闇の中で
暗闇に慣れた私の目には首筋から肩にかけての夫くんの後ろ姿が映っていた。
やる瀬のない背中。
私、この背中を見たとき三つ目の可能性があることに気づいたんだよ。
夫くんの浮気相手が、A子さんじゃないかとかB子さんじゃないかという、私が思いついた二つの選択肢以外の可能性。
もしかしてA子さんは私に嘘をついたんじゃないかという三つ目の。
あ?あれはA子さんの私に対する嫌がらせなんじゃないかって思った。
正確に言うと嫌がらせ返し。
私、地味にA子さんに意地悪してた。
廊下に気持ちよく住み着かれないように、いつもより頻繁にトイレに通ったり、A子さんが夕飯を美味しく食べられないように、わざわざ向かい合って一緒に食べたり。(言わせてもらえればこれは私の正当防衛だと思うんだけど…)
冷静に考えれば、夫くんの今までの行動や性質を考えれば、笑い飛ばせる話だった。
けど、私、まんまとなんの疑いもなく信じた。
そして、勝手に夫くんに失望し言葉には出さず心の中で責め続けていた。
好きだとか愛しているとか言われたことはないけれど、言葉以上の愛情や思いやりをずっとかけてもらってきたのに、私はサクッと夫くんを疑った。
ダブルベッドの中、夫くんの背中を見ているうちにひどくこの人を裏切っていたような気持ちになった。
「○○くん…」
私は情けない声で夫くんの名前を呼んだ。
パジャマの後ろをつかんでツンツンと引っ張っりながら。
無視されるかと思ったんだけど、夫くんはベッドの中くるりと振り返り、ぎゅっと私を抱きしめてきた。
「も、女嫌い…」といいながら。
そりゃあそうでしょうよ。
男気出して窮地を助けた元カノから夫婦仲を壊すような嫌がらせを受けるは、妻にはサクッと浮気疑惑をかけられるはで。
私は久々に夫くんに抱きしめられながら、ごめん、ごめんと謝った。
…
ん?
あれ?
ちょっと待て。
…いや、どんなに円満に暮らしていても、あなたが元カノ連れてきた時点で、壊れて然るべきだったんじゃないの?夫婦仲。
浮気はしてないかもしれないけど、気持ちは多少昔を懐かしんだりしたでしょ?
したよね?
私の忍耐力でなんとか保ってたんだよ?結婚生活。
なのになんで最終的に私が謝るの?と思った。
そっちが先に元カノ家に連れてきた挙句の結果だろうがぁっ!
夫くんの胸に顔を埋めながらもこの理不尽に怒りがこみ上げてきた。
でも、夫くんが小さくつぶやいた「にゃにゃ子は別」という言葉にフニャっとなった。
たわいないないよね?私。
ま、事の顛末はだいたいこんな感じです。
修羅場を期待していた方には面白くない話だったでしょ?
にゃにゃ子を心配してくれていた人はホッとしたかな?
うん、でも、とても正直なことを言えば完全には疑いは晴れてない。(1〜2%くらいは疑っている。いや、4〜5%か。いや、もう少し上かも…)
この数週間で私は夫くんを疑うということをすっかり覚えてしまったからね。
でもね、あの夜は久々に心地よく夫くんの温もりを感じてぐっすり眠りましたよ。
人の発する暖かさって、少し湿ってるよね?
電気毛布の尖った暖かさとはまるで違う柔らかい温もり。
あ、電気毛布と言えば…
…A子さんは今どんな暮らしをしてどんなこと考えてるんでしょうね?
仕事とか見つかったかな。
お家賃ちゃんと払えているかな。
いやいや、どーでもいいわそんなこと。
ほんとあの女腹立つ。
地獄に堕ちろーっ。
…
でも、A子さんってそんな意地悪で嘘をつくような陰湿な人には思えなかったんだよね…
どっちかというとむしろ嘘がつけない人に見えた。
うーん。
なんか、スッキリしない謎のようなものを未だ抱えています、私。
夫くんも言葉にして、それはA子のついた嘘だとは言ってないしねぇ…




