万理の器 2
「それは簡単に言えば、霊素の増幅器だよ」
「増幅器?」
「うん。装着した人が何かしらの理式を使うときに、それがどんな式かに関わらず出力を上げてくれる作用がある。って言ってイメージはつくかい?」
「……全ての属性を強化する装備、みたいな?」
「そうそう、そんな感じさ。どんな理式を使う人でもサポートできる、万能アイテムってところだね」
そこまで説明してから「ただし問題がひとつあってね」とフィリスは続ける。
「色んな霊素と共鳴するように作ったはいいものの、反応が良すぎてね。そのせいでどうしても、つけた相手の適性に引っ張られてしまうのさ。二人がつけて変わった色は、得意な属性を表していただろう?」
「僕は炎、ティムは風……確かにそうですね」
「だから、その人に相性が良いものは強化できるけど、そうじゃないものには効果を発揮しづらい。例えばアシュレイ君が風の理式を使おうとしても、活性化した火の霊素が邪魔をしてしまうんだ。反属性なんて使おうものなら、むしろ弱体化することも考えられる」
「なるほど……」
「そんなわけで、万能を目指した結果が中途半端、ってのが総評だね。まともに強化できるのが得意な属性だけなら、最初からそれを強化する霊具の方が、よほど質の良いものができるからね。使い回せる利点はあるけれど」
苦笑いしながら、フィリスの説明は続く。心なしか、やや語り口に熱がこもっている気もする。説明を始めると止まらなくなるタイプなのかもしれない。
「ちなみに補足しておくと、元々は別の目的で始めた研究で、増幅器の役割は副産物なんだ。そういう意味で、それは本来の言葉通りの試作品だね」
「別の目的って?」
「それは内緒さ。語るのは完成してからの方がかっこいいだろう?」
茶目っ気たっぷりに笑った博士に、見た目通りに子供っぽい面もある、などと少し失礼な印象を抱きつつ。蒼河は〈万理の器〉と呼ばれた手袋をじっと眺める。
「とにかく、潜在スペックを誰も引き出せないなら、半端な試作品の域を出ない、と思っていたんだけれど。いやあ、まさかここに来て、適合する人が出てくるなんてね!」
「……説明を聞いて、何となくは分かったんですけど。だけど、色が変わらないのって、適合と言うより何も反応していないってことじゃ?」
「うん、何も反応していないのは間違っていないね。だけど、それはつまり、何にも引っ張られていない状態……それがフルスペックを発揮できる唯一の状態ってことになるだろう?」
うんうんと、一人で納得したように頷くフィリス。何だかテンションが上がっているのは、気のせいではないのだろう。
「しかし、なるほど。本人の霊素に反応するのならば、霊素を持っていない人ならば本来の性能を発揮できる……気付いてしまえば単純な事実だが、なるほど、盲点だったよ! 落ち物の知り合いなんてさすがにいなかったからね!」
「……えっと。つまり、まとめると……能力が無ければ無いほどに、効果が強くなる装備ってこと、ですか?」
「身も蓋もない言い方をすればその通りだね!」
愉快そうに笑う博士に、蒼河は何とも言えない微妙な気分になるのだった。実を言えば、最初に「適合した」と言われた時、少しだけ期待したのだ。自分が選ばれた存在などではないことはよく分かっているが、それでも異世界に来た自分の境遇について、王道な物語を連想しなかったと言えば嘘になる。
そして、蒼河の反応はそんな考えを周囲に悟らせるには十分だったようだ。
「あははは! 現実は英雄物語のようにロマンチックなお話ばかりじゃないってことさ。だけど、それはそれで面白いじゃないか? 君が手に取ったからこそ、今の話に気付いたんだからね。それはそれで運命的じゃないか」
「それはそうかもしれませんけど……あれ、でも、霊素が無いならそもそも理式が使えないわけで、フルスペックでも意味ないんじゃ?」
「うん、そこが問題だね! 落ち物も、こっちで暮らしていると霊素を宿していくらしいからね。果たしてその均衡状態はいつまで続くのか? 君が理式を発動するに十分な霊素を宿すまでなのか? 少し使えるぐらいならまだ大丈夫なのか? それとも、本当は霊素量も関係なく君が稀有な適正の持ち主なのか?」
「さ、最後のはさすがに無いと思いますけど……」
「分からないよ? なにしろ何もかもが初めての反応なんだからね! うーん、これは楽しくなってきたねえ!」
「博士、博士。楽しくなるのはいいですけど、ちょっと落ち着いてください。3人とも置いてかれていますよ?」
「……おや、失敬。まさかこんなことになると思ってなかったから、少々興奮しちゃったよ、はは」
アズールにたしなめられて、ようやくフィリスは口を閉じる。後半はほとんどマシンガントークだった。少し落ち着いた様子の彼女は、しかし何か考え込み始めた。
「んー……よし! 決めた。それ、君にあげるよ」
「え……ええっ?」
そして、直後に発せられた、ほんの思い付きにしか見えない提案に、さすがに蒼河も面食らう。
「どうせ試作品だし、誰もうまく扱えなかったからね。そんな中で、たまたま手に取った君に適合したって言うなら、それは縁だったと思うんだ」
「で、ですけど、俺達は初対面ですよ? 貴重な素材とかも言ってましたよね? もし売ればけっこうな金額になるんじゃ……」
「いいのいいの。素材が良くても性能に難ありで、元々データを取ったら廃棄も考えていたところだし。アズールを助けてくれたお礼だと思ってさ?」
「いや、それも俺は大したことしてないですし……」
「何を言っているんだ、蒼河。君がしっかり先導してくれたから、俺は何とか動けたんだぞ? そうじゃなかったらパニックで逃げ損ねてたと思うよ」
苦笑しつつそう言ったアズールは、よく見るとだらりと尾を垂らしている。昨日の今日で、やはりトラウマは簡単に払拭できないのだろう。ただ、彼が本当に蒼河にも感謝しているのは分かった。
それでも簡単に受けとるのははばかられたが、そんな彼の反応に、博士がふむ、と顎に手を添える。
「そうだね、そこまで渋るなら、観念して本音の話をしようか。はっきり言ってしまえば、私は君がそれを使ったデータを採取したいんだ」
「データ採取、ですか?」
「うん。さっき言ったとおり、それにしっかりと適合したのは君が初めてなんだよ。今までの実験だと、それのスペックを引き出せるのはひとりもいなかった。君が使ってくれれば、初めてそれの本当の性能が見れるかもしれない」
「……ああ、なるほど」
「君はこれからも、守護者とは連絡を取るんだろう? だったら、ヴァルクスを通して君が使った結果どうなるかの記録をもらえれば、研究の発展に繋がる、というわけだね」
「いや、俺の恩人で堂々と実験しないでくださいよ……」
「ははは、もちろん君の件は感謝しているけれど、こんな機会が目の前に降ってきたら飛び付くしかないよね!」
実に欲望に正直である。とは言え悪意は感じないし、はっきり言われただけむしろ好感が持てるくらいだ。それに、礼をしたいと言ったのも嘘ではなさそうだし、蒼河としても有難い話だろう。
「どうしよう、アシュレイ? こういうのって、大丈夫なのか?」
「うん、そうだね。聞いてた限り、危ないものではないみたいだし……これから君がこっちで暮らすのには役立ちそうだ。君が決めていいと思うよ」
「着けたからある程度分かるんですけど、これに込められた霊素はかなり安定しているみたいです。危なくはないでしょうね」
「試作品だなんて聞いたら不安になるか。でも、私だってさすがに、危険があるものを渡すつもりはないから安心してくれたまえ」
蒼河のイメージだと、魔法のアイテムと来れば危険がつきものだ。だが、アシュレイとティムの反応を見るに、霊具というものにはそこまで警戒をしなくても良いのかもしれない。
改めて、白い手袋を見る。適合した理由はともかく、聞かされた効果は確かに蒼河にとって役立つだろう。ただもらうだけではなく彼女達の役にも立つ、と考えると抵抗感も薄れた。
「その、俺はまだ、理式とかそういうの全然分かってないから、博士が欲しいような結果は出せないかもしれないですけど。それでも大丈夫なんですか?」
「それはもちろん。結論として、すぐに適合しなくなって全く使えなかった……とかでも構わないのさ。それも大事なデータだからね!」
そこまで言われれば、もう余計に悩む必要はなさそうだ。少しだけ自分の中で最後の意思を確かめてから、蒼河は頷いた。
「分かりました。じゃあ、ありがたく使わせてもらいます」
「よし。契約成立だね! 気軽に使ってくれると嬉しいよ」
言いながら、博士は親指を立てた。実にノリノリである。
思いがけず手に入れた、言わば魔法の手袋。――正直なところを言えば、かなりテンションが上がっていた。話を聞いていた途中から、蒼河の感情だけで言えば「欲しい」に思いっきり傾いていたのだ。
「博士、他の二人にも是非ともお礼を渡したいんですけど、いいですかね?」
「うん、もちろん。不公平だしね! ヴァルクスにも個人的にお礼させてって言ってあるし、遠慮せず好きなのを持っていってほしいな」
「……はは。そこまで言ってもらえるなら、甘えさせてもらいますね」
「な、何でもいいんですか!? ……あ、こほん。ありがとうございます、嬉しいです!」
――この時にはまだ、誰も深く考えてはいなかった。蒼河も、フィリスすらも。
日常の中の、ちょっとした選択によって得た出逢い。それが何をもたらすのかを蒼河が知るのは、この少し後の話だった。




