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桐泉大学的事務方の事情  作者: タカミチ
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02 課長vs課長

 過去に学祭で行ったアンケートによると、桐泉大学という言葉の響きが、なんとなく漫画に出てきそうな名前だというイメージがあるらしい。

 今時、たぶんどんな職場にも「漫画みたい」と言われるような話が、ひとつやふたつあってあたりまえなのではないだろうか。

 そして桐泉の事務方における「世にも不思議な出来事」ランキングでは、ここ数年他の追随を許さぬほど常に1位に燦然と輝いているものがある。

 教務課長と学生支援課長は犬猿の仲である、と。




「お疲れ様です、田淵課長…」

「お疲れ様です…大崎課長」


 一課の長が己のテリトリーから離れることはあまりない。

 そのあまりないときに限って、よっぽどのことがあって、別々の用事であるにもかかわらず同じタイミングで、両課長ともに席を外す状態に至った。

 結果、犬と猿の仁義なき戦いの勃発である。

 本来ならばこうした「遭遇戦」はめったに起こりえないわけなのだが、「めったに」は「皆無」とイコールではない良い証拠が提示されたというわけだ。

 ゆえに、もはや、縁、以外の何ものでもない――と他の職員から陰でささやかれたりしている。


 教務課大崎課長は40代半ば、独身。ひと目で「できる」とわかるキャリアウーマンである。

 学生支援課田淵課長は50代前半、既婚(愛妻家)。事務職というよりは営業マンの雰囲気がある。


「聞きましたよ」


 大崎課長が鋭い一瞥を投げた。


「奨学金の業務を留学生支援センターに投げたそうですね」


 組織図上、留学生支援センターは教務課に属する。

 つまり大崎課長の管轄だ。


「投げたとは失敬な。留学生のことは留学生支援センターに任せるのが当然じゃないか」

「奨学金関係は学生支援課のご担当でしょう」

「誰もやらないとは言ってない。メインは留学生センターで、うちはあくまでサポートに徹するってことだ」

「ようするに責任取りたくないってことね」

「誰がそんなこと言った」

「誰が聞いてもそうとしか取れませんね。留学生センターには嘱託しかいないのに、責任取らせる気?」


 言葉の上にはデカデカと「専任のくせにふぜけるんじゃない」という垂れ幕がわかりやすくかかっていた。


「ばかを言っちゃいけない。本来の業務をしてもらうのに、なんでこっちが無責任ってことになるんだよ」

「そっちが逃げるからでしょう」

「それを言うなら留学生センターはそっちの管轄なんだから、そっちで責任取ってやったらいいじゃないか」

「奨学金関係は学生支援課の業務でしょうが」

「そっちこそ責任取りたくないから言ってるだけだろう」

「なんですって!」

「なんだよ!」


 春休み期間中でよかった。

 こんな姿を学生に見られるわけにはいかない。

 学生以前に、教職員にもあまり見せられる場面ではない。

 しかしながら運の悪い人間はどこにでもいるわけで、備品チェック帰りの藤原と三浦がまともに目撃してしまった。

 桐泉に来てまだ4ヵ月目の三浦にとって、未知との遭遇そのものである。

 一方の三浦からすれば、こんなことは二人の通常運転範囲内だと知っているので、一瞬だけ顔に呆れの色をよぎらせただけだった。


 これだから度量のないみみっちぃ男は…、と大崎課長。

 結婚できない女が言われたくない、と田淵課長。


 はっきり言ってどっちの発言も完全にセクハラである。

 大崎課長はおもむろに携帯電話を取り出した。

 コール音が聞こえるということはハンズフリーにしたのだろう。


『実和子?』


 田淵課長の顔色サーッと変わる。


「ゆき乃、しばらくうちに泊まりに来ない?」

「待て!」


 慌てる田淵課長。


『いいわよ。じゃいつものところで待ち合わせしましょう。遅くなる?』

「いや、今日は定時で帰れると思う」

『わかった。今夜はビーフシチューだから、実和子の分も持っていくね』

「ありがとう。楽しみにしてる」

『耕太さん、そこにいる?』

「いるよ。そのまま話して」

『耕太さん、お疲れ様です。というわけだから、しばらく実和子のところに行くわね』


 田淵課長は言葉が喉につっかえて出てこない様子で、最愛の奥さんの愛らしい声が紡ぐ地獄の託宣を黙って聞くだけだった。


『3日分のお弁当と晩ご飯を用意しておくから、チンして食べて。冷凍庫には食パンがあるから、それは朝ご飯にどうぞ』


 田淵課長の顔はますます白くなった。


『それから二人とも。何があったのかは知らないけれど、職場では肩書きにふさわしい立ち居振る舞いをしなくてはいけないわ。いいわね?』


 W課長はうっと言葉に詰まり、嫌そうに相手をちらりと見ると、非常に嫌そうにわかったと答えた。


 電話を切った大崎課長は、しばらく沈黙の後、


「やっぱり留学生センターを独立させたほうがいいと思う」


 と言った。

 これを受けて田淵課長も頷く。


「今のご時世、留学生のいない大学なんてあんまり考えられないしな」


 意見が一致した二人の課長は、それから何も言わずに、それぞれの用事のあるほうへ踏み出した。

 特に大崎課長は、動くに動けずにいた藤原と三浦を一瞥し、藤原の肝を冷やすこととなった。



 教務課長と学生支援課長には四捨五入して10歳の年齢差(すなわちキャリアの差)があるのだが、学生支援課長の奥さんが教務課長の親友という関係が間に入ると、単純な先輩後輩というわけにもいかなくなる。


「でも、お二人の仲はそこまで悪いってことでもないからな」


 留学生支援センターに対する見解を取ってもそれはわかる。

 もちろん三浦が心の中で、どちらもいい年をした大人なんだし、と付け足したことなど藤原は知る由もない。

 だからW課長の「友情と愛情の狭間でのせめぎ合い」を教えられた藤原は、はっきりとは説明できないけれど、人生の奥深さを再認識することとなり、


「漫画みたい…」


 と、つぶやいたとか、つぶやかなかったとか。






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