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2.お仕事決定!

石畳に台車はとっても不便だと、嫌というほどわかり始めた頃やっと商店街の入り口らしき所についた。



円上になった広場で中心には噴水が上がってそうな水場がある。

実際には噴水はなく真ん中ら辺からこんこんと水が湧いてて、飲んでる人がいたし、あまりに喉が渇いたので真似して飲んだら普通に美味しい水だった。硬水とかで後からお腹を壊さないことを祈ろう。

バケツでお水を汲んでいく人も何人かいたから、生活用水なのかもしれない。

その広場から放射状に道が何本かあり、アーチが付いてる通りにお店が並んでるらしい。

私はとりあえず石のベンチに座り込んだ。



コインロッカー…コインロッカーが欲しい!!!


鞄と台車の荷物が今の私の全財産だ。

肌身離さず持っていたいし、コインロッカーがあってもカルなんてお金は持っていない。

でも、段差にはまりまくって進まないし、揺れが激しくて荷物がすぐにずれてくる。

出来れば一度荷物も全部広げて何を持っているか確認がしたい。

なんとかならないかな~。なんともならないよな~。



さっきの公園に比べ人が多いので、現実逃避がてら人間観察をしてみる。

西洋人っぽいと思った印象は間違いでなかった気がする。

全体的に身長が高めで、鼻が高くて彫りが深く、髪色は明るい。

暗い色でも茶色がかっていて、金髪や銀髪も珍しくない。

女性は肩より短い髪の人はいなそうだけど、男性は角刈りに近い短髪から長髪の人まで様々だ。


服はビビッドカラーではない、自然な色味が多い。

赤いワンピースを着ている人もけばけばしい印象がない。

男性のズボンに上着という格好も含め、基本的には無地。

中には腰に布を巻いてたり、リボンが付いてたり刺繍やビーズでキラキラした服を着てる人もいるけど、そんな人はお金持ちっぽくて珍しい。



そんな中にいる標準的日本人の私はたぶん今すごく目立っていて、チラチラと視線を感じる。


髪の毛は肩よりは長いけど真っ黒。

黒のチノパンに、白のブラウスとベージュのカーディガン。

ちなみにズボンの女性は私以外見当たらない。

横かけの鞄なんて誰も持ってなくて、籠状の手提げを持ってる女性がいるくらい。

台車は見かけたけど、箱状の木箱を紐で引っ張るような物でタイヤは丸太みたいに横長で大きかった。

そうだよね。タイヤが小さいと私みたいになるもんね。

唯一の救いは季節感は合ってて、寒くないことか。



はぁ…お店見て回らなきゃと思うけど、どうにも腰が上がらない。

荷物が重たいのも動きたくない大きな原因だ。

でも、さっきの女性の様子だと、コピー用紙とかどこか買ってくれるお店があるんじゃないかと思うんだよね。

「高級文具店」とか。ありそうじゃない?

実際のこの国の紙を見てみないとなんとも言えないけど。



台車に目をやるとスケッチブックが目に入った。

……帰ったら買い直せばいいや。

私は鉛筆を取り出してスケッチブックを開いた。



キョロキョロと辺りを見渡して、おしゃれな雰囲気の1軒のお店を描くことに決めた。

シャッシャッと無心で鉛筆を動かしていく。

こんなことしてる場合じゃないと頭ではわかってる。

でも、なんだか不安過ぎてどうしていいのかわからない。

何をすべきかどころか、何が出来るのかもわからない。


ひたすらに鉛筆を動かし消ゴムをかけ、指でぼかしてはまた描く。

途中でさっき貰ったキューブ型クッキーみたいなお菓子を摘まみながら、あのお店を真ん中に周りのお店を少し入れて、真っ白な空に鉛筆を寝かせて雲を浮かべる。



出来た!



腕を伸ばしてスケッチブックを空中でお店の横に並べてみる。

うん。そっくりに描けてる。

さっき荒れそうだった心が少し落ち着いた気がする。



よし、調子戻ってきたぞ。

ポジティブだ。前向き大事!



「いた!あの方よ。すみません!」



「はい!」


ニヤニヤしてたところに急に話しかけられて、思わず勢いよく返事をしてしまった。

びっくりして声の方を見れば先ほどの女性が違う女性を連れて立っていた。



「先ほどはどうも。何かありました?」


「あの、先ほど、いただいた絵を、友人に見せたら、ぜひ、お会いしたいと」


急いで来たのか少し息が弾んでいる。

隣の女性に目線を移すと、スカートの裾を摘まんできれいに頭を下げてくれた。


「突然、すみません。私わたくし、マリア・バスクールと、申します。あの、先ほど、メアリーから、あなたが、お描きになった、絵を、見せていただいて」



「あの、私時間はありますし、お話はゆっくり伺いますので、少し休まれてからにしては?」



「す、すみません。急いで、来たのですが、随分、時間も経ってますし、いらっしゃったことが、嬉しくてつい」



先ほどの女性メアリー・ブレナンさんとマリアさんと一緒にベンチに座って、息が整うのを待った。

二人とも美人だなと改めて思う。

明るめの髪色にセピア色の目は一緒だけど、なんとなく正反対の印象がある。

メアリーさんはふんわり癒し系な印象で、マリアさんは髪をまとめてアップにしていることも相まってクールビューティーといった感じだ。

あれ?そういえば2人とも胸元や裾に刺繍があって無地じゃない。

言葉使いも丁寧だし、もしかしていいところの奥さんとか?



ようやく落ち着いた2人は、さっきお礼に渡した似顔絵がいかに素晴らしいかを興奮気味に語ってくれた。

鏡を見るようだと例えているので、写真はないんだろうけど、細密画とかもないのかな。


『お忍び旅行の有名画家さんですよね。

お忍びだから、私達知らないふりしますね。

私達、わかってますから!!』


みたいな雰囲気がグイグイ感じられて、むしろ申し訳ない気持ちになってきた。


「それで、私に何かご用事でしょうか?」


ちょっと強引に話を割って用件を聞くと、マリアさんも家族全員揃った似顔絵を描いて欲しいと。

まぁ、絵を見て私を捜しに来たんだからそうだよね。

でも、お金も食べ物も泊まるところもない状況で、似顔絵描いてる場合なのかな。

気分転換に風景画描いててなんだけど。



「もちろん、名のある方に描いて頂くのですから、それなりの報酬はお約束しますわ」



「描きます!もちろん!

これもご縁ですからね!

喜んでお受けします!」


迷いが一気に飛んだ。

それなりの報酬がいくらかわからないけど、ごはん食べられる位はくれるでしょう!

真剣に描かせていただきます!




_____でも、そう上手くはいかなかった。

家族みんなそろっての似顔絵を描いて欲しいけど、今日はもう遅いのでまた後日にして欲しいと。

そうだよね。まだ明るいけど、それでも日が傾き始めてる。

はぁ~今日のごはん…はさっき貰ったパンがあるけど、泊まるところがない。

野宿しかないのかな。治安はどうなんだろう。


あからさまな落胆の顔を見せないようにしながら、絵を描く日を出来るだけ早くしてもらえるようにお願いする。


「わかりました。急いで家族の都合をつけます。

シュリシュにはあまり長くは滞在されないのですか?」


「ん~長く…。いや、いつまでいるか私にもわからないといいますか…」


「決められてないのですね。

シュリシュを気に入って永く留まっていただけると嬉しいのですが。

明日には日を決めますので、わかりましたらすぐに連絡致しますわ。

どちらに伺えばよろしいですか?」


にこやかに言われた言葉に、ギクリとした。

どちらにと言われても。答えようがない。


「えっと~明日私がお伺いしてもよろしいですか?

ここからの道を教えていただければ」


「え?いえいえ、こちらからうかがいますわ!」


「街を歩きたいので、大丈夫ですよ」


宿代もないからそこら辺で野宿です、とか言えない。

「お忍びの有名画家」が「絵の上手い浮浪者」になってしまう。


地図を書こうと持ってたスケッチブックを開いたけど、勿体ないと気づいてメモ帳を鞄から漁る。



「え?わぁぁぁぁ!すごいですね!」


「すごいわ!黒しかないのに!綺麗~!」



その間にスケッチブックの絵が見えたのか、2人はまた大興奮で絶賛してくれた。



「これ、月の光亭ですよね?

あそこに泊まっていらっしゃるんですか?」


メアリーさんがおしゃれなお店を指差した。

そうか、ごはん屋さんかと思ってたんだけど、宿屋さんだったのか。



「いえ、泊まってるわけでは…」



「この絵、どちらかに売られるんですか?」



食い入るようにスケッチブックを眺めながら、マリアさんが言葉を続ける。



「私、月の光亭の方と知り合いなのですが、お店の方に見せていただけませんか?

購入者が決まっていないなら、きっと欲しがると思いますの」



「決まってません!ぜひ!」



誰かの口添えがあった方が信頼性上がるよね!

買ってくれないかな。

それかお金にならなくても、せめて1泊泊めてくれないかな。

期待を込めて2人に付いていった。



扉を開くとカランカランとベルの鳴る音が響いた。

ふわりと食欲をそそる匂いが鼻を通り、楽しげな笑い声がそこかしこで聞こえる。

広いホールのような空間に四角いテーブルや椅子がいくつも並び、奥には長いカウンターがある。

人気のお店なのか8割位席が埋まっている。

宿屋さんよりはごはん屋さんに見えるんだけど。


迷いなく奥のカウンターに向かうマリアさんの後を追う。

台車で人の間を歩くのって大変だ。



「エドワード!お忙しい時にごめんなさい。

今大丈夫かしら?」


「お?マリアか。メアリーも。大丈夫だ。どうかしたのか?」



カウンターに立っていた男性が笑顔で応えている。



「見てもらいたいものがありますの。

こちらの方はナオミ・タグチさんとおっしゃってね。

うふふ。すごいのよ!」



さぁどうぞ!と言わんばかりの視線を向けられ、さも自信ありげに微笑んでスケッチブックを差し出した。

実際には後がなさ過ぎて余裕なんてない。

お願い!せめて1泊!



「おぅ!?」


受け取ったエドワードさんは、ページを開くと目を見開いて固まった。



「それ、絵なのよ?素晴らしいでしょう!?」


「おぉぉ…すごい、な…!

俺の店が切り取られたかのようだ。

しかも、これはなんの素材だ?

紙にしては白いし、手触りも違う。

黒とオレンジのここは光ってるぞ?」


絵を見ては閉じたり開いたり、傾けてみたり撫でてみたり。

表紙を光に反射させては目を輝かせ、とても忙しそうだ。



「これ、あなたが描いたんですか?」


「ええ、そうですよ。趣味ですけどね。

素敵なお店でしたので、つい描かせていただきました。

その本は私の国で特別な作り方をする紙で、私は絵を描くために使っています」



私の方に目線を向けたエドワードさんに「お忍びの有名画家」であると勘違いしてもらえるよう、にっこりと笑ってみせる。



「やっぱり紙!

ほぉう…本に絵を描くのか…他のページが白いのはこれから描くからなんだな。

留め具は鉄か?小さく穴を開けて。ほぉう…」


「それでね、エドワード。

まだこの絵の購入先は決まっていないのですって。

お店に飾ったら素敵じゃない?」



「そうだな」


絵を持ち上げ、飾る場所を考えるようにぐるりとお店を見渡す。

うぅぅドキドキする~!



「買いたい。が、いくらなんでしょう?」



今買いたいって言った!?

本当に!?やった!

いくらって!?…いくら…

値段ってことよね。

やばい。

何のお店も見てないし、この国の物価がわからない…。

どうしよう。


「あ~やっぱり高級品ですか。

ん~すごく欲しいんですがね~」


言い淀んだ私を見て、高すぎて値段を言えないのと勘違いしたエドワードさんが眉を下げる。

いや、買ってもらえないと困る!


「いえ、えっと、ん~、え~…

あ、エドワードさんはこの絵がどれくらいの価値だと思いますか?」



こうなったら丸投げするのがいい気がする。

安く買い叩く気は無さそうだし、下手に私から値段を提示して買ってもらえなかったら困る。



「え!?俺は美術品とか詳しくないんですが」


「では、ここは宿屋さんですよね。

失礼ですが、一番よいお部屋と、一番泊まりやすいお部屋のお値段を伺っても?」


「一番いい部屋は5000カルで、安い部屋は2000カルです。

なるほど。美術品ではなく、そこから値段を考えろということですね」



「それは私にとっては紙とペンの値段分の価値しかありません。

エドワードさんがその絵を喜んで下さって、初めてそれには絵としての価値が生まれます。

ですので、お値段はエドワードさんがつけていただきたいのです」



お、私なんだかいいこと言ったんじゃない?

『お金に拘らない有名画家』っぽい!



「ん~そう言われると益々難しいですね。

では、50000カルでは安すぎますか?」


お!?

なかなかの値段がついたんじゃない!?

一番安い部屋で1ヶ月60000カル?

ちょっと先が見えた気がする!



「いえいえ、そんなに価値をつけていただいて嬉しい限りです。

ただ、ご相談がありまして。

私まだ滞在する宿が決まっていなくて。

ですので、現金で50000カルではなく1ヶ月程こちらに泊めていただくことはできませんか?

もちろん、一番安いお部屋で結構ですので」


さも余裕があるようにゆったりと笑う。

野宿は避けたい!


「ええ?そりゃあ、うちは構わないですが…

それだけでは申し訳ないですよ。

では、1ヶ月の宿泊と現金で10000カルではいかがですか?」


「はい!それではぜひそれで」


やった!

思わず力強く返事しちゃったよ。

1ヶ月の滞在先と、どれくらいかわからないけど現金ゲット!



「それと、図々しいのですが、もう1つお願いが。

無理にとは言えませんが、こちらに滞在中お店でお客様相手に絵を描いて販売させていただけませんか?」


「もちろんいいですよ!こちらこそ、ぜひお願いしたいです」


やったぁぁぁ!!

道端で描くより、買ってくれる人いそうだよね。

メアリーさんとマリアさんまでなぜか喜んでくれてて、私も嬉しくなってきた。

よし、いつ戻れるかわからないけど、とりあえずお仕事「お忍びの有名画家」決定!



確認すれば、定住していない人からの徴税はしていないとのことで、そこら辺で日銭を稼ぐのは問題ないみたい。


安心してスケッチブックから絵を丁寧に破り、エドワードさんに差し出した。

それを見て本から破り取るというのがまた珍しいのか「なるほど、破るために穴が空いてるんですね」と驚かれた。


改めてマリアさんの家までの道のりを聞き、帰る2人を見送って部屋まで案内してもらった。

3階以上が客室になっていて、4階の部屋までエドワードさんが台車ごと荷物を持ってくれた。

「朝夕のごはんは1階に食べに来てください」と言われ、食事が付いてることに小躍りで喜びそうになる。

現金は明日受け取ることにして、お礼を言って部屋の扉を閉めた。



台車と鞄を部屋の隅に置いてベッドに倒れ込む。

部屋はビジネスホテルみたいだった。

ベッドに水差しが置いてあるテーブル、クローゼットとトイレにお風呂。

うん、十分だ。

もそもそと起き上がり、思った以上に美味しかったパンと水で夕飯を済ませまたベッドに戻った。

荷物の確認とか、今がどんな状況かとか、どうやったら戻れるのかとか。

色々頭を巡るけどそれを考えられない程疲れた私は、引きずられるように眠りについた。

明日考えよう。明日。



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