表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/2

《ロマンチック》嬢と《平穏》さん



 「今日は晴れてるから、お洗濯してー、花の水やりしてー……」

 


 エーニアにある街の一つ、シェプト。この街の一画、レンガ造りで赤い屋根の家に一人の女の子が住んでいます。


 長くふわふわな亜麻色の髪に青い勿忘草の髪飾りをつけ、ターコイズブルーの瞳を輝かせながら本日の予定と立てる、見た目もきらっきらで如何にも乙女な女の子。彼女は概念の一人で、名を《ロマンチック》と言いました。



 「どうしよう、そのあと……。お菓子でも作ろうかな……。それをお気に入りのバスケットにいちご水と一緒にいれていって、公園へピクニック……。うん、なんだか素敵! そうしよう!」


 


 そういうなり、《ロマンチック》は頭の中の予定を実現させるため、行動を開始しました。せっかく雲一つない青空なので、シーツも一番上等な外出着も大急ぎで洗濯し、リズムよく干していきます。



 洗濯が終わると花の水やりもこなし、次に彼女はピクニックに持っていくためのアップルパイをこさえ始めました。パイ生地をこねてから中に入れるリンゴのフィリングをつくります。リンゴを砂糖とレモン汁で煮始めると、部屋の中は甘い匂いでいっぱいになります。リンゴがとろとろになったら火を止めて、最後にほんの少しだけ、シナモンを入れるのがアップルパイの隠し味。


 できたフィリングをパイ生地で三角に包んで、卵の黄身を塗り、オーブンで焼き上げたらアップルパイの出来上がり!


 きつね色に焼きあがったパイを見て、「うわーい!」と飛び跳ねて喜んだ《ロマンチック》は、急いで布をしいたバスケットに、アップルパイといちご水の入った瓶をつめました。


 そして自分も、お気に入りのワンピースと丸いつま先が可愛いブーツに着替え、白い花飾りのついた帽子を被り、バスケットをもって出かけます。行き先はもちろん、公園です。



 《ロマンチック》はきらきらしたもの、綺麗なもの、可愛いもの、ロマンチックなものが好きな女の子です。彼女は公園を目指して歩いていく中でも、街にあるそんなものを見つけます。



 たとえば、お菓子屋さんで甘いお菓子を、満面の笑みで食べている子どもたち。


 花屋さんの前で一生懸命、バラの花を選んでいるスーツの青年。


 ジュエリーショップのウインドウに飾られている、繊細なネックレス。


 カフェで笑いながら、頬を染めて話している男女のカップル。



 素敵なものをたくさん見つけながら公園を目指す、そんな時間も彼女は大好きでした。



 そして、公園に到着した彼女は、大きな木の下にあるお気に入りのベンチのところへ急ぎます。しかしそこには、人影が見えました。下を向いているところを見ると、本を読んでいるのでしょうか。



 「あ……誰か来てる。でも、あの髪、もしかして……」


 《ロマンチック》はその人影を見るなり、急いでその人の元へ行きます。近づくにつれてはっきりしてくる、オレンジがかった茶色の髪を見て、湧き上がるドキドキと嬉しさを必死に抑えながらその人に声をかけました。


 


 「《平穏》さん! 来てたんですか!?」



 ベンチに座っている茶髪の青年は、持っていた本からゆっくりと目を離して、《ロマンチック》に笑いかけました。



 「やあ、《ロマンチック》嬢。あなたも公園へ散歩に?」


 「はいっ、天気もいいのでお菓子を作って、ピクニックに。」


 「そうですか、確かに良い天気ですからね。……ああ、そこは暑いでしょうから、よろしければこちらに座りませんか。木陰ですから、涼しいですよ。」



 彼は眼鏡をあげて、奥にあるモスグリーンの瞳を細めながら自分の隣を《ロマンチック》嬢に勧めました。


 この人は《平穏》。《ロマンチック》と同じ概念の一人で、とても穏やかで優しい人物です。



 「そ、それじゃあ……お邪魔します。」



 《ロマンチック》はもじもじと恥ずかしがりながら、《平穏》の隣に腰かけました。確かにベンチに座ると、日が当たらず、適度に涼しい風が通ります。しかし《ロマンチック》の体温は、ぽおっと上がっていくようでした。



 「へ、《平穏》さん……、あの、アップルパイを焼いたので、よ、よかったら……」


 《ロマンチック》は持っていたバスケットを差し出し、ふたを開けました。中には赤い布の上で、つやつやと輝くきれいな三角形の包みパイ。そして瓶に入ったいちご水。



 「おや……なんだか悪いですね。」


 「い、いいえっ……作ったけど、こんなには、食べきれないのでっ!」



 そう言ってバスケットを差し出し続ける《ロマンチック》がなんだか微笑ましくて、クスリと笑って「それでは。」と、《平穏》は美味しそうなアップルパイを手に取り、かぶりつきました。パイが《平穏》の口元で、サクッと香ばしくいい音を立てます。



 「これは美味しい。《ロマンチック》嬢は、料理が上手ですね。」


 「そそそそそそんなっ、あっ、私もいただきますっ!」



 《平穏》に褒められて嬉し恥ずかしな《ロマンチック》、自分も急いでパイを口の中に入れました。さくさくのパイ生地ととろっと甘いリンゴのフィリング。我ながらよくできてる、と思います。




 「慌てて食べると、喉に詰まりますよ。」


 《平穏》が困ったように笑っていますが、《ロマンチック》の内心はそれどころではありませんでした。


 








 ……だって、偶然好きな人に会えて、尚且つ自分の料理を褒めてもらえるなんて。そんな嬉しいことってないでしょう?


 






あなたに会えただけで、私の心は晴れ渡った空のようになるのです。



 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ