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Story3「鬼の子」

「号外でーす。号外でーす」


 街ではとあるニュースが大々的に取り上げられていた。

「“極悪非道な殺人鬼、ついに捕まる。”…やっと安心して外に出られる」

ある者は新聞を読み安堵し、

「被害者32人。殺されたのは皆若い女性ですって」

「まぁなんて恐ろしい」

ある者は身を震わせ、

「街に平和が戻った。これもあんたのおかげだよ」

ある者は讃え、

「いえいえ、わたしだけの力ではありません」

ある男が微笑んだ。

 

 それを痩せこけた少年が冷たい目で見つめていた。






「あんたのせいよ。鬼の子のあんたなんか引き取ったから、私まで…」

 おばさんはヒステリックに僕のことを怒鳴りつけた。

「ごめんなさい」

 僕は謝ることしかできなかった。

「出て行って」

「…………」

「何突っ立ってんのよ。出て行ってよ」

 孤児の僕はこのおばさんに引き取られて3週間と4日で家を追い出された。

 家を出るとき、玄関を振り返る。

 おびただしい張り紙と落書き、ポストの中はパンパンに溢れていた。

 これら全てに誹謗中傷の言葉が書かれているのを僕は知っている。

 三週間以上も家に置いてもらえたのは奇跡だと思った。

 初日の優しかったおばさんを思い出す。

 それからさっきのウサギのように怯えたおばさんを思い出す。

 涙は出なかった。

 行くあてなどどこにもない。

 だけどここにいても仕方がない。

 僕は歩き出した。


 少し歩くと誰かの視線を感じた。

 気にせず歩くと誰かの話し声が聞こえた。

 さらに歩くと声は確実なものとなって僕に届いた。

「見てよあそこ」

「やだ、なんであの子が外をうろついてるの」

「ちゃんと家の中に閉じ込めといてよね」

 二人のおばさんが物陰で話していた。

 豚みたいな声。全部聞こえてるよ。

 僕はそっちを見る。

 豚のおばさん達は駄肉を揺らして縮み上がった。

「今の目を見た、なんて冷たい目」

「やっぱり鬼の子だわ」

 僕は気にせず前へと歩いた。


 少し歩くと開けた場所に出た。

 人の数も増えてくる。

 一方僕の周りだけ綺麗に人がいなくなる。

 僕としては歩きやすいので構わない。

「痛い…」

 僕の頭に石が当たった。

 正確には誰かがぶつけてきた。

 そして僕の前に同い年くらいの男子3人が立ちふさがった。

 トカゲみたいな奴がニヤニヤとした笑みを向けてくる。

「やった、頭に命中」

 石を投げたのはお前か。

「殺人鬼の息子が誰の許可とって外歩いてんだよ」

 カバみたいなのが臭い息を放ちながら話しかけてきた。

「無視してんじゃねぇーよ」

 馬みたいな面した奴が僕の襟元を掴んだ。

 面倒だな。僕は取り敢えず馬面を睨みつけた。

 馬面はビビって僕から手を離す。

「こ、この鬼」

「お前なんか死んじまえ」

 カバと馬が煩く啼いている。

 トカゲはその後ろでしっぽを丸めていた。

 面倒事は嫌いなので、僕はその場から走り出した。

「に、逃げんのか」

 背後でカバが吠えたけど知らない。

 僕は走った。

 この街は嫌いだ。

 

 どれくらい走っただろう。

 太陽は西に沈んでしまった。

 もうここが何処なのかも分からない。

 帰る場所のない僕としては結局何処だろうと構わないのだが。

 もう夜か。

 身を隠せるような場所を見つけて、今夜はそこで眠ろう。

 僕は路地裏へと身を滑り込ませた。

 路地裏は街のゴミ溜めだった。

 ドブネズミの巣窟だ。

 そこで寝ている薬まみれのネズミなんて空を見つめながらヘラヘラと笑っている。

 ボロいベットの上では裸のネズミ達が嬌声を上げているのだろう。

 酒に溺れたネズミが隅で吐いていた。

「んだよガキが、何見てんだよ。」

 僕の視線に気づき一人のネズミが睨んできた。

 ここは危険だ。

 僕は早足で路地の奥へと入っていった。

 安全な場所を求めて暗い入り組んだ路地裏を縦横に歩き回る。

 僕の足が棒も同然となった頃、それはあった。

 それは薄汚い路地裏に似つかわしくないやけに綺麗な扉だった。

 僕は迷わずドアノブに手を伸ばした。

 この扉を開けなければいけない。

 その時の僕はそんな使命感のようなものに駆られていたのだ。

「いらっしゃいませ。喫茶ポルボローネへようこそ」

 綺麗な猫が笑顔で僕を迎え入れた。






「僕はなんでか生まれたときから人間が動物に見えるんだ」

「それで開口一番わたしのことを猫と呼んだんですね」

「うん、そう。あ、でもお兄さんはすごく美人な猫だと思うよ」

「…そうですか」

「うん」

 猫のお兄さんは僕をカウンターの前に座らせると暖かいミルクティーを入れてくれた。

「にしても随分と不思議な目を持っていらっしゃいますね。それでは今の私は貴方に猫の顔をした人間に見られているのですか」

 猫のお兄さんは何ともいえない表情をしていた。

「多分お兄さんが想像しているのとはちょっと違うよ」

「…というと」

 口に含んだ甘いミルクティーが僕の全身を温める。

「動物に見えるって言ったけど、何も人間の体に動物の顔が乗っかっているわけじゃないよ」

 クスクスと笑う僕に猫のお兄さんは首をかしげた。

「僕にも細かいことはよくわかんない。でも僕にはちゃんとお兄さんの人間の顔が見えてるよ。ただ、なんでかそれに猫だなって感じるだけ。なんとなくだよ、漠然とそう思うの」

「本当に不思議ですね」

 猫のお兄さんは頷きながらもやっぱり首をかしげていた。

「それにしてもこのミルクティー本当に美味しいね」

「ありがとうございます。おかわりはいかがですか」

「あ…その…お金持ってなくて……えと」

 あまりにも疲れていたので最初の一杯は済し崩しに飲んでしまったが、お金がないことを思い出し口篭ってしまう。

 そんな僕にお兄さんは黙ってミルクティーを注いでくれた。

「え…」

「一体何があったのですか。それに、頭の怪我。それで隠しているつもりですか」

 今朝トカゲに投げられた石で出来た傷。

 時間が経って血の方は固まり止まったが、残った傷の方は髪で無造作に隠しただけだった。

 お兄さんは奥へと入ったと思うと、箱を持って直ぐに出てきた。

「傷を見せてください。簡易的にですが手当しますから」

「は、はい」

 お兄さんの有無を言わさない態度に僕は頷くしかなかった。

 お兄さんは慣れた手つきで消毒し包帯を巻いていく。

「お兄さんは連続殺人鬼が捕まった事件…知ってる?」

「ええもちろん。店に来るお客様がよく話題にあげますから。捕まえたのは現場付近に偶然いた傭兵。今では英雄と讃えられているようですが」

 おしまいですと言ってお兄さんは救急箱をしまった。

 僕は包帯の巻かれた頭を下げたまま話す。

「その殺人鬼……僕の父さんなんだ」

「そうですか」

「驚かないんだ」

「驚きましたが…殺人鬼に一人息子が存在していることは知っていたので」

「ふ~ん。みんなは僕をすごく怖がって嫌がるのに、お兄さんは全然だね」

「貴方は鬼の子であって鬼自身ではないでしょう。それともやはり鬼の子は鬼ですか?」

 お兄さんは悪戯を企む子供みたいに笑ってみせた。

「…僕、お兄さんみたいな人好きだよ」



 それから僕はお兄さんの所にしばらく居候させてもらうことになった。タダでは悪いので店の手伝いをしながら生活をしている。

 お店にはいろんな人が来たけど、綺麗なお姉さんが特に多かったと思う。

 赤い猫さんはお土産とか言って自作のモノを色々持ってきた。僕には鞘の部分が赤い宝石で装飾された金色のナイフをくれた。僕を守ってくれるんだって。

 青い猫さんはいつも店の隅に座って本を読んでいたんだけど、僕が初めて入れた紅茶を美味しいと言って飲んでくれた。

 黄の猫さんは優しくて、とても歌が上手だった。僕は一緒にいろんな歌を歌った。

 緑の猫さんはなんだかいつも気怠そうだった。でもある日、面白いオモチャを見つけたとかでお兄さんに嬉しそうに話していた。

 紫の猫さんは甘いものが大好きで、来るたびに僕に新しいお菓子をくれた。

 桃の猫さんはなんでも知っていた。僕のことも知っていた。きっとお兄さんはこの人から父さんのニュースを聞いたんだろう。

 

 こうして一ヶ月が過ぎた頃だった。

 その日の夜は桃の猫さんが来ていた。

「桃色猫さん、新作どうぞ」

「君も随分と紅茶を入れるのが上手くなったね」

「ありがとう。毎日お兄さんに教えてもらってるんだ」

「そうか。この主人がね、珍しい」

 お兄さんは何食わぬ顔でカップを拭いていた。

 桃の猫さんが僕の頭をそっと撫でてくれ、嬉しいけど僕としてはちょっと恥ずかしかった。

 ふと桃の猫さんが真剣な顔をして言った。

「君の父親は今朝処刑されたよ。英雄の手で」

「…そう…なんだ」

「まだ幼く純粋な魂の者よ…。君の父親を捕まえて、殺した英雄とやらを憎んだりしないの?」

 桃の猫さんの言葉はたまに難しくてよく分からないけど、何を質問されているのかは分かった。

「そりゃ憎いよ。殺人鬼でも親だから。でも憎んでどうなるの。父さんはもういないのに」

「私なら君の憎む相手を父親と同じ目にあわすこともできる」

「桃色猫さんにそんなことさせられないよ。父さんが悪いことをしたんだから仕方ないことだし。それに父さんは言ってたんだ。憎しみを憎しみで消すことは出来ないって。ハハ…殺人鬼の言う言葉じゃないよね」

 枯れた笑い声に涙が混じった。

「僕の前では優しい父さんだったんだ。母さんが死んだ後も、一生懸命僕を育ててくれた。貧しくても楽しかった。なんで殺人なんてしたんだろう」

 一度流れた涙は簡単には止まってくれなかった。

 僕が泣き止むまで桃の猫さんは頭を撫でてくれた。

「君、顔を上げて私の話をよく聞いて」

「…うん」

「君がいつも持っているそのナイフ」

「これのこと?」

 僕は赤の猫さんに貰ったナイフを見せた。

「それを肌身離さず持ってなさい。そのナイフは君の望む通りの働きをするだろう。必ず君の力になってくれる。だけど、使い方を誤るな」

「…ん、分かった」

「それじゃあ私はそろそろ帰るよ。ご主人、また来る」

「いってらっしゃいませ。またのお越しをお待ちしております」

 お兄さんは桃の猫さんを扉まで見送った。僕も手を振る。

 桃の猫さんが帰るとお兄さんは僕に振り向いて言った。

「奥で顔を洗ってきなさい。ついでにこのメモに書いてある物も持ってきてもらえますか」

 お兄さんからメモを受け取る。

 顔を洗うため店の奥へと向かおうとしたその時、店の扉が乱暴に開かれた。

「いや~いい気分だ。店主、酒をくれ」

 父さんを殺した、英雄だった。

 そいつはひどく酔っ払っていて、ここを喫茶店ではなく酒場と勘違いしているようだ。

「申し訳ありません。生憎この店にはお酒を置いていなくて」

 お兄さんは酔っ払ったそいつにも丁寧に対応していた。

「ああ、丁度先日とある方から頂いたワインがありました。それでよろしければ…」

「酒ならなんでも構わねぇ~よ」

 英雄はカウンターにどかりと座った。

 英雄とは名ばかりで、酔っ払っている姿は見る影もなかった。

「ここは大丈夫ですから、さぁ」

 茫然と立つ僕をお兄さんが促した。

 僕は奥の部屋へと逃げるように走っていった。水を勢いよくだして顔を洗う。

 まさかこの店にあいつが来るとは思ってなかった。

 鏡に映る自分は今ひどい顔をしているのだろう。

 水を止めてタオルを手に取る。

 お兄さんに頼まれた物。…早く届けないと。

 メモには数種類の紅茶の名前が書かれていた。

 棚から紅茶の缶を取り出す。

 全て揃えると腕に抱えて歩き出した。

 表に近づくにつれ、お兄さんと英雄の話し声が聞こえてくる。

 英雄は随分と酔っ払っているようだ。

「あの男の処刑は見物だった。俺が首をざっくり落としてやったんだぜ」

 僕は思わず足を止めて物陰に身を隠した。

 酒の回った英雄は大声で機嫌よく話している。

「気の毒だよなぁ~あいつも」

 英雄は下品な声でケタケタと笑った。

「街のやつらも騙されてさぁ、本当に愉快だ」

「ほぅ…、というと?」

 お兄さんに促され、英雄は楽しそうに話しだした。

「今日は気分がいいからなぁ、兄ちゃんには特別に教えてやるよ」

 ここだけの話だけどな、と言って英雄は語りだす。

「今日処刑した奴、実は本当の犯人じゃないんだぜ」

 僕の喉がヒュっと音を立てた。

「まさかこんなに上手くいくとは思わなかった。偽の犯人を仕立て上げて捕まえる。俺は一躍英雄さ」

 僕はその場から動けずにいた。

「でもまぁ、悪いのはあいつだよなぁ。たまたま俺が女を殺すとこ見ちまったんだから」

 全身を変な汗が流れた。

「どうして殺人なんて?」

「兄ちゃん、そんな質問は野暮ってもんだぜ。俺はアソビたかっただけ。最初はヤルだけヤったら逃がすつもりだったんだけど、女の方が暴れてな。思わず殺しちまった。それ以来癖になってさぁ。必死に逃げる姿もそそるんだよなぁ」

 英雄はなおも語る。

「俺には部下が3人いるんだけどな、そいつらにもこのアソビ教えてやったんだ。殺すって言ったら流石に躊躇ったが、直ぐにあいつらは楽しむようになったぜ」

「英雄さん、少々飲みすぎではありませんか」

 英雄にはお兄さんの言葉はもう届いていなかった。

「ああでも、犯人は捕まったことになってっからもうアソベねぇじゃねぇ~か」

 代わりに死んでくれたのはいいけど、ホント迷惑な話だぜと英雄は酒を煽った。


 ガチャン!!


 汗まみれの僕の手から紅茶の缶が滑り落ちた。

「おや、遅いと思ったら」

 聞いていたんですか。

 お兄さんは僕にだけ聞こえる声でつぶやくと、落ちた缶を丁寧に拾った。

 僕は紅茶の缶とお兄さんを無視して、英雄の前へとゆっくり足を踏み出した。

「んだガキ?」

 目の前に立つ僕に英雄は怪訝そうな目を向ける。

「僕の…父さんを…」

 僕は震える声で話す。

 英雄は合点がいったように話しだした。

「…お前はあいつの息子か。残念だったな坊主。恨むなら父親の運の悪さを恨め。あいつが俺達の殺人現場に居合わしさえしなけりゃこんなことにならずに済んだんだ」

「…鬼」

「あ?」

「…赦サナイ」

 

 僕は両手を振り上げた。その手には赤い猫さんからの贈り物が握られていた。

 僕は何度も何度も振り上げた。

 その度に僕の視界は赤色に染まった。

 目の前の鬼は、もう微動だにしない。



「いつまでそうしているおつもりですか」

 お兄さんが声をかけた時には僕は床に座り込み、目の前は真っ赤だった。

「…お兄さん、今までありがとう。迷惑かけてごめんなさい」

「構いませんよ」

 お兄さんは笑顔だった。

「父さんは鬼なんかじゃ無かった。…もう行くね。僕にはやらなきゃいけないことがあるから」

「寂しいですが、仕方ありませんね」

 お兄さんが店の扉を開ける。

 そこはあの汚い路地裏ではなく夜の闇に包まれた街の中だった。

「ここからの方が近いでしょう。いってらっしゃいませ」

「本当にありがとう」

 最後にお兄さんを見る。

 やっぱりお兄さんは綺麗な猫だ。

 扉をくぐり、僕は外へ出た。

 あいつの部下の顔は覚えている。

「犬と猿と鳥…赦さない」

 僕はナイフを握りしめた。






「彼はやっぱり鬼の子だったようですね」

「父親は鬼ではなかったけれど…ね」

「いらっしゃいロセウスさん」

 桃色の服を来た魔女が店の扉を開けた。

「街でまた惨殺死体で見つかった」

「さすがはなんでも知っていらっしゃる。殺人鬼が誰かももちろん分かっているのでしょう」

「もちろん、私が知らないはずがないだろう?殺人鬼の正体も、その鬼がいかに無邪気に笑うかも」

「この話の結末も、貴女は知っていたのでしょう?だからあの日、鬼の子にあんなことを言った」

「知っていたさ、何もかも。結末を書き換えるのが容易でないことも…」

「残念ですね。ロセウスさん、あの子を随分と好いていらっしゃたのに」

「そういう主人こそ存外気に入っていただろう」

 男が差し出す紅茶に魔女はゆっくり口をつけた。

「また一段と美味しくなったな」

「ありがとうございます」


 出会いを作る喫茶店。

 幸か不幸かはあなた次第。































 私は知っている。

 この話がまだ終わっていないことを。


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