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Story5「夢渡り」

 人である私が夢の中で胡蝶となったのか。

 自分は実は胡蝶であって、いま夢を見て人となっているのか。

 いずれが本当か私には分からない。






 私は暗い闇の中を走っていた。

 生い茂った草が私の足に小さな傷をつけていく。

「見つけたぞ」

「イヤ!やめて父さん。どうしてこんなことするの?」

「お前さえ…お前さえ殺せば…」

 刀を振り、男はギラギラとした目で私を追いかける。

「…あっ」

 ぬかるみに足を取られ、私は転んでしまう。

 振り上げられる刀。

 私は目をつぶる。

 その瞬間、誰かに強い力で引っ張られた。

 刀は空を切る。

「こっちよ」

「…母…さん」

 私達は物陰へと身を隠した。

「母さん助けて。父さんが…」

「分かっているわ。静かに私の話を聞きなさい」

「…母さん?」

「…これを」

 渡されたのは黒く光る拳銃。

「逃げなさい」

 母さんはそれだけ言うと走り去った。

「…逃げなきゃ」

 私の頭は逃げることでいっぱいになった。

 貰った拳銃を握りしめて私は再び闇の中を走った。

 しばらくするとまた男が追いかけてきた。

 私は、母さんは殺されたのだと思った。

 ずっと走り続けた足はもつれて絡まり、私は再び地面にしゃがみこんだ。

 男は私の前に立ちはだかり言った。

「…終わりだ」

 刀が振り上げられ、私はとっさに銃を構える。

 私めがけて振り下ろされる瞬間、私は引き金を引いた。

 パァアーンという音と共に私の視界は真っ暗になった。



 次に目を開けたとき、そこは戦場だった。

 大きな城の階段で、私は剣を握っていた。

「…姫のもとへ行かなければ」

 私は血と肉の匂い漂う戦場の中、人を斬りまた斬っては最上階へ歩みを進めた。

 辿り着いたのは愛しき人の元。

「生きておられたのですね。無事でよかった」

 目の前の女はそう言って私の鎧に包まれた体を抱きしめた。

「姫から頂いたお守りが効いたのでしょう」

 私も女を抱きかえす。

「この城はもう保ちません。姫、一緒に逃げましょう」

 私は女を体からそっと引き離した。

 顔を上げた女が大きく目を見開き、その直後私の視界は真っ暗になった。

 最後に聞いたのは女の悲鳴と何かが落ちた音だった。



 次に目を開けたとき、目の前で男の首が飛んだ。

 自分の渡したお守りが男の懐から虚しく落ちる。

 倒れた男の背後には血に濡れた剣と敵国の男。

「姫、会いたかった」

 恍惚に微笑むその男は、死体には目もくれずただ私だけを見つめていた。

「さぁ、共に行きましょう」

「…嫌です」

 差し出される男の手を私は払い除けた。

「どうしてですか?僕は貴女のことをこんなにも愛しているのに」

「だから…だからこんなひどいことをしたのですか?」

「そうさ。君を手に入れるためならなんだってする。一国を滅すことだって」

「…私のせいなのですね」

「気を落とすことはないよ。たかが一国じゃないか。僕の国へおいで。こんなちっぽけで貧しい国とは全然違うよ。君に不自由はさせない」

「ここは、この国は私の故郷です。優しい民と、大切な家族と、愛しい人の住む国です。貴方のものになるくらいなら、私は国と共に死にます」

 私は隠し持っていた短剣を振り上げると、自分に向けて勢いよく振り下ろした。

 男の叫び声を聞きながら、私の視界は真っ暗になった。



 次に目を開けたとき、私は椅子に座っていた。

 目の前のテーブルには安い酒が置かれている。

「どうした?飲まねぇのか?」

 向かいの席の男が話しかけてきた。

「気分が悪いんだ」

「んだよ。祝杯だってのにノリが悪いな」

「すまないね」

 男に謝りながら、私は手の中で今日の収穫物であるそれを品定めしていた。

「お前の目ではどんなもんだ?」

 男が聞いてくる。

「さぁ?これのどこに凄い価値があるのかは分からないけど、一生遊んで暮らせるだろうね」

「それどころか余るぐれぇの大金が手に入るだろうよ」

 男は下品に笑うとまた酒を煽った。

「ほら、少しは飲んだらどうだ?この安酒も、今日で最後だぜ」

「…そうだね。にしても随分と甘い警備だったね。まぁおかげで簡単に盗れたわけだけど」

「おいおい、相手は貴族様だぜ?常に死と隣り合わせで生きてる俺達が、ガキの頃からぬくぬく甘やかされて育った奴らに捕まるわけないだろ?」

「そうだね。…俺達は常に死とともにあった」

 私は椅子から立ち上がり向かいの男の背後に立った。

「…なんのつもりだ。」

「ダメだろ?油断なんてしちゃ」

「貴様っ…」

 私は男の首にざくりとナイフを突き刺した。

 男は音を立てて椅子から落ちる。

 床は赤く染まった。

「これで金は全部俺のだ。悪く思うなよ。呑気に大酒食らってるお前が悪いんだから」

 顔についた返り血を拭き、私は自分の分になみなみと注がれた酒を手に取った。

「さて、俺も祝杯をあげるとするか」

 喉を鳴らしながら勢いよく全て飲み干す。

 グラスが手を離れ、音を立てて割れた。

 体もぐにゃりと崩れ落ちる。

 そして気づいた。

 この酒を入れたのは今目の前で死んでいる男で、そいつが今日はやけに自分に酒を勧めていたことを。

 死体のそばには男の懐から落ちたのだろう小さな小瓶が転がっていた。

 私の視界は真っ暗になった。



 次に目を開けたとき、私はどこかの屋敷の一室で白いドレスを着ていた。

「よく似合っておりますわ」

 メイドがうっとりした声で言った。

 鏡の前に立つ。

 汚れ一つない純白のそれは、ウエディングドレスだった。

 メイド達がせかせかと動き回っている中、準備を終えた私は部屋の椅子に腰掛けて休んでいた。

 すると部屋のドアがノックされる。

「入っても構わないかい?」

 男の声だった。

「ええどうぞ」

 私の言葉の後、程なくしてタキシードに身を包んだ男が入ってきた。

「すごく綺麗だ」

「ありがとう。貴方も素敵よ」

 男はしばらく照れ臭そうにしたあと長方形の箱を取り出した。

「これは?」

「開けてみて」

 男に促されるまま私は箱の蓋を開ける。

 そこには真っ赤な宝石のついたネックレスが入っていた。

「…綺麗」

「貸してごらん」

 男はネックレスを手に取ると私の首にかけた。

 胸元を彩る真っ赤な宝石は白いドレスと相まってより一層輝いた。

 私は微笑んだ。

 男も微笑んだ。

 幸せだと思った。

 全ての準備が整い、いよいよ挙式の時間がやってきた。

 パイプオルガンの美しい音色が教会の中を満たす。

 私達は神の前で誓いの言葉を交わした。

「…誓いのキスを」

 神父の言葉に男は私のベールを上げる。

 一瞬の静寂。

 今にも唇が合うだろうその時、教会の扉が大きく開かれた。

 入ってきたのは真っ黒なドレスを身にまとった女。

 それは華やかなこの場に甚だ似つかわしくない姿だった。

 突然のことに誰もが言葉を発しない。

 女はハイヒールをコツコツと鳴らしながら私達のもとへやって来た。

 男の前に立ちニコリと微笑みながら言う。

「何が君だけを愛してる、よ。…嘘つき」

「ち、違う。仕方なかったんだ…。親が…、僕のせいじゃ…」

 私はなんのことか分からず、男と女を交互に見やる。

 男の目は慌ただしく泳いでいた。

 続いて女は私に近づいて言った。

「そのネックレス、綺麗ね。……本当は私が身に付けるはずだったのに」

 そして女は隠し持っていたナイフを私の腹部に突き刺した。

 純白のドレスは赤く染まり、観客が悲鳴をあげて我先にと出口へ向かう中、私は静かに崩れ落ちた。

 さっき誓いを交わしあったばかりの男は、私を振り向きもせず、叫びながら観客を押しのけて逃げていった。

 私を刺した女は私を見下ろして言う。

「可哀想に…。あの男、貴女のことも見捨てて行くのね。ホント笑えちゃう」

 その言葉を最後に、私の視界は真っ暗になった。



 次に目を開けたとき、私はステージで歌う女を見ていた。

「よお。お前みてぇな貴族の坊ちゃんがこんな酒場に何の用だぁ?」

 突然知らない男が絡んできた。

「酔ってるんですか?俺別に貴族なんかじゃ…」

「嘘つくんじゃねぇーよ。まぁそうツンケンすんなや」

 男は愛想よく話しかけてくる。

「どうして俺が貴族だって分かったの?わざわざこんな地味な服まで着てるのに」

「んな服ぐれぇじゃ誤魔化せてねぇよ。お前だけ身にまとってる空気が他の奴らとは違うからな」

「意味分かんない」

 私は絡んでくる男を無視して、再び視線をステージに向けた。

「…惚れてんのか?」

「は?」

 男はニヤニヤと笑いながら私を見ている。

「惚れてんだろ?あの女に」

 男はステージで歌う女の方を見ながら言った。

「…だったらなんなんですか」

「やめときな。お前さんとあの女じゃ住む世界が違いすぎる」

「関係ないです」

「そんなもん愛でも恋でもねぇよ。ただの気の迷いさ」

「知ったような口を聞かないでください」

 私はさっさとテーブルから離れた。

 女の歌を集中して聞きたかった。

 ただ女の歌を聞ければそれでよかった。

 女は歌い終わると一礼してステージから降りた。

 パラパラとまばらな拍手が叩かれる。

 私も拍手を送った。

 ステージから降りた女は今日もいつものように色々な客に話しかけていた。

 この店の看板娘でもある女はああやって歌の後はいつも接客へと回るのだ。

 そうして女はとうとう私の席にもやってきた。

「あっ、お客さん。最近いつも来てくださっていますよね?」

「え?…なんで?」

 目立たないようにいつも隅のテーブルに座っていたのに。

「フフ…分かりますよ。大切なお客様ですもの。それに、いつも私の歌、真剣に聞いてるのは貴方ぐらいですもの」

 女は笑いながら言った。

「いや…えと…素敵な歌だと思って……はは」

 私は恥ずかしさのあまり思わず俯いてしまった。

 それから私と女は閉店時間ギリギリまで話した。

 自分が貴族であることは言えなかったが、名前、好きな食べ物、好きな歌、驚いたこと、楽しかったこと…、様々なことを話した。

 時間はあっという間に流れていった。

 女は言う。

「…また明日も会える?」

「…絶対に会いに来る」

 女は嬉しそうに笑った。

 私は後ろ髪を引かれる思いで店を後にした。

 心臓がドクドクと高鳴った。

 そして、もはや日課となってしまった帰宅途中にある宝石店へ足を踏み入れた。

 私は店の中でも一際美しい赤い石のネックレスの前に立つ。

「やあお客さん、また見るだけですかな?」

 店主の老人がいつものように話しかけてきた。

「いえ、今日は違います。やっと決心がつきました」

 老人は嬉しそうに微笑んだ。

「お顔こそ存じませんが、お相手の女性はきっと喜ばれますよ」

 老人はネックレスを手に取ると、丁寧に箱に入れてリボンをかけて包んでくれた。

「ありがとうございます」

 私は老人から箱を受け取ると店の外へ出た。

 夜風が冷たい。

「彼女、喜んでくれるかな…」

 明日に思いを馳せて、私は足を一歩踏み出した。

 その直後だった。

 暴走した一台の馬車が私に突っ込んできたのは。

 明日、あの寂れた酒場で、女に渡すはずだった箱が手から離れ道端に転がる。

 倒れた馬車の下から私は必死で手を伸ばした。

 最後に思い出したのは別れ際の女の笑顔だった。

 私の視界は真っ暗になった。



「おはようございます。随分と長く眠っておいででしたね」

 次に目を開けたとき、そこは甘い香り漂う喫茶店だった。

「どうぞ、目が覚めますよ」

 レモンの香りが辺りに広がった。

 カップを手に取り、少しずつ飲んでみる。

 体の中から温まる感覚は心地よく、寝ぼけていた思考は徐々に覚醒した。

「……夢をみていたの」

 私は話しだした。

「何度も死ぬ夢よ」

「何度も死んだんですか?」

「そう。死んだと思ったら私は別の誰かになってて、それでまた死ぬの。…ずっとその繰り返し」

「…奇妙な夢ですね」

 痛みは感じなかった。

 だけれどそれはひどく……。

「なんだかとても苦しいわ」

「それが人の感情というものですよ。ところで…」

 男の言葉を遮り、突然ガチャリと店の扉が開いた。

 入ってきたのは青い服を着た女だった。

「いらっしゃいませ、カエルレウムさん」

「……今誰と話してたんですの?」

 店内にはこの店のマスターである男と、今入ってきた青い服の女しかいない。

「こちらのお嬢さんと」

 そう言って男が示したカウンターの上には赤く輝く宝石のネックレスとまだ暖かいハーブティーが置いてあった。

「…前々から変態だとは思ってましたが、やはり変態ですわね」

「やめてください。傷つきますよ」

「どこがですの」

 カエルレウムと呼ばれた女は、肩までのびた自身の青い髪を耳にかけながら、カウンター前の席に座った。

 そして男がお嬢さんと呼んだ石を手にとる。

「綺麗でしょう?」

 男は紅茶を差し出しながら言った。

「それにしてもよくこんなもの手に入りましたわね。そんなに死にたいんですの?」

「…毒舌キャラがモテるのは二次元の中だけですよ」

「すみません、心配して損しましたわ。そのまま石に呪われて死ねばいいのに」

「……呪いですか?」

「…知らずにこんなもの持っていたんですの?」

「元はお客様の忘れ物ですよ」

 男は呪いという言葉にもまったく動じた様子を見せず、カエルレウムはため息をついた。

「“Gift of Maiden”乙女の贈り物。この石の名ですわ」

「素敵な名前じゃないですか」

「これは所詮表の名前よ。この石は別名“乙女の毒”と言われていますわ」

「私にはただの美しい宝石にしか見えませんが」

 男はハーブティーの入ったカップを片付けながら言った。

「それがただの石じゃないんですの。この石を所持した人間は全員死んだって話ですわよ」

「偶然でしょう?人間いつかは死ぬものですよ」

「偶然だったら毒の乙女などという名はつきませんわ」

「そういうものなんですかね」

 男は首を捻りながらネックレスの石を覗き込んだ。

 血のように赤い赤だった。

「綺麗な赤でしょう?この石は毒となって所有者を殺し、その血を吸って美しく成長したんですって。貴方ももうすでに毒に犯されているかもしれませんわね?」

 カエルレウムはニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべた。

「よかったら私が処分してきてあげますわよ?」

「わたしなら死なないので大丈夫ですよ」

 男はカエルレウムの手からネックレスを取ると店の棚に飾った。

「…飾るの?」

「もちろん」

「これだけ言ってあげてるのに…やっぱり変態ですわ」

 カエルレウムは呆れたのか、懐から本を取り出すとただ静かにそれを読み始めた。

 男はカップに温かい紅茶を注ぐ。

 店内は再び静寂に包まれた。



 



 私は思う。

 果たしてあれはただの夢だったのか。

 それとも現実だったのか。

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