第5話
暗い。暗い。暗い室内に、薄っすらと光が差し込む。そこに、男と女がいた。三原和子だ。もう一人の男の名は……板橋恭也。どうやら、学校のクラスメイトというわけではなさそうだ。
「ふーん。そいつ、『能力者』かもしれねえな」
「かも、じゃなく。そうでしょ。でも、私のことを嗅ぎ回る奴って……どこの組織かしら?」
「『退魔機関』かもしれねえな。『退魔士』相手となると、少々厄介だ。あちらさんは俺らみたいな『能力者』を狩るスペシャリスト様だからよぉ~」
「ふざけてないで、真面目に考えなさいよ」
三原和子の物言いが気に入らなかったのか、板橋恭也はくちゃくちゃと噛むガムを吐き捨てた。その行為に今度は三原和子が嫌悪感を抱いて、目を逸らした。
「考えてるじゃねーか。他に何がある? 『能力者』のことを周知してる存在なんて、そこぐらいしか思いつかねーよ。まあ、俺らみたいな『組織』の連中もなくはないが……可能性としては低いだろ。ここは、『会長』の縄張りだしな」
「ふん。で、どうするつもり?」
「どうするつったってなぁ……こっちに引き込むか? 相手が『退魔士』なら、交渉なんてするまでもねーが……そうじゃねえなら、引き入れる価値はあるだろ。そいつがただの『能力者』で、お前に惹かれただけかもしれねーしな」
「そうね。それが無難かしら。じゃあ、ここに連れて来てもいいわね?」
「ああ」
「後は手はず通りに」
「へいへい」
そういって、闇の中にいた連中はその場を立ち去った。
あれから、数日。一向にボロを出さない三原和子相手に、摩耶は苛立っていた。
「めんどくさいな……」
(そう言うなよ、相棒。給料は貰えてんだからよぉ。尾行するだけで毎日、金が貰えるなんてさまさまじゃねーか)
(うるさい、黙れ)
相変わらずのやり取りだった。この相方は摩耶のことを気遣っているのか、何も考えていないのか、わからない。
学校の終了時間。三原和子の姿があった。後を追う摩耶。いつもの尾行だった。すでに日常的になりつつある尾行だったが、摩耶はいつでも気を緩めたりはしなかった。
めんどくさいとは思っているが。それはそれ。
(ん……)
(お?)
摩耶は異変に気づいた。いつもの帰宅コースと道が違っていたからだ。摩耶の眼が赤く光る。何かが起こる予感を察知したのか、拳に力が入る。
「ふふ……」
三原和子は、どんどん先を行く。摩耶は小走りでそれを追いかける。裏路地を右に曲がった瞬間だった。
「ねえ、貴方。何者なの?」
小走りで追いかけた先には、誰もいず。真後ろから声をかけられたのだ。
(こいつ……また)
(十中八九、何かの能力だな。考えられるのは、空間転移か。移動か。それとも、目に見えないスピードで回り込んだか。どっちかといえば、前者だろうな。後者なら、お前の眼が捉えきれないなんてこたぁ、ねえはずだ)
「……」
「答えないつもり? ふうん……ここなら誰もいない。貴方が『退魔士』なら、間違いなく、問答無用で切り捨てる場面ね。ということは、そうじゃないということ。貴方、本当に何者? 『退魔士』でないというのなら、ただの『能力者』かしら?」
「……」
摩耶は答えない。ゆっくりと、ポケットからナイフを取り出して、戦闘態勢のまま、動かない。
「あら、そう。答えないつもり? 貴方が答えるなら、私の事についても、色々と教えてあげたのに。貴方、私の事。嗅ぎ回っていたでしょう?」
「名前なら、答えたはずだ。私はお前とは違う」
「……能力者じゃないってこと? ますますよくわからないわね。探偵かしら?」
「違う。お前を『殺す者』だ」
今度は、三原和子の方が驚いた顔をしている。
「あはっ……あははははっ! なにそれ! 『退魔士』でも、『能力者』でもない癖に、私を殺すですって? ふうん……さて、どうしようかしら。まあいいわ。連れていく約束だったし。貴方、私たちのアジトに招待してあげるわ。ついてきなさい」
「……」
そういって、三原和子は歩き出した。摩耶は黙ってそれについて行く。
(おいおい、いいのか? 100%罠だぞ)
(都合がいい。能力を使ってくれさえすれば、殺せる)
(おー、おー、殺す気満々じゃねーか。誰かさんの時は、躊躇したくせによぉ。慣れって奴ぁ、怖いねぇ)
(黙れ!)
三原和子は、しばらく歩くと、目の前に現れた廃墟へと足を踏み入れた。
「さあ、どうぞ。私たちのアジトへ……つっても、二人しかいないけどね」
「……」
廃墟の中は、暗く。視界が悪い。暗がりの中、三原和子の足音を頼りについていく摩耶。やがて、大きな倉庫のような場所へとたどり着いた。
「よぉ。そいつか? 例の女は。顔は暗くてよく見えねーけどさー」
「連れて来たけど、こいつ。どうもおかしいのよ。『退魔士』でも、『能力者』でもないっていうのよ」
「はあ? なんだそれ。わけわかんねー。どっかの業者に俺らを監視するようにでも頼まれたのかぁ?」
「違う」
即答だった。板橋恭也は、唖然とした。やれやれと三原和子は、両手を上げて。
「こういう奴なのよ。しかも、私を『殺す』らしいわ。呆れちゃうでしょ。能力者でもないのに」
「へえ……おもしれーじゃん。相手してやろうぜ。こいつを犯して、最後に生気をたっぷり吸い取るわ。ちょうど、今日はまだノルマを達成してねーからな」
「援護してほしい?」
「ばか、いるかよ」
「でしょうね」
明らかに摩耶を小馬鹿にした様子。しかし、摩耶は怒る素振りもない。ただ、冷静に。
「お前らは、オレに『殺される』。オレは『能力者』ではない。お前らを『殺す者』だ」
「上等じゃねーか! やってみろっ!」
裏腹に、摩耶の発言に激怒したのは、板橋恭也だった。手を振り上げて、摩耶に向かって振り下ろす!
「!」
すると、板橋恭也の右手から、紫の火の玉が発せられた。
それを摩耶は、ナイフで弾こうとするが……。
(よけろ!)
「!」
相方の叫びで、それを静止。緊急回避した。しかし、完全には間に合わず、炎は、腕をかすった。
「ぐっ……!」
(ご丁寧に、生気を吸い取るって説明があったじゃねーか。ナイフなんかで、どうにか出来るかよ。お前は頑丈だから、即死することはねーだろうが、相当な疲労感に襲われることになるぞ。軽く触れただけで、それだ。命中したら、まともに動けねえだろうな)
(先に言え……)
(黙れと言われたんでな)
(うるさい!)
(ヒヒ、じゃあ勝手に頑張りな)
摩耶は目の前の三原和子に向かって襲いかかる。
「あら、私?」
また瞬間移動をしてくると見た摩耶は、手に持っていたナイフをそのまま力強く投げつけた。
「ふふっ……」
しかし、ナイフは当たることなく地面へと落ちた。
「ちっ」
「貴方、威勢だけはよかったけど……肝心の力が伴っていないじゃない。そんなので、本当に私たちを『殺せる』のかしら?」
「……」
「あら、怖気づいたの? 謝っても……もう、遅いけど」
摩耶は怖気づいたわけではなかった。冷静に、三原和子の顔を見ていた。摩耶の眼は赤く、輝いている。その睨みつける様子に、不快感を得た三原和子は。
「むかつくわね、その顔。ねえ、私もやっぱり参加するわ。遊んで遊んで遊んでから、殺してあげる。うふふふ……」
「ったく、しょうがねえ。加減しろよ。犯す前に殺したんじゃ、面白くねえ。俺はああいう、気丈な女を犯し尽くすのが、好きなんだよ。はー、マジ興奮するわー。考えるだけであそこがビンビン。止まらねえぜ!」
「下品ね……でも、今回は見てみたいわ。こいつが泣き叫ぶ姿をね!」
そういって、三原和子は空間転移した。瞬間、摩耶は左側へと飛んだ。
「えっ!? こいつ……!」
想定外だったのだろう。三原和子は、転移した瞬間、摩耶を捕縛して板橋恭也にトドメを刺させるつもりだった。しかし、三原和子の想定は覆され、空間転移した瞬間に摩耶は大きく、その場を避難していた。
「何やってやがる! しっかりしろ!」
そう言いながら、紫の炎を飛ばす板橋恭也。それらを、摩耶は全て回避。
「てんめぇ……ちょこまかと!」
「お前らの『能力』はもう、『視た』」
「だから、どうしたぁ!」
摩耶の表情一つ変えない顔に、苛立ちを覚えた板橋恭也。思わず、叫ぶ。
「『ソレ』はもう、オレには通用しない」
その答えに、カチンと来た二人は、一斉に襲いかかった。
「出ろ」
(ったく……しょうがねえ)
相方がそう答えると、摩耶の右手に刀が現れる。その刀身は青い光を帯びていた。
「何っ……あいつ、やっぱり『能力者』じゃないの!」
「この嘘つき野郎が!」
「私は『能力者』じゃない。お前らと一緒にするな」
「だったら、死になさい!」
そういって、三原和子は空間転移を開始したが──。
「えっ──」
瞬間、その空間が断ち切られた。三原和子ごと。
「がっ……はっ」
胴体を断ち切られ、大量の出血に吐血。三原和子は、音もなく崩れ落ちた。
「な……ぁ?」
思わず、声が漏れたというべきか。板橋恭也は、目を見開いて驚いていた。それもそのはず。摩耶は、その刀で三原和子を空間ごと切り裂いたのだ。そんな奴を見たことはないのだろう。
「それは『視た』と言ったはずだ。空間に逃げ込むのなら、それごと切り裂けばいい」
「て、てめっ……」
板橋恭也は明らかに動揺していた。その為、いつもなら的確な標準がぶれていく。
摩耶は板橋恭也の送り出す炎を全て切り裂いた。
「次はお前だ」
「ひっ……」
「く、来るな! 来るな、来るな、来るな、来るな、来るなぁああああああああああ!」
板橋恭也は叫ぶ。炎を連打しながら。しかし、摩耶には通用しない。
「うわぁあああああ!」
板橋恭也の眼の前まで、やってきた摩耶。板橋恭也は震え上がって、動けなかった。
能力を発動することも、もう出来なかった。そう、感じているのだ。『死』を。直感的に頭をよぎったのだろう。自身が死ぬということを。そして、それに恐怖しているのだ。だから、体が動かない。自身が行ってきた行為を、自分がされる瞬間。板橋恭也は何を思ったのか。それは、本人にしかわからない。
「や、やめ……」
摩耶は、あっけなく。何事もなかったかのように。ただ、板橋恭也の胸を貫いた。
「あ……ぁ」
軽く、声が漏れた。すとん、と。腕が落ちる。板橋恭也は死んだのだ。摩耶の表情に変化は特にない。
(やれやれ……結局、オレに頼ってるじゃねーか)
(うるさい)
摩耶は、ポケットから携帯を取り出した。そして、倉崎に電話をかける。
「片付いた。後処理を頼む」
「了解した。場所は? ……わかった。お前はもう帰っていい」
「ああ」
電話を終えた摩耶は、倉崎のいる事務所へと帰宅した。