魔石
体力の消耗が激しい。
一度は撒けたと思った追っ手だが、幾度となく待ち伏せにあい、だんだんと息が上がってきたところに、後ろから足音が聞こえてきた。
しかも悪いことに、最初に比べればかなりの人数がいそうな気配がする。
「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」
いやだ。捕まるものか。意地でも逃げ切ってやる。
土地勘もない路地裏で、追っ手に追われながら右へ左へと走り回ったせいで、いまではすっかり居場所がわからなかった。
それでも私は走った。この闇で、奴らが私を見失うことを願って。
◇
逃げては戦い、戦っては逃げて。
幾度となく繰り返された戦いに、私の体力はガリガリと削り取られていった。
そして、ついに。
「おっと、どうしたお嬢ちゃん。足が止まってるぜ?」
私は走る気力もなくて、荒く息を吐いていた。
男どもは、そんな私を嘲笑うかのように、ぐるりと周りを取り囲んできた。
それはまるで、夕方と同じように思えるが、状況は全く違う。
奴らは数を増やしているが、私がひとりなのは変わらないうえに、さんざん走り回ったせいで、無視しきれないほどの疲労が溜まっている。
男はニヤニヤ笑って近づいて来る。
……もうすぐ、伸ばされた手が私に触れるだろう。
……何かがカチリと嵌まった音がした。
瞬間、伸ばされた手を切り払い、男の首筋を切り裂いた。
辺りに一瞬の沈黙がおりた。
そんな少しの時間を使って、私は呼吸を整えるように大きく息を吸った。
……疲労がどうとか言ってる場合か?違うだろう?こんなところで死にたくなんてない。
だったらさ、抗えよ。野性動物は死にかけが怖いってよく言うじゃないか。
奴らの喉に剣を突き立ててさ、生をもぎ取れ!
ようやくざわめきだした集団に、私は出鼻を挫くように剣を振るった。
地を這うような回避のしにくい足への攻撃。倒れこむ男の顎を蹴り上げ意識を刈り取る。
後ろから突き刺そうと出された剣をぎりぎりで躱し、お返しとばかりに心臓を一突き。
フラフラと踊るようなステップで攻撃を避け、そのたびに両手の刃物が僅かな月光を反射して煌めく。
細かい傷が何個もできた。でも、無視した。
街中での戦闘はご法度ってことも、いまは全く気にならなかった。
……どれほど剣を振っただろう。
周りは、人だった何かがたくさん倒れていて。
私の体は限界に達していた。腕も、足も、もう動きそうになかった。
男の放った蹴りが、見事なまでに腹に吸い込まれていく。
「ぐぁっ!」
ここまでか……。
腹を抑えて蹲る。近くでカランと剣が落ちる音がした。
背中に衝撃が走った。蹴られたのだと、少し遅れて気が付いた。
意識が朦朧としていて、頭があまり働かない。
「この女……、いったいどんなことをしたのかわかってんだろうな?」
……よく、お前らがやったことを棚に上げてそんなことが言えるな。
口はパクパク動いただけだった。声がでないほど疲労しているようだ。
私はなけなしの力を振り絞って、ポケットに手を突っ込んだ。
特に、状況を打破できるほどの何かは残っていない。そんな物があるのなら、こんなに追い詰められる前に使っている。
私の手には、少し冷たい小石ほどの物が触れた。
魔石だ。
魔石とは、使えば生活が楽になる便利な物であるが、それと同時に劇毒でもある。
私はそれを男どもに見せつけるようにしながら、最後の力を振り絞った。
「ば、かじゃねぇの……?だれ……が思い通り、になる、と思って、るの……?死ぬ方法くらい、準備してるに、決まってる、じゃん……」
私はそれを飲み込んだ。男どもに見えるように。
「――!こいつ!」
男がひとり駆け寄ってきて、私の口に手を突っ込んだ。ひどい、鉄の味がした。
「こいつほんとに魔石を飲み込みやがった!」
腹を更に蹴られた。意識がどんどん薄れていく。
もう、周りの景色もみえないし、周りの音も聞こえない。
……ああ、もっと生きていたかった。こんなところで死にたくないな。
やりたいことが、まだ残っているのに……。
父さんの仇を討つために片手剣を持ったのに……。
母さんの仇を討つためにナイフを持ったのに……。
家族の、友達の仇を討つために強くあろうとしたのに……!
こんなところで、終わりかよ……!
体の奥から鋭い痛みが襲ってきた。まるで、内側から食い破られるような痛みだ。
「――!ぐぅ!い、いやだ……!こんなところで死にたくない……!もっと、もっと生きて、仇を……!」
朦朧としていた意識が一瞬で覚醒するほどの痛みだった。
体がボコボコ膨らんでは潰れ、肌が爛れて、血が吹き出した。
体を抱きしめて耐えようとしたけど、無意味だった。
転がって、叫んで、頭を打ち付けて。
……そんな苦痛は、ふとした時に消え去った。私の意識とともに。
死にたく、ない……




