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14.娘の門出、父の涙


トムさんのお家を訪ねると、茅色の髪にぱっちり二重の可愛らしい女性が出迎えてくれた。


「画家のナオミさんですか?わざわざすみません。娘のエリーゼです。よろしくお願いします」


「こんにちは。ナオミ・タグチです。こちらこそ、お忙しい中お時間をいただきありがとうございます」


中に通されると、トムさんがむっすりした顔でテーブルに座っていて私に挨拶だけすると上に消えて行った。


「もう、子どもみたいなんだから!」


苦笑いで返すと、テーブルを勧められお茶を入れてくれた。




「えーっと。絵なんて描いてもらったことないんですけど、どうすればいいでしょう?」


「座っておいていただければ、後は楽にしててくださって大丈夫ですよ」


「あ、そうなんですね。よかった。動くなとか言われるのかと」


そう言ってエリーゼさんは笑った。


他愛のない世間話に相槌をうちながらデッサンしていく。

構図が決まってないからラフ画だけど、それでもないよりましになるはず。

花婿さんはギリギリにしか来れないと言われたから、当日に優先して描けるようにしないとな。

1枚は花嫁花婿、う~ん…もう1枚どうしよう。トムさんも入れたいんだけど、降りてきてくれなそうだしな。


「…ナオミさんは、」


「はい?」


「ナオミさんは、父がなぜ怒ってるかご存じないんですか?」


私は手を止めて顔を上げた。


「…ドレスの件は、伺いましたよ」


「………『父の気持ちも考えてあげたら?』とか、言わないんですか?」


困ったな。どういう返答が正しいのかわからない。

この言い方だと、他の人からはなにか言われたんだろうな。

父であるトムさんが、娘のエリーゼさんを思ってドレスを注文したら、いつの間にかエリーゼさんがキャンセルしてたんだったっけ。

でも、私はトムさん側の言葉しか聞いてないしな。


「エリーゼさんは、お父さんのことお好きですよね?」


「え?それは…はい。私を産んだ時に母が亡くなって、ずっと父に大切に育ててもらいましたから」


うん、私とは違うんだよね。


「では、ドレスも、別にトムさんに不快な思いをさせようとしたわけではないでしょう?」


「……はい」


エリーゼさんの表情が和らいだのを見て、私はまたシャーペンを動かし始めた。


「父がドレスを準備してくれようとしたのは嬉しかったんです。母のドレスは体型が合わず着られそうに無かったですし」


エリーゼさんは正直私と似通った体型に見える。

細くもなく、太くもなく。私もぽっちゃりではないのよ。一歩手前なだけで、標準体型!…たぶん。


「あ、母がずいぶん小柄だったみたいで。祖母のドレスを仕立て直したらしいんですけど、もう私は着れそうになくて」


ぽつりぽつりとエリーゼさんが話をする。

何か意見が欲しい訳じゃないとわかっているから、私は相槌だけで話を促す。

口に出すことで自分の意見がまとまることも多いと思うし。


「だから、父はドレスを仕立てようとしてくれたんだと思うんですけど。でも、私はカイド王国に嫁ぐので、娘が生まれてもそのドレスを着せることが出来ないと思って…。


そうすると、たった1日のために結構なお金がかかるんですよね。

不自由なく育ててもらいましたけど、うち、そんなに裕福な訳でもないですし。

私は近くに住むわけでもないので、これから父を細々助けられるかもわからないですし…。


そうしたら、ドレスに大金をかけるより、父に自分のために使ってほしくて。

そう言っても父は『そんなことはお前は心配しなくてもいいんだ』って、そればかりで」


トムさんは娘さんを思って、エリーゼさんはお父さんを思って、か。

本当に、お互いを思い合ってるんだな…。

ん~ 何か助けになってあげられないかな。


「あ!すみません、こんな話!私ったらつい」


「いえ。トムさんもエリーゼさんも、お互いを大事に思ってるからこそのすれ違いで、難しいですね」


「キャンセルする前に、もっと話し合うべきだったんですよね。カイド王国に挨拶に行ったり、引っ越しの準備をしたりで時間が取れなかったのを言い訳にしてしまって」


「お披露目までに仲直り出来るといいですね」


「はい。ちょっとまた、話し合ってみます」


エリーゼさんは笑ってくれたけど、心からの笑顔という感じではなく…。

部屋の様子だけは描けたけど、エリーゼさんはしっかり描けないままお家を後にした。




そして、今日は宝箱に行こうと決めて、一旦部屋に帰った。

エリーゼさんは気付いてなさそうだったけど、さっきの話、たぶんトムさん聞いてたんだよね。

途中で階段が軋む音がして、止まったもの。

だから、トムさん、宝箱に来ると思う。


何か解決のすべがあるわけではないけど、と考えながらクローゼットに入って、画材を整理してて発見した!

とってもいいものがあったじゃない!!




宝箱に行くとやっぱりトムさんがいて、難しい顔でお酒を飲んでいた。

ケントさんにあることを確認してから、トムさんに近付いた。


「こんばんは、トムさん」


「ああ、ナオミちゃん」


トムさんの方も私が来ると思っていたのか、向かいの席を手で勧められる。


「あ~…ナオミちゃん…」


言いにくそうに言葉を選ぶトムさんに、私から話を切り出した。


「エリーゼさんの話、聞いてたんですよね?」


「あ…おう。俺は、よかれと思ったんだがな。最後くらい、シュリシュの綺麗な服で、って」


珍しく小さな声でそう言って、グイッとグラスを煽った。


「金なんていいんだよ。俺だけならなんとでもなる。女親がしてやるべきことをなにもしてやれなかったから…結婚の時くらいは、と思ったんだがな」


空のグラスをまた傾けて、ふっとため息をついてグラスを戻し、ケントさんに手を上げた。


「トムさんは、エリーゼさんにシュリシュのドレスをお披露目で着せてあげたい、ってことですよね?貸衣装とかではダメだったんですか?」


「…母親が生きてりゃ、誰かしらかから借りられたのかもしれないが、俺はそんな知り合いがいなくてな」


あぁ、旦那の友人の娘さんっていう遠い関係の人に、自分の結婚式のドレスを貸してくれる人がいないということか。

貸衣装が嫌でないなら、話は早い。


「私、今ならトムさんとエリーゼさんの両方の意思を尊重した解決策を持ってるんですけど」


「え?」


空のグラスを見つめてた顔が、パッと私に向いた。


「その解決策、りんご酒1杯で買いませんか?」


にっこりと笑った私に、トムさんが苦笑いをした。


「本当にそんな策があるなら、10杯でも20杯でもご馳走するよ。言っておくが、誰かにドレス借りるにしても今からじゃ誰も貸してくれないよ。長期間保管されてる場合がほとんどで、すぐには着れる状態にならないからね」


ふっふっふっ。さっきいいもの見つけたんだよね~!

その解決策を話すと、トムさんは「そんなことは頼めない!」と猛反対だったけど、りんご酒と当日までにトムさんからエリーゼさんに頭を下げることを無理矢理約束させて、押しきった。





そうして迎えたお披露目当日。

私は朝早く、台車に大きな布袋を乗せてトムさんの家に向かった。


「おはようございます!」


「おはよう、ナオミちゃん」


「おはようございます」



家に入れてもらうと、トムさんとエリーゼさん以外に、世話をしてくれている女性(エリーゼさんのお友だち)と若い男性(花婿さん)がいた。

お友だちと目が合い、にやりとしあう。このお友だちとはトムさんを通じて打ち合わせ済みだ。

すでにエリーゼさんはメイクをし茅色の髪を綺麗に結い上げ、よそ行き用のワンピースに着替えていた。

花婿さんも側にいて、目を合わせては微笑む姿は幸せそのもの。

そう、私はこの顔が描きたかったんだよ!!



「ナオミさん、あの後父の方から謝ってきてくれて、仲直り出来ました。お騒がせしてすみません。でも、ドレスがなくても今すごく幸せです」


小声でこっそり私にそう言ったエリーゼさんに、曖昧な笑顔を返す。

だって、今日の私の荷物は画材だけじゃないんだ。



「あの~トムさん、これ」


「ナオミちゃん、本当にいいの?」


「もちろんですよ!私、使いどころがないですし」


「ありがとう。すまんね」


頭を下げたトムさんに頭を下げ返して、私はにっこりと笑ってエリーゼさんに向き直った。


「さ、トムさんと花婿さんは上に行って下さい。

エリーゼさん、準備しましょ!」


「え?準備はもう…」


戸惑うエリーゼさんをよそに、男性陣はそそくさと階上に消えて行った。

お友だちは私が持ってきた布袋を開け、準備を始めている。


「わぁぁぁ!すごいわよエリー!」


取り出されたのは、刺繍とレースたっぷりの着るところを選びまくる報奨ドレスだ。

着れるのはまさに今日でしょ!

当初ドレスを作る予定だったお店がエリーゼさんのサイズを残しておいてくれたおかけで、微調整は本人に秘密で出来た。体型が私と似通っていて靴のサイズも一緒だったのが幸いし、ほとんど時間もかからなかった。

アクセサリーも靴も持ってきたので、全身完璧!


「へ?はい?」


言葉を失うエリーゼさんを笑顔で無視して、2人がかりで着替えさせていく。

私がドレスの背中を固定する間にお友だちが髪にアクセサリーを付け、お友だちが複雑なネックレスを付ける間に私が靴紐を結ぶ。

状況を把握しきれていないエリーゼさんはされるがままだ。



あっという間に服を着替えさせられ戸惑うエリーゼさんに対し、私たち2人は満足げに頷いた。


男性陣を呼び戻すと、二人ともすごく驚いて、花婿さんは言葉の限り褒め称えていた。

トムさんとお友だちは、言葉がわからないのか曖昧な表情だったので、ものすごく誉めてますよ。と教える。言葉がわかるんですか?と言われたけど、その後安心したように微笑んだ。



「じゃあ、先に向かってるわね」


宝箱に向かうため、トムさん以外の3人が先に家から出ていく。


「おう、俺も着替えたらすぐに行くよ」


荷物をまとめて私も出ようとした時、ぽつりと声が聞こえた。


「あぁ 綺麗だな。エリナ、お前も見てるか?」


眩しそうにエリーゼさんの後ろ姿を見つめて、優しい声で呟いたトムさんの目にはうっすら涙が浮かんでいた。


いいな、と思った。

娘が嫁にいく寂しさがあるのに、それでも父親であるトムさんは幸せになることを信じて送り出す。

……羨ましい。


「じゃあ、私も先に行きますね!」


溢れそうになった嫌な感情を飲み込んで、元気な声を出してトムさんの家を出た。


「お、おう!あ!ナオミちゃん!」


「はい?」


振り返った私に、トムさんは幸せそうに笑った。


「何から何までありがとう。感謝してる」


「トムさん、りんご酒。約束ですよ!」


「おう!何十杯でも飲んでくれ!」


そう笑って、私は宝箱に向かった。





宝箱に着くとすでにたくさんの人がいて、エリーゼさんたちを囲んでわいわいしていた。

私に気付いてケントさんが手を上げた。


「ナオミちゃん!あのドレスすごいね。エリーゼちゃん、素が可愛いしお姫様みたいだよ。

結婚式に決まったドレスがあるのか。とか、借りるって方法はないのか。とか聞かれた時はなんだ?と思ったが、まさかナオミちゃんが持ってるとはね~」


「私じゃ使い道がなかったので、逆に役に立ってよかったです」


「ナオミちゃんもシュリシュの男と結婚すりゃあ着れるじゃないか」


「あはは!じゃあ、紹介を待ってますね。ところでケントさん、『エリナさん』ってトムさんの奥さんですか?」


さっきトムさんが呟いた名前。きっと奥さんだと思うんだよね。


「ん?そうだよ。トムから聞いたのか?」


「いえ、ちょっと」


「トムにはもったいないくらい、綺麗な人だったよ。エリーゼちゃんによく似てて」


「それ!!ケントさん、それですよ!」


「え?なに?」


力強く言った私に、ケントさんは気圧された声を出した。

3枚目の絵、描けるかわからないけど描きたいものは決まったんだ。




その後、お披露目は賑やかな雰囲気の中、無事に終わった。

お祝いの言葉をかけられ続ける2人はとても幸せそうで、トムさんも柔らかな顔で微笑んでいた。

私が思っていたよりずいぶん長くあり、絵を描くには十分な時間が取れた。ドレスは下絵がバッチリだったしね。


エリーゼさんのお友だちに囲まれて始まり、段々とお友だちが帰り始めるとトムさんの知り合いの方が来始め、その中に月の光亭の常連さんたちもいて、オーミットさんやマーサさんもお祝いに来ていた。

その後またトムさんの知り合いの方が帰り始め、違う人たちが来始めたところで私は帰らせてもらった。




絵を渡すのは1週間後、エリーゼさんが引っ越す前日だ。

それまでにどうにか形にしたくて、次の日からケントさんに紹介された人のところを訪ねて回った。

中でもマーサさんは記憶力がものすごくよくて、細かなところまで気付いてくれたおかげで、なんとか描きたかった絵が描き上がった。



そして引っ越しの前日、私はトムさんのお家を訪ねた。

花婿さんも含めて3人に見つめられながら、3枚の絵を手渡す。


「ケントさんたちからのお祝いです」


「ありがとうございます」


エリーゼさんが受け取った絵を、トムさんと花婿さんも覗き込む。

緊張の一瞬だ。



「おぉ!これ、俺たちだ!」


「本当!そっくりね!」


「ナオミちゃん!俺は泣いたりしてないぞ!」


「ふふふ」


1枚目は、たくさんの人に囲まれて、幸せそうに見つめ合う2人の絵。

嬉しそうに笑ったトムさんの目には涙のおまけ付きだ。



エリーゼさんがぴらっと紙をめくる。

2枚目はこの家からの景色を描いた。石畳の続く道の先には王宮の輪郭が見え、右下に書き入れたこの家の扉は、招き入れるようにトムさんが中から開けている。


「ここから見た景色だね」


「ええ…。普通の、でも、温かな家」


目を細めたエリーゼさんと目は合わせずに、ぽつりとトムさんが呟いた。


「…………ここはいつまでもお前の家だ。いつでも帰ってこい」


「お父さん…!」


エリーゼさんの目には涙が浮かんでいる。


「あ~!もう!いいから、ほら3枚目」


トムさんは照れたように促した。

そして、3枚目の絵。


「………っ!」


覗き込んだとき、最初に息を飲んだのはトムさんだった。


「え?これって…」


3枚目に描いたのは、この部屋だ。

今座っているダイニングテーブルに、トムさんとエリーゼさん、それにエリーゼさんに雰囲気が似た女性が3人で座っている。


「エリナ…!」


震える声でトムさんがそう言って、また口を引き結んだ。


「え?やっぱり、お母さん!?」


「???」


花婿さんだけついてきてないけど、この女性はエリーゼさんのお母さん、エリナさんに似せて描いた。

とりあえずエリーゼさんを描いて、生前のエリナさんを知る人にどこが違うかを聞いて少しずつ描き直したのだ。そっくりだと言われたところで少しシワなんかを描き足して、トムさんと同じくらいの歳に見えるように調整した。



「お母さん、生きてたらこんな感じだったのかな」


「誰よりも、喜んだと思うぞ」



絵の中の夫婦は1人娘を愛おしげに見つめ、娘は幸せそうに微笑んでいる。



「ナオミちゃん、何から何まで、本当にありがとね」


「ドレスも絵も本当にありがとうございました!大切にします」


「こちらこそありがとうございました。明日はお気をつけて。お幸せに」





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