兄の人命救助
私の兄は、通信大手に勤めていたが、新型コロナウイルスが流行り始めてすぐ独立したそうだ。
社会の変動期、戦前から戦後にかけては、実業家が伸びる時期だと、歴史が証明している。
兄が高校三年の冬の事だ。彼はセンター試験を翌日に控え、頭を冷やそうと、海岸へ散歩に出かけた。
彼が防波堤をかけ降りたその時、「兄ちゃん、前のお婆さんを捕まえて、お願い。」顔見知りの海の家のおばさんだった。
「早く、早く。」彼女の声に異様なものを感じ、よろよろと歩く、百メートルくらい前方のおばあさんの後を追いかけた。
兄の気配を感じたのか、老婆はいきなり斜めに海へと歩みを進めた。
兄が彼女に追いついた時、水深は腰の高さを超えていた。
「駄目だよ、おばあさん。そんなことしちゃ駄目だ。」
彼は後方から彼女の脇の下に両手を回して、やっとの思いで砂浜まで引きずり、自分は大の字になって、冬の鉛色の空を見つめたという。
改めて、海を眺めると、風が強く、波は飛沫をあげていた。
海の家のおばさんは、放心状態の老婆を立ち上がるように促したが、彼女は全く動かなかった。
軽いと思った老婆が、思惑に反して、ずしりと重く、抵抗もしたため、兄は乱れた息を平常に戻すのに、時間を要していた。
それでも彼は大きく三、四回、息を吐いて「俺、おぶっていきます。」
と言って、老婆を背負い、海の家まで歩いた。
「髪乾かして、服取り替えてよ。」海の家のおばさんに勧められたが、兄は断り早足で十五分くらいかけて家へ戻ってきた。
昨晩の残り湯を沸かして、風呂へ入っていると、畑で菜っ葉を採って来た母が兄に気づいた。
「あんた、どうしたの?びしょびしょじゃない服がさあ。」母は、びっくりしてそう尋ねた。
「頭を冷やそうとしただけさ。俺が悪かった。」兄はそう答えたという。
そのエピソードを今思い出すと、自分の兄は何て格好良いのだろうと思った。
まるで、ハードボイルド映画のヒーローのようである。
兄は昔から男気のある人間だと感じていた。
しかし、翌日のセンター試験の日、彼は高熱を出して試験に臨まなければならなかった。
きっと、頭痛で問題が、よく理解できなかったのだろう。
彼は、その日、浪人生活を覚悟した。
しかし、人命を救ったという充実感が全身に溢れていたに違いなかった。
かくして、四、五日経って、海の家のおばさんと老婆が、家を訪ねて来た。
兄の風貌から、家が分かったそうだ。
海の家のおばさんの息子は、兄の先輩で、よく家に遊びに来ていた。
「先日はありがとうございました。」
何の事だか、見当もつかない両親は、訳を尋ねた。
「このお婆さんは、孫嫁に出ていけ。死ね。と毎日言われ続けて、本当に自分は死ななければならない。と思って、海で入水自殺しようとして、その時助けてくれたのが、お宅の息子さんです。」
数日前、母はずぶ濡れで帰ってきた息子を思い出した。
やっと母も合点がいった。
老婆はポケットから、しわだらけの無記名の祝儀袋を取り出し、おもむろに、父の前に置いた。「少なくて、ごめんなさい。」
父は断ったが、老婆はガンとして、受け取らなかったという。「ようこ」父は母に一言そう言うと、母は小さく返事をして立ち上がった。
二十年連れ添った夫婦に言葉は必要なかった。
母は餅類や、梅干し、海苔などを両手で抱えきれない程用意して、それを大きなビニールの風呂敷に包んだ。
「お婆さん、戦前、戦中、戦後、必死で生き抜いてきた自分を粗末にしないで、生きてください。このお土産を持って堂々と家へ帰ってください。」父はそう言って、母が用意した大きなビニールの包みを老婆に渡した。
「ありがとうございます。奥さんも、ありがとうございます。」老婆とおばさんは何度も頭を下げて帰ったという。
老婆の持ってきた祝儀袋はそれから長い事、違い棚の上に立てて、飾られていた。
「あいつ、いつの間にか、成長したんだな。誇りに思うよ。ヒーローみたいだ。」と父が言った。
母は何も言わず涙ぐみ、大きく頷いた。
余談だが、母がその事で兄を褒めた。
「俺、海で泳げたことなかったよ。もう少し深かったら、二人とも危なかったよ。」
照れくさそう言った兄を、呆れた眼差しで凝視する母の口は、しばらく閉じることが出来なかったという。




