ヘアピン
部屋に戻ると、田上くんがラブソングを熱唱していた。
ごめんね、田上くん。俺がいない間、盛り上げてくれていたんだね。
榎本さんへのアピールタイムにはなっていたか。不毛だけど。
見方によっては、日向が気をきかせて、二人だけにしたともとれるかな。まあ、そんな事はないけど。
田上くんは座って歌っていた。その隣に俺は座る。席を立つ前と同じ場所だ。
日向は俺の裾をつまんだまま、立っている。自分のいた、元の席に戻ろうとしない。
つまり、榎本さんの隣に座ろうとしなかった。
榎本さんは、俺たちを見ている。不安気な、傷ついた表情。これはちょっと酷いな。
田上くんが立ち上がり、歌いながら榎本さんの隣に座った。もう一本のマイクを榎本さんに差し出し、
「いっしょに歌お」と、曲の合間に言った。
榎本さんは、その提案を受け入れるしかなかった。
日向はちゃっかりと、田上くんが座っていたところに座る。移動するのにいったん離した裾をつかんでいた手を、座ってからつかみなおした。
ホント、良い性格をしているよね、俺の彼女さん。
田上くん、ごめんね。気を使わせるよね。
次に榎本さんのターン。かなり残念なことになった。明らかにテンションが下がっている。日向があからさまに避けてるからね。
田上くんがなんとか盛り上げようとしている。いい人だね。
俺は次の曲を入れる。
田上くんに「いっしょに」と誘い、二人でステージに上る。もちろん日向は、裾をつまんでいる手を振りほどいて置いてきた。
演歌系のデュエット曲だ。
俺が女性パート。俺の妖しい女の魅力で田上くんをメロメロにするつもりだ。
このメロメロって言い方、懐メロっぽくて良いよね。ん、わかんないか。
日向は相変わらずの無表情で俺を見ている。手強いよな。
榎本さんは、ぱちくりした目で俺たちを見た。食いついてきた。
子供の頃から劇団で鍛えた、俺の女形はカンペキだね。
田上くんは俺の色仕掛けにたじたじだ。俺が男である事が、更に困惑を極める。
榎本さんは何か興奮している。俺達のショーを楽しんでもらえてるようでなによりです。
榎本さんが、落ち込もうが悲しもうが何とも思わない。どうでもいい人だからね。
でも、俺のショーを観ている観客は別だ。傷ついている観客には笑顔を。
美男美少年ばかりの舞台を好む女性がいることは知っている。むしろチケットが手に入れにくいほどに人気があるらしい。
俺も有料配信で観劇した。勉強のためにね。
俺が美少年でなくて悪いが、田上くんは美少年だからゆるしてくれ。
曲が終わり、俺は日向の隣に、田上くんは榎本さんの隣に戻った。日向はすぐに俺の裾をつまむ。
「とう……」榎本さんが何か言いかけてやめ、
「いや、何か恋人同士に見えたよ」と楽しそうに言い直した。
「尊い」とか言いかけた?作ってるキャラに会わないから気をつけてね、エセ美少女さん。
「那智、おねえもキャラあってるね」田上くんが、楽しそうに言う。
楽しんでもらえて嬉しいよ。でも、おねえ、呼びはやめて欲しいな。
「いやいや、男の子同士ってところがポイントじゃない?」
榎本さん、気をつけてね。自分の発言わかってる?
「え?BL好きなの?」田上くんが怪訝な顔で、榎本さんに尋ねる。
ほら、誤解された。
「え?」
「男の子は男の子と、って」
「えー、違うわよ。BLには興味ないから。あんまり」
「だよね。女の子同士なら、何か興味あるかも」
え?マジ?田上くん、百合に興味が?
いや、違うな。百合って言葉も知らないくらいだから、話を広げてるだけだな。
「あぅ」榎本さんが何かしゃべろうとして、言葉がでなくなっている。
何やってんの?動揺しすぎでない?
「ホモも、レズも、気持ち悪い」
それまで黙っていた日向が口を開いた。
今まで聞こえないくらいの小さな声しか出してなかったのに、はっきりと聞き取れる音量で。
榎本さんも田上くんも固まる。
「日向!」俺は思わず大声を上げる。怒鳴ったとも言えるくらいの声が出た。
日向がビクッと震えた。反射的に俺を見る。おびえている目。
何だ?日向が俺をこわがってる?
俺に嫌われることをこわがってるのか?
「センシティブな事だから、気を付けようね」俺は微笑みながら優しく言った。
「田上くんも」
固まっていた田上くんが俺をみる。
「おねえ、て言葉を悪口と感じる人もいるからきをつけようよ」もちろん、田上くんに悪気が無いことは知ってるよ。
日向には完全な悪意を感じたけど。
わかっててぶちこんだよね。
なぜ俺がマイノリティ擁護派みたいな事言わされてるんだ?
榎本さんが、不安気に俺を見ていた。
お前は黙ってろ。
「日向、いっしょに歌おう」リモコンを手にとって日向に渡す。
頭をなでてやったら、おびえた表情が、とろけた。
可愛いな。ホント、いい性格してるよ、俺の彼女さんは。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
カラオケ店から出たら、もう暗くなっていた。電車に乗って戻る。俺はそのまま降りずに乗っていた方が早く帰れるのだが、みんなといっしょの駅で降りた。
日向を部屋まで送っていくためだ。その流れで、田上くんが榎本さんを送っていくことになった。
よかったね田上くん。まったくおすすめしないけど。
帰り道、彼女は無言だった。さっき怒られたのを引きずってるのか。いつも通りか?
部屋についてから、彼女が何をするかを見ていた。
送ってきたのには理由があった。俺が彼女を送ることにあまり意味はない。帰り道で彼女がトラブルにあったとしても、俺はたいして役に立たない。むしろ彼女の足手まといになる自信さえある。
俺が彼女を送っていくときに、榎本さんにうらやましそうな顔をされたが、これは榎本さんのためだからね。
彼女は部屋に入ると、カバンを棚に置き中から袋を出した。
今日、榎本さんからプレゼントされたおそろいのヘアピンが入った小袋だ。
袋からヘアピンを出すと、袋の方を部屋のゴミ箱に捨てる。そして、ヘアピンを持って台所に向かう。
俺は彼女の後について行った。
彼女は台所に備えてあった燃えないごみの袋にヘアピンを入れた。
彼女は部屋に戻ろうとして、俺が後ろで見ていたことに気づく。
「?」俺が何をしているのかわからずに、キョトンとした表情をする。
俺は黙ったまま、燃えないごみの袋をあさり、捨てられたヘアピンを取り出した。
「日向、おいで」
彼女は素直に俺の近くにトコトコとやって来た。
俺はヘアピンで彼女の髪を止めた。
前髪が上げられ、隠すものがなくなった彼女の目はすねているように見えた。
「私は、拓海さえいればいいです」
読んでくれてありがとうございます。
隔日更新を目指してます。
応援お願いします。




