幕間:とある令嬢①
クラスメイトの少女視点 5/13二話目
「ミリー」
「ティモ殿下、ごきげんよう」
私は貴族としては末端の……男爵家の娘。
だけれども入学試験で優秀な成績をおさめることが出来たため、恐れ多いことにこの国の王太子殿下であるティモ・リードレ殿下と、その婚約者であるミリセント・アグエッドス公爵令嬢と同じクラスになってしまった。
王太子殿下は前評判通り、それはもう美しい。
銀色に煌めく髪に、新緑の瞳。それでいて人当たりがよく、いつも穏やかに微笑んでいる。婚約者であるアグエッドス様にもいつだって笑顔で話しかけている。
それに対して、婚約者であるアグエッドス様は作り物のような笑みを浮かべて返す。
それはあくまで王太子殿下の婚約者としての笑みのように見えて、一部の者達から反感を買っていた。
王太子殿下とその婚約者である公爵令嬢の噂は様々流れている。
それこそ形だけのものではないかとか、アグエッドス公爵家側が無理に婚姻を結んだのではないかなど……。だけれどもそれと正反対の、とても仲睦まじいという噂も聞こえてくる。
少なくとも王太子殿下はアグエッドス様のことを嫌っておられないのだろうなというのは分かっている。
だって義務的な婚約関係ならここまで話しかけたりはしないとは思う。
けれどそう思わない人も当然居るようで、アグエッドス様のことを悪く言う令嬢もいた。……それは王太子殿下の婚約者の座を取って代わろうとしている人たちである。
正直下位貴族の私からしてみると、婚約者がいる男性に近づこうとすることがまず意味が分からない。それに婚約者が変われば、これまで王妃教育を完璧にこなしてきたと噂のアグエッドス様と比べられ続けることになるというのが分からないのだろうか。
アグエッドス様は、完璧な公爵令嬢だ。そのルビーのような濃い赤色の髪と、瞳。それでいてただ美しい。王太子殿下の婚約者であるというのが分かっているのに見惚れている男性も多い。
多言語を操り、王妃教育もしっかりこなしていて陛下たちからの覚えも目出度い。
確かに少し吊り目で女性にしては声が低い印象を与えるから少し恐ろしく感じるかもしれないけれど、私がぶつかってしまった時も「怪我をしないように気をつけなさい」と労わってくれた。
婚約をどうにか駄目にしてしまおうなどと恐れ多いことを考えている令嬢たちがあることないこと噂されているけれど、それをかき消すかのようによく一緒におられる。
――婚約者同士、仲が悪いと噂されると不都合だからそうしているだけ。
なんて言っている人もいるけれど、どうなのだろうか。
と思っていたある日、私は目撃してしまった。
「ミリー」
……散歩が好きな私は、学園内を探索していた。
そこでその声が聞こえたのだ。
柔らかくて、優しい声。
……それが王太子殿下の声だとは気づいたけれど、なんだろう、教室に居る時の声とはまた違う気がして、私に言われたわけでもないのにドキリッとした。
おそるおそる覗いてしまった。
そしたら王太子殿下とアグエッドス様が隣同士で座っていた。お弁当を食べているようだ。
とろけるような甘い笑み……。
「もう、ティモ……。一人で食べれるわ」
「私がミリーに食べさせたいんだよ? ほら、誰もいないしいいだろう?」
「だ、誰が見てるか分からないのよ」
「見られたっていいじゃん。私はミリーと仲良しだって噂が出回った方が嬉しい。変な噂を広めようとしている令嬢いるし」
「そんな怖い顔しないの! まだ入学して一か月も経っていないのよ? これから私が彼女たちを認めさせればいいと思っているの。だからしばらくは見守っていて欲しいわ」
「うん。分かった」
そう言いながらアグエッドス様の肩に頭を乗せる王太子殿下。……み、見てはいけないものを見ている気が! しかし目をそらせなかった。
「言ったでしょう? 私をティモを誰かにやりたくないの。だから、負けないって」
「うん。可愛いね、ミリー」
おおうっ、こちらからは良く見えませんが、王太子殿下はもしかしてもなく口づけされた?
護衛騎士の方などが居るだろうから、一線を越えることはないだろうけれど。
王太子殿下はアグエッドス様の耳元で、何かを囁いています。そうすると、一気に顔を赤くするアグエッドス様。……同性の私からしても可愛らしかったです。
そうして思わず見つめている間に王太子殿下と目が合ってしまい、私は慌てて踵を返しました。
……形だけのものではないわね。うん。寧ろ人前の方が節度を保っているというか、素の状態だとお二人ともああなんだ。
そう思って私は見ていただけなのに、顔が赤くなってしまった。
ただ流石にこれらのことを言いふらすのもいけないと思ったので、私は「王太子殿下達は形だけの婚約者」と言っている人達にやんわりと「違うと思います」というだけに留めておいた。
流石にプライベートなことを言いふらすわけにもいかないもの! それにしても次期国王夫妻があれだけ仲睦まじいなんて、とても素晴らしいことだわ。