3.10000カルの重さ
次の日目を覚ますと部屋がまだほんのり薄暗く、小鳥の声が明け方を知らせてくれた。
目に入るのは知らない天井、知らない部屋。
外からカラーンカラーンと遠くに鐘の音が響いた。
少しだけ、ほんの少しだけ。
目を覚ませば自分の部屋か病院のベッドにいるんじゃないかと期待した。
鼻の奥がツーンとするのを、大きく深呼吸してごまかす。
泣いてる場合じゃない。
夢でないなら、生きていく道を探さなきゃ。
ベッドから出た私はお風呂場に行った。
陶器?の浴槽の脇に備え付けの小さな台があって、水が溜まったたらいがある。
その横に布巾が置いてあるから、たぶんこれが洗面所代わり。
下に行けば水を温めるための温石があると聞いてるけど、冷たいままのお水で顔を洗う。キンと冷えたお水で頭がすっきり冴えた。
何からしようかと迷って、とりあえず持ち物を確認することにした。
端に避けたテーブルに鞄の中身を広げ、床に台車から荷物を降ろして並べる。
鞄の中は自分がいつも持ち歩いていたものばかり。
社用携帯電話は相変わらず反応しない。
小銭入れには700円ちょっと。
日本円が使えるとは思えないけど「異国の硬貨」として価値がついたりする?
ついで買いメモが入ったクリアファイル。
地味なハンドタオルとティッシュ。
ペンケースには印鑑と定規と消しゴム。
ボールペン、シャーペン、鉛筆削り、鉛筆。
修正ペンと4色ボールペンは1本ずつ。
4色ボールペンのインクが少ないなぁ。使えそうなのに。
最後に100円で買った無地のメモ帳。
次は床に並んだ荷物を確認する。
まずはA4コピー用紙3箱。500枚×5束で2500枚、3箱で7500枚。
うーん、多いのか少ないのかわからない。
A3コピー用紙1箱、2500枚。
これは厚手の紙。
紙類の最後はスケッチブック3冊。
お馴染みのオレンジと黒の表紙の大きいやつ。A3かな。
ん?23ページって中途半端…あ、1枚は昨日破ったのか。
シャーペンの芯5箱。100本が50個だから5000本。
消しゴムが2箱で80個。
どっちもぴんとこない量だな。
鉛筆が3ダース。これは少ない気がする。
ボールペンが10本。1本でどれくらい書けるんだっけ?
1km位と聞いたような。1kmだったとしてもどれくらいかわからないけど。
床に並べた荷物はこれで全部。
メモと見比べると、コピー用紙2箱、のり、付箋、蛍光ペン、ホッチキスの芯、マーカー、ピンクのコピー用紙、修正テープがない。
自腹で買い直しになったら面倒だな。
荷物リストをメモ帳に書き留め、また荷物を片付けた。
メモ帳片手にベッドへ戻る。
腕とふくらはぎが筋肉痛になってる。
足首を動かしてストレッチするとピリピリと痛む。
普通の服で寝たから体にも違和感がある。
そのまま寝ちゃったし、お風呂に入ってお化粧も落としたい。
色々考えようと思ったのに、頭に浮かぶのはくだらないことばかりだ。
あ~お腹空いたな。
朝ごはんは幸い下で食べられるらしいけど、何時からなんだろう。
下を覗いてみようと起き上がり、ブラシも無いことに気づいた。
髪はボサボサ、顔はよれよれ、服はしわしわ。
石鹸とかも置いてなさそうだし、買わなきゃいけないものが多そうだな。10000カルでどれくらい買えるんだろう。
誤魔化すために手ぐしですいた髪をシュシュで1つにまとめ、カーディガンのボタンを全て留める。しわしわのブラウスが見えるよりはましな気がする。
鍵を閉めた扉をカチャカチャ確認して、そろそろと階段を降りた。
いっぱいだったお客さんがいない1階はガラーンとしていて、昨日より広く感じる。
年配のご夫婦とおもしき男女2人がカウンターに座って静かにごはんを食べている。
何席か空けて私もカウンターに座ると、エドワードさんが出てきてくれた。
「おはようございます。昨日はよく眠れましたか?」
「おはようございます。お陰さまでぐっすりでした。朝ごはんはもうお願い出来るんですかね?」
「はい。今お持ちしますね」
トレーに乗せられた朝ごはんが私の前に置かれた。
朝告げの鐘が鳴ったら朝ごはん、夜告げの鐘が鳴ったら夕ごはんが食べられるそうだ。
いただきます、と手を合わせ食べ始める。
1つの大皿にほんのり温かい丸いパン、目玉焼き、ウインナー?、メロンとリンゴの中間みたいなさっぱりした果物。
豆と芋が沢山入った赤いスープはミネストローネにそっくりな味だった。
食べ終わる頃お茶セットがポットごと運ばれてきて、赤茶色のお茶は目の前で注がれるとふわりと湯気が上がった。
優しい味のごはんに、体がほかほかと温まるのがわかる。
だんだんと降りてきたお客さんもそんなに多くはなく、聞こえる話し声がどこか心地いい。
うん、うだうだ悩むのも性に合わない。
これは夢じゃなくて現実だとする。
帰る方法はぼちぼち聞いて回ったりして調べよう。
私は異世界旅行中、職業は画家。
決して絵の上手い浮浪者ではない。これ大事。
今日は忘れずにマリアさんのお家へ行く。
お店を見て回って物価を調べて、どれくらいなら絵が売れそうか考える。
その前にお風呂に入りたいから温石を貰う。
よし、頑張ろ~!
温石の場所と使い方を聞くと、エドワードさんが丁寧に教えてくれた。
異国の人と思われているので、使えなくても当然と思われてるみたいだ。
異国どころか異世界なんだけどね。
説明を終えると布袋に入った10000カルを渡してくれた。
お礼を言うとこちらこそと返してくれ、なんとなく感じていた罪悪感が薄れる。
大きな温石を専用の入れ物に入れ、部屋に戻る。
お水が張られた湯船に入れ物ごと入れると、焼石とおなじなのかジュッと蒸発する音がして石が沈んだ。
少し待てば全体が温まるそうだ。
そこでふと気づいた。着替えがない。
下着だけでも換えたいけど、行って帰ってくる時間はきっとない。
同じの着るしかないか…
せっかく上がってた気分がちょっと落ち込む。
買い物に出たら絶対着替え買おう。
温まった湯船からお湯を桶で掬って体を流し、布で擦るとそれだけでもずいぶんすっきりする。
出かける事を考えて、乾かしようのない髪は洗うのを諦めた。
湯船に浸かるとほぅっと声が漏れた。
浅めで横になるように浸かるしかないけどやっぱり気持ちいい。
お風呂から上がって必要な荷物をまとめる。
コピー用紙を何枚かファイルに入れて、鉛筆を削った。
有名画家にはいつ必要になるかわからないからね。
石鹸に、ブラシ、着替え、化粧品もあるかな。
お昼ごはんはどこかで食べなきゃいけない。
迷って5000カルを鞄に入れた。
いいくらいに外も人が動き始めた気配がする。
よし、出発だ。
◇
昨日とはうって変わって足取りが軽い。
あんなにきつかった台車がないだけで、今日は筋肉痛を差し引いても楽しさが勝っている。
ここが異世界なことを除けば、異国を旅行している気分でどのお店もワクワクする。
何本かアーチのある通りを歩けば、1つ1つの通りにはそれぞれ似通ったお店があつまっているのがわかってきた。
今歩いているのは「犬の散歩通り」と言って、本当に「地域の商店街」といった様子だ。
パン屋さんやお肉屋さん、八百屋さん、生活に必要な物が買える。
ここを見るに1カルはの価値は10円位かなと予想できた。
あの絵は50万で売れたことになる。
素人の絵に、と申し訳ない気持ちもあるけどありがたい。
ヘアブラシと木のふさふさした歯ブラシ、洗濯用と身体用と髪用の石鹸、コンディショナーはなかったけどヘアオイルがその代わりになっているみたいでそれも買った。
化粧品はメイクを普段からする習慣がないようで、見て回った中で売ってるお店も1店だった(そしてめっちゃ高かった)からオールインワン仕様の基礎化粧品だけ。
ヘアオイルと化粧品の入った陶器の入れ物は再利用されるため、同じ店で買い取りをしてくれるとのこと。
忘れずに持ってこよう。
次は行ったのは洋服や靴、鞄などに混じって食べ物屋さんがある「サラク通り」でショッピングモールみたいな雰囲気の通り。
紐パンタイプの下着やフロントボタン式のブラを買った。ノーパン・コルセットでなくてほっとした。
無地のワンピースと寝間着も何着か選ぶ。
刺繍や宝石 (ビーズじゃなかった)の物はオーダーメイド品で、普段から着ている人はやっぱりお金持ちらしい。
安いお店でまとめて買ったので、タオル代わりの手拭いとハンカチをおまけしてくれた。やったね。
出来れば文具店も見たかったんだけど、そろそろお昼ごはんを食べてマリアさんのところへ行かなきゃな。
ちょっと混んでる立ち食いのお店でオススメを頼んだら、ニョッキのクリーム煮風が大盛りで出てきた。美味しいしお腹はパンパンだ。
60カルだったし、また来よう。
一旦荷物を宿に置きに戻って、地図を頼りにマリアさんのお家と思われる所に着いた。
縦に高い造りの家が多い中、横にも奥にも広くて大きい。
整えられた芝生ときれいな花が咲く庭付きだ。
木の門に付いたドアノッカーを鳴らすと女性が出てきてくれ、名前を名乗ったら「伺っております」と中に案内してくれた。
リアルお手伝いさんなのか。
やっぱりいいところの奥様だったんだ。
メアリーさんといい、育ちが良さそうだったもんな。
鮮やかな花柄の壁、音のしない絨毯の床、革張りのソファーにこの世界じゃほとんど見なかったガラス製のテーブル。
通された応接室は華やかだけど煩くないすごい部屋で、洗ってもないチノパン姿の私は場違い甚だしい。
小さくなってソファーに座っていることしか出来ない。
ノックがしてマリアさんが現れた。
一緒に来たさっきのお手伝いさんは、お茶セットが乗ったトレーを置くと頭を下げて出ていった。
「こんにちは。わざわざお越しいただいてありがとうございます」
「こんにちは。お忙しい時にすみません」
今日もきれいなマリアさんがゆったりと笑ってお茶を注いでくれた。
勧められるままに口をつければ紅茶みたいな味がして美味しい。
でも正直お茶よりもお皿に盛られたお菓子が気になって仕方ない。
だってお店を見て回って気付いたんだけど、お菓子がやたら高い。
スナック菓子なんてなくて、売ってたのはほぼ焼き菓子とほんの少しチョコレートらしき物。
焼き菓子1つがニョッキと同じ位、チョコレートにいたっては1粒でコディバやテルレイですら1箱買えそうな値段がつけられてた。
出されたものだし、1つや2つ食べてもいいと思う!
でも、お腹はパンパンで入りそうにない。下らないかもしれないけど、甘いもの好きの私にとっては切実だ。
「それで、日程なのですけれど」
「はい!」
ダメだダメだ。お仕事で来てるんだ。
ここで評判を落としたら次のお仕事なんて簡単になくなってしまう。
「次の水の日はご都合いかがかでしょう?」
「水の日、ですか?」
「ええ。もちろん、ご都合が合わなければ別の日に致しますわ」
「いえ、都合は大丈夫なのですが。すみません、この世界…じゃなくてこの国の暦がわからなくて、水の日とは何日後でしょう?」
「あら、すみません。今日が風の日ですので4日後ですわ。シュリシュでは____」
この国の暦は『空火水風土』の5つの日を1週間として、7回の35日で1ヶ月、10ヶ月で1年。350日だから日本よりちょっと1年が短いのか。
土の日は一般的にお休みで、サービス業は同種のお店同士で連携をとって土の日か空の日のどちらかを休むところが多いらしい。うまくできてるな。
宿屋さんはお店によりけりで、1月のうち7日まとめてお休みの所とかもあると。月の光亭がどうなってるのか確認しなきゃ。
「説明ありがとうございます。よくわかりました。水の日で私は大丈夫です。ご家族は何人でしょうか?」
「よかったですわ。私と夫、その両親で6人をお願いしたいです」
6人か。1人2時間で描いても12時間。でもそんなに集中力が保つとは思えないな。
「どのように描きますか?お1人ずつか、1枚の絵に皆さんを描くか」
「1枚の絵に全員を入れて描いていただくことは?」
「もちろん出来ますよ。ですが、6人描くとなるとお時間が少しかかります。申し訳ありませんが、出来れば何日間かに分けて描かせていただきたいです」
「わかりました。ナオミさんが必要な日数、何日でも大丈夫です」
とりあえず水の日には全員で揃って貰って、全体図を決める。その後1人ずつ細かく描く時間を別の日にそれぞれとって貰う。と
予定が決まった。
少し話をするとマリアさんとメアリーさんが私と同い年ということがわかりすごくビックリした。
では、と帰る私を門まで送ってくたマリアさんが「よろしければ」と持たせてくれたのはお菓子だった!
日保ちしますと言ってくれたけど、我慢しなければすぐになくなりそうだ。
ルンルンと月の光亭に戻り、大切にお菓子をテーブルに置いて、整えられたベッドに上半身を投げ出した。
うーん。足が痛い。筋肉痛が悪化してる気がする。
先にお風呂に入ってしまおうかな。髪が濡れたままごはんも面倒だけど、石鹸使ってさっぱりしてからごはんを食べたい。
眠りの誘惑をどうにか退けて温石を取りに行き、お水が張り替えられたお風呂に沈めた。
髪と体を洗い、念入りに足をマッサージしていると石鹸のお花の香りがほんのり立ち込め気分が安らぐ。
あ~さっぱりした~!
化粧品を塗り込み、出来るだけ髪の水気を布で取ってヘアオイルを馴染ませる。ベタベタしないし使い心地はいいみたい。
買ったまま置いておいた荷物をクローゼットにしまい、他の荷物も整理した。
そうこうしているうちに日も傾き、カラーンカラーンと朝と同じ鐘の音が響いた。
半乾きくらいになった髪をブラシでとかし、買ったばかりのワンピースを着て1階に降りた。
「こんばんは。お食事でよろしいですか」
と男性の店員さんが声をかけてくれる。
お願いしますと言って店内を見渡すと、すでにかなりの席が埋まっている。空いていたカウンターの隅に座ると、すぐに夕飯のトレーが置かれた。
ビーフシチュー風の煮込み料理は野菜とお肉がゴロゴロ入ってて、ほかほかと湯気が上がってる。マッシュポテトが添えられた生野菜のサラダに、バケットはお代わり自由。豪勢な食事に口許が緩んだ。
いただきますと手を合わせ、スプーンでお肉を口に含めばホロホロと崩れて、ものすごく美味しい。
夢中で味わっているとエドワードさんがカウンター越しに笑いかけた。
「お味はいかがですか?」
「とっても美味しいです!」
「それはなによりです。買った絵ですがね、あそこに飾ることにしました。すごいとたくさんの人が褒めてくれますよ」
入り口のすぐ横に額に入った絵が飾られている。
額の方が立派だと感じるけど、素直に嬉しい。
「喜んでいただけたなら、私も嬉しい限りです」
「そりゃあもう!何人か、自分も描いて欲しいと言ってる奴もいたんですが、ナオミさんを紹介してもよろしいですか?」
「もちろん!ぜひお願いします!」
幸先のよい言葉をもらい、鼻唄でも歌えそうな気分でごはんを食べる。もう食べ終わるという頃、エドワードさんが本当にお客さんを紹介してくれた。
慌てて飲み込みその人の所に行くと、逞しい体つきの中年の男性が座っていた。
「こんばんは。ナオミ・タグチと申します」
「ああ。こんばんは。俺はリック・レーベル。リックと呼んでくれ。」
「リックさん。よろしくお願いします」
「よろしく。あんた、昨日ここにいたろ?まさか有名な先生だとは思わなかったよ」
「はい、いましたね。全然有名じゃないですよ。趣味で描いてるだけですし」
嘘はダメだよね。有名画家とかではないんですよぉ。
「ああ。ま、あの絵を見りゃわかってるって。昨日は変わった格好してたのに、今日は普通なんだな。昨日のは民族衣装かなんかか?鞄も外に背負ってたから危ねぇなぁと思ったんだよ」
「まぁ民族衣装とも言えますが…鞄?」
「普通は鞄は服の下に背負うもんだろ?取られたりしねぇように」
なるほど!それで男女問わず鞄持ってる人がいなかったんだ!
今度から気を付けよう。
「私の国では普通なんですよ。今度から気を付けます。さて、今日はどんな風に描きましょうか?」
「どんな風、ってのは?絵なんて描いてもらったことねぇからさ」
肖像画が一般的ではないんだな。
書いた後トラブルにならないよう丁寧に話を擦り合わせていく。
途中で「失敬!」と炭酸のお酒を飲むリックさんは、興味本意で頼んだもののあまり真面目な顔は恥ずかしいとのこと。
私に任すと言ってもらったので、少し考え、常連さんと思われる何人かの人と挨拶を交わしているのを見てどう描くかを決めた。
「リックさん、2時間位いつも通りにお酒や食事を楽しんでもらえますか?知り合いの方と話していただいても大丈夫ですので、いつも通りに」
「へ?そんなんでいいのか?」
「はい。楽しく飲んでください」
「おう!楽しく飲むなら任せとけ!」
私は背もたれのない丸イスをもらい、邪魔にならない程度に離れた場所に座った。
スケッチブックを画板代わりにA4用紙にシャーペンで描いていくのは、頬杖を付きお酒片手に朗らかに食事を楽しむリックさんだ。
段々と日に焼けた顔でもわかるほど赤ら顔になり、それでも知り合いの方と乾杯をしては笑い合う姿が彼のいつも通りなのだと思う。
日本ほどの店内が明るいわけではないのに、笑うリックさんの周りは明るい雰囲気に包まれている。
リックさんの注文も止まり、持っているお酒が残り少なくなった頃やっと描き上がった。
「リックさん」
「お?どうなった?いい男に描いてくれたかい?」
「素がいい男ですからね!このような感じでどうでしょう?」
ピラリと似顔絵を見せると、リックさんが目を見開いた後、にんまりと笑った。
「がはははは!こりゃぁいい男だ!あんたすげぇな!ちょっと貸してくれ!」
両上端を小さく摘まんで、ガタガタと歩いて行く。
「おい!これ見ろよ!誰だと思う?」
「おぉ!?リックそのままじゃねぇか!なんだそりゃ絵か?お前絵の中でも呑んだくれてんのか!がはははは!」
「すげぇな!実物よりいい男に描いてもらったな!」
「実物通りのいい男だろうがよ!」
ワイワイ言いながら色んな人の所に行き、一通り見せて満足したのか席に戻ってきた。
「ナオミさんっつたか。あんたすげぇ先生だな!いやぁ気に入ったよ!」
その言葉を聞いて、心からほっとして思わず笑顔になった。
「気に入ってもらえてよかったです」
「おう気に入った気に入った!大満足だ!んで、支払いはいくらだい?」
「リックさんが決めていただいて結構ですよ」
日中見て回ったお店には絵が売ってなくて、基準が全くわからないままだ。お店の絵は画用紙に描いたけど、これはコピー用紙だし同じ値段はつけられない。面倒だし、悪質な人が増えない限りこの方式で行くことに決めた。
「はぁあ。聞いてた通りだが、そう言われると悩むな。うーん。ここらで人を描くのは俺が最初か?」
「ええ。ご依頼はいただいてますが、描いたのは一番ですね」
「じゃあ俺が基準になるってことだな。よし、10000カルでどうだ?」
10000カル…10万円!?
あれ、もらい過ぎな気がする。普通なのかな?
ん?ん?わかんないんだけど!
ちょっと迷って素直に聞いてみることにした。
「もらい過ぎではないですか?」
「あんた欲がないな!最初の客である俺が10000カル払えば、次の客からだって同じ位もらえるだろうよ」
「そう、かもしれませんが…」
いいのかな、と考えているとあちらこちらから声が上がった。
「ねぇちゃん!貰っときなよ。そりゃあいい絵だ!」
「そうだそうだ!どうせ金持ってても酒にしか使い道がねぇんだ。たまにゃ残るもんに金使わせてやれ!」
「その価値があるってことだよ、先生!」
さっきリックさんに絵を見せられてた人達だ。
その声に覚悟を決めた。私はお仕事として絵を描く。
これは労働の対価だ。ありがたく貰おう。
「では、10000カルでお願いします」
「おう!ほらよ」
革の袋からじゃらじゃらと硬貨を取り出し、手に乗せてくれた。
ずしりとその重さを感じる。
「ありがとうございます」
頭を下げる私の肩をリックさんがポンポンと叩いた。
「こっちこそ、ありがとよ!」
それにしてもいい絵だ、とご機嫌で帰っていくのを見送り、エドワードさんにお礼を言って、部屋に上がった。
貰った10000カルを丁寧にハンカチに包み、テーブルにそっと置く。
ベッドに飛び込みバタバタと足を動かした。
やった!売れた!すごく喜んでくれた!
なんだか楽しかったし、ものすごく嬉しい!
くふふふふふ!
ニヤニヤニヤニヤと笑いが止まらないまま歯磨きをして、鼻唄を歌いながら寝間着に着替え、ベッドに入る。
歩いたし描いたし、疲れてクタクタなのに、妙にテンションが上がって興奮する。
あ~明日も頑張ろ~!