒーとノルマをもらった。
最終日の今日は、チーフからプレゼントがあると言われていた。
「二人ともお疲れ様でした。これ」チーフから渡されたのは、このパークのナイトパス二人分だった。前は割引で売ってもらったのだが、今回はチーフのおごりらしい。
「良いんですか?」俺は少し遠慮する。
「わーい!ありがとうございます!」明里は遠慮なく笑顔で受け取った。
チーフもつられて笑顔になる。うん、ありがたくもらっておこう。
「ありがとうございます」
俺たちがバイトに入った全部の日で、ノルマを達成していた。そのごほうびらしい。俺たちだけでノルマ達成したわけでもないのだけどね。
チーフにお礼を言って、通用門から出た。
そして、入場ゲートにまわり、あらためてパークに入った。
「どこ行く?ジェットコースター行く?行こ!」明里は俺の手を引いて、軽く走り出した。
「危ないから走るな」
「全部乗るよー」
無理だって。夜間営業時間だけでは回れない。待ち時間もあるし。
と思ったが、けっこう乗れた。移動はほぼ走っていたけど。夕食もとらなかったけど。
「那智、ジェットコースターこわいのー?」彼女が見下すような、悪い笑顔で聞いてきた。
「普通」
「普通てなんだよ」
「普通だよ」
「これが普通?」
ジェットコースターの出口の、記念写真を指差した。
モニターに、俺と彼女が並んでジェットコースターにのっている写真が写し出されていた。
写真に写った俺は、安全バーにしがみついて目をきつく閉じている。
うん、スリルを充分に楽しんでいる写真だね。
写真に写った彼女は、俺のとなりで満面の笑みでバンザイしていた。しかもカメラ目線。
よくカメラ見つけたな。
笑ってバンザイしている写真をこの前も見たな。
榎本さんか。
明里の笑顔で写った写真と比べるとよく分かる。
榎本さん、作り笑いが上手だな。
「何?」彼女が真顔で聞いてきた。雰囲気が一変した。
いや、俺が先に変えたのか。
「いや、明里は作り笑いとかしないな」
? 彼女は意味をとりかねて少し首をかしげる。
「私は、笑うときは、笑ってる役になりきる。作り笑いするときも同じだ」彼女は真剣な顔で答えた。声もいつもより低い。
怒らせたか?
誤解だ。
「演劇の話しじゃない」俺は慌てて誤解をとく。
彼女はすぐにピリピリした空気をといた。
「なんだ。那智に作り笑いとかするわけないじゃない」笑顔で言い切った。
俺も笑顔になる。
フィナーレの時間が近づいてきた。エントランスを抜けたところのにある広場にみんな集まってきた。
フィナーレは音楽と花火のショーだ。
みんなワクワクしながら空を見上げている。
俺と彼女も、広場の真ん中にならんで立って空を見上げていた。
待ってる間も彼女はしゃべり続けている。俺もそれに付き合う。いや、むしろ俺の話を聞け。
オタクが好きなことを話し出すと、早口で饒舌。今の俺たちの会話かな。お互い好きなことしか話してないから、ぜんぜんかみあってない。
むっちゃ楽しー。
「だから、寺山は渋谷の乱闘で」
「仕掛けたのは唐だよね!」
「市ヶ谷で三島は」
「やっぱ、2.5次の演出は」
「那智、切腹しろ!」
「なんでさ!?」
あっちこっちに飛ぶ、演劇ネタも盛り上がってるところに、ショーが始まった。
大音量の音楽。
音楽に合わせて、色とりどりの花火が打ち上げられる。
歓声があがる。
俺たちも歓声をあげたのか?
そのあとは二人とも無言で、ショーに見とれていた。
ゴールデンウィークが終わる。
ここにいるみんなも明日から日常に帰る。
俺たちも明日から学校が始まる。
「高校の部活じゃ届かないよ」彼女が呟いた。
ショーが終わって、広場に集まっていた群衆は、エントランスに向かって移動をはじめていた。
俺たちの横をたくさんの人たちが通りすぎていく。
俺は黙ったまま、隣に立ちすくむ彼女を見下ろした。
彼女は花火が終わった夜空を見上げていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ゴールデンウィーク明けの月曜日。
朝、教室に入ると、先に席についていた日向が走ってきた。そして、俺に飛びつく。
「んげ」変な声出た。
飛び付かれた勢いで、後ろに倒れそうになる。あっさりと彼女に引き戻されたので、こけなくてすんだ。
いや、こけそうになったこと自体、日向のせいだからね。
日向の席に目をやると、榎本さんが呆然とこちらを見ていた。
理解した。
俺を目にしたから、走って逃げて来たんだね。
榎本さんは俺と目が合うと、気弱そうな顔で目をそらした。そして、自分の席に戻る。
「離して」
「むー」
むー、じゃない。教室の入り口で抱きつかれる俺の恥ずかしさを理解してほしい。あと、痛い。
「きつく抱きついたら、抱きつくの禁止にするって言ったよね」
「ん」彼女はしぶしぶといった感じで腕を離した。すねたように下を向いている。
「おはよ、日向」
「お早うございます」彼女は下を向いたまま挨拶を返した。
こうして、ゴールデンウィーク明けの日常が始まった。
これ、日常なの?
読んでくれてありがとうございます。




