第五章 消える光
目が覚めた俺は、カノと真夜から説明を受けていた。場所はもちろん自宅前の道路だ。時間は……空の色を見る限り、四時少し前といったところだろう。
と、やや靄がかかったような思考に火を入れつつ、自分でももう一度状況確認していると、カノの声が聞こえてくる。
「ってこと、わかった?」
うん、なるほど! 俺が寝ている内にそんなことになっていたのか! ……って、
「わかるかあああ! なんでだよ!? おかしいだろお前! 俺は優勝賞品か何かかよ!?」
「はあ!? あんた何言ってんの? 自分が優勝賞品? どんだけ自信過剰なのよ、バカじゃないの?」
「いえ、この場合は夏目君より、お前の方がバカだと思います」
「なんですって!?」
「ですから、お前の方がバカだと思いますと言ったんです。どう見ても、本人の意思を無視して決めるような事柄ではありません。まあリサが一番バカだと思いますが」
「あんた生意気言うのもいい加減にしなさいよね! 前から言いたかったんだけど、なんかあんたの喋り方ムカつくのよ! バカじゃないの?」
「大丈夫です。私よりお前の方がバカですから」
二葉亭さんの言葉を聞いたカノは、まるで猿のように「キィキィ」いいながら地団太踏み始めてしまう――二葉亭さんが言ってることはかなりありがたいんだけど、このままだと余計面倒くさい事になりかねない。そう踏んだ俺は二人を止めようと、なんとか会話に乱入することを試みる。
「カノも二葉亭さんも喧嘩は……」
「真夜で結構です」
えっと……つまり下の名前で呼び捨てしろと? まあカノもそうだし今更問題ないか。
「わかった。じゃあ真夜も、俺の事は虎太郎でいいよ」
俺は真夜が顎を引いて了承したのを見て、先ほどの続きを喋りだす。
「カノも真夜もとりあえず喧嘩はやめろ……っていうかな! 今一番怒りたいのは俺だからね!? そこのとこ忘れないでね! 特にカノ、お前勝手に決めんなよ!」
「そんなこと言われても……あの状況だと仕方なかったの!」
「虎太郎、カノはリサの挑発にのっただけです」
うん、なるほど。
「どこが仕方ないんだよ!?」
「うっさい! いつまでも過ぎた事言ってんじゃないわよ! 隼町内会はもう始まってるんだからね! だから今はあたしの話を聞きなさい!」
こいつ……なんか解せないぞ。なんだろう、なんか味噌汁にマヨネーズ入れて食べるくらい解せないぞ。だがカノの言い分にも一理あるから困る――隼町内会が始まっている以上、三人で騒いでたら恰好の的だ。リサと戦う以前に、別の奴にやられる。
ん、待てよ。この前の戦いだと真夜って敵だったよな? しかもリサは仲間だった……どうやってリサを倒すんだ? 仲間同士で戦うのか……いや待て!
俺は重大な事に気が付いてしまった。俺は視線を手元からゆっくり真夜へ向ける――そう、この場に敵が何食わぬ顔をして紛れ込んでいる。
そう認識した途端、俺の体は訓練された犬のように動き出していた。
カノの横に居た真夜に向いダッシュ、そして腰に抱き着くようにタックルして彼女を床へ押したおす。
「っ……なんのつもりですか?」
真夜は突然の事に驚きつつも、俺の拘束を抜け出そうとする。しかし、俺はそんな事を許しはしない!
俺は顔面を彼女の胸に押し付けるようにして、体の全てを使って彼女を地面に押しとどめ続けた――今の俺達を客観的に見たら、どう考えても小さい女の子を襲っている変態だが、そんな事は気にしない。
「や、やめてください……どこに触っているんですか? そ、そこは……ふぁ」
これは……なんか妙な気分になってきた。真夜のおっぱいは無乳の残念系だと思ってみたが、こうして顔を押し付けてみると、しっかりと女の子特有の柔らかさを感じられた。おまけになんかいい匂いする……くっ、なんか息苦しくなってきたぜ! 深呼吸しなければ! ス~ハァ~ス~ハァ~……。
「お前……この、へ、変態……っ」
ふぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおお! ……って、こんな事してる場合じゃねえ!
「今だ、カノ! 真夜を倒せ、こいつは敵……」
「敵はあんただああああああああああああああああああああああ!」
「ぐほらっしゅ!?」
っ!? なんだ? 何が起きている?
俺は今自らの見に起きたことを必死に確認する――確か俺が真夜を押し倒して攻撃するチャンスを作っていたら、カノに顔面に蹴りをくらって……なるほど! だから俺は今錐もみして飛んでるのか! よかった、解決した! ……って、
「よくね……ぶぼ!?」
何かに体が激突して止まったと思ったら、カノの家の玄関に激突していた。などと思う暇もなく、カノが大股で速足に近づいてくる。
「あんた何考えてんの!? いきなり真夜に襲いかかるってどういう事よ? この変態! そ、そんなに飢えてるの? 変態! この変態! 変態! へんたあああああああああい!」
「ぐぶっ、あびっ、おぼっ……も、もうやめ……ぷぽっ!」
近づいてきたカノはひたすら俺をゲシゲシと蹴りまくってくれた。そりゃもう蹴りまくってくれた。なんか途中から気持ちよくなってきたから、相当蹴られたのは確実だ。
さて、そんなやり取りが少し続いた後の事。
「コタローはちゃんと説明聞かないからそうなんのよ! いい? これは前回の『ウォーゲーム』とは違って『チームバトル』なの。よくある好きな人同士でチーム組んでくださいってやつね! それでここに居る三人は……」
「チームを組んだわけだな?」
「そう。つまり真夜は敵でじゃなくて、味方。そしてあんたは、後輩の女の子に路上で襲いかかった変態」
うっ……なんというキツイお言葉。しかも、カノが言っていることに間違っている所がないのがなおさら辛い。ああ、この世界には神様は居ないんだろうか? もし居るのなら俺を助けてください! この状況から救い出してください! 俺は変態ではありますぅえええええん!
という現実逃避はやめにして、ここはとりあえず行動しよう。変態疑惑は後々払拭するとしても、今はこちらを睨みつける彼女……真夜に謝らなければ!
俺は真夜に向き直り、土下座しながら言う。
「先程は誠に申し訳ありませんでした。下心の様なモノはありませんでした……反省しています」
とにかく誠心誠意謝ってみた。若干、下心云々の辺りに嘘はないでもないが、おおむね真実だ。きっと大丈夫だろう――なにが大丈夫って、ばれなきゃ大丈夫だろう……うん。
「いえ、大丈夫です。その様な理由が有るのでしたら、仕方がなかったかと思います。勘違いから起きた出来事だと割り切りましょう……だから変態さんも気にしないでください」
……うん。
「割り切れてないよね!? 絶対に根に持ってるよね? リベンジする気満々だよね!?」
「あまり話しかけないでくさい、変態がうつります」
あ、なんか俺の何かが砕け散った。ガラスのハート的なモノが砕け散った。膝の力が抜ける、もう立って居られない。
俺が両手を地面についてうなだれていると、カノが「もういい? いい加減に話を進めるわよ!」といって来たので、なんとか立ち上がる。ラスボス戦で一回やられた主人公が、みんなの力で立ち上がるみたいにして立ち上がってやった。そうだ、例え心が何度砕かれようとも、俺は絶対に諦めないぜ! 何度でも何回だって……立ち上がって見せる!
ん? でもこれじゃあ、何度も懲りずに真夜に抱き着く宣言してるみたいだな……まあいいか。今はカノの話を聞く方が大事だ。
「今回の私たちの目標はただ一つ! はい、コタロー! 何か言ってみなさい!」
「リサを倒す事……だろ?」
「正解、バカなあんたでもさすがにこれくらいはわかるみたいね!」
褒められているのか、バカにされているのか……いや、これはきっとバカにされているんだろうな。
「カノ、リサをそう簡単に倒せるとは思えませんが、何か作戦でもあるんですか? 私の能力も知られてしまった以上、リサを倒す決定打に欠けます。変態さんは論外だとして、お前はどうなんですか? 確か私の記憶によれば……」
「あたしも勝てないわ。まともにやったらだけどね」
「へぇー、カノでも勝てないくらいリサって強いんだ」
「正確に言うなら相性が悪いのよね、プリズムっていうの? なんかそんなのを氷で作ってるみたいなんだけど、それでほとんどの攻撃を曲げられちゃうの」
プリズム……なんだそれ? まあアレだ。よくわからないけど、カノの言っていることから考えるに、光を曲げたりする装置なんだろう。
あれ? となると、ここに居る三人の中でリサを倒せる奴って居なくないか?
「なあ、カノ? だったらどうやってリサを倒すんだ? っていうか倒せないじゃん! どうすんだよ! 俺はお引越し確定ですか……っ! まさかお前!?」
「何よ?」
俺は恐ろしい考えに思い至ってしまった。それはすなわち、カノは最初からわざと負けようとしているのではないか、ということだ――何かにつけて、カノは俺にバカバカ言ってくるからな。ひょっとすると本心では、俺と一緒に暮らすのが嫌で追い出したいのかもしれない。もしそうなら、俺が寝ている間に今回の勝負を受けたのも納得がいく。
だったら……だったら俺は、
「俺は人に迷惑かけてまで、自分のしたいようにしようとは思わない」
「はあ? 急に何言ってんの?」
「お前さ……本当は俺を追い出したくてこの勝負……ぶべらぁ!?」
殴られた。ビンタじゃない、グーで殴られた。
「次言ったら殴るからね!」
「もう殴ってんだろうが!」
「うっさい!」
「二人ともうるさいです。あと、さっきから話が進んでいる様でまったく進んでいません。いい加減話を進めてくれないなら、私はこのチームを抜けさせてもらいます」
「ふん、コタローと同じにしないでよね!」
それはこっちの台詞だ! と言いたいところだが、ここはグッと堪えさせてもらおう。カノが俺を追い出そうとしていないってんなら、俺としてもかなり嬉しい――か、勘違いしないでよね! また引っ越しするのが、面倒くさいだけなんだからね! カノと一緒に居たいなんて……思っているのだろうか? 俺はカノの傍に居たいと思っているのか?
俺は、なにやら真夜に得意げに話しているカノの横顔を見る。その横顔はとても……むかつく笑顔を浮かべている。
うん、ありえねえわ。さっき一瞬、こいつの事好きなのかな? とか思ってたんだが、それは絶対にないな。それはないけど、こいつと一緒に居たいとは思う。そう、なんかカノと一緒に居ると落ち着くって言うか、楽しいって言うか……なんだろうな。遠慮しなくて済むんだよな。
「ちょっとぉ! あんた何見てんのよ?」
カノは俺の視線に気が付いたのか、こちらを射殺すような眼つきで睨んでくる――まったく、なんでこいつは、こういう眼つきをするのだろう? 全体的にもう少し優しを持てば、かなりの美人様の御光臨なのに……残念だ。本当に残念だ。
「なんでもねえよ。んで、どうするんだ?」
「変態さんに同調するわけではないですが、その質問には私も同意します。お前はどうやってリサに勝つつもりですか?」
「簡単よ。さっき言ったでしょ? まともにやったら勝てないって」
「つまりこういう事か? まともにやらなければ……」
「勝てる、と?」
真夜は俺の言葉の後を継ぎ、言った。でもどういうことだろう? まともにやらないで勝つって事はつまり、
「闇討ちでもすんのか?」
「そんな卑怯なことしないわよ! それにリサの能力に闇討ちになんて効かないわ!」
「そうですね。確かにそれでは、あの氷で全て防御されてしまうでしょう」
「ならどうするんだよ? 勿体つけないで言えって!」
カノは「ふふんっ!」と鼻を鳴らしながら、俺と真夜を見ながら口の端を釣り上げながら言う。
「あんたたちは、あたしの作戦通りに行動しなさい! そうすれば、あたしがリサを倒してあげる」
邪悪そうな笑みを浮かべながら語る彼女は、本当に邪悪そうに見えたのだった――でも、自信に満ちたその口調は不思議と嫌な感じはしなかった。カノが言う事なら信じられる……無条件にそう思わせる何かが、
「本当ですか? お前が言う事はイマイチあてになりませんからね」
……台無しだった。
俺と真夜はひたすら駆けている。
織御島中心部にある俺達の学び舎――美蘇殿学園のグラウンド目指して駆けている。
「カノの作戦にも驚いたけど、リサにも驚いたよな。まったく、俺の周りは驚きに満ち溢れていて飽きないねえ」
「そうですね。カノはともかく、リサには私も驚きました。まさか自分の居場所をインカムで教えてくるとは……」
そう、リサは自分が居る場所を、インカムを使って教えてきたのだ――作戦の方針が決まり、まずは各自分散してリサを探そうと、インカムをつけた時にそれは聞こえてきた。
『私は美蘇殿学園のグラウンドに居る』
ただの一言、それだけ言って通信は切られた。
「自分から居場所教えるなんて凄いよね。相当、自信が有るんだろうね」
「リサは強いですからね……話は戻りますが、確かにお前の周りは驚きでいっぱいだと思います」
む、何でそんな所をわざわざ拾い上げるんだ?
「まさかいきなり押し倒されるとは思いませんでしたから、あそこまで驚いたのは久しぶりです。正直かなり身の危険を感じました。変態というのは自分とはあまり関係のない存在だと思っていましたが、案外身近に居る存在だと知り、二重の意味で驚きましたね」
「ごめんなさい! もう許してください! 本当に反省してますから!」
「いえ、大丈夫ですよ。許してますから……ただ、世の中から変態が居なくなればいいのにと思っているだけです」
「俺だよね! 俺に居なくなってほしいんだよね!?」
「お前、被害妄想まで凄いんですね。さすが変態さんは稀代の変態なだけありますね」
「…………」
「なんですかその目は? そんな目で私を見ないでください。この……変態」
カノからはバカ、真夜からは変態。
なんなんだろう? ここまで言われるって事は、俺は本当にバカで変態なんだろうか? 確かに俺は時々、いかん妄想をして興奮する事が有るかもしれない……しかし、普通だろ! それが高校二年生の普通だろ!? ノーマルだろ? 俺は思うね……、
「バカみたいにエロに全てを賭け、変態的に挑戦していくのこそが普通! それこそが我ら高校二年生男子なり!」
走りながら両手を上げながら叫ぶ――丁度、マラソンの選手がゴールする寸前にするみたいな感じだ……うん、なんか気持ちいいぜ。
「お前、突然なんですか? やはり変態ですね」
「だあああああああああ! もう変態変態言うのやめてくれ! 女の子に変態って言われるとどうしようもなく傷つくんだよ!」
俺が立ち止まって、両手で頭をかきながら言うと、真夜も俺から少し離れたところに立ち止まる。そして彼女は両手で自分お体を抱きしめるようにしながら。
「急に大きな声を出さないでください……驚きました」
「あ、ごめ……」
「てってきりまた襲われるのかと……変態さんは何をするかわかりませんからね」
「襲わないから! っていうかそっち!? 驚いたのは、襲われると思ったからなの!? どんだけ俺の印象悪いんだよ!」
「どれだけと聞かれましても……そうですね。お前と話すならゴキブリ……」
「俺の評価は虫並み!?」
「……を手でつぶした方がましなくらい、と言ったらわかりますか?」
「まさかの虫以下!? しかもゴキブリを手でつぶすなんて高難度プレイ! 手がベチャってなること間違いなしだぜ! キャッホーッイ!」
「正直に言います。私はお前のそのテンションが嫌いです」
グサって音がした気がする……ああ、俺の胸に何かが刺さっております――先生、言葉って人を殺せるんだね?
「あ、お前の事は無視させてもらいます……虫だけに」
「……は?」
ちょっと待て、今のはどういう事だ? まさかギャグなのか? あのものすごく寒いのはギャグだったのか? もしそうだったとしたら、もはや悪意が込められている気がする。俺を殺す気満々じゃないいか!
「あのさ、今のって……」
「なんでもありません」
「いや、でも」
「さすが変態ですね。しつこいです、お前はストーカーの才能もあるみたいですね……それはともかく」
真夜はいつの間にやら持っていた刀(麩菓子だけど)を取り出し、美蘇殿学園へと続く坂へ目を向ける。
「お前たちはなんですか? 邪魔なのでどいてくれませんか?」
真夜の視線の先、そこにはパッと見た限り八人の男女が、まるで俺達の進路を妨害するかのように立って居た――いや、完全に俺達を待ち構えていたのだろう。だって、
「芥川のチームだな? エリザベート様には悪いが、お前たちをここから先に通す訳にはいかない。エリザベート様がお前たち如きに負けるとは思わないが、万が一という事もあり得るからな……特に二葉亭、お前が居るならなおさらだ」
俺達が立ち止まった直接的な原因――それは目の前にいるコイツらなのだ。こいつらが俺達を先に進ませないように、武器を手に取って俺達をまちかまえていたのだ。
ったく、今は急いでるってのに……、
『コタロー、真夜? あんた達今どこ? 早くしないと時間的にきついんだからね! あたしの奥の手はタイミングが命なんだから!』
噂をすれば陰とはよく言ったものだ。この言葉を作った昔の人は本当に凄いと思う。
インカムから聞こえてきたのは怒鳴りまくるカノの声、まったく……、
「うるさいです。直接的な戦闘は私達に任せてく、お前はミスらないように集中していてください」
『だ、誰がうるさいのよ!?』
「いいから任せてください。では切ります」
『ちょっ……真夜!? コタローは聞こえてる? 聞えてたらへ』
……む! どうやらインカムの調子が悪い様だ――何故だろう? さっきまではしっかりと、カノのボイスがクリアに聞こえていたのに、途中で途切れてしまった。なんでだろう? いや~不思議だな~!
さて、カノとの通信は切った……切れてしまった事だし、ここらで目の前の敵に向き合いますね。
「なあ、真夜。こいつら何なの?」
「……なるほど、カノがお前をバカだと言う理由が少しわかりました。見てわかりませんか? こいつらはリサのチームのメンバーですよ。と言っても、大方こいつらの方から、リサにお願いしたんだと思いますがね」
「は、なに? チームってこんな大人数で組んでいいもんなの?」
「人数的な規定は特になかったかと思います。しかし、こんな大きなチームは稀ですがね……大きなチームは統率がとれなくなることが多いんですよ。今みたいにね」
真夜は数歩前へと歩みを進め、目の前の連中を睨みつけながら言う――統率がとれていない? 目の前のこいつらがか? どいうことだろう。まさか、こいつらのこの行動はリサの意志ではない? そういえば、わざわざグラウンドに居ると宣言しておいて、こんな所でリサの下へいけないようにするのは何かおかしい気がする。
「この行動はリサの意志ではないですよね?」
やはりか。リサの性格から考えても、待ち伏せみたいな事をするような奴じゃないだろう……まあ、若干性格的にヤバい点があるのは否めないけど、悪い奴ではないはずだ。
「当然だ! 我々はエリザベート様をお守りするために、我々自身の意志で動いている!」
「お話になりませんね。そんな事をしてリサが喜ぶとでも?」
ぷっ、さっきからなんだよこいつら? リサに様付したり、親衛隊のつもりか何かか?
「例えエリザベート様の意思に反してでも、我々は彼女をお守りするのだ! それが我々、エリザベート親衛隊の務めだ!」
「本当に親衛隊だっただと!?」
「なんだ、お前は……いや、知っているぞ! お前は夏目だな! エリザベート様の御寵愛を受ける男、許さん! 我々のエリザベート様によくも!」
やばい、また面倒くさい事になっている気がする。しかし、俺と親衛隊の皆様が険悪になり始めたところで、真夜がいい具合に話を差し込んでくれる。
「あなた達の暴走は放っておくとしても、何故今日に限ってこんな人数なんですか? というより、いつものリサはチームを組まないはず」
「ああ、それはな。いつもの如く『我らに守らせてください!』とお願いしたらだな……頷いてくれたのだよ! その際に『カノたんはやはり可愛いな……うむ、うむ』などと言われていたが、おそらく空耳だろう」
なんかもう分かった。っていうか、その時の光景が目に浮かぶようだ――きっとリサがカノで妄想しながら、一人で『アレは良かった』『これは可愛かった』などと頷いている所に、こいつらが話しかけたのだ。リサは自分の世界に入っていて気が付かずに頷き続け、こいつらはそれ見て肯定されたと思った。
おお、神よ。なぜこの様な悲しい間違いが起きてしまうのか! それも今日と言う重要な日に限って……うん、この島に来てからの俺の運の悪さは異常だ。マイナス方面に異常だ。
「変態さん」
「ん?」
「……驚きました。変態さんで反応するんですね」
くぉおおおおおおおおおおおお! 俺はもう自分を変態だと認めてしまっているとでも言うのか!? ま、まさかそのうち『バカ』って呼ばれても反応するようになってしまうのでは? 嫌すぎる。そんなの最高に嫌すぎるぜ!
「まあ、そんな事はどうでもいいんですけど……」
「どうでもよくないから!」
「まあ、そんな事はどうでもいいんですけど……」
「まさかのスルーだと!?」
「まあ、そんな事はどうでもいいんですけど……」
「もういいです、俺の負けです」
「まあ、そんな事はどうでもいいんですけど……」
「はい……なんでしょうか?」
仏の顔も三度まで――俺には無縁の言葉だな。俺はこの時そう思ったのだった。
「お前は先にリサの所に行っていてください」
「いやいや! 真夜はどうすんだよ? それに、どうやってあいつらを突破するんだよ?」
「私はこの人たちを倒してから、全力で後を追いますので気にしないでください。突破の方法は……そうですね、こんなのはどうでしょう?」
「へ? ……って、ちょっ……どわあああああああああああああああああああ!」
何が起きたのか把握した時には俺は空を飛んでいた。いつぞやの様に、美しい空にくるくると綺麗な錐もみを描きながら飛んでいた。
俺は打ち上げられたのだ――真夜が俺を麩菓子でホームランしやがったのだ。その時に麩菓子から爆発音が聞こえたのは気のせいだと思いたい。そうだ、爆風が来たのもきっときのせ……、
「ぐばぶ!?」
地面に落下、それはもう綺麗にケツから落下しましとさ。
「行かせん、待て!」
後ろを振り返ると親衛隊の皆様がこちらを追ってくる。方法はどうであれ、親衛隊を突破したのは間違いない様だ。となれば後はリサのところへ行くだけだが……、
「どこに行くつもりですか? あなた達の相手は私がします」
「真夜!」
「いいから行ってください。私もすぐに行きます……早くしてください、虎太郎!」
「っ……おう!」
女の子にあそこまで言われてグズグズしてたら、俺は自分を男だと思えなくなるところだった。それに何も心配する事なんてない、真夜は絶対に勝つ。本人だってそう言ってるのだから、きっと大丈夫だ。俺は真夜を信じる……そして俺は、
「俺の役目を果たす!」
見上げた空は太陽が隠れるかのように、闇が覆い始めていた。
俺が美蘇殿学園のグラウンドに着いたときには、辺りはすっかり暗くなっていた。しかし、そんな暗い中からでも、不思議と彼女を見つけられないと言う事はなかった。
「リサ」
彼女の背中に俺が声をかけると、彼女はこちらをゆっくりと振り返りながら、暗闇の中でも微塵も衰えない冷たく燃える光を宿した瞳を、俺へと向けてくる。
「カノはどうしたんだ? それに真夜は? てっきり一緒に来ると思っていたのだが」
「残念ながら、ここに来たのは俺だけだ」
俺が言うと、リサに露骨に残念な顔をされる――わかってはいたけど、こういう態度を取られると、相手にされてないみたいで嫌だな。まあ俺はそんな事では落ち込みはしない。興味を持ってないってんなら、嫌でも興味を持たせてやる。
「なんだ? 俺が相手だとそんなに不満かよ? 確かに俺は雑魚だけどよ、雑魚は雑魚なりに……」
「うむ? ああ、これは勘違いさせてしまったな。私はあなたを軽んじてなんかいない、ましてや雑魚だなんて思ってはいない。私と初めて出会った時に見せた意志の強さ……アレを見てなお、あなたを軽んじたりするものが居れば、この私がその間違いを正して見せよう。断言してもいい、あなたは尊敬に値する人物だ。私が少し落ち込んでいたのは、カノと真夜の顔を見ることが出来ないからだ。すまなかったな」
そんな事を涼しい顔して言ってくれる。彼女の言葉を聞いていると、なんか自分の心がものすごく汚れている気がしてきて恥ずかしい。
ってかなんだ、なんなんだこの褒め殺しは? 親にだってこんなに褒められたことないぞ。ここまで褒められると、なんか裏が有るような気がして、
「っ!」
さてはリサの奴……俺を褒め殺しにしていい気分にさせた後、わざと勝負に負けるように、もしくは寝返るように誘ってくるつもりか? くっ、許せん! よくも高校二年生のピュアなハートを弄んだな! お、俺も弄んでやる……リサのアダルトなボディを弄んでやる!
「…………」
俺は下から上へ、リサの体をゆっくりと眺めていく……いや、観賞していく! ふふ、どうだリサよ! お前は今、俺の脳内であんな目やこんな目に会っているぞ! ぐへへ、俺のピュアなハートを弄んだことを後悔するがいい。
俺の脳内でひたすらリサを弄んでいると、現実世界のリサが俺の視線に気づき、頬を朱に染めながら、
「どうしたんだ、夏目? 何故そんなに私を見ている。て、照れるではないか」
俺は思ったね。リサは俺のピュアなハートを弄んでなんかいなかったと、全ては薄汚れた俺の頭が生み出した被害妄想だったのだと。そうだ、リサこそがピュアなハートの持ち主なんだ! やはり彼女は穢れのない戦乙女なのかもしれ、
「それにしても、カノが来ないのは残念極まりないな。勝負にかこつけてエロ……色々なおもてなしをしようと思っていたのだが」
「返せよ! 俺のリサを返せよ!」
「うむ? 私は夏目のものではない。しいていうならば……」
「カノの物って言う気ですよね? はいはい、わかりますよ! もう嫌だ! なんだよ、なんなんですか? 俺の周りは性格ヤバイ奴ばっかなんですか!?」
「夏目、まさかその中に私も入っているのか? いくらあなたでも、その様な侮辱は……」
「煩悩まみれの変態ガールがうるさいよ!」
「何を興奮している? 私でよければ力になるが」
「だあああああああああああああああああああああああ!」
神よ! なぜ世の中に完璧な人間が居ないのでしょうか? 目の前の女の子は、容姿は完璧です。基本的な性格も女神のように最高です。しかし、根本的な何かが終わってしまっています。
「なにやらバカにされている気がするな」
「ちげえよ! 失望してんだよ……いや、現実に絶望してんだよ!」
「うむ、そうだったのか」
そうだったんですよーって、なんかリサと話してると調子が狂うな。こいつは敵――俺がその事をどうしても認識しきれないのが原因だろう。思わずこのまま話し込んでしまいそうに。だけど、
「さて、夏目。あなたと話しているのは楽しいが、カノと一緒に暮らしているのを許すことは出来ない……最後にもう一度だけ聞かせてくれ、黙って私の下で暮らす気はないか?」
「誘いはうれしいけど、それは出来ない。こっちに来るときに両親と約束してるんだ――芥川さんの家でお世話になれってね。それに俺は」
まだ自分の心と向き合えてないけど。なぜ自分がこう思うのかわからないけど。
「俺はカノ傍に居たい」
「ならば仕方ないな」
氷の剣を片手に作りだし、暗闇を切り裂くような声で彼女が言う。
「エリザベート・フォン・グリム、騎士としてあなたを打倒す!」
凛としたその様は、彼女の言葉どおり高潔な騎士の様だった。
俺は勝てるのか? いや、取り違えるな! 俺は必ずしもリサに勝たなければならない訳じゃない。これはチーム戦、それを忘れるな。俺には真夜が、そしてカノが付いている。俺一人でリサを倒さなければいけない訳ではないんだ。だけど! 例え勝てないとしても、俺は全力で戦って見せる。
俺は人生を楽しみたい。楽しむために自由気ままに生きている。そしてこの状況、
「楽しまない訳にはいかないよな」
「うむ、何か言ったか?」
「なんでもない、それじゃあ行かせてもらうぜ?」
「うむ!」
ここまで来たら後は戦うだけ、はたして俺の力はどこまで通用するのだろうか? 八百屋との戦闘を見た限りリサは……とか考えるのは、どもも俺には合わない。俺に有った戦い方は一つだ。それ即ち、
攻撃あるのみ!
俺は暗闇に染まった空の下、グラウンドを全力で蹴る。少しでも早くリサの下に向かう為に、少しでも早く彼女に攻撃するために、そのためだけに俺の体を使う。自分の体が一つの事を成し遂げるための機械になって行くような感覚――伴ってリサとの距離はどんどん近づいていく。
「いいぞ、来い! 正面から来るやつは大好きだ!」
リサは剣を腰に下げるように構えたまま、こちらへと向かってくる。俺達の距離はどんどん近づいていき、彼我の距離が数メートルとなった瞬間、先に動いたのは彼女だった。
リサは流れるように、そして引き絞られた弓から、矢を撃ちだすかのように斬撃を放つ――狙われた方向は斜め上、このまま進めば俺の首を直撃するコースだ。
一撃で決める気か……舐められているってことはなさそうだな。むしろ、俺を認めてくれているからこそ、最初から本気できているんだろう。だったら、その期待に答えなきゃな!
俺は走っている途中、両足に力を入れ急制動をかける。それこそ目的を実行する機械のようになっていた俺の体は、まるで歯車と歯車の間に何かが入ってしまったかのような軋んだ音を立てる……だが、そんなのは無視だ。いま大事なのは他の事に変わった!
俺はそのまま上半身を可能な限り後ろに逸らすと、文字通り目と鼻の先を剣が通り過ぎていく。俺は自分の頭と体が繋がっているのに安堵を抱くと共に、肝が冷えるような思いをする――俺は今まさに命のやり取りをした。そして俺は自らの命をこの手に掴んだのだ。
「ほう……」
リサは嬉しそうな声で呟くが、今度は俺のターンだ。
俺は逸らした上半身を起こすと共に、腰を捻りながら右手を引く。そして、上半身を起こす勢いを利用しながらの右ストレートをリサの顔面めがけて放つが。
「その程度の攻撃では、私の『氷結城』は崩せないぞ!」
リサの鼻先数センチと言ったところで、俺の拳は美しい氷の幕によって受け止められていた。
「まだまだああああああああああ!」
俺は右ストレートの影響で体が半身になっているのを利用し、左肩を前方に押し出すようにしながらの左回し蹴りを放つが躱される。続いて俺は振りぬいた左足を地面につけると、それを軸足に右後ろ回し蹴りへと続ける。氷の壁に受け止められるがそれを無視し、地面を砕くかのように右足を地面へ打ち下ろす。最後に右足を支点に全力の左飛び膝蹴りを放つ――手ごたえは上々、今までの様に氷に阻まれた感覚もしない。
「見事な連撃だ……だが」
顔面すれすれのところで、俺の膝蹴りを片手で抑え込んだリサは完全に無傷だった。何の消耗も見られない。というか空中で足を持ち上げられたに等しい俺は、バランスを崩して尻から落下する。頭からじゃないだけまだましだが、なんかもの凄く恥ずか……っ!
空間を切り裂くような鋭い斬撃が、突如俺の頭上から迫る。俺は横に転がりなんとかこれを躱すし、その一撃をくれたであろう人物を見上げる。
「あなたがどんなに強いとしても、この私には絶対に勝てない。なぜならば、私とあなたでは背負っているものの重みが違う」
背負っているものの重みだと? ふざけるな……
「お前のはただの煩悩だろうが!」
俺はクラウチングスタートの様なポーズで走り出す。
「私の騎士道を侮辱するのか!」
「そんなん知るかよ!」
左足で踏切、体に右回転をかけながら俺は空中へと飛ぶ、続いて畳んだ右足を水平に置く。体の回転と己の足の長さ、そしてリサの位置、それら三点が最高になった瞬間、俺は右足をライフルの様に撃ち放……たずに右足で着地。
「なに!?」
右からの飛び回し蹴りが来ると踏んでいたであろうリサの読み――その裏を完全にかいた一撃、
「くらえ!」
俺はそのまま右足を軸にし、左後ろ回し蹴りをリサの腹へと叩き込むと同時に、彼女は後方へ吹っ飛んで行く――入った。今度こそ文句なしに完全完璧にパーフェクトな一撃が入った。我ながらビデオに撮って保存しておきたいと思う程の一撃だった。
俺が脳内で自画自賛している内に、俺から少し離れた位置でリサが立ち上がる。彼女蹴りを貰った腹を押さえたまま、
「っ……夏目ぇ……!」
うん、なんかめっさ睨んできてるよ……と思いきや、リサはすぐに表情を元の彼女のそれに戻す。
「いや、これは私の油断が生んだ出来事。あなたに怒りを向けるのは筋違いだな。だが、ここからは油断しない。あなたはもう私に触れることは出来ないと思え」
「はっ、そうかよ。じゃあ……試させてもらうぜ!」
俺は意気込んでリサへ攻撃を仕掛けたが、そこからの展開は彼女の言う通り、一方的なものだった。いくら攻撃しても氷の壁に防がれる……どんな攻撃も通用しない。そして何より俺の心に響いたのが、彼女はその場から微塵も動いていない事だ――全てを防御する氷の壁、こんなの無敵じゃないか。
さっきまでのリサが本気だっただと? とんでもない、本気の彼女は俺なんかの手に負えなるような奴じゃない。
「どうしたんだ、もう諦めたのか?」
俺が膝に両手をつき、肩で息をしているのを見て、リサが話しかけてくる。
悔しいが、やっぱり俺ではリサに勝てそうもない。
「ああ、もう諦めたよ。やっぱり、リサは強いよな」
「うむ、その言葉……ありがたくいただこう。夏目、早く降参するんだ。そうすれば私達の戦いは私の勝利で終わ……」
「だからさ、俺は俺達の力でリサに勝たせてもらうよ」
「うむ、何を言って……っ!?」
「こういう事です」
リサの背後から巻き起こる爆発。リサはとっさに氷の壁で防ごうとするが、完全には間に合わず、爆風に煽られてこちらに飛ばされてくる。
「変態さん!」
「わかってる!」
俺は真夜に促されて、飛ばされてくるリサを正面から抱きしめる――俺の体に当たるおっぱいの感触が何ともぽよぽよと素敵だった。
「っ……何のつもりだ、夏目!」
「言っただろ、俺達の力で勝つって」
俺はリサを逃がさないように全力で抱きしめながら続ける。
「今が何時かわかる?」
「なに!?」
「今はまだ四時半……なんでこんなに暗いんだろうな?」
そう、時刻はまだ四時半。なのに辺りは深夜の如く漆黒が覆っている。
まるで誰かが世界中の光を奪っているかのよう――なるほど、二つ名は漆黒……ピッタリじゃねえか。
「ぶっぱなせ……カノ!」
その瞬間、島のはずれにある灯台に太陽が現れた。
●●●
ちょうど隼坂町が見渡せるくらいの高さの灯台、その天辺にあたしは居る。ここに来た目的は一つ、あたしの最強の切り札を使う為だ。それは、
バハムート三式――この世界全ての光を一点に集めて放出する究極の光撃。
超遠距離狙撃可能なこれを打ち込めば、例えリサであろうと絶対に防ぐことは出来ない。あたしはそう思っているし、客観的に考えてもそれは確かなはずだ。
でも、あたしは今までリサに負け続けてきた。それも三式を一度も使う事なく、ましてや使おうとすることすらなく負け続けてきた。決して手加減してきたとか、もったいぶって来たとかじゃない。あたしには三式を使えない理由が有った。
三式にはいくつかの重大な欠点がある。故にあたしは三式を失敗作と考えていた。
欠点一つ目、十分以上かかるチャージ時間。
欠点二つ目、チャージ中はバハムートを使えなくなる。
欠点三つ目、チャージが終了した瞬間、一切の方向転換が出来なくなる。
ハッキリ言ってこれらは重大どころか、致命的な欠陥だ。一人では絶対に使う事が出来ない駄作――これを作り上げた時は「威力こそ全てだわ!」みたいな事を考えていたのは覚えているけど……はあ、真夜が言っていた通り、あたしはそんなに頭が良くないのかもしれないわね。
『あたしの攻撃準備が整うまでにリサを押さえて』
『方法? あんたバカじゃないの? そんなの羽交い絞めにするなり、いくらでもあるでしょ!』
『とにかく頑張りなさいよね!』
コタローと真夜に投げかけた言葉が頭をよぎる。我ながら理不尽な注文をしちゃったわね――どう考えても、まともな作戦じゃない。というか、これはもう作戦なんて呼べる代物じゃない。
最近、魔法が使えるようになった真夜が居るとはいえ、コタローの方は完全なる凡人……っていうのは流石に言い方が悪いかしらね。で、でも本当の事だからしかないんだからね!
とにかく、そんな二人組で万全の状態のリサを押さえられるとは思えなかった。真夜は前回リサを追い詰めたみたいだけど、それだってリサがまだ真夜の魔法を把握していなかったからだろう。魔法の性質と使い方を把握された今では、前回の様に戦えるかは怪しい。
はあ、考えれば考えるほど勝てそうもないのに……なんでだろう? なんであたしは勝てそうもないってわかっているのに、この作戦は失敗するってわかっているのに……諦めないでこんな作戦を実行したんだろう?
わからなかった。自分の事なのに、自分の事がよくわからない。頭の中がぐちゃぐちゃだ……でも、そんな頭の中にはあいつの姿が思い浮かんでくる――バカで変態で、だけど一緒に居ると落ち着く……そんなあいつの姿が。
「なんであんな奴が……」
あたしは思わず呟くが、その声は吹いた風によってかき消されてしまう――どうせなら、あたしのぐちゃぐちゃした感じも一緒に消してくれればいいのに。
リサにコタローを貰うって言われてから、今ほどじゃないにしてもずっとぐちゃぐちゃだ。そして、その中心には必ずと言っていい程あいつの姿。その理由はわからないし、ひょっとしたら、これからもわからないかもしれない。でも、こんなあたしにも、これだけはわかる。
リサにコタローを取られるのは嫌だ。
どう考えても、ぐちゃぐちゃの原因はコタローだ。あたしは昔からわからないのが嫌いだった。だから、今度もぐちゃぐちゃの理由が分かるまで……そう、少なくともそれまではコタローを取られたくない。
だから! だから、あたしは勝たなくちゃならない。例え実現不能な作戦だろうと実行させなければならない――それに例え実現不能だとしてもあいつなら……あのバカみたいな男なら、
『ぶっぱなせ、カノ!』
頭に響く声、あたしの全てが急速に現実に引き戻される。そして、タイミングを計ったかのようにチャージが終了する感覚。グラウンドに向けて翳していた右手の平から、小さな太陽がそこにあるかのような輝きが、無限にあふれ出してくる――嘘、でしょ? あの二人……本当にリサを?
『早くしろ!』
「っ……わかってるわよ! もう少し頑張りなさいよね!」
負けない。
コタローはリサを押さえれば、後はあたしがどうにかしてくれると信じてくれている。だったら……だったら、あたしがすることは一つしかないんだから!
「行くわよ」
あたしの手の平からあふれ出していた輝きが急速に一点に集中していく。それに伴って膨れれ上がる莫大な魔力、もはやあたしがコントロールできる限界を遥かに超えている。
「……っ!」
鋭い痛みと共に、右腕全体に激しい裂傷が走る。おまけに腕がガクガクと震えだして照準が定まらない。
一人では決して完成させられなかった魔法。あたし、芥川カノが誇る究極の光撃――失敗する訳にはいかない。このあたしが……失敗するはずがない!
あたしは左手で右手を掴み無理やり照準を固定し、あたしを信じてくれた仲間が居るであろう方向を見る。例えどんなに眩しくても目を閉じる事なんかしない。これからあたしの眼に映る景色を……ずっと覚えていたいから。
「バハムート三式……」
手の平の輝きが消えると同時に、世界から全ての光が消失した。どこを見ても完全なる漆黒、目視できるものは何も存在しない……ただ一つ、幾何学模様で編まれた魔法陣が無数に浮かぶ、あたしの右腕を除いては。
待たせたわね、コタロー。これがこそがあたしの奥の手……、
「『リンドブルム』!」
あたしがその名を呼ぶと、腕の魔法陣が全て砕け散る。そして、聴覚をマヒさせるほどの爆音と共に、右手のやや前方の空間からグラウンドに向かって、世界の全てを埋め尽くさんばかりの光の奔流が迸る。放たれた光速の一撃はそのままグラウンドへと直撃、あたしの勝利を飾るに相応しい極光を放ちながら大爆発を巻き起こす。
こうしてこの日、織御島は消滅したのでした! べ、別にあたしのせいじゃないんだからね!