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荒ぶるカノじょ様  作者: 紅葉コウヨウ
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第四章 初体験の次は初デート!

隼町内会から二日後の水曜日……俺は今、人生最大の大勝負に出ている。

 大勝負、その言葉は人によって様々な意味合いを持つだろう――人生に大きな影響を与えるものから、人生には何の影響もないものまで。

 俺が言いたいのは、俺にとっての大勝負が今後、俺の人生を左右するほどの意味合いを持っているということだ。

 勝負の内容は簡単、カノを説得できれば俺の勝ち……それだけで俺の人生はバラ色だ。いや、むしろピンク色と言った方がいいかもしれな。とにかくそんな展開が待っているのだ!

 だから俺は……この勝負に勝たなければならない!

「カノ……頼む」

「いや」

 時刻は夕食後の少し眠くなり始める時間帯、場所はカノの部屋。俺はベッドの上に腰掛けるカノに必死に頭を下げていた。お互い制服のうえ、カノがニーソックスをはいているせいで太腿のむっちり感が尋常じゃなく、なんとも言えない背徳感を感じるのは俺の気のせいだろうか? まあそんなことはどうでもいい。

「少しでいいんだ。少しでいいから、いれさせてくれ!」

「…………」

「いれさせてくれたら、後は俺が責任持つから!」

「そういう問題じゃないの!」

「頼む! 少しいれさせてくれたら、絶対二人とも幸せになれるから!」

「いや! この変態! なんであたしが、コタローのをいれなきゃなんないのよ!」

「いいじゃねぇかよ! 別に減るもんじゃないんだから!」

「っ……あんたは減らないかもしんないけど、あたしは減るんだからね!」

「何が減るんだよ! お互い幸せになれるなら別にいいだろ!」

「何って……そんな事もわからないの!? あんたってホントにバカなんだから! わからないんだったら、仕方がないから教えてあげるわ! お金よ、お金が無くなるの! 出かけるのだってタダじゃないんだからね!」

 くっ……なんてけち臭い奴だ。

 俺はただ「明日、友達(女の子)が遊びに来るから、少しだけ出かけてくれないか?」と頼んだだけだ。なのにこいつと来たら。

「知らない奴を家に入れるのなんて嫌! しかも何であたしが出かけなきゃなんないの!? ここはあたしの家なんだからね!」

「だから、それを悪いと思ってるから、俺はこうして頭を下げてだなー」

「コタローのバカ! あんたバカじゃないの!? 彼女を呼びたいから、このあたしに出て行けってどういうこと!?」

「だああああああああ! だから彼女じゃないから! 唯の友達だから!」

「うそだもん! ただの友達なら、あたしがいてもいいじゃない!」

「そ、それはだな……」

 駄目だ、言えるわけがない。来るのが女の子の友達だから、ひょっとしたらそういうね……なんらかの奇跡が起きて「あ~ん」で「うっふ~ん」な展開になるかもしれない。俺はそれに期待してるんだ! なんて言えるわけがない。

 というか、カノはいったい何に怒ってるんだ? 知らない奴を家に入れる事か? それとも俺がカノを追い出そうとしている事か? ……うん、全くわからん。

 俺が言葉につかえたまま沈黙しているのを見ると、カノはそれ見た事かと怒りながら続ける。

「この変態! あんたバカなだけじゃなく、本当に変態ね! 身の危険を感じるわ! なんであんたみたいな変態のために、あたしが場所を提供しなきゃなんないのよ! だ、だいたいそういう行為は結婚してからじゃないと……っていうか、コタローはそういう事しちゃダメなんだからね!」

 な、なんだと!? 俺がそういう展開を期待していることを読まれただと? ……ってか、

「なんで俺だけそういう事しちゃダメなんだよ!?」

「ふん、そういう所に反応するって事は、やっぱりそういう目的であたしをどこかにやりたかったんじゃない! この変態!」

 くそ! このままでは明日の俺の計画が台無しだ。

 明日は学校の帰りに、リサが遊びに来ることになっているのだ――目の前のバカノを除けば、正直俺は女の子と二人きりで長々お話した経験はない。

 そう! 明日は女の子と二人きりでお話しするチャンスなのだよ!

 いや、この際だからもうぶっちゃけて言わせてもらうと……これってデートじゃね? だって、女の子と二人で遊ぶんだぜ? これもうデートだよね?

 ああそうだよ、カノ。お前の言う通りだよ。俺はそういう目的で、お前をこの家から排除したがっているんだよ――というか、そういう目的を持ってはいけないのか? そういう下心を女の子と遊ぶときに持ってはいけないのか?

 俺は……俺は健全な高校二年生なんだぞ!

 そういうお年頃なんだよ! リサは俺の事をどう思っているか知らないが、俺は凄い期待しちゃうんだよ! いいや、俺だけじゃないはずだ。きっと世界中の健全な高校生は、女の子と二人で遊ぶとなったら――それも自宅で遊ぶとなったら……どうよ?

「期待するだろうが! それが、それこそが……俺達の生き様だから!」

「……キモ」

 キモ? ああ肝の事か、だったら俺には何の関係もないな。

 カノを説得できれば、俺はリサと二人でデート……あわよくばフィーバーして色々と親密な関係になって、終いには結婚だ!

そんなピンク色人生に至ることが可能かどうかが、カノの説得と言う名の大勝負にかかっている! この勝負に勝てば、俺はリサという超美人外国人さんと結婚できるかもしれない!

「…………」

 覚悟は決まった。

 行くぞカノ! 俺は絶対にお前を乗り越えてみせる!

俺は眼を閉じ今までの人生の全てに感謝する――みんな、こんな俺をここまで見守ってくれてありがとう、感謝してもし足りない。そんなどうしようもない思いが俺の中で膨らんでいく。

自分でも表現しきれない万感の思いを抱いたまま、まずは一言。

「……カノ」

 そのまま俺は、どこか悟ったような顔でカノに語りかける。ゆっくりと、まるで小さい子に言い聞かせるように優しく。

「なあカノ、どうか俺の話を聞いてくれないか?」

「いや」

「そうか、ありがとう……って、はあああああああああああああああ!?」

 今何て言ったこいつ!? IYAって……まさか嫌か?

 嘘だ! きっと俺の聞き間違いだ! そんなの、そんなの……っ!

「いやだあああああああああああああああああああああああああああああああ!」

「うるさい! 吹っ飛ばすわよ?」

「ちょっと待てよ! 普通聞いてくれるよね!? 少しくらいは聞いてくれる場面だったよね!」

「聞くまでもないわ。逆にあたしの話を聞いて、よく考えなさいよね!」

 駄目だ……カノに話をさせては駄目だ。俺の直感がそう叫んでいる――もしもここでカノに話をさせてしまえば、カノは自らの意見を完全に固め、以後俺の言葉に決して耳を傾けなくなってしまうだろう。もちろん問題はそれだけじゃない、カノの言い分はだいたい正しいのだ。よって、カノの話を聞けば俺は何も言えなくなってしまう可能性が高い。

 よってここは、

「いい? 見ず知らずの人間が自分の家に……」

「五千円」

「え?」

 見るがいいカノ、これが健全な高校二年生の生き様だ。

「五千円やるから、友達と好きなところいってきていいぞ」

「…………」

 どうだ、カノ? 守りたい夢のためならば、どんな犠牲を出そうとかまわない。自分の道をひとたび決めたのなら、その道をただひたすら進み続ける――例え誰かから笑われようと、後ろ指刺されようと、例え……世界中の全てを敵に回したとしても。

 夢のために進む!

 これこそが俺の、俺達の……!

「困ったらお金に頼るんだ? なんかコタローの事、少し見損な……っ」

「七千円」

「今から友達誘っても、遊べる人いなさそうだし……」

「九千円」

「あ、真夜が暇かもしれないわ! そういえば欲しい服があるんだった。でもお金が……」

「一万円」

「あんたバカでしょ? 女の子にお金渡して、家から追い出そうとするってどんだけ最低なのよ? 正直、コタローはその辺のバカとは違うと思ってたんだけ……」

「い、一万二千」

「思ってたんだけど、あんたもやっぱり……」

「一万五千!」

「ふん! だいいち、このあたしをお金で釣ろうなんて……」

「もうこのやり取りいいよ! 何円だよ!? 何円ならいいんですか!? もう言ってくださいよ! お支払いしますよ! 虎太郎さんがんばっちゃいますよ!」

「べ、別にお金が欲しい訳じゃないんだからね! 勘違いしないでよね! で、でもくれるって言うなら……」


 五万八千。

 これがどういう意味を持つ数字だかわかるだろうか? 言葉にすれば大したことのない数字、別に何の重みもない数字だ。なんせたった四文字で表すことが出来るからな、でも俺にとってはとても重たい数字だ。

「お、俺の豚さん貯金箱が……う、うぅ……可哀そうに、こんなに存在感がなくなってしまって」

 俺はカノに金額を提示された後、自分の部屋に戻って豚さん貯金箱を手にカノの下へ帰還。その中に入っていたお札的なものを彼女へと献上したのだ。その結果として、豚さんは……、

「豚さんは……くぅ」

「一人で何言ってんの? バカじゃないの?」

 こ、こいつめ! あれだけ俺から搾取しやがってからに! でもいい。正直言うと、俺今どこか晴れやかな気分なんだ。

 そうだ……女の子とのデートはお金では買えない価値が有る。だから後悔なんてしていない。きっとしていない。していない……していないんだ! 俺は後悔なんて……う、うぅ。

「あ、真夜? カノだけど……うんそう! 明日暇?」

 なんだろう。横ではカノがお札で顔を煽ぎながら、それはもう楽しそうに電話している――その光景を見ていると何かこう……なんとも言えない気分になって来る。

 俺の豚さん……ごめんよ。最後までお前を肥え太らせることが出来なくて……本当にごめんよ。

 俺は金銭的に軽くなってしまった豚さんを、両手でがっちりホールドし、その目を見つめる。豚さんのつぶらな瞳は、まるで俺に何かを訴えているように見えた。

『僕は大丈夫、気にしないで』

「で、でも俺は……」

『僕たち貯金箱は、遅かれ早かれ中身を抜かれる運命なんだよ。それが少し早くなっただけ、君は何も悪くないよ。……でも、もしも僕の事がきになるなら、僕のお願いを聞いて』

「何でも聞く、何でも聞くとも!」

 俺の相棒の頼みだ、どんな願い事でも叶えてあげたい。さあ、何でも言ってくれ豚さん!


『どうか明日は楽しんできてね』


 時間が止まった気がした。

「う、うわあああああああああああああああん! 豚さああああああああああああああああん!」

 涙が止まらない。俺はなんて、なんていい友を持ったんだろう。

 ごめんよ豚さん、そしてありがとう。俺は君を忘れない……これからも一緒にお金を蓄えて行こう! そうだ、そうだとも! 俺達のレジェンドはここから始まるんだ!

「……ったら!」

「はい?」

「あんたどうしたの? ついにおかしくなったの?」

 気が付くと、カノが俺を心配そうに見つめている。どうやら俺は豚さん貯金箱を持ったまま泣き叫んでいたらしい――と言う事は、さきほどの豚さんとの会話は俺が見た幻だったのか?

 俺がふと豚さんの目元を見るとそこには……ダイヤモンドのように輝く涙が一滴。

「~~~~~っ!」

 ぶわっと再び俺の眼から、ダムが決壊したかのような量の涙が出始める。

「ど、どうしたの!?」

「ぶ、ぶたさんが……ないてて……それで……おれ、おれえええ……!」

「ああもう! そんなに泣かないでよね! バカじゃないの?」

 言ってカノはピンク色のハンカチをポケットから取り出し、俺の涙を拭いてくれる――なんだろう、そのハンカチはとても優しくて安心できる匂いがした。

「か……の?」

「あんた男でしょ? そんなに泣いたら駄目なんだからね! ……はいこれ!」

 カノはこちらに何かを差し出してくる。俺は涙に霞む目でそれを見つめると、最初はぼやけてよく見えなかった輪郭が、次第にはっきりと鮮明になって来る。やがて姿を現したのは、

「こ、これ……」

「本気でお金なんて取る訳ないでしょ? あたしを見くびらないでよね! べ、別に泣いてるあんたが可哀そうだから返したんじゃないんだからね!」 

 こんなに優しくされたら……こんなに優しくされたら、泣いちゃうじゃないか!

「か、カノ。ありがとう、ありがとう!」

「ちょっ……きゃ!」

 感極まった俺はカノに抱き着いていた。どうしようもなく嬉しかったのだ、これで豚さんは肥え太れる。スッカラカンの豚さんから、金額的にずっしりとした豚さんに返り咲くのだ!

「は、離しなさいよ! この変態!」

 離せって? とんでもない! 俺の感謝の気持ちを表すにはこんなものでは足りない! もっとだ、もっとカノを抱きしめる。むぎゅ~~~~~~~~っと!

「ありがとうカノ! 本当にあり……」

「いい加減……離せええええええええええええええええええええええええええええ!」

「ぐぼっ!?」

 突如俺の股間に走った謎の痛みにより、俺の意識はゆっくりと闇の中へと溶けて行った。しかし、完全に意識が溶けきる前に俺は見てしまった。

 カノが俺に渡そうとしていたお札的なもの――一枚、二枚、三枚、四枚、五枚……八枚足りない……千円札的なものが八枚……足りな……。

 その事実を完全に確認する前に、俺の意識は完全に途絶えた。


 時は来た。

 現在は放課後の教室、どれだけこの時を待ち望んだことか……俺はいよいよ大人の階段を上る。俺は今日からピンク色生活を開始するのだ!

「それで、あんたはどうすんの?」

 隣に座ってスマートフォンを弄っていたカノがかけてくる。彼女の顔を覗き込んでみると、なんかホクホクした顔している――まるで昨日、臨時収入が入った主婦の様な顔だ。

「俺は校門で待ち合わせして……」

 校門でリサと待ち合わせするまでは良い。

 ソコカラドウスル。

 俺は今大変な事に気が付きある。その大変な事とは――デートプランを考えてなかったあああああああああああ! どうする!? どうすればいい? いきなり家まで案内すればいいのか?

「コタローって本当にバカね! あんたデートデート言ってたわりには何にも考えてなかったの? 信じらんない!」

「で、デートじゃねえし!」

「はいはい、そういうのはもういいから。それで、どうするつもりだったの? さすがに何にも考えがなかった訳じゃないんでしょ?」

 何にも考え有りませんでしたが何か? とか言ったら、完全に怒られる気がする。世の中にはありのままを話していい事柄と、ありのままを話してはいけない事柄があるのだ。

 例えば今日の朝、カノが転んだときにパンツが見えたことは後者に当たるだろう――ちなみに、カノの今日のパンツの色は黒だ。黒レースのパンツだ。なんか精一杯大人ぶろうとしてる子供みたいで、微笑ましくなるのと同時にどうしようもなく悲しくなった。こういうアダルティなパンツはリサとかが似合うと思います。

 さて話は戻るが、この場合俺はカノに何て言うべきなのか? 

 ……まあずっと黙ってるのも変だし、とりあえず今は、

「家に行こうか……」

「はああああ!?」

 うっ、なんかゲテモノでも見るような目をされた。

「いきなり家に連れて行くってどんだけバカなのよ? っていうかあんたバカでしょ。あんた達がいきなり家に行ったら、あたしが家に荷物置きに行くタイミングがなくなるでしょ? よく考えなさいよね!」

 ふむ、そう言われれば確かにそうだ。

「第一、女の子と遊ぶならいきなり家に連れ込むなんて論外なんだからね!」

「いやでもそれはさ、もともと俺の家で遊ぶ約束だったわけだし」

「はあ……何にもわかってない。女の子は少し買い物とかもしたいものなの!」

 そ、そういうものなのか? 全くわからん。でも全く思い当らない訳でもないかもしれない。俺の妹とかがよく、友達の家に行く途中で、その友達とショッピングしてるみたいな事を言ってた気がするし。

「この辺だとそうね、ここからあたしんちまでの間に洋菓子屋さんあるから、そこでケーキでも買ってきたら? さすがに一緒に服を見る仲でもないだろうし」

 なるほど、さすがはカノだ。いちおう黙っていれば可愛い女の子なだけある――一緒にケーキを買ってから、家に行くとかまるで考えてなかった。

 そうか! リサとイチャラブして、万が一そういうピンクな事態が発生してしまった際は、買ったケーキでお祝いすればいいんですね!? さすがカノ先生だぜ!

「あと気をつけるとしたら……緊張して黙んない事かしら。お互い黙っちゃうと、凄く嫌な空気になっちゃうから気をつけないと駄目なんだからね!」

 ここまで丁寧に教えてくれると、なんかメモしておきたくなるな。忘れないように注意しよ。

 それにしても、なんか今日のカノはいつもよりやたら優しい気がする。しいていうのなら綺麗なカノ(心的な意味で)とでも言おうか。

「…………」

 俺は、笑顔で俺にアドバイスをくれるカノを見つめる――あやしい。こういう事を考えるのはどうかと思うが、ここまで普段とのギャップがあると怪しく感じる。それもものすごく怪しく感じる。

「なあ、カノ。なんで今日こんなに色々教えてくれるんだ?」

「何よいきなり? そんな事より、あたしの話ちゃんと聞きなさいよね! あんたのために説明してあげてるんだからね! 勘違いしないでよね!」

「いや、だって気になるじゃねえかよ。昨日はあんなに嫌がってたのに、なんかいい事でもあったのか?」

 俺がそう問いかけると、心なしかカノの顔が青くなった気がする。

「べ、別に何でもないもん! 八千円返してないから悪いな~とか思ってる訳じゃないんだからね!」

 ん?

「八千円ってなんだ?」

「っ!」

 待てよ、八千円って確か……っく……あ、頭が……割れそうだ! 俺は何か忘れている気がする。でも何を忘れているんだ!? わからない……八千円? 八千円ってなんだ? 豚さん……八千円……ぐぅううう、頭がああああああ……、

「そ、そうだ! そろそろ時間じゃないの? 友達と待ち合わせしてるんでしょ!?」

 時間? 俺が頭を押さえながら時計を見ると、カノと話している間に結構時間が経っていた。そろそろ待ち合わせの時間も近いし、校門に向った方がいいだろう。ただこの頭の痛みは何だろう? 何か重要な事を忘れている気がするが。

「じゃあコタロー、頑張ってね! あたしも真夜と遊んでくるから!」

「おう! 今日はありがとな!」

「別にいいわ! もらうもの貰ったしね!」

 何か気になることを言うと、カノは手を振りながら教室から出て行ってしまった。

 うん……謎だ。


「待たせたな、夏目」

後ろで束ねた髪を揺らしながら、後ろからリサが走ってくる。俺は彼女に「大丈夫、俺も今来たところだから!」と言い、二人並んで校門からピンク色の旅路に出発。

 リサは「遅れてしまってすまない」と何度か謝ってきたが、俺は実際本当に今来たところだったし、そもそもまだ待ち合わせ時間の五分前だったので、遅れるも何もないと思う。でもまあ、こういう所がリサのいいところなんだろうけど。

「今日はすまないな。私なんかのために、夏目の貴重な時間を割いてしまって」

「気にしなくていいって、秋葉原の話なら知ってる限り話すよ」

「うむ、あとその……ライトノベルもお願いしたいんだ」

「リサが好きそうなのを何冊かピックアップしといたから、その辺は安心してくれ」

「私が好きそうなライトノベル、それは一体どのようなものだ?」

「イメージで選んじゃったんだけど、騎士が出てくる話とかどうかな?」

「おお、騎士……!」

 リサは「私は騎士が大好きなんだ!」と何やらご満悦な表情で、その場でクルリと一回転する――ここまで喜んでもらえたのなら、俺としても選んだかいがあったというものだ。もっとも、まだリサは物を読んでないんだけどね。

「ところで、夏目?」

「うん、何?」

「このまま夏目の家に行くのか? それとも……」

「ああ、途中にあるケーキ屋によって、デザートでも買っていこうと思うんだけど、リサはケーキとかって好き?」

 さあどうだ!? この返答次第では俺の計画が……カノから頂いた戦略が瓦解しかねないぞ!

 俺は体を緊張で固め、唾を飲みながらリサの次の言葉を待つ。

「ケーキはあまり好きではない、それよりも私は和菓子などの方が……」

「そっか、よかった。もしケーキ嫌いだったらどうしようかと思ったよ」

「うむ、私はあまりケーキが好きではない」

「リサはどんな種類のケーキが好きなの?」

「夏目、私はケーキが嫌いだ。しいていうならレアチーズケーキが嫌いだ」

「レアチーズケーキか、アレはいいよね! 口に含んでからの酸味が何とも言えない」

 懐かしいな、実家で暮らしてた頃はよく妹に作ってもらってたっけな。

「うむ、あの酸味が何とも言えなく嫌いだ」

「わかるわかる! 美味しいよね……って、嫌いなのかよ! その容姿でケーキ嫌いなの!?」

「先程から言っている。それと夏目、両親がドイツ人なので勘違いされやすいが、私はれっきとした日本人だぞ。私の両親は日本好きでな、子供は日本で生むと決めていたらしいんだ。よって、私は生まれも育ちも織御島だ!」

「へー、だから日本語ペラペラなんだ」

 なんて俺はリサの話に頷いてるけど、内心は全く別の事を考えていた。頭の中は大炎上して警報が鳴り響き、無数の小さいカノがバカバカいいながら走ってる状態だ。

 だってまずいよね? リサさんケーキ嫌いだって言ってるよね? どうする、どうすればいいんだ! このままではカノからもらった完璧デートプランが破綻す……、

「っ!」

 いやまて! リサが言っているケーキとは、本当にあのケーキなのか? 俺が聞き間違いているだけで……というより俺が脳内で勝手に誤変換しているだけで、本当は「ケーキ」ではなく「景気」が好きじゃないと言ったんじゃないか? 確かリサはこう言っていた。

『ケーキはあまり好きではない、それよりも私は和菓子などの方が……』

 これを俺が先ほど考えた理論に照らし合わせてみると、

『私は現在の景気はあまりよくないと思う、それよりも和菓子などの方が……』

 うん、これはアレだな。

「『和菓子』ってなんだあああああああああああああああああ!?」

「うむ、和菓子とは日本の伝統製法で作られたお菓子の事だ。いきなりどうしたんだ?」

「いや……うん、教えてくれてありがとう。ちょっと和菓子について考えてたら迷走しちゃって」

「そうか、夏目は難しい事を考えていて偉いな」

 俺はリサに「あはは」と笑って平静を装う――落ち着け夏目虎太郎、おちつくんだ! あのリサの眼を見ろ! 今は暖かで優しい視線を向けてくれているが、俺がこれ以上意味の分からない事を叫び、リサをドン引きさせてしまえば、あれが氷の様な視線になることは確実だ。そんな事になったら本末転倒もいいとこだ。

 そうだ。だいたいケーキが嫌いだからなんだというのだ。ケーキ屋に行くと言うプランが潰れたからどうした? 頭の中の小さいカノよ、黙れ。自分を取り戻せ、虎太郎!

 慌てる必要なんか何もない、デートプランなんか今考えればいいだけの話だ。よく思い出せ、さっきリサが言っていたことを、彼女は……和菓子が好きだと言っていた! これらから導き出される結論は、

 ケーキ屋じゃなく、和菓子屋に行けばいいんだ!

 和菓子屋だ! 和菓子屋こそが俺のアルカディアだったんだ!

 そうだ、和菓子屋に行こう! ……って、

「和菓子屋どこだあああああああああああああああああああああああああ!?」

 場所知らないから! 俺ケーキ屋しか知らないから!

『あんたバカでしょ?』『バカじゃないの?』『バーカバーカ!』

 再び俺の頭の中で暴れ出す無数の小さいカノ――くっ、俺は一体どうすれば……、

「夏目は和菓子屋を探しているのか?」

 なかば恐慌状態に陥っていた俺を救ったのは、俺の隣を颯爽と歩く女騎士様だった。銀色の髪を風に揺らしながら、彼女は冷たくもどこか暖かい声で俺に道を示してくれる。

「和菓子屋の場所なら知っているぞ」

 女神。

 その二文字が頭に浮かんだ。

 俺の隣を歩く女騎士はただの女騎士ではなかった。きっと戦乙女ヴァルキリーだったんだ! 俺には見える、彼女の後ろからさす後光が! 氷を司る戦乙女が俺を和菓子屋というヴァルハラへ導こうとしてくれている!

 美しい! なんて美しい光景なんだ!

 まるで絵画の様な光景に、俺は思わず彼女の手を取る。

「リサ、和菓子屋はどこにあるんだ!? 行こう、俺達のヴァルハラへ!」

「うむ、だがそれには問題があるんだ」

 問題? そんなの関係ない! 今の俺達ならどこへでも、どこまででも飛んで行けるはずさ! 見ろ、この大空を! そして、俺達の上を縦横無尽に飛び回るあのハトを! 二人であのハトの様に大空を飛びまわろうじゃないか!

「その和菓子屋は私の家なんだ」

……え?

ワガシヤガハワタシノイエ? どういう意味だ?

「日本好きの両親は昔から和菓子の勉強をしていてな、この島で和菓子屋を経営しているんだ」

 ああ、リサの実家が和菓子屋ってことか。つまり和菓子屋に行くとしたら、いったんリサの家に行かなければならない訳か――ん? なんかものすごく嫌な予感がするぞ。

「だから和菓子屋に行くとしたら、私の家に来てから夏目の家に……うむ、待てよ。ならば私の家で遊ぶ方が楽か」

 い、いかん! 俺が恐れていた方向に話が向かっている! しかも正論だ……確かに和菓子を買うなら、そのままリサの家で遊んだ方が効率的だ。しかし、俺のピンク色人生を目指すためには非効率的だ。

 ピンク色人生のために自宅デートは必須なのだ! そのためには何とか方向修正しなければならない――当初の予定通り、リサを自宅へ呼ぶ方向へ。

 だがどうすればいい? どうすれば……っ!

「ライトノベル!」

「うむ?」

「ほ、ほら! 俺の家でライトノベル読むんだったよね!」

「うむ、そうだったな。しかし、どうする? それだと和菓子屋に行くのがやや面倒になってしまうが」

「じゃあ今日はスーパーでお菓子を買っていこう。和菓子屋……というより、リサの家にはまた今度遊びに行くよ!」

 言うと、彼女は「うむ!」と人懐っこい笑顔でうなずいてくれるが……危なかった。危うく自滅するところだった。

 和菓子屋に行くか行かないで、女の子と二人きりで自宅デートのプランが潰れるところだったぜ――しかも、その原因を作ったのがこの俺自身の言動だと言うのだから、全く笑い話にすらならない。こういうのを肝が冷えるとでも言うのだろうか?

 ケーキ屋や和菓子屋に行けないのは別にいい。だがしかし、人間として……一人の男として絶対に譲れない事が有る。それは、

 女の子を自分の部屋に連れ込むチャンスは逃さない!

「これこそが俺の生きる道だ!」

「生きる道、騎士道の事か? ならば私も……」

 この後、俺とリサは何故か永遠と騎士道の話をしながら、自宅への道を歩んだ――余談だが、リサとの会話に夢中になりすぎて、スーパーに寄るのを忘れてしまうという痛恨のミスをしてしまったが、まあ問題はないだろう。


 ないだろうと思っていた。少なくともマイハウス(借り)が見えてくるまでは……マイハウス(借り)の目の前に立つまでは何の問題もなかった。

 どうすればよかった? どうすればこの問題を回避できた? 最悪だ、この展開は最悪だ。あの時、俺が忘れずにしっかりとスーパーへ言っていれば、この最悪な事態は発生しなかったのだろうか?

「夏目……」

 絶対零度、言い換えるならアブソリュート・ゼロな声で俺に反しかけてくるリサ。そこにはさっきまで優しげな雰囲気や、俺との会話を楽しんでいるという雰囲気はまるでない。あるのはただ、

「これはどういう事だ?」

 絶対的な怒りの感情のみだった。

 リサの口から出る言葉はアブソリュート・ゼロ、言い換えるならば絶対零度な冷ややかなものだったが、その言葉の内側に宿るのは冷たさなんてものじゃない――マグマだ、溶岩だ。それはまさしく地獄の業火、隙あらば憤怒の炎で俺を焼きつくそうとしているかのようだ。

「なあ夏目、もう一度聞かせてもらおう」

 さらにリサの眼つきがもう尋常じゃない。もう俺の語彙力では表せないほどのヤバイ眼つきをしている。例えるなら、全裸で頭に女物のパンティ被って、小さい女の子を追いかけている変態を見るような眼つきだ。

 寒い。

この初夏の季節にこの視線……体の中に氷柱でもつっこまれたみたいだ。なんかゾクゾクし過ぎて、新たな扉でも開いてしまいそうな気がする。

「カノたんの家……ごほんっ、この家があなたの家とはどういう事だ?」

 ああ、どうしてこうなった。

 さっきまでの俺は間違いなくピンク色人生へ向けて、至る所から大人の色香が漂うピンク色ロード、略してピンクイロードを爆進していたはずだ。高校二年生男子という種族なら、きっと誰しもが手を伸ばし追い求める栄光。俺はそれを掴みかけていた。なのに、

「どうしてこうなった」

「なに?」

 もはやスーパーとか関係ねえよ! スーパー行って和菓子買ってたとしても、こんなの回避不能だろ! くそっ! わけわかんねえ! スーパーで和菓子でどうしてこうなった!?

「俺のスーパー人生は和菓子へ向けてどうして色香!?」

「……あなたはふざけているのか?」

「いやいいや、だいたい何でそんなに機嫌悪いんだよ!?」

「そんな事はどうでもいい、あなたの家はここなのか?」

 言ってリサはカノの家と言う名の俺の家を指差す。それに対して俺は「ああ」と頷くしかなかった訳だが、

「同居……していると言う事……なのか?」

 辺りに冷気が漂いだす。この冷気はリサから発せられる雰囲気とかじゃない、完全なる本物の冷気だ。

「まさかとは思うが……二人暮らしでは……ないだろう……な?」

 リサは片手で頭を押さえながら苦しそうに言うが、俺はそれに「ふ、二人暮らし」としどろもどろに答えるしかできない。

 俺の脳内にはった一つの事柄だけが存在していた――それ即ち、どうしてこうなったのか?

 デートはまあ順調に進んでいたはずだ。凄く楽しかったし、リサも楽しそうにしてはくれていた。なのにどうしてこうなった? 俺が「自分の家はここだ」と、カノの家を指差した途端にリサは今の様な状態になった。

「そうか……二人暮らしか」

 もはや殺気すら感じられるその死線……じゃない、その死……その視線に俺はただ震えながら頷くしかできない。

「残念だ。あなたとはよき友に……いや、ひょっとするとそれ以上の関係になれるかもしれないと思っていた」

「っ!」

 それ以上の関係ってなんですか!? どんな関係ですか!? ピンク色の関係ですか!? そうなんですか? そうなんですよね!

 などという俺の思考は即座に打ち砕かれた。それこそ氷を砕くかのように。

「さようならだ、夏目」

「どういう……っ!?」

 どういう意味かを聞く前に、俺を囲むように上空に氷柱が無数に生まれる。初夏の太陽にさらされ純然と輝くそれは、リサが片手を薙ぐと同時に俺へと襲いかかってきた。

「うむ? よけるな、夏目」

「避けるから! 普通に避けるから!」

 俺はとにかく走り回って、上空から降り注ぐ氷柱を躱す。

「しかし、あなたが避けると攻撃が当たらないではないか。どうするつもりだ?」

「知らねえよ! どうするも何もないから! って言うか今自分で言ったよね? 『攻撃』って言ったよね!? 攻撃してる自覚有るんだよね!?」

「うむ、私はあなたを亡き者にしようとしているからな!」

 なるほど! 理由はわからないけど、リサは俺を亡き者にしようとしている訳か! ……って、

「だったら普通よけるだろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 意味が分からない。どうしてこうなったかもわからないし、今の状況もよくわからない。そして何より、「うむ」と頷きながら攻撃してくるリサが一番わからない――彼女は何だ? どういう意図で攻撃しているんだ? いや、むしろ何に対しての「うむ」なんだ?

 何もわからない。

「ではこれで終わりにしよう、夏目。圧殺しろ……『氷結城』!」

 リサが上へ手をかざすと、今まで降り注いでいた氷柱が消える。俺は一瞬「た、助かったのか?」などと思うが、次の瞬間にはそれが間違いだったことに気付く。

「ん、なんだこの影?」

 知らない間に俺の回りを黒い影が覆っていた。今日の天気は快晴だったので、こんな大きさの影が出来る訳がない――ならばなぜこんな大きな影が? 

 不思議に思った俺が上を見上げると……あった。

 俺の視線の先、陽光を受けて虹色に光り輝く氷の塊。まさに氷でできた城と言っていい程の大きさのそれは、真下に居る俺に向けて落下するのを今か今かと待っているように、ギシギシと不気味な音を立て笑っている。

「えーと」

 死んだ。絶対死んだ。どっかのカエルみたいにぺったんこになること確定だ。

 俺は眼の前にある絶対的な死と、その執行者たる絶対零度の女騎士を、ひきつった笑みを浮かべながら見るしかなかった。

 リサはそんな俺を見つめながら、ゆっくりとあげていた手を下す――俺にはその様がまるで断罪を告げる死神の鎌に見えた。同時に俺はようやく理解した。リサは戦乙女ではく死神だったのだと。

「ちくしょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 俺は両手で顔を覆いながら、ちんけな悪役みたいな台詞を口にし、自らに断罪の一撃が下る瞬間を待つ……待っていたのだが、

 断罪の一撃が俺に下ることはなかった。なぜならば、


「撃ち貫きなさい……『ウロボロス』!」


 文字通り救いの光が、断罪の一撃たる氷塊を粉々に砕いたのだから。

 降りしきる氷の結晶の中、彼女はこちらにむけて歩みを進めてくる。

「人の家の前で何やってんの? だいたい隼町内会以外で魔法を使うなんて……」

「お前も使ってんだろ!」

「はあ……って、コタローじゃない。なによ、この騒ぎはコタローが原因? これだからバカは嫌なのよ。いい加減にしないと怒るんだからね!」

「原因は俺じゃないから! いやまて、何でカノがここに居るんだよ!?」

 カノは俺より先に帰った。その理由は、俺とリサのデートと鉢合わせしないように、早めに家を出るためだ。

 なのに何でまだこいつが居る? 完全に家の中から出てきたよね? いやまあ、今回はいてくれて助かった訳だけどさ。

「あんたバカでしょ? そんなの着ていく服を選ぶのに時間がかかったからに……」

「ど、どうしたんだよ?」

 カノは急に喋るのを止めたかと思うと、今にも攻撃してきそうな顔をしながら俺を見てくる。これはアレだ、完全に獲物を見る目だ。

 殺す気だ。

 カノは完全に俺を殺す気だ。いったいどうなっている? なんでリサとカノから殺意を向けられなければならないんだ――俺は美少女から殺意を向けられるウイルスにでも感染したとでも言うのか?

「っ」

 納得がいく。全ての事柄に辻褄が合う……突如俺を殺そうとし出したリサ、さっきは助けてくれたのに今度は殺意を向けるカノ。いつだ、いつ俺はウイルスに感染したんだ!?


「カノ、来るのが遅いです。お前は人をどれだけ待たせる気ですか?」


 そこで聞こえてくる第三の声。

「この声は……」

 声がしてきた方向、俺を挟んでリサの反対方向。そこに居たのは美少女ロリ風紀委員長、二葉亭真夜!

 ん、待てよ……まさか!

こちらをじっと見つめる彼女の清んだ瞳と目が有った時、俺の脳裏に最悪な光景がよぎる。

「っ…お前は」

 案の定向けられる最高に嫌な死線……いや、最高に嫌な視線。

 ここらで状況を整理してみよう。

 まず俺は三方向を美少女に囲まれている。ここだけ抜粋するなら最高に素晴らしい状況だ。おそらく世界中の高校二年生男子から袋叩きに会いかねないほどのハッピーな状況だ。

 しかし、問題は彼女達から向けられる感情。

 リサ――俺を殺そうとしたので、確実に殺意を持っている。

 カノ――俺に今にも飛びかかりそうな程の眼で俺を見ている。

 二葉亭さん――体中を針で刺されるような死線……視線を感じる。

 完全にウイルスのせいだ。俺の中のウイルスが彼女達の何かに影響を与えて……っ!

 待て、俺は重大なことに気が付いてしまった。本当に俺が感染者なのか? だとしたら、俺自体に何も影響が起こらないのがおかしい。体調も思考もいつも通り……むしろおかしいのは、俺の周りにいる女の子の方だ。

「そうか、このウイルスは」

 美少女に感染す……、

「何ブツブツ言ってんのよ? バカじゃないの?」

「へ、お前ウイルスに感染したんじゃ?」

「はあ?」

「カノ、こいつは敵に洗脳されている可能性が有ります。無視しましょう」

「敵? 敵とは誰の事を言っている?」

 俺を置き去りにしてカノ、二葉亭さん、そしてリサが話を進める。全くわけがわからない、今どういう状況だ? 誰か教えてくれ。

「お前の事です、リサ。また懲りずにカノのストーカーですか?」

「なんだと?」

 リサが手に氷の剣を精製しながら、こちらへと一歩踏み出す。それを見たカノが二葉亭さんを眼で制止する。おそらく、ここは私に任せろとでも言っているのだろう。

「まずコタロー、これはどういう事?」

「これって?」

「はあ……だから、何でリサがあたしの家に来てんのよ? というか、何であんたと二人きりで……」

 そこでカノは何かに思い至ったのか、視線を俺からリサへと向ける。

「コタローが言ってた友達ってあんたの事?」

「うむ、半分正解だ。私と夏目は友だった……あくまでも過去形だ」

 カノは「あっそ」と言い、まるで興味を失ったかのように俺に向き直る。

「よく聞きなさい! エリザベート・フォン・グリムは敵……いいえ、超危険物よ! 絶対に近づいちゃダメ! 何されるか分かったもんじゃないんだからね!」

 超危険物? ああ、超危険人物って言いたかったのかな? カノの顔に徐々に朱がさしていっているから、自分が噛んでしまってことに気が付いたのだろう。まあこれは無視してあげよう、時には気づかないふりってのも大事だ――余談だが、拳を握って恥ずかしそうにプルプルしているカノが可愛い。なんか小型犬みたいだ。

 それにしても危険人物ってどういうことだ? いや、思い当たる節がある。リサは先ほど、豹変したかのように俺を殺そうとしてきた。つまり、

 快楽殺人者?

「マジかよ……何でそんな危ない奴が捕まらねえんだよ!?」

「どうやらバカなあんたにも思い当る所が有るみたいね。そうよ、あいつは変態なの!」

「……ワッツ?」

 HENNTAI?

 まあ快楽殺人者も変態だよね。

「リサは昔からあたしの事つけまわしたり、あたしのぱ、パンツの写真撮ったり。最近で一番酷かったのが、勝手に家の中に入ってたこともあったんだから!」

「ストーカーだろそれ!? どこが快楽殺人者なんだよ! 全然違うよね!」

「はあ? そんな事誰も言ってないでしょ?」

「いや、だって超危険人物って……」

 そういえばさっき、二葉亭さんがストーカーがどうの言ってた気がする。つまり何か? 超危険なストーカーって意味での危険人物って事か?

「なんだ、よか……」

「よくないわよ!」

「ぐぼらっ!?」

 目の前に光弾迫ってきて視界ブラックアウト。あははははは~光でブラックって意味わからないや~。

 そして俺の意識は途切れた。


      ●●●


 夏目がカノたんと暮らしている。

 それだけでも私の心は紅蓮の如く燃えていたのに、嫉妬に胸を焦がしていたのに、

「なんだ、これは?」

 目の前の光景を見ていると頭痛がしてくる――顔に当てた手の隙間から写りこんでくる光景、カノたんが夏目と楽しそうにスキンシップしている。ああっ! 今なんかカノたんに吹き飛ばされて……なんて羨ましいのだろう。

 私が騎士としての誇りの全てを賭けたのに、手が届くことはなかった光景。それが今目の前にある。

 カノたんは私のだ。それなのに何故だ? 何故私にだけ微笑みかけてくれない? 毎日メールを五百通送るのは日課、カノたんのグッズ集めにも余念がない。

 それなのに何故?

 考えれば考えるほど疑問は増えていく。私は「まるで闇金のようだな」と一人呟きながら、カノたんと真夜に近づいていく。

 カノたんと真夜は何故か気を失っている夏目を揺すったりしている――おそらくカノたんに暴力を振るわれたという歓喜のあまり気絶したのだろう。なんという変態なんだ……カノたんで悶絶していいのは私だけだと言うのに。

「ちょっとコタロー? ……もう、バカじゃないの?」

「カノ、お前は後先考えないで行動するのをやめてください、迷惑です。昔から思っていたんですが、一番バカなのはお前かと」

「はあ? あんた後輩の癖に、先輩に向ってなんて口きいてんのよ? 許さないんだからね!」

「尊敬に値する人物ではない人に敬意を示すのは……カノ」

 真夜は私の接近に気付き、背中から愛刀を抜きつつカノに合図する。

「『敬意を示すのはカノ』ってどういう事よ? い、今更褒めたってもう遅いんだからね!」

「……もういいです。お前の株価はたった今、大暴落しました」

「どういう意味よぉ!」

 可愛い。

 カノたんの可愛らしさは異常だ。しかし、ここまで可愛いと逆に不安でもある。虫が光に惹かれて集まってくるかのように、カノたんの周りに変態が集まってこないとも限らない――目の前でのびている夏目の様に。

 カノたんは私が守って見せる。

「カノ、夏目と暮らしているとはどういうことだ?」

「何あんた、まだ居たの?」

 まるで腐り腐臭のする生ゴミにたかる汚いハエを美味しいと言いながら食べる変態を好きだと言う女の子の追っかけを見るかのような目つきで、カノたんは私を見てくる――そうだ。彼女の眼はこうやって私にだけ向けられればいいんだ。私と彼女、二人だけの世界。そこに他者は必要ない……まあ何だ、真夜なら許してやらなくもないがな、なんせ彼女もまた可愛い。

「ふっ」

 カノたんと真夜を並べて愛でる。そんな光景を想像すると、思わず口元が緩んでしまう。

「ふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ……」

「……キモ」

「カノ、リサの事はもう無視した方がいいかと思います。あいつはもう駄目です、お前並みに頭の中が終わってます」

「ちょっと、それどういう意味よ!?」

「そのままの意味です」

 うむ、どうやら私とカノたんはお揃いらしい。真夜はやはりいい事を言うな、さすがは風紀委員長だ。しかし、今の私は二人を見ながらのほほんとしている訳にはいかない。

「先程の質問に答えてもおうか、それとも答えられない何かがあるのか?」

「な、何かってなによ?」

 わずかに頬を染めるこの反応、間違いない。夏目とカノは夜な夜なナニかをしている間違いない。

「何故だ……なぜなんだ? 私ではダメだったのか? 何故私では……」

「はあ? そんなの決まってるでしょ! っていうか、あんたさっきから何言ってんの? 何が聞きたいのか全くわからないんだけど?」

「私は……」

「カノ、リサは多分何か勘違いしています……ふむ、そうですね。ここは何故お前の家に夏目くんが居るのかを説明してみてはどうでしょう?」

 そうだ、それだ! 私自身も何か腑に落ちない事が有ったんだが、その答えがそれだ。何故どこからともなく現れた男を、カノが自分の家で養って……あまつさえ男の肉欲も……くっ!

 私は夏目とカノがズッコンバッコンな夜を想像してしまい、思わず歯を噛みしめる。力を入れ過ぎたのか、口の中に血の味が広がる気にしない。私には他に考えるべきことがあるから!

 なんて羨ましいのだろう――カノたんとズッコンバッコン。私もしたい!

「聞きなさい、リサ! コタローは織御島に引っ越して来たの! それで仕方なく私の家に住んでるの! わかった?」

 よくわからんな。私の認識能力に問題が……、

「ありがとうございます。お前の頭の悪そうな説明、面白かったです」

「なんですって!? いい加減にしないと、ホントの本当に怒るんだからね!」

 うむ、どうやら私に認識能力のせいではないらしい。

 それはともかく、今の説明でも十分わかったことはあった。

「カノ、ならば夏目を私の家に住まわせればいい」

「はあ? そんなの……」

「間違っているか? 夏目は住む場所がないだけなんだろう? ならば私の家で暮らせばいい。その方が女のお前としても気楽なのではないか?」

「そ、それは……」

「心配する事はない。私の家は知ってのとおり大きいからな」

 何をためらっているんだ、カノたん。何故そんな男の処遇を気にする? その男との生活がそこまで大事なのか?

 ならばこちらにも考えが有る。

「次の隼町内会で勝負だ」

「え?」

「次の隼町内会、私と勝負しろ。カノが勝てばこの件から私は手を引こう。しかし、私が勝てば夏目には私の家で暮らしてもらう」

「カノ、うける必要はないかと思います。リサが勝手に言っているだけです。第一、決定権は夏目くんにしかありません、私達が口出しする事では……」

 うむ、カノたんにこういう台詞を言うのは心が痛むが、この場合は仕方がないだろう。夏目の魔の手から彼女を救う為だ。

「そんなに負けるのが怖いのか? それも仕方がない事か……カノは私に勝ったことがないからな」

「なんで……っ」


『今から一時間後、隼町内会を開催します』


 まるで私の味方をするかのように流れる開催予告。間違いない、神は私に味方している。さあカノたん、

「文句が有るのならば、私を倒してみろ」


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