03 オリエンテーション中止!
誓って一瞬だけ――ほんの一瞬だけ、目の前の光景を「カスタマセンター?」と思った。
「佐々木さん、藤原さん、待ってました!」
名前を呼ばれて、藤原は反射的に数回瞬きしつつ、声のほうに顔を向けた。
こちらへやってくる女性は学生支援課の四方だ。40いっているのかいっていないのかよくわからないけれど、白のブラウスにスリムパンツという至極シンプルな格好でも、華やかさを醸し出している。藤原の中で「ザ・大人の女性」の代表である。
「お疲れ様です」
「お疲れ様。ほんと、マジで助かるわ。ありがとう」
四方は佐々木と藤原を学支課の空いている机に案内した。
「これが新入生全員のリスト。で、こっちが佐々木さんの担当分、こっちが藤原さん」
翌々日に控えたオリエンテーションが中止になったことで、学校から新入生全員に電話してその旨伝えるよう指示が出たのである。
入学の意思を確認したうえで、
ひとつ、登校しなくていいこと。
ひとつ、配布予定の資料は後日送付するため、現住所を所定のメールアドレスに送付すること。
以上2点を連絡するのだ。
新入生の人数が多いため、教務課から藤原と先輩の佐々木が応援にかり出されたのであった。
「各学部の留学生に関しては留支がしてくれるので、飛ばしてOK」
藤原はチラリと隣の机に視線を流した。
留学生支援センターの職員が流暢な英語――少なくとも学生時代英語がアキレス腱だった藤原には流暢に聞こえた――で電話していた。
「もしここに載ってるその学生の電話番号、全部通じなかったらどうします」
佐々木が尋ねた。
教務課では役職がある者以外もっとも経験豊富な女性といえば、よく課長と同じようなタイプを想像されがちだが、本人は実に穏やかで落ち着きのある雰囲気の持ち主である。
四方は答えた。
「それはとりあえず飛ばしてくれていい。とにかく持ち分のリストを1周して、あとは明日こっちで続きやるから」
「わかりました」
ひと通り説明してもらい、さあ取りかかるぞと藤原が気合を入れたところへ、学生支援課の梶がホワイトボードの前までやってきた。
「すみません」
少し大きめに発せられた梶の声に、ちょうど電話をかけていなかった者たちが顔をあげる。
「電話が通じなかった人から折り返しが来たら、担当に関係なく同じことを伝えてください。それからこのホワイトボードに、学部と名前の記入をお願いします。みなさんも自分の担当のとこの名前がないか、こちらへ確認をお願いします」
それぞれのところからほぼ一斉に「はい」の声があがる。
これで改めて戦いのはじまりだ――と思っていたら、藤原は隣から話かけられた。
学生支援課担当の留学生支援センター職員、花井である。
「もし、留学生からの電話を取っても、気後れしないでください。みなさん入学試験に合格しているので、それなりに日本語が通じます。だからがんばって日本語で押し通してくださいね」
新入生は在学生のようにまだ押しは強くないですからと、そんなことを言われてしまうと、藤原は無意識に背中を伸ばした。
以前、教務課にかかってきた留学生の電話を取ったとき、相手は頑なに英語の通じる先生――留学生は職員のことも先生と呼ぶ――をお願いしますと押してきた。
こちらがついカタコトの英語で返したら、今度はまったく聞き取れないネイティブなみの英語に攻撃された。
その日はまたちょうど教務課担当の留学生支援センター職員が年休でいず、どうしようもなくなって、藤原は花井に電話を転送したのだった。が、けっきょく相手が尋ねたかった内容は教務課担当であったため、花井は教務課にそれを確認し、再度学生に連絡するという遠回りをしなければならなかった。
留学生全員がそうではないことは、もちろん藤原も知っている。だいたいはみんな一生懸命ちゃんと日本語で話してくれるし、藤原と仲の良い留学生もいる。
しかし国籍に関係なく、少々手ごわい学生はどこにでもいるもので、よくあるといえばよくあることなのだ。花井も教務課の人たちも転送してかまわないと言うのだけれど、このことが藤原の中では若干トラウマとして残っていた。
そんな藤原に気づいたのか、花井は大丈夫と笑って言った。
「どうしても埒があかなかったら、こっちに回してくれてかまわないので、先にやるべきことをやりましょう」
言われて、藤原はそうだとばかりに力強く頷き返した。
今はとにかくン百人に電話しなきゃいけないから、自分が留学生からの折り返し電話を取る、そんな確率の低いことは取ってから考えよう。何より英語ができる人が隣にいるのに何を心配することがあるって言うのだ。
気を取り直して、藤原は今度こそリストに没頭していった。
4月の定時は18時。
今日は間違いなく残業だが、これはこれで楽しいかも。
そんな気がした。




