第六章 月光市場のある騒動
「理由なんてないよ。僕は僕である限り君のそばにいるだけ」
キネムを見るとキネムは長いまつげを持った猫に似た目でまっすぐに前を見据えて微笑んでいた。
「それって大切なことだよね」
口にしたとたん、キネムの目が大きく見開いて眼球に沿って緑の線が走る。
「ひょっとしてこれが私の見つけなきゃならない大切なことなのかな?」
訊くとキネムもこちらを見てしばらく見つめあった。
「これも大切なことなのかも。だけど君はまだ元の世界へ戻らずここにいる。それはつまりまだ大切な物を見つけていないってことなんだろう」
「そっか。じゃ、気長に探そう」
「随分と落ち着いているんだね」
「うん。なんとなく気づいちゃったから、この世界のこと」
「えっ?」
「たぶん、この世界は私の思いが作っ……」
言いかけた時、「お願いです! セント・エルモ号を返して下さい!」大きな声がして私たちは市場の方へ目をやった。足を止める人々の視線の先に土下座をしている若い男性がいる。
その前には深くかぶったハンチング帽から忌々しそうな目を鈍く光らせて男性を見下ろす鼻の高い細身の中年男性。
「ダメだ。あの馬は正式な手続きの上での契約が成立して俺のものになった」
「しかし!」
食い下がろうと顔を上げた若い男性に中年男性は一枚の紙を突きつける。
「契約だ」
その言葉に若い男性はうなだれ、中年男性は「ふん」と鼻を鳴らし着ているジャケットの襟を正すと去っていく。
すると周りで見ていた人たちも足を動かし出して、地面にうなだれている若い男性は人の波間にちらちらと見え隠れするようになった。




