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レッド・アイ  作者: マヤ
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第6話

 教室の中。笑みを浮かべて、周囲を見渡した後、高笑いをするをする一人の女生徒の姿があった。本田伊佐美だ。教室の中は血まみれだった。どうしてこうなったのか。

 誰が行ったのか。それは、本田伊佐美だ。間違いない。彼女はマトモなのか。狂ってしまったのか。それを、摩耶が知る術はない。ただ、自分の友人の変わり果てた姿を見て、呆然とするしかなかった。

「あはっ……」

 軽く、声が漏れた。

「アハハハハハハハハッ! ハハッ! ふふ、うふふふふっ! いいっ! 最高ッ! なんて、晴れやかなの! これがアドレナリンというものなの? よくわからないけど、快感よ! カ・イ・カ・ン! なんて、簡単なことだったのかしら。そうよ。殺してしまえばいいじゃない。気に入らないのなら。それだけのことだったのよ。うふっ……」

「……」

「あら、どうかしたの? 摩耶。そんな呆けた顔しちゃって……貴方だけは殺さないでおいてあげたのに。もっと、嬉しそうな顔したら? ふふふ……貴方だって、除け者にされてきたじゃない。私と同じように、さ」

 それはそうだ。私はクラスに馴染めていなかった。無視され、嫌われ、遠ざけられていた。まあ、私も人と関わろうなんて思わなかったのだから、仕方ない。その理由としては、いくつかあるが……『もう一人の自分』のせいだろう。いや、こいつが私だとは思っていない。かといって二重人格なのかと言われると、それもわからないが。とにかく、こいつが表面上に出ると困るから、私は人と関わるのをやめていた。

 しかし、私と同じように嫌われていたクラスメイトの本田伊佐美は、私に近づいてきた。ある意味、必然的と言える。同じ環境に身を置く者同士として。惹かれ合ったのかもしれない。



 私は当初、無視を決め込んでいたのだが。あまりのしつこさに。

「オレに関わるな」

 そう口走ってしまった。

「オレ? ふぅん……そんな口調になるんだ。普段の冬鬼さんと違うよね?」

「……」

「あ、もしかして。人を遠ざけてる理由ってそれだったりする?」

「……」

「私は気にしないけどなぁ、そんなこと。まぁ、人ってよくわからないことで争ったり、嫌ったり、そういうところあるよね」

「私はお前に興味がない。消えてくれ」

「貴方になくても、私にはあるんだよ。いいじゃない。自分をさらけ出したって。なーんて、偉そうなこと言ってるけど、実際のところ。もう私には貴方しか希望が見いだせないのでした。あははは」

「……」

「うん、わかってる。たぶん、こういうところが嫌われてるんだってね。しつこいところとか。空気読めないところとか。なんとなーくだけど、自覚はしてるんだよ。で、変なキャラ作りするようになってから、ますますおかしくなってね。でもさぁ、人ってそんな簡単に変われるわけないんだよ。それが出来たら、世界はずっと平和だよ。ねえ?」

「……別に変わる必要なんてない。私は私だ。バカに合わせる必要なんてない」

「あはは、それ。私もそう思う。自分が合わせてどうするのってね。だって、一度それをしちゃったら、永遠に演じ続けないと行けないわけじゃない? そんなの苦痛すぎるよ」

「……」

「ね……また、こうやってお話しよ? いいでしょ?」

「……好きにしろ」

 いい加減、面倒だった。適当に相手をした方が相手がすんなり引き下がるのであれば、その方が楽だと考えたのだ。

 それから。摩耶は本田伊佐美と様々な話をしたり、どこかへ出かけたり。いつしか、距離が縮まっていた。相手をしたくない時は無視し、気分が乗った時だけ相手をする。そんな気楽な相手と巡り会えた摩耶。そして、本田伊佐美もそれを楽しんでいた。

 しかし、そんな二人の様子を見たクラスの連中は。

「なぁーに、あれ。うざくない?」

「マジ、うざい。うざい同士でつるみあって、なお、うざい」

 そう。今まで個々だった彼女達は、二人になったことで、受けるいじめの頻度が減ったのだ。一人だと相手をしやすかったのだが、複数になると手を出しにくい。それに、お互いの絆を深めあったせいか、目は死んでおらず、今までただ怯えていただけの本田伊佐美は相手を睨みつけるようになっていた。摩耶は元々、無視を決め込んでいたので、あまり変わらないが。

 ちなみに、主にいじめを受けていたのは本田伊佐美の方だ。摩耶はそもそも喧嘩が強いので、まともにぶつかれば相手が痛い目を見るだけだった。投げつけられたゴミや消しゴム等も、全て受け止めて、その場に捨てていたぐらいだ。面白くないのだろう。やるだけ無駄というやつだ。

 その本田伊佐美が、摩耶という強力なカードを手に入れて我が物顔なのが、気に入らないのだろう。下手に手を出せなくなった彼らはむしゃくしゃしていた。

 そんな彼らは次第に露骨に手を出すようになってきた。授業中に蹴りを入れたり、物を投げたり。摩耶がいない間にすかさず、叩きつけたりと。ようするに、摩耶が手を出せない状態に的を絞って来たのだ。

 にやぁ……と笑みを浮かべる彼ら。それを睨みつける摩耶。

「あいつら……」

 そんな摩耶の怒りを感じて、本田伊佐美は。

「ダメだよ。ダメ……摩耶ちゃんが手を出したら、停学……最悪、退学になっちゃうよ。そしたら、私……一人になっちゃう」

「けど、このままじゃ伊佐美の心がやられるだろ」

「そう……かもしれないね。でも、摩耶ちゃんがいるから、大丈夫だよ。私」

「そうか、伊佐美は強いな」

「えへへ……そうかな? それより、帰りにアイスクリーム食べにいこうよ! 私、バニラ! 摩耶ちゃんはどうする?」

「私は何でも良い」

「もー、何でも良いが一番困るんだよ!」

 摩耶は笑みを浮かべる。この子は自分が守ればいい。そう思った。

 しかし……。

 そんな摩耶が、学校を数日間休むこととなったのだ。原因は、インフルエンザ。治っても、決まった期日までは、登校することは許されない。

 そう。これが、崩壊の合図だった。摩耶がいないたった数日。そのたった数日の間に、本田伊佐美の心は砕け散ってしまったのだ。彼らはそれほどまでに、残酷な仕打ちをした。今までの溜め込んできた鬱憤をここで全て晴らすかのごとく、怒涛の仕打ちをしたのだ。

 それにより、本田伊佐美は再起不能になった。

 後日、学校へやってきた摩耶に対して、本田伊佐美の方から距離を取った。

 困惑する摩耶。しかし、本田伊佐美は完全に壊れていた。

 くすくすと、笑みを浮かべる彼ら。

 摩耶はすぐに事態を察知した。そして、そのまま暴行事件となり……半年間の停学処分となった。

 そして、半年後。

 摩耶が登校したその日だった。事件が起こったのは。午前の授業が終わった昼休みの時間帯だった。いつものように、いじめを行うつもりだったのだろう。

 彼らは、本田伊佐美を囲っていた。摩耶はすぐさま、立ち上がり……彼らのこれから行おうとしている行動を止めようとしたのだ。その時だった。

 彼らが一斉に、はじけ飛んだのは。

「──っ!」

 爆風。摩耶は何が起こったのか、わからなかった。いや、摩耶だけじゃない。教室にいた全ての人間は、何が起こったのかわからなかっただろう。

 あまりの衝撃に、しばらく時間が停止したかのように。呆然としていた。

「ひっ……」

 やがて、一人が状況に気づいた。血まみれの惨状に。その声を皮切りに、教室は大混乱となった。叫んだ者から、本田伊佐美は殺していった。そして次に、逃げ出そうとする者。

 最後に、立ち尽くして恐怖に苛まれた者に笑みを浮かべながら、殺した。

「た、たす……たすけ……おねが……私が悪かったから……」

 いじめグループのリーダー格の女だった。爆風に巻き込まれずに、奇跡的に生き残っていたのだ。しかし、あまりの衝撃に倒れ込んで動けなかった。

 浮かべた涙。その目を彼女は、えぐった。容赦なく。

「あがぁあああああああああああ! あぁあああああああああああああ!」

 叫び声。しかし、それは本田伊佐美を喜ばせるだけだった。

「アハハハハッ! それそれ! いいよぉ! それぇ! そういうの待ってたの! うんうん、いやぁ、貴方達がいじめをする理由がよくわかるわぁ。こんなの知ったら、そりゃやめられないよねぇ。強者が弱者を痛めつけるのが、こんなに気持ちいいなんて。思わなかったもの」

 本田伊佐美のそれは、すでにいじめなどと呼べる行為ではなく、殺人と暴行なのだが。いじめだって、度合いの違いあれ、そうに変わりはない。最終的に自殺に追い込まれる者だっているのだから。

 いじめなんていう言葉自体が問題なのかもしれない。暴言、暴行、暴力。未成年だから許されるなんていうのは。守られるなんていうのは。あまりにも、甘やかしすぎなのではないだろうか。そう思えるほどに、根の深い問題なのだ。いじめは。

「……やめろ」

「アハハハハッ! あはぁ? 何? なんか言った? 摩耶」

 その見下した目からは、以前の本田伊佐美の姿はなかった。口調すら変わり、摩耶のことを「摩耶ちゃん」と呼ぶこともなかった。

「なんで庇うの? そんな必要性ないよね? だって、こいつらが悪いんじゃない。全部。ぜんぶ、ぜんぶ、ぜんぶ、ぜんぶ、ぜんぶ、ぜんぶ、ぜんぶ、ぜんぶ、ぜんぶ! 何もかも!」

「だからといって、限度ってものがあるだろ。私たちはルールに縛られて生きているんだ。そのルールに従わなくては行けない」

「ルール? 誰が決めたのよ、そんなもの! 今すぐ連れてきて! 殺してあげるから! こんな! こんなくっだらない世界を生み出した元凶を! 今すぐ! 連れて来なさいよぉ!!」

 本田伊佐美は吠えた。片目をえぐられたリーダー格の少女は、心が折れかけていた。激痛と恐怖で。

「ぁ……ああ、あぁあああ……」

 そのうめき声に気づいた本田伊佐美は。

「あら? まだ生きてたの? 糞虫の分際で……」

「ひっ……」

 本田伊佐美は動き出す。女に手が伸びたところで、摩耶が飛び出したのだった。

「やめろ!」

 とっさにポケットにしまいこんでいたカッターナイフで本田伊佐美の手を切りつけた。

「っ……!」

 本田伊佐美は自分の手を見つめていた。血が滴り落ちるのを……眺めていた。

「何……何をするのよぉおおおおおおおお! 冬鬼摩耶ぁ! あんた! 私に手を出すなんて! 意味、わかってるの!?」

「オレはやめろと言ったんだ。お前こそ、人の話を聞いていたか?」

 摩耶の右手は震えていた。カッターナイフがカタカタと音を上げる。

(震えているのか……私は。何故? 恐怖で? それとも、豹変した伊佐美を見て? ……あるいは、どちらもか)

(武者震いだったりしてな)

(……今日は、お前の相手をしている暇はない! 黙れ!)

(力を貸してやろうか?)

(黙れ)

(死にたくないだろう? オレが力を貸してやると言っているんだ。従わなければ、死ぬだけさ。お前にだってそれぐらいは理解しているだろ? あいつの力は、普通じゃない。何かに取り憑かれたように、強い。得体が知れないってな)

(……何を知っている、お前)

(何も知らないさ。ただ、あれを消す。その為にオレがいる。そう感じるな。感覚的なものだ。理屈じゃあない。どうする?)

(伊佐美を救えるのか?)

(お前次第だ)

(……わかった。力を貸せ)

(くっく……いいぜ、相棒。さあ、初陣と行こう。奴は完全に油断している。一撃で決めろ)

 その瞬間、摩耶の手が光を帯びて……そこに刀が出現した。

「えっ──」

(今だ、やれ!)

 体が勝手に動いていた。そうすることがわかっていたかのように。自然に。何の感情もなく、ためらいもなく。ただ、目の前の「ソレ」を、切り裂いた。

「あ──あっぁああああああああああああ!」

 胸から胴体にかけて、斜めに切り裂かれた体は勢い良く、血を吹き出した。

 摩耶はテープの再生を見るかのように、ただそれを見つめていた。

 自分が何をしたのか。理解できていないのだろう。やがて……手から刀を離した。

 すると、刀は勝手に消えていった。

「ごほっ……ぐふ……げほっげほっ……ごぼっ……ふ、ふふふ……」

 本田伊佐美はまだ生きていた。しかし、彼女の死のカウントダウンはすでに始まっている。時間の問題だろう。

 自身の傷を触って手のひらを見る。血まみれだった。

「あはっ……なんだぁ、死ぬのね。私……」

「……」

 摩耶は、状況が飲み込めていなかった。自分が何をしたのか。どうしてこうなったのか。何が原因で、こうなってしまったのか。今まで過ごしてきた全ての行為に。ただ、疑問を抱いた。

「ねえ……摩耶ちゃ、ん」

「……何だ」

 本田伊佐美が自分の名前を口にしたことで、ようやく摩耶は視界がクリアになった。

 そして自分がしてしまった行為を振り返って、後悔していた。

(オレのせいじゃないぜ。お前が決断したんだ。どっちみち、そいつはもう人間じゃねえ。これが正解さ。殺すか殺されるか。二つの選択しかなかったのさ。お前は殺す方を選んだ。それだけだ)

(黙れ……これが私の選んだ結末だと? ふざけるな! 私は、私はただ……伊佐美と……)

(お前には、オレがいる。なぁに、心配するな。一人にはならねえよ。いや、なれねえよ。だから、安心しろよ、相棒)

(貴様……)

「はぁ……は……わた、し……と、さ。いた……じ、か……ん……」

「……」

 今は、心の中のソレと対峙している時ではないと、悟った。本田伊佐美の最後の時間。最後の言葉を聞き逃さないように、摩耶は無になった。

「どう、だった……?」

「……あぁ。悪くはなかった」

「あは、あははは……そっ、かぁ……なら……う、ん……よか……」

 それが最後だった。最後まで言葉には出来ずに、彼女は力尽きた。

「伊佐美……」

 彼女は笑みを浮かべていた。そして、死んでいった。

 その直後だった。教師たちが駆けつけて来たのは。そして、警察。摩耶は容疑者として、連行されたのだった。摩耶は黙秘を続けた。結果、死刑判決となる。


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