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7.小さなアトリエ

たっぷり取ったお昼寝で、ここ何日かの緊張疲れからやっと解放された気がする。今日は自分を甘やかそう!と決めて下に降りた。



既に込み合い始めた店内で空いている席に座ると、すぐにトレーが運ばれてくる。持って来てくれた店員さんにお酒を頼むと、それもすぐに運ばれてきた。本当にこのお店って接客レベルが高い。


近くに座っていたリックさんがグラスを持って、向かいに座り直した。


「よう、ナオミちゃん。この時間から飲んでんのか?珍しいな」


「こんばんは。ふふふ。受けていた依頼が、思ったよりよく描けて、自分にご褒美をと思って。今日は絵を描くのお休みすることにしたんです」


「それ、オーミットのとこのかい?」


ルドルフさんもグラスを持って、リックさんの隣に座った。


「はい。昨日描いて、今日渡してきました。よく描けたのは、ルドルフさんが常連さんに話しかけてくれたお陰です。ありがとうございます」


「いやいや、ナオミちゃんがいい絵を描いてたからだよ」


二人と話ながらごはんとお酒を楽しんでいると、カランカランとドアベルが鳴りジャックさんが入ってきた。

キョロキョロと店内を見渡し、私と目が合うと手を上げてこちらに歩いてきた。


「ここ空いてる?」


「はい。どうぞ」


隣に腰かけたジャックさんは、カウンターに向かって手を上げた。


「この前はありがとう。返事が来たよ」


ジャックさんが嬉しそうに笑った。


「困ってることもなさそうで、俺も安心できた」


「よかったですね」


「うん」


私も嬉しくなって笑顔になる。よかった。やっぱり親御さんもジャックさんことが心配だったんだ。

文字と違って詳しくやり取りは出来なくても、元気にしてることがわかるだけでもずいぶん違うと思う。


ジャックさんの前にお酒と料理が運ばれて来ると、店員さんを呼び止めた。


「今日は飲んでるんだよね?一杯奢るよ」


「いえいえ、お気持ちだけで」


顔の横で手を振る。


「ナオミちゃん、男から勧められたら喜んで奢ってもらえばいいんだよ。おい、ジャック、最近見なかったと思ったら、来た早々ナンパか?」


リックさんがニヤニヤとする。


「そうなんだよ。なかなか靡いてくれなくて」


「有名画家にかかっちゃ、色男も台無しだな」


大袈裟に肩を寄せたジャックさんに、ルドルフさんが笑った。


「はいはい、ありがとうございますー」


これくらいのことなら、日本でもよくあったな。言ってたのは大体酔っ払ったおじさんだったけど。


ルドルフさんからも勧められて、ありがたく好きなお酒を頼ませてもらった。

りんご風味の甘いお酒は度数も低いらしく、飲みやすくてお気に入りだ。



「じゃあ、若いやつらの邪魔はしないでおいてやるよ」


そう笑ってリックさんとルドルフさんは別のテーブルに移って行った。


「あの絵だけど、やっぱり親は驚いたみたいだよ。王都にはすごいものがあるもんだと、村の人達がすごい人数集まって来たらしい」


「そうなんですか。喜んでもらえたんですね」


「うん。木紙に描いてもらった手紙も、元気の所に大きく○がつけてあって。ナオミさんのお陰だよ。ありがとう」


「伝わってよかったです」


「ナオミさんの国ではああいう手紙は一般的なの?」


「一般的、ではないですね」


「そうなんだ。ナオミさんってどこの国出身?」


「識字率が高い国ですよ。木紙に描いたような絵を描ける人も多いですね」


「ふ~ん。あ、それとちょっと聞きたいんだけど。木紙に描いた方の絵は、あれだけで依頼したらどれくらいのお代にするかって決めてない?」


「はい、特に決めてはないですね」


「頼めば、木紙の分だけ描いてもらうこともできるのかな?」


「もちろん喜んで」


木紙と木炭ペンで描いたイラストは、この国でも画材が供給可能で描くのも簡単なので、1枚1枚が大きな金額にならなくても頼まれればありがたい。


「そうなんだ。よかった。知り合いに頼みたいって言ってた奴が何人かいるんだけど、手紙の分だけで受けてもらえるかわかんなかったからさ。紹介してもいい?まだ月の光亭にいる?」


そう言われて言葉に詰まった。あと10日程でこちらに来て1ヶ月(この国の1ヶ月ね)経つ。そうしたら月の光亭を出なきゃ行けない。


「紹介はして欲しいですが…月の光亭にいるのは後10日程でしょうか」


「あ、そうなんだ。まだこの国にいるの?家は決まった?」


「……………」


曖昧な顔で笑うしか出来ない。

いろんな人に聞いてみたけど、この国にもアパートみたいな賃貸はあるらしい。ただ、家を借りると家賃の中に税金が含まれるらしく、滞納されると厄介なので一見さんには中々貸してくれる人がいないらしい。


最悪宿を延長させてもらうしかないけど、1日2000カル、1ヶ月で70000カル。払えそうにない。


「あれ?もしかしてまだ次の当ては決まってない?」


「うーん、実はそうなんですよ~」


「シュリシュは中々家が借りにくいからね。あ~俺が騎士寮じゃなければ、一緒に住む?って聞いてあげれたのに」


「前も思いましたけど、ジャックさん軽いですよね」


「俺はいつだって本気だよ?ナオミちゃん可愛いし、チャンスがあるなら男としてチャレンジするしかないでしょ」


今の一瞬で直美「ちゃん」になってるし。やっぱり軽い。


「色男さん、遊びじゃなくてみんなにに本気なんですよね。私の国にも近い人いましたよ」


「じゃあ、その『近い人』もきっといい男だろうね!」


「自分で言いますか」


ジャックさんが声を上げて笑った。

他愛のない話をしながらその後もう1杯お酒を飲んで、ジャックさんを見送った私はほろ酔いのまま温石を持って部屋に戻った。



もう寝るだけの状態になって、少しお酒が抜けてきた。

ベッドに大の字で寝転んで目をつぶると、眠たいはずなのに眠れない。

1ヶ月が経ったら月の光亭での快適な生活が終わる。いい加減直視しなければ行けない問題だ。

このまま宿住まいするにはお金が足りそうにないけど、かといってお家を借りるには信用が足りない。


「家、か……」


そう呟いて思い浮かべるのは6畳1kの一人暮らしの部屋だ。

専門学校入学と同時に一人暮らしを始め、仕事も比較的近くで決まったから引っ越しもせずに7年。

細々不満はあったけど、帰らない人を待ちながらほぼ一人で生活していた広い実家よりよほど快適だった。

今は実家とも言いづらくなった。静かな生活音がする温かな家を思い浮かべると、自然とため息がもれた。


ぎゅうっと目をつぶり眉間に皺を寄せ、頭を切り替える。

今は目の前のことを考えるべきだ。家をどうにかしないといけない。

この国は不動産店とかなくて、借りるのにも個人紹介しか手がない。これがまた家探しが難航している理由だ。


あ~…ダメだ。お酒も入ってるし、何も考えつかない。

寝よう。無理矢理に目を閉じているうちに眠気がやってきて、いつの間にか眠っていた。




次の日、いつものように月の光亭で丸イスに座り、常連さんと話ながら依頼を待っていた。

途中でふと視線を感じて、そちらを向くとどんな人かはわからないけどたぶん目が合った。日本と違ってランプだから、明るい方から暗い方は見にくいんだよね。依頼かなと期待してお辞儀をするとお辞儀は返してくれたけど、目線を反らされた。

うーん 今日も依頼はないかなぁ。


ドアベルの音が響いて、入ってきたお客さんはオーミットさんご夫婦だった。


「こんばんは」


「こんばんは、ナオミさん」


近づいてきたお二人に挨拶をすると、にっこりと挨拶を返してくれた。


「お二人でお食事ですか?」


「はい。もう店主じゃなくなりましたからね。どこのお店にも客として堂々と行けるようになりましたよ」


「お店の残り物でごはんを済ませなくなって、食事作るのも大変だわ」


そう言う顔はとても穏やかに見える。


近くのテーブルに腰かけたオーミットさんが、ちょいちょいと手招きをした。

誘われるままにオーミットさんの向かいに座った。


「失礼ですが、ナオミさん、家を探してるって聞いたんですが」


「ああ はい。まだシュリシュに居ようと思ってるんですが、あと10日程でここを出なきゃいけなくて。どこか借りられたらなとは思ってるんですが…なかなか」


「どんな家がいいとかあるのか決まってますか?やっぱり絵描きさんは大きな家を望まれるんですかね」


「いえいえ!寝る場所と、出来ればお風呂とトイレくらいあると嬉しいなとは思いますが。広いとかおしゃれとか、そんなことは特に希望はないです」


そう言うと、ご夫婦で目を合わせ頷いた。


「差し出がましいとは思うんですが。妻の知り合いにね、家を貸したいと言ってる人がいて。よろしければご紹介しましょうか?」


「本当ですか!?お願いしたいです!」


嬉しそうに微笑んだマーサさんが、家の条件を説明してくれた。


紫瞳の猫通りの裏道を入ったところにある3階建のお家で、1階は武器屋さんになっていて、2階は倉庫。3階が住居の作りになっているけど、1人住み仕様で、家主さんが結婚したため家を別に借りたから誰かに貸したいと。

下のお店の邪魔にならないなら、アトリエとして商売してもらっても構わないと言ってくれているそうで、家賃は6000カル。住居スペースがあるだけでお店の税金とは別の税金がかかるため、その費用だけ貰えればと、ほぼ税金分だけらしく格安みたい!


一も二もなく借りたいとお願いすると、明日にでも家を見せてもらえるようにお願いするわねとマーサさんが言ってくれた。






「ここよ。ちょっと待っていてね」


そう言ってマーサさんには不釣り合いな武器屋さんに入っていった。

粗相がないようにしなければと、少し緊張して待っているとマーサさんに呼ばれた。武器屋さんの店主さんは、オーミットさんのお店で最後の日に見かけた人だった。


「こんにちは。ナオミ・タグチと申します」


「おう!俺はゲルハルト・サウトゥスだ。悪ぃが手が離せねぇから、マーサと適当に見てくれ」




外階段から3階に入ると、短い廊下になっていて2つの扉があった。

1つは2階の倉庫と繋がっているらしく、錠鍵がかかっている。


マーサさんがどうぞと鍵を差し出す。もう1つの扉の鍵を回すと、カチリと小さな音がした。ドキドキしながら扉を引く。

そこは思ったより広いワンルームの部屋だった。

入って右におへその高さの下駄箱、短い廊下の左手に小さなキッチン、右手に扉が1つ。

靴を脱いで上がろうとして、マーサさんからどうしたのと聞かれた。日本人の反射だ。海外式には慣れない。

扉の中はトイレとお風呂だった。月の光亭より浴槽が小さいけど、十分入れそう。

廊下を進めば12畳位ありそうな横長の部屋に、2つの曇りガラスからお日様の光が差し込んでいた。

右奥にゲルハルトさんの物か、ベッドと小さなテーブルセットがある。


「まぁ クローゼット広いわよ」


マーサさんが開けた部屋の片隅の扉の中は、ウォークインクローゼットなのか結構広い。中に生活用品らしきものがまとめられている。


「ねぇねぇ!ここに素敵な椅子を置いたら?それで、ここに何かで仕切りをするの。そうしたら、お部屋でも絵が描けるんじゃない?」


クローゼットに台車ごと荷物が入りそうだと考えていたら、楽しそうにマーサさんが部屋を動いて身ぶり手振りで説明してくれる。


廊下から入ってすぐの所を来客スペースにして、窓と窓の間、真ん中より少しベッド寄りの所を、生活空間が見えないように何かで仕切る。そうすればアトリエとして使えるのではないかと、私より楽しそうだ。


「いい案ですね。画家になったみたいです」


部屋のイメージを膨らませて微笑むと、マーサさんがクスクスと笑った。


「あんなに素敵な絵を描くのに、まだ画家さんじゃないの?世の中の画家と名乗る大多数の人はナオミさんを見習うべきね」




鍵をかけて下に降りた。


「お、どうだった?」


「とてもいいお部屋ですね!」


「気に入ってもらえたなら何よりだ。んで、どうするよ?」


「ぜひお借りしたいです」


ゲルハルトさんが私の後ろのマーサさんを見てこくりと頷いた。


「おう。わかった。だがな姉ちゃん、俺はオーミットとマーサを信用してあんたに部屋を貸すんだ。あんたが突然バックレたりしたら、気まずい思いをすんのは2人だからな。2人によく感謝しとけ。家賃払えねぇとかで家を出ていくのはいいが、けじめはつけて出ろよ」


「もちろんわかっています」


そう返事をしたが、いつ元の世界に戻れるかわからない。

でも迷惑がかかるのは本意じゃないので、私から条件を出した。

敷金として3ヶ月分預ける、家賃は前月払い、何も連絡がないまま1ヶ月私がいなければ自然解約で敷金から家賃を取ってもらう。


「しききん?っていうのは便利だと思うが、そもそもあんたが突然いなくならなきゃいいんじゃねぇのか?」


「それはもちろんそうなのですが……」


2人に迷惑はかけたくないが、帰れるチャンスがあるならそちらを優先する。わがままを言っているのはわかるのだけど。貸してもらえないかな。


「ゲルハルト、いじめないであげてちょうだい。この方は何の理由もなしにいなくなったりする人じゃないのよ。それでもここまで言うのだから、何か事情があるのよ。ご迷惑をかけたら、私たちが代わりになるから」


「いや、説明通りならしききんとやらもあるし、具体的に迷惑はかからねぇが…。まぁ、マーサがそう言うなら信用出来る人なんだろうよ。よし、一丁よろしく頼むわ」


「はい。ありがとうございます。ご迷惑をおかけして申し訳ございません。よろしくお願いいたします!」



すぐにでも入居出来ると言われ、要るなら部屋にあったものは好きに使っていいそうだ!

買わずに済むものが多そうで嬉しい。


お家でお茶でも、と誘ってくれたマーサさんについて犬の散歩通りを歩く。

大きな扉から中に入るとイスやテーブルが1箇所にまとめられ、少し寂しく感じた。

2階に通されるとオーミットさんもいて、3人でお茶をいただく。


「どうでしたか?」


「私にはもったいないほどいいお部屋でした」


「そうですか。それは良かったです」


にっこりと笑ってくれたオーミットさんに、聞きたかったことを質問する。


「あの、どうして私に部屋を紹介してくださったんですか?」


ゲルハルトさんの言い方や他の人からの話を聞くに、部屋を紹介するってとても信用に関わるものだ。出会って間もない私に紹介するのは、一種の賭けだと思う。


「助けになりたかったからですよ。ナオミさんは、私達のお店を描いてくれましたよね。最初の絵も素晴らしかったのに、何度も足を運んで最高の絵を描き上げてくれました」


「でもそれは依頼を受けて描いたものですよね」


オーミットさんはゆるゆると首を振った。


「お代に不安があった時点で、依頼を受けてくださるとは思っていませんでした。それなのにあなたは最後まで話を聞いてくれ、とても悩んであの絵にしてくれ、あまつさえ老いぼれに気を使ってお代はいらないとまで言って下さったでしょう。断ることも、適当に描くことも、お代を上乗せで請求することも、やろうと思えば出来たはずです。でも、なさらなかった。そんなナオミさんを信用出来ないなら、誰なら信用出来るんですか」


穏やかなその声に、涙が溢れそうになる。


「困ったことがあったら声をかけてとお願いしたのに、何も言ってくださらなかったことだけが不満だわ」


ふふふと笑ったマーサさんに、確かにとオーミットさんが頷く。

私は涙を堪えて深く頭を下げた。


「本当に、ありがとうございます」





引っ越す前にこれから営業に回るサンプル画として、月の光亭の賑やかな1シーンを常連さんたちの顔を入れて描かせてもらった。みんなが喜んで自分の顔を探していた。

そのお礼にと、常連さんの1人が小さな看板を彫ってくれた。私のデザイン通りで感動した。



月の光亭を出る日が来て、私は小さなアトリエに引っ越した。

引っ越し自体はとっても簡単だった。

石畳を動けるようにタイヤを改造してもらった台車の荷物の上に、何着かの服と日用品。

それに出来立ての小さな看板を乗せれば、それが私の荷物の全てだ。




武器屋さんの前に着いて上がる前に、ゲルハルトさんに挨拶をした。そしたら私の荷物を見て、お客さんの1人に持って上がってやってくれよと声をかけてくれ、その人が3階まで軽々と運んでくれた。何回か往復する覚悟だったので、助かった。



扉に小さな看板をかける。

部屋に入り、窓を開けると少し冷たい風が通り、澄んだ空気に満たされる。

部屋の掃除はしてくれていたので、まずは真新しいシーツをベッドに被せた。台車ごとクローゼットに荷物を入れ、服を仕舞い、細々したものを片付ける。



それが終わり、くるりと部屋を見渡した。

ここが、私の新しい家。

いつ日本に帰ることになるかわからないけど、縁があって住まわせてもらえるんだ。うん、大事にしよう。


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