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ある夜の物語  作者: 星六
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第一章 ある日のある少女

 夜、文化祭で買ったやきそばを独りで食べながら留守番。たったの一か月前の出来事なのに三人で食卓を囲んでいた頃がとても懐かしく感じた。あの頃はお母さんやお父さんが話しかけてきても生返事でケータイをいじったり、テレビを観たり。当たり前のように与えられていた極上な幸せを無駄にしていた自分に腹が立つ。どうして人は苦しみの中でしか幸せに気付けないんだろう。そう考えていると、私のお腹は半分も食べないうちに油っぽいやきそばを受け付けなくなって、残りを冷蔵庫へしまうと歯を磨いて二階へ向かった。独りはいけない。考えごとが多くなって、とりわけ心が沈む考えが頭や胸に広がってしまう。


 階段を上りきると右側に私の部屋がある。私は部屋に入るなり明かりも付けずにベッドに仰向きに寝転び、大きく伸びをした後、頭の後ろで手を組んで天井を見上げた。こうして今日も終わっていく。そして明日の朝がやってきて、きっと事態は良くなりはしない。明日も今日と同じなのだろう。


 目をつむり五秒数えて目を開けた。起き上がると自分の部屋を出て、向かい合った部屋のドアを開いた。


 ドアの隙間からふわりと香ったのは、爽やかな中にも渋みと重みを含んだ豊潤な香。私の好きな紙とインクの匂い。それをいっぱいに鼻から肺へ吸い込み胸を膨らませると、その部屋へ足を踏み入れた。



 パチリと蛍光灯のスイッチを押すと、四面のうち、窓のない三面が背の高い本棚で覆われた部屋が姿を見せた。この部屋はお父さんの書斎。とは言え常時鍵はかかっておらず、暇な時は私もこの部屋に入り浸って、面白そうな本を片っ端から読み漁っていた。


 お父さんを最も感じるのはこの部屋だ。お父さんと書斎は二つで一つのイメージ。お父さん、それではいけない。父親をイメージした時に家族サービスを連想させなければ世間では良いお父さんとは呼ばれない。だから元気になったら三人でどこかへ遊びに行こう。近くのファミレスでもいい。三人でいることが何より大切だ。


 窓のある面に備え付けてある木製のデスクの上にはお父さんとお母さんに挟まれて笑う私が写った写真が立てかけてあった。写真の中の私はあまりにも幼く今の私とはかけ離れ過ぎていて別人のように感じられるから、この写真を見るたびにまた近いうちに三人で撮れたらな、なんて軽く考えていたんだけど、今ではそれが奇跡にも近い願いとなってしまった。胸が詰まる。写真を伏せた。そこで深呼吸して本の匂いで身体を満たすと東の壁に設置してある本棚へ目を走らせた。


 この部屋にある本棚はどれも天井にまで達するものばかりで「床が抜けるんじゃないかとひやひやするわ」がお母さんの口癖だった。そう言うお母さんにしどろもどろになりながら反論するお父さんを思い出して少しおかしくなった。


 本を探す私の目はサンテグジュペリの『星のおうじさま』で止まった。だけど読み終わると孤独感がより一層強まる気がして、その孤独に耐えられる自信がなかったから他の本を探すためにズラリと並ぶ本の背表紙を人差し指の腹で横に撫でた。


 読みたくなる本は見つからない。全てではないけれど興味のある本はあらかた読み尽くしてしまっているのだから当たり前と言えば当たり前。だから仕方なしに西の壁にある本棚から星や宇宙を特集した科学雑誌の別冊をいくつか選んでデスクに座った。


 ペラペラと流し読みしてみる。地球の生い立ち、太陽系の惑星の構成物質や公転自転の周期、ビッグバンから未来の宇宙予測まで、年月や距離や重さや数の単位が常識はずれの桁はずれでいまいちピンと来ない。途方もなく現実離れしていて、夢やファンタジーではないかと思われるくらい。でも現実なんだ。私の常識だけが現実じゃない。現に私の常識から逸脱した事件に巻き込まれたお父さんは生き死にの境をさまよっているのだから。


 おっと、油断すると悲しい気持ちになる。私はぶんぶんと頭を振ってたいして興味のもてない宇宙の知識の詰め込まれた本を読みふけった。




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