第五章 ある山の小屋と砂浜の光
「夜の海って初めてかも……」
夜の海は昼の海よりも迫力があった。
目の前に広がる黒い海、白波がやけにくっきりと映えて、沖の方から吹いてくる潮の香をまとった風が前髪をさらさら揺らす。波は大きく吠えていた。
「遠く向こうからとても大きな存在が僕たちを呼んでいる、そんな不思議な気持ちになるね」
「うん。なんでだろう?」
私たちは誘われるように波際へ寄って行く。
夜の風に冷えた砂浜は昼間のよりもギュッと硬い気がする。
そして砂の一粒一粒が重たく感じる。
そんな事を考えながら歩いていると小さい青い光をいくつも見つけた。
「ホタルイカ」
時期にしては遅すぎる。でもここはこう言う世界なんだ。
近くによってしゃがむと砂浜にはぬめりと鈍く輝く薄茶色のホタルイカが幾匹もいて、音もなく弱々しく透き通った足を動かしていた。
顔を波の方へ向けると白波に揉まれてホタルイカが青い光を放っている。
「ホタルイカの身投げだね」
キネムが横に立って切なそうに言った。ホタルイカの身投げの原因は分かってはいない。
ただ産卵期を迎えたホタルイカは深海から上がって来て、何故か新月の夜を目安に砂浜へ大挙して押し寄せ、打ち上げられ、そして、そして、声も無く死んでいく。
よくよく見てみると海岸線に沿って大量のホタルイカが打ち上げられているらしく、青白い光の筋が遠くまで続いている。
今日のこの時にこんなにもたくさんの命が失われて行くんだと考えると、自分の命がここにあることに恐ろしいほどの奇跡を感じざるを得ない。




