第二章 ある物語の始まり
思わず息をのんだのは私の頭に刷り込まれた日常の風景と目の前の風景があまりにもかけ離れていたためだ。飛び出した勢いは死んで、ゆっくり一歩、また一歩と前に出る。そして止まった。かけ離れている風景ではあるけれど懐かしかった。道を挟んだ向かいの家が数年前に建て替えられる前の姿で建っていたんだ。
「ここ……どこ?」
「僕には説明できないよ。けれども君の住んでいた世界じゃないのは確かだ」
門の側に立っているキネムのシルエットが猫のように緑色の二つの目を光らせて言う。心臓がドキドキと音を立て始め、不安が膨らみだした。
「この世界にお父さんは?」
「いないよ」
「お母さんは?」
「いない」
「恵子は? 奈津美は?」
キネムは「みんな、誰もいない」と答えた。
「そんなのヤだ」
「亜子。探しに行こう。とても大切な物」
キネムの影から手が差し出された。大きい手のひら。長い指。
「大切な物って何?」
キネムに一歩近づくと、不安が少し剥がれ落ちた。一歩、また剥がれ落ちる。何故だろう。不思議。
「一緒に探すんだよ。そのために僕がいる」
キネムに近づくたびに心が軽くなって、その手をつかむと影の向こうからキネムの柔らかい笑顔が表れて、理由なんてどこにもないのに不安は砕けた。