8.怪しい依頼者
一人暮らしを始めて何日か経つと、月の光亭での生活がいかに素晴らしかったのかを実感する。
何をするにも日本に比べてちょっと手間がかかることが多くて、結構手間だ。
朝起きると、まずはお湯を沸かす。
コンロとオーブンの下に燃料(ハースベというよく分からない液体)を入れるタンクがあって、火をつけると勝手に燃料が上がってきて発熱する。だから、熱網という電熱線状の渦巻きの真ん中に火をつけるだけでコンロとして使えるんだけど、この「火をつける」のが最初は大変だった。
日本のライターと火打ち石の中間みたいな「ライター」に火種綱を挟み、ライターを擦る?弾く?と、火種になる。簡単に言ったけど、これがまた難しい。
最近やっと慣れてきて、朝から何十分も無駄にせずに済むようになった。ちなみに温石もコンロで加熱するんだけど、眠たい時に限って火種が付かない。
お湯が沸くまでに、キッチンの水道からトイレのタンクへお水を運ぶ。朝いっぱいにすると、大体1日は持つ。バケツは重たいけど、普通の集合住宅だと1フロアに1つしか水道がない所も一般的だそうで、部屋に水道があるのは恵まれてるらしい。
どうやってお水が3階に上がってるのかわからないけど、レバーを押してる間お水が出る。離すと止まるので無駄がない。
それから買っておいたパンとお茶で朝ごはんを済ます。
うう…月の光亭の温かくて美味しい朝ごはんが恋しい。
コンロが一口で、冷蔵庫もないから料理がしにくい。
夕飯を家で食べた時は、朝ごはんにもスープを食べられるけど夜は外で食べることが多く、大体はパンだけになりがちだ。
冷蔵庫もコンビニもなんて便利だったのかと実感する。
お仕事も生活が出来る程度には依頼がきている。
中でも、紹介なしで家に依頼に来てくれる人が現れはじめたのは大きな変化だ。
ゲルハルトさんが、通りから見えるように飾ってる防具の下に絵を置かせてくれたので、その宣伝効果だと思う。
武器屋さんの前に腕組みをして立つゲルハルトさんの絵は、筋肉ムキムキ(ゲルハルトさんのリクエスト)に描いたので、来る人から「地獄の門番」と言われているらしい。それをニヤニヤと教えてくれたのは本人なので、たぶん気に入ってもらえてると思う。
昼間は街中を歩いたり、広場や公園に座りサンプルで描いた絵を並べて依頼待ちをしたりして過ごす。顔の広いエドワードさんや常連さん達が宣伝してくれているおかげで「黒髪黒目の異国の『有名画家』がいる」と一部で噂になっているらしく、たまに握手を求められたりする。ただの素人なのに心苦しい。
夜には色々なお店に伺って、食事をして依頼待ちをさせてもらう。依頼が来ない時も多いけど、そんな時は積極的にお客さんに話しかける。顔を覚えてもらう大切さは月の光亭で実感した。
お家を借りると定住扱いで、画家をするにも必要な手続きがいっぱいあって、それを教えてくれたのも月の光亭で知り合った人達だ。
家にあったから、引っ越し祝いに、と色んな人が色んな物をくれた。食器やリネンなど細々したものは買わずに済んで、なんとアトリエ用の豪華なソファーまで格安で準備出来た。
革の破れたシェルファソファーを譲ってもらうと、別の人が革の張り直しをしてくれ、結局私が払ったのは布代だけだった。
こうして人に助けてもらうと、日本ではほとんどなかった人との繋がりを強く感じる。私に出来ることが少なくて申し訳ないけど、何か手助け出来ればいいなと思う。
◇
そんな日が続いたある日。
お昼ごはんを食べ終え、今夜はどこへお仕事に行こうかと考えていた時ノックの音がした。
「はい」
依頼かなと期待をして扉を開けると、私より少し年上に見える若い男性が立っていた。ものすごいイケメンだ。
短く切り揃えられた髪は小麦色。一重の碧眼と薄い唇はどことなく色気があるし、鼻筋が通っててバランスがいい。
飾緒が3本で左胸にバッチ…勲章?が多いけど、紺色の制服はジャックさんと同じだから、近衛騎士団の方だと思う。
体格もがっちりしてて流石騎士!って感じがするし。
「…画家のナオミ・タグチ様ですか?」
少しの間があって、男性が口を開いた。
「はい。そうです」
なんか、身長が高くて上からものすごく見つめてくるから威圧感すごいな…。無言が恐いんだけど。
「…あの?」
「失礼。私はアルフォード・シュビックと申します。あなたに依頼をお願いしたいのですが」
「はい。ありがとうございます!どのような内容でしょうか?」
よかった。普通に依頼だった。
ジャックさんに紹介されて、絵手紙の依頼かな?
最近ちらほら頼まれるんだよね。
「似顔絵をお願いしたいです」
「わかりました。お一人ですか?」
「お三方です。今日、今から付いてきて頂きたいのですが」
「今から、ですか?」
「はい」
今からも時間は普通にあるけど、あまりに急だしなんか恐いな。うーん…近衛騎士団の人っぽいし大丈夫な気もするけど。うーん…
「どちらに行かれるんでしょうか?」
「危険な場所ではありませんし、付いてきて頂ければわかります」
いや、回答になってないし怪しすぎるでしょ!
「…………あの、今からは…ちょっと…」
「予定がおありですか?」
「はい、依頼が入っていまして」
やんわり断る雰囲気を醸し出す。
「では、そちらには断りの連絡をさせます。どうぞご安心を」
なにそれ安心出来ません!横暴だ!
「いや、あの…」
心では即答で突っ込みをいれたけど、ダメだ。圧力を感じて言葉が続かない。
怪しいよね?怪しすぎるよね?
叫んでゲルハルトさんに助けを求めるべき?
前に変な人が来たときは追い払ってもらったけど。
言い淀んでいると、男性の方が口を開いた。
「もしかして怪しんでいらっしゃいますか?」
ひぃぃぃぃ!バレてる~!!
声が平坦で何考えてるのかも読めない~!
「いや、そんなことはないですけど」
平静を装ってごまかすけど、たぶんごまかされてくれてないと思うんだよね。そんなオーラが出てる!
「あぁ すみません。あなたは異国の方でしたね。私は近衛騎士団の者です。高貴な方のご命令によりこちらに伺っております。今日受けていらっしゃるご依頼は、騎士団の者に断りにいかせますので、あなたの不利益にならないように言い含めておきます。では、参りますのでお荷物のご準備をお願い致します」
はい、異世界の者ですが、近衛騎士団なのはわかってましたよ。でもあなたが恐いから付いて行きたくないんだよ。なんて言える雰囲気じゃないけど。
さらに促され、ノロノロと鞄に荷物を詰める。うぅぅ恐い。
さぁ行きましょうと先を歩き始めた騎士さんに断りを入れて、1階に寄らせてもらった。渋られたけど押しきった。
「ゲルハルトさん…!あの人から依頼だと言われたんですが、行き先も言ってもらえず不安なんです!」
助けを求めひそひそと話しかけると、なんだと!?と外の男性を睨み付けた。
が、すぐに驚いた顔になる。
「おい、ありゃぁシュビック隊長じゃねぇか!ナオミちゃんすげぇな!お偉いさんから依頼が来たのか?」
「え?いや、だから行き先もわからなくてですね」
「行き先なんて言わんだろうよ。近衛騎士が呼びに来たんだから、お偉いさんの命令ってこった。頑張ってこいよ!」
「え、あの…」
ほらほらとゲルハルトさんから追いやられ、騎士さんのもとへ戻る。
よくわからないままだけど、たぶん安全ってことだよね。
ゲルハルトさん、信用するからね!
「終わりましたか?参りましょう」
とぼとぼ付いていくと、大通りで馬車が待機していた。
たまに見かける馬車に比べて、かなり豪奢な造りに見える。
シュビックさんは慣れた手つきでドアを開け、どうぞと手を差し出した。
え?なに?普通に乗れるけど、私も手を差し出すのが正しいの?
ここまでされて自力で乗るのも失礼かと、指先をほんの少しだけ乗せ、そそくさと馬車に乗り込んだ。恥ずかしいんだけど!
音もなくシュビックさんも馬車に乗り、斜め前に座った。
コンコンと進行方向の小窓を叩くと、カタリと馬車が動き始めた。
そんなに揺れも激しくなく、余裕があるならこの豪華な車内を余すことなく眺めたい。が、小窓も含めて窓がカーテンで塞がれ、広いとはいえ所詮馬車の中で、どこに行くのかもわからず、シュビックさんと2人きり。
緊張し過ぎて、正面を向いたまま目線を動かすことすらできない。チラチラ見られてるのはわかるし!
「本日の依頼のお断りは、どちらに伺えばよろしいでしょうか?」
ヒッ!
「いえ……勘違いでしたので、大丈夫です」
「……さようですか。それならばよろしいのですが…」
すみません、嘘付いてごめんなさい!
間が恐いよ、間が!
無言の気まずい時間がどれくらいか経って、馬車が一瞬止まり、また走り出した。
「もう間もなく到着致します」
「わかりました」
どこに着くのかわからないけど、とりあえず降りたい。
言われた通り、それからすぐに馬車が止まった。
シュビックさんが先に降り、また手を差し出す。きもーち指を乗せて、私も降りた。
そこは_____
どこだここ?
屋根があって、上が見えない。左右とも外が見えるからエントランスポーチというんだろうか。馬車が丸ごと通れて、近衛騎士さんが両端に立ってる入り口まで余裕で数mはある、エントランスポーチ。
固まったまま、視線だけをキョロキョロ動かす私に、シュビックさんが手を差し伸べた。
「どうぞ、こちらです」
「はい…あ、いや自分で歩けます。大丈夫です、ありがとうございます」
ジーッと私を見た後に手を下ろし、こちらです。ともう一度言うと歩き出したので付いていく。
大きな入り口を通る時には門番の2人が扉を開けてくれ、ビシッと敬礼をする。シュビックさんは無視したけど、私はペコリと頭を下げた。
入り口の扉を入ればだだっ広い空間。ちょっとしたホテルのエントランスなんて目じゃない広さの空間。
真正面に、沈む巨大船映画にあったような幅広の階段が伸びて、周りには扉がいくつかある。観察したいけど、シュビックさんの足音が規則正しくカツカツと響き、真面目に付いていく。
階段を上り、扉に入り、いくつか角を曲がった辺りでもう道がわからなくなった。置いていかれたら迷子になる自信がある。
しばらく歩いて、立ち止まったシュビックさんが1つの扉を開けた。
「どうぞ中へ」
頭をちょっと下げて、恐る恐る部屋を覗く。豪華な部屋だけど、怪しい人がいるとかでもなく部屋に入った。
「お掛けになってお待ち下さい」
「はい」
シュビックさんが部屋から出ていき、私はふわふわのソファーに沈み込むようにぐったりと力を抜いた。
どこなんだここは。この部屋だけで、月の光亭の1階が何個か入る位ありそうな広さ。マリアさんのお家も広かったけど、そことも比べられない位大きい。
ソファーもローテーブルも、花瓶もその台も、どれもきれいな細工が施され絶対高いものだ。
コンコンコンコン。
ひぃ!びっくりした。
ノックの音に慌ててきちんと座り直す。
「はい」
「失礼致します」
お手伝いさん(というには身のこなしが優雅な気がするけど、とりあえずお手伝いさん)がお茶を持ってきてくれた。目の前でツーとお茶を注いでくれる。紅茶みたいな香りがふんわりと漂う。
「ありがとうございます」
「いえ。恐れいりますが、今しばらくお待ち下さい」
「はい」
優雅に一礼をしてまた部屋から出ていった。
手持ち無沙汰で、とりあえずお茶に口をつける。
温かいけど、緊張で味もよく分からない。たぶんいいお茶なんだろうにもったいない。
そわそわしながら待っていると、またノックが鳴った
「はい」
「失礼します。本日ですが、お三方の似顔絵を依頼致します。ご案内しますので、どうぞこちらへ」
「あ、の!」
サッと歩き出そうとしたシュビックさんを呼び止めた。ものすごく勇気が要ったけど、説明が無さすぎるんだもの。
「はい?」
振り返ってはくれたけど「なにか?」みたいな態度は変わらない。
「あの、依頼をされたのはどなたでしょうか?3人とはどのような方ですか?」
「…………ご依頼をされたのは、王太子殿下です。描いていただくのは、王太子殿下ならびに妃殿下と王女殿下のお三方です」
思いがけず出てきた殿下の敬称に、ぽかんと開いた口が塞がらなかった私の気持ちを、みんなわかってくれると思う。
思わず出た言葉が、失礼にも
「は?おうたいしでんか?」
だったことも許してほしい。
決してわざとではなかったんだ。
その時ジャックさんの言葉が思い出された。
『第二騎士隊は王太子殿下付きで、シュビック隊長は厳しいけどいい人なんだ!』
『王太子殿下付きの シ ュ ビ ッ ク 隊長』!!
あぁ この人ね。シュビック隊長。
ジャックさんとお知り合いなのかな。聞いてみたら、共通の話題として盛り上がるのかしら。ははは。
「お待ちですので、もう向かってよろしいですか?」
「……………ハイ。ダイジョウブデス」
現実逃避も長くは続けられなかった。




