01 備品チェックの話
ギシリ、と足もとからなかなかにホラーな音がした。
その瞬間、足が止まる。
といっても決して小さな音が超常現象を彷彿させるためではない。
このまま足を踏み下ろすと、築120年ある木造の古い建物の廊下に穴を開けるのではないかと危惧したからだ。
なんてったってここは桐泉大学に現存する唯一木造校舎であり、旧宗教学部の校舎として使われていた。
――宗教学部であるところがポイントである。
「何やってんだ。行くぞ」
前方から先輩の声が飛んでくる。
はーい、と藤原は小走りで先輩に追いつく。
こないだから通常業務のほか、備品チェックの仕事を言い渡されていた。
藤原と先輩の三浦が旧宗教学部と文学部の校舎担当である。
備品リストにあるものは、必ずしもその部屋・その教室にあるとは限らない。
どういうことなのかというと、先生にしろ生徒にしろ、勝手に動かすからだ。
特に机と椅子。
各教室にある机と椅子の数は決まっている。
あたりまえのことである。
そして教室ごとに、備品に貼ってある備品シールのナンバーも違う。
これも当然だ。
が、先生や学生がこのことを知っているのかというと、たぶん――きっと知らない(シールに気づいたとして、そこにある数字の意味まで考えないだろう)
だから机や椅子を移動させても、もとの数と同じになるように戻してくれるだけなのだ(この場合、数を合わせてくれるだけでもありがたいと思うべきなのかもしれないが)
こうして、この「使ったら片づける」という至極あたりまえな行動が繰り返されることによって、各教室の机と椅子はやがてトランプのようにシャッフルされ、隣の教室、隣の隣の教室、果ては違う階の教室へと旅立つことになる。
――じゃなくて。
藤原は備品リストを見てたまらず唸った。
旧校舎最上階の東端にある教室は昔、礼拝室であった。
宗教学部が存在していた頃は、礼拝室と書いて、仏教専攻科から「らいはいしつ」と呼ばれ、キリスト教専攻科からは「れいはいしつ」と呼ばれ、神道専攻科をはじめとする他専攻・他学部の学生はただ単に「東部屋」と呼んでいた。
だから「礼拝室」であっても、ここには仏像もなければ十字架もない。もちろん何かしらの御神体もなく、ほかの学校に置き換えればきっと会議室とか、多目的ルームとかという名前が付けられたことであろう。
あるのは、今ではもう使えないほど古いパイプ椅子や長机である。
そして。
そのパイプ椅子の数が、実際あるのとリストにある(予備含む)のとではまったく合わない。
詳しく言うと、リストにあるのが80脚、それに対し今教室にあるのは約110脚。
備品シールが貼ってあるものは70脚強。
その中で旧礼拝室のものであることを示すシールは50脚弱。
ほかはシールのないものであった。
シール有りの内訳を見ると、それこそいろんな教室からここに集結していることがわかる。
藤原は三浦を見た。
事務歴10年の体育会系男子の口角がわずかに引きつっている。
あとで戻さなければならないことを考えると、面倒くさすぎるのひと言に尽きる。
古い建物特有の匂いに囲まれて、二人は少なくとも5秒は見つめ合ってしまった。
小話形式で書いていく予定です。
不定期更新。
…学校名を変えました。
タイトルも変えました…




