第五章 ある山の小屋と砂浜の光
「この先のカーブを曲がった所に、お地蔵様とバス停があるよ」
私の言葉通りカーブを曲がった所に簡素な祠があって、薄がりの中、二体のお地蔵様がひっそりとたたずんでいる。
その横にはバス停と雨をよけるためだけの簡単な掘っ立て小屋。
こんな所にお父さんの故郷の景色があるわけがないから、私の傍にいてくれるキネムといい、先ほど見た氣燐の光景といい、どこもかしこも美しいこの不思議な世界は……ひょっとすると……私の。
「こんな夜の山に誰だね?」
低い男性の声で突然に声をかけられ私とキネムはビクッと体を震わせた。
声の主はどうやらバスを待つための掘っ立て小屋にいるらしい。
闇に慣れた目が入り口の開いた掘っ立て小屋の中のベンチに寝そべる黒い人影を見つけた。
だがはっきりとは姿が見えない。
「僕たちは月光市場へ向かう所なんです。白岡駅で降りたものですから」
キネムの影が掘っ立て小屋に向いて「あなたはここで何をされているのです?」と続けた。
「どうも眠れないので、静寂を求めてここへやってきた」
「そうでしたか。それではお邪魔にならないように僕たちはすぐにでも行きます」
そうして行こうとすると掘っ立て小屋の中の人の気配がゴソゴソと動く。
「まぁまぁ、それでも眠れないわけだ。こんな日はもうどうしようもない」
「そうですか。それは残念ですね」
「いいや、得るものはあるんだ」
「山中でジッとしていて得るものがあるんですか?」
訊くと男性は、はははと笑った。
「眠れぬ夜の一分、一秒は何故こうも愛しいのだろう?」
問いに答えられないでいると男性はバス停の中から続けた。
「私が思うに、それは暗く静かな不安に包まれる中で時間だけが私たちに寄り添ってくれているからではないだろうか? よくよく考えてみれば時間はいつも私たちのそばにいてくれる。私たちを過去に残し時間だけが未来へ向かう事はない。何があろうとけして離れる事はない。そんな存在は時間だけだ。だから、それを当り前だと思わぬように眠れぬ夜が気づかせてくれるのだ。私は、そして君たちは時間に感謝せよ。今、この瞬間も時間は君たちと共にある」
言われるように時間は私たちと共にある。どんなことがあっても離れたりはしない。
けれど。




