宿屋
朝日が優しく差し込んでいる。
目覚めは今までにないくらい良かった。と、いうか今までが最悪だっただけか。
……いま思い出すとあれはひどかった。
もはや板を立てて屋根をつけただけのすきま風が吹き抜ける家に、たいした寝具もなく眠っていたのだから。
それに比べれば、今座っているベッドのなんと柔らかいことか。
気を抜けば、もう一度ダイブしてゴロゴロしたくなる魔力を秘めている。
「……これが、魔道具か……」
私はもう一度だけベッドを撫でて、朝食を摂るために一階に降りていった。
◇
「おはようございます」
「ああ、おはよう。どうやらぐっすり眠れたようだね。他の客はとっくに朝食をすませちまったよ」
彼女はこの宿の女将さんである。
昨日私は街に入ったあと、門番さんにオススメされた宿に直行した。
さすがに真っ暗闇の中、街中をブラブラ歩く気にはならなかった。
とまあそんなこんなで、道に迷いながらも宿屋に着いて、お金を払ってベッドにダイブした。
そして今に至る。
あ、ちなみにお金はオークの魔石を売ったときの残りだ。あんまり残らなかったから、宿で一泊しただけで無一文になった。
「朝食、食べるかい?」
少し現実に打ちひしがれていた私に、女将さんは優しく声をかけてきた。
私はおなかに手を当てた。
……そういえば、昨日の夜はなにも食べていなかった。
おなかは今更のように空腹を主張し始めた。
「はい。いただきます」
私はカウンター席で、女将さんの持ってきた料理に手をつけた。
口に入れたそれは、今まで食べたことがないくらい美味しかった。
……というか今までろくな物を食べていないことに気付いた。
草に、未熟な果実に、血抜きも満足にできていないお肉。
……あれ?家といい、食事といい、今までの生活を思い出すと涙が出てくるな。
私は涙をこらえながら、臭みの消えているお肉を噛みしめた。