第三章 塵も積もれば山となる
カノが拠点長をする拠点から飛び出た俺は、重大な事に気が付いた。
「なんで俺、こんなにノリノリなんだ?」
自分でも不思議に思うくらいノリノリだ。なんだろうか、俺は深層心理でこういう展開でも求めていたのだろうか?
冷静になって考えてみると、おかしい気がする。だって俺は当初、隼町内会にはあまり乗り気ではなかったはずだ――少なくとも、積極的に参加したいとは思っていなかったはずだ。それが今ではどうだろう?
「くっ、敵か!? 後ろだクソガキ、避けろ!」
などと絶叫してしまっている。まあ楽しいから何の問題もないけどな。きっとそもそもの俺の性格が、こういう事態に適応しやすい性格だったんだろう。なんせノリでこの島に来たくらいだからな……楽しそうであれば、たいていの事は受け入れてしまう自信がある。
「誰がクソガキか! この僕をクソガキ扱いすることは許さぬぞ!」
俺が敵の顔面に全力右ストレートを放ち、相手を沈めるとそんな声が聞こえてきた。
声の主は俺が今現在、一緒に行動しているガキだ――拠点でプラスチックの刀を振っていた幼稚園児だが、話してみると妙に偉そうでムカつく。しかし、
「強い奴に着いていきたいのだろう? この僕こそが強者! いずれは芥川を下して拠点長になってやろう!」
こいつは確かに強かった。
強い点は非常にいい事なのだが、性格がかなり厄介だ。やたらカノに対抗心を燃やしていて、彼女の傍にいる僕に対するあたりがキツイ。
「芥川の犬は黙って僕に着いてくるがいい」
ハッキリ言って、うざい。
「おい、クソガキ。偉そうにするのはいいんだけどよ、お前さっき俺に助けられたよな?」
「それがどうかしたか?」
「何か言えよ」
「大義である」
……もういいや。
つーか、こいつは本当に幼稚園児か? 服装が幼稚園児だから間違ってはいないと思うのだが、使っている言葉がどうにも大人びている。
まさか!?
こいつはこの年齢で中二病を発症しているとでも言うのか? 痛すぎる……いや待て、幼稚園くらいは誰でもごっこ遊びする歳だ。最近の幼稚園児の中では、こういうのが普通なのか?
「消えろ雑魚共! この僕の前に立つでないわ!」
俺の視線の先では、クソガキが刀でバッタバッタと迫りくる敵を倒している。老若男女、ガタイの良い悪いも関係なく、ほぼ無双状態だ。
……うん。
「絶対おかしいよね! ここんな幼稚園児いっぱい居る訳ないよね? どんな幼稚園だよ!?」
「どうした?」
クソガキが無双タイムを終了させて戻ってくるが、どうしたもこうしたもないと思う。
「なんでそんなに強いんだよ? ガキのくせに」
「ガキではない! ……強いのは僕が強者だからだ」
「ふーん、あっそ」
「なんだその態度は? 芥川の犬の分際で僕を愚弄するのか!」
本当に面倒くさい奴だ。俺がお織御島に来てから、面倒くさい奴にしかあっていない気がする。はたして俺の運が悪いだけなのか、織御島には面倒くさい奴しかいないか、一体どちらなのだろうか? と俺が、頭痛のしてきた頭を押さえていると、
「まあいい、着いて来い。芥川の犬!」
「へーい」
若干不服だが、クソガキの後についてしばらく歩くと、俺達が通う美蘇殿学園が見えてくる。左右には民家や、商店などが並んでいる。
さきほどカノに見せられた地図によると、美蘇殿学園は織御島の中央付近にあるため、おのずと両チームから人が集まることとなる。つまり、こここそが今回の戦いの最前線と言えるだろう。
「「「「「「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!」」」」」」
少し耳を澄ませただけで、怒鳴り声や気合を入れる声……様々な戦いの音が聞こえてくる。辺りを見回しても、当然至る所で戦いが繰り広げられている。
なんか不安になってきたな、いくらクソガキと一緒だからといって、初参戦である俺がこんなに前まで来て大丈夫なのだろうか? ここはクソガキに声をかけて、もう少し後ろに下がった方が得策かもしれない。
「なあクソガ……」
と、俺は声をかけようとして止まった。止まらざるを得なかった――視線をクソガキに方にやると、そこには、
「バ、バカな!? この僕が……この僕が貴様なんかに……!」
クソガキが驚愕に打ち震えた声と共に、地面にゆっくりと倒れていく光景があった。
そして、クソガキの亡骸の前には男が立って居る。俺が見ていなかった一瞬の内に、クソガキを倒した男が立って居た――筋肉隆々の大男だ。年のころは四十代半ばと言ったところだろうか? 立ち居振る舞いすべてが男らしく、額に結ばれた手拭いが、より一層奴の男らしさを増している気がする。
「悪いな、兄ちゃん」
男が動く。
「沈めさせてもらうぜ!」
「っ……舐めんな!」
軽い放心状態から立ち直った俺は、男が繰り出してく右ストレートを左手で受け流す――重い! 受け流すのがやっとだ……でもな!
俺は男の攻撃を受け流した勢いのまま、そのままの男の懐に入る。
「くらえ、今度は俺の番だ!」
腰をばねの様に回転させながら、渾身の右ストレートを男の腹へお返しする。俺からの攻撃に男は顔をわずかに歪めるが、それだけだった。
男は伸ばされた俺の右腕を、残った左手で掴む。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
そして豪快に投げ飛ばされた。
投げ飛ばされた先はブロック塀。俺は何の受け身も取れないまま、そこに激突するしかなかった。
「がっ!」
背中から激突したせいか、声はおろか呼吸すらまともに出来ない。
「まだだ」
「っ!?」
男の声が聞こえたと思った時には、腹に巨大な拳がめり込んでいた――後ろではブロック塀が崩れる音がする。
俺はブロック塀を突き抜けて、数メートルぶっ飛んだ先の民家の壁に激突して、ようやく止まる。
「……マジ……かよ」
朦朧とした意識の中、俺は顔をあげる。そこにはゆっくりとこちらへ歩いてくる男の姿が有った。
完全に誤算だった。確かに俺は初心者だから、敵と遭遇してもまともに戦えるとは思っていなかった。しかし、多少は戦えるとは思っていた。
なのに今の俺の状況はどうだ? 戦いにすらなっていない、ただ一方的にやられているだけだ――情けなかった何にもできない自分が情けない、心底なさけなかった。
「恥じることはない」
いつの間にか目の前に立って居た男から、そんな声がかかる。
「見たところ兄ちゃんは、この島に来てからそんなに経ってねえだろ? 若いんだから気にすんな、次が有るさ。つっても、今回はここでキッチリ潰させてもらうがな!」
男はニカッと笑うと、拳を天高く構える。
動かなければ負ける。だけど体は動いてくれなかった。それどころか、気を抜くと意識が飛んでしまいそうだった。
「……俺は」
「じゃあな兄ちゃん!」
拳が俺に向けて振り下ろされる。避けるすべはない、俺はもう負ける……でも、
「負けたく……ない」
こんな所で負けるのは嫌だった。こんな所で諦めるのは嫌だった。
別に負けても失うものは何もない、最初はどうでもいいとすら思っていた。
でも今は違う。なぜそう思っているのかは、自分でもわからない。
『死んだら許さないんだからね!』
ふいにカノの生意気そうな声が頭をよぎる。
そうだ、俺は……、
「負けられない」
だが、そんな俺の意思とは無関係に迫りくる拳に、俺は思わず目を閉じてしまう。
「……っ」
…………。
しばしの静寂が続く。
おかしい、いつまで経っても拳が振り下ろされてこない。なんだろう? 男が心変わりでもして、俺にとどめを刺す前に去って行ってしまったのだろうか?
俺は恐る恐る目を開けると、男と俺の間に一人の女性が立って居た。
流れるような銀色の髪を後ろで一纏めした女性。そして美蘇殿学園高等部の制服を着ていることから俺と同じ高校の生徒だとわかるが、とても同じ高校生とは思えないほど彼女は綺麗で……、
「あなたの『負けられない』という意思、見事だ」
雪解け水のような、冷ややかでとても清んだ声で彼女は言い、チラリと俺を振り返る――刹那、確かに俺と彼女の眼が合う。
その瞬間、僕は思わず息をのんだ。その美しい瞳の色に息をのんだ――絶対零度の雰囲気に包まれた彼女は、その瞳だけが燃え盛る紅蓮の炎の様な赤色だったのだ。
「じ、嬢ちゃんはまさか……っ」
「エリザベート・フォン・グリム……騎士として、あなたを倒させてもらう」
「くっ!」
男はとっさに後ろに飛びのく。その時に見えた男の右手は、何故か凍りついていた――しかし、腕が凍りついていた理由を考えるまでもなく、その理由は明らかになった。
「凍てつけ……『氷結城』」
彼女がそう呟くと、男の足元から大量の氷塊が出現したのだ。
氷塊はあっという間に男の全身を覆い、男を氷の中へ閉じこめてしまう。俺はその美しく幻想的な光景を、ただ茫然と見ているしかなかった。
だが、いつまでも茫然としている訳にはいかない。なんせ状況を見る限り、さっき男の腕が凍っていた理由。それは彼女が俺を守るために、男の腕を凍らせてくれた可能性がかなり高い。だとしたら、俺は彼女にまず言わなければならないことがある。
「あ、ありがとう……助けてくれて」
彼女は俺の元まで歩いてくると、氷の花が咲いたかのような笑顔を俺に向けてくれる。
「いや、別にいいさ。私は味方を助けただけだからな。それに……」
彼女は俺の手を掴んで立ちあがらせると、氷漬けの男を見つめて言う、
「まだ終わっていないからな」
「終わって……いない?」
俺は氷漬けの男を見る――これで終わっていない? どう見ても終わっている。色々な意味で終わっていると思う。
突如出現した幻想的な氷に中に居るのは、ムキムキマッチョのおっさん。
「せめて女にしようよ!」
なんか色々台無しだよ! 何かが台無しなんだよ! 何が台無しなんだろうね!?
「でも何か台無しなだから! 性別って大事なんですね!?」
「うむ、何を言っている?」
「なんでもないです、気にしないでください」
と、言ってはみるものの……気しないのは無理だろこれ。氷のオブジェとなったムキムキマッチョ、冷たい氷に包まれているのになんか暑苦しい感じがする。もはやこれは平気だ、精神破壊兵器だ。このオブジェを見ていると、俺の頭に中に「男!」という文字が浮かんでくる。それに、心なしかなんか気持ち悪くなってきた。
「あなたはそこで少し休んでいるといい。こいつは私が倒す」
彼女の言葉が終わる直前に、男を覆っていた氷塊に変化が起きる。
ピキッ、パキッっとかすかな音を立てながら、少しずつ……だけど確実にひびが入って行っているのだ。
割ろうしているのか? 男は氷に閉じ込められてなお、内側から氷を割ろうしているのか? いや、もはやそれ以外考えられない――何て奴だ。俺はこんな奴に真正面から戦いを挑んでいたのか? 今更ながらに俺は、自分の無謀さに気付く。
今俺がこれだけのダメージを負っているのは当然だ。こいつには正面からではなく、もっと何か別の方法で、例えば何らかの作戦を立て挑むべきだった。少なくとも、今の俺がまともにやって勝てる相手じゃない。
「っ!」
ふいにガラスが砕け散るような清んだ音と共に、ついに男を閉じ込めていた氷塊が砕け散る。
「やるな、グリムの嬢ちゃん!」
「そちらこそな、八百屋」
ん? なんか今、衝撃的な単語が耳に入ってきた気がする。
ヤオヤっていわなかったか?
Y・A・O・Y・A。
うん、絶対に言ったよな――はて、ヤオヤって何だ? まさか八百屋の事じゃないよな?
「こんな時に立ち話も何だ。悪いけど、本気で行かせてもらうぜ?」
「問題ない、いつも美味しい野菜を頂いているが、手加減はしないぞ」
「望むところだ、じゃあ行くぜ嬢ちゃん!」
「うむ!」
この話の流れ、間違いない! ヤオヤは八百屋だ……って、
八百屋ああああああああああああああああああああああ!?
意味わからないから! なんで八百屋さんこんなに強いの? アレですか、日々野菜と格闘してるからですか? 野菜とぶつかり合ってるから、こんなに強いんですか!?
すげえ……すげえよ八百屋。そして、野菜ってすげえ。
野菜とぶつりかりあえば、みんなムキムキマッチョになれるんだぜ!? 素敵だね! みんなで野菜とぶつかり合ってマッチョになろうぜ!
「……って、なるかああああああああ! 仮になってもこんなに強くならないから! ブロック塀素手で破壊する八百屋ってなんだよ!? どっかの戦闘民族かよ!」
俺のそんな言葉をきっかけに二人の戦いの火ぶたは切って落とされる。
先に行動したのは八百屋、右手を振りかぶりながら彼女に走り寄っているので、俺の時と同じく右ストレート狙いだろう。
それを静かに見守っているのは、銀髪の彼女だ。
「……あれは?」
彼女の右手には、先ほどまではなかったものが握られている。いったいいつからそこにあったかはわからない――繊細な装飾が施されたやや長めの両刃の剣、ハンド・アンド・ハーフ・ソードだろうか? その剣は氷の様に冷気を纏い、全体が透明でまるで氷で出来ているようだ。
「違うな」
アレは氷で出来ている。きっと彼女が先ほど使った能力で作り出した武器だろう――なぜか俺には確信が有った。狂気をはらむほど美しいあの剣が、通常の方法で作られた何の変哲もない剣だとは考えられない。第一、俺はあんなに透き通った剣を見たことがない。
彼女は氷の様に冷静に、ゆっくりと流れるような動作で剣を正眼に構える。
「いくぜええええええええ!」
自分の間合いに入ったのだろう、八百屋は振りかぶった拳を渾身の力で撃ちだす。
「…………」
しかし、彼女はそれに対し何も反応しない。その場から一歩たりとも動かずに、正眼の構えを続ける。それこそ、その場で凍り付いてしまったかのように。
「っらぁあ!」
八百屋の気合の声と同時に彼女の顔面にパンチが炸裂しようとし、
「危ない!」
俺のそんな叫びもむなしく、八百屋のパンチは炸裂した――まるで鋼鉄を叩いたかのような、鈍い音を立てて。
「な……」
声を出したのは俺だった。目の前で起きていることは、それほどに驚愕に値する物だった。
彼女の顔からわずか二センチほどの空間、そこに氷の壁の様な物が出来て八百屋の攻撃を止めていたのだ。
だが、八百屋まったく驚かない、そして諦めもしない。自らの拳で活路を見出すように、
「まだ……まだだああああああああああ!」
八百屋はその防壁を突破しようと、目に留まらぬ速さでラッシュをする――それこそ俺の眼には腕が百本くらいあるんじゃないかと錯覚させるような速度のパンチ。一発一発が音速を超えているのか、何かが割れるような激しい音がする。
しかし、どんなに早くてもその攻撃は一発も当たらない。その全てが、ことごとく氷の壁によって阻まれていくのだ。
そんな激しい攻防がどれほど続いたころだろう。
「っ……はぁはぁ」
何万発ものパンチを放った八百屋はついに体力が尽きたのか、その場に膝から崩れ落ちてしまう。
「参ったな……噂には聞いていたが、まさかここまで強いとは」
「いい戦いだった、またやろう」
言って彼女は陽光に輝く剣を大きく振りかぶり、満足そうに苦笑する八百屋へと振り下ろした。
「大丈夫か?」
「ああ、あんたのおかげ大分回復したよ。助かった」
実際、体の痛みもかなり取れてきていたので、もうしばらくすれば戦闘も可能になるだろう。彼女には本当に感謝してもしたりない。
「そうか、それはよかった。うむ、そういえば自己紹介をしていなかったな。私の名はエリザベート・フォン・グリムだ、よろしく頼む」
俺は差し出される彼女の手を掴みながら、
「俺は夏目虎太郎、こちらこそよろしくな! えーと……」
やばい、何て呼べばいいんだ? こんな名前の人に会ったことないから、なんて呼べばいいのかわからないぞ……エリザベート? グリム? フォンさんは絶対にないよな?
俺が難しい顔して悩んでいると、彼女が「どうした?」と笑顔で問いかけてくれる。仕方がない、ここは直接聞いた方が無難だろう。
「失礼だけどさ、これから何て呼べばいいかな?」
「うむ、そういう事か。私の事はリサと呼ぶと言い、みんなそう呼んでくれる」
「わかった。よろしくな、リサ!」
俺達はあの後、リサの「戦闘が終わった後も、一か所に留まるのは危険だ」という助言から、美蘇殿学園に向けて歩いている――リサによると、美蘇殿学園の高等部の体育館が、敵の拠点の一つになっているというのだ。
「…………」
美蘇殿学園に向かうのはいい、敵の拠点を制圧するのが目的なのだから、何もおかしい事はない。だけど、
「回り込め! 突破するんだ!」
「駄目だ、なんて防御だ……氷を自在に操つってやがる!」
俺達の周りでは、複数の敵が果敢に攻撃している――何にって……もちろん俺達にだ。それこそ必死に攻撃をしているのだが、
「そういえば夏目、あなた見たところ美蘇殿学園高等部の生徒みたいだが、何年生だ?」
ご覧のとおり、リサはまるで意に反していない。全てを氷に任せて、本人は悠然と歩いているだけだ。
俺はこれを見て思ったんだ。別に一か所に留まっていても、リサが居れば確実に安全じゃなかろうか? とね。
まあここまで来たんだから、別に文句はいわないけどさ。
「夏目、どうしたんだ?」
「あ、いや。なんでもない」
俺は考えていたことを打ち消すように、手を振って誤魔化す。
「俺は二年生だけど、なんで?」
「うむ、私も二年生なのだが、学園で夏目を見たことがなかったのでな。てっき一年生かと思っていた。そしてもしそうだったなら、先輩に対する口のきき方を正さねば……そう思っていたのだ」
言って彼女が胸のあたりまで持ち上げた拳を握ると、俺達を中心に無数の氷柱が地面から生えてくる。そしてそれらは周りに居た敵を次々に一掃してしまう。
「…………」
氷の結晶によって彩られた幻想的な町並み歩きながら、俺は思わず閉口する。
え、違うよね? もし俺が一年生だったら、こういうおしおきする的な意味じゃないよね? ただ周りの敵に攻撃しただけだよね?
「夏目」
「ひっ」
「うむ、どうしたんだ?」
おっと、思わず名前を呼ばれただけでビクってしまった。いかんいかん、俺のはただの被害妄想何だから、気にするな……気にしたら負けだ!
「な、なんでもない」
「ならいいが」
リサは「うむ」と頷いて、何やら訝しげな視線を俺に向けている……気がする。
「そ、それよりもほら! さっきの話だけど、俺がリサに会った事はないのは最近引っ越して来たからだよ」
「引っ越しか、どうりで見かけない訳だ。どこから来たんだ?」
「東京から引っ越して……」
「とうきょう! あなたは東京から来たのか!?」
「お、おう!」
なんだ? いきなりリサのテンションが上がった気がする。しかも心なしか、頬も紅潮して先ほどの感じた冷ややかなイメージを感じられない。
「夏目は東京のどこに住んでいたんだ? 秋葉原か?」
「いや、秋葉原じゃないよ。俺が住んでたのは八王子」
俺の言葉を聞いたリサは、どこか沈んだ顔と声で「そうか……」とだけ口にする。なんだろう? 女の子をこんな表情にしてしまうと何かこう……そう、とてつもない罪悪感が有る。まあリサに対して悪い事は何も言っていないと思うが、このまま放置しておくのは非常に気が咎める。
「えっと、何でそんな事聞いたんだ?」
「うむ、気にしないでくれ」
そんな顔と声で言われても無理ですよー!
そもそも、リサは何でこんなテンションになったんだ?
…………。
少し考えた末、俺が思いついたのは住んでいた場所の話だ。彼女は俺が八王子に住んで居たと言った瞬間から、このようなテンションになったように思う。
つまり、どういう事だ? 俺が以前、八王子に住んでいたらリサにとって不都合な事でも……いや、そうか。
俺は彼女のテンションが下がった理由を理解した――確実とは言えないが、おそらくこれであっているだろう。
「違ったらごめん。ひょっとして秋葉原の話とか聞きたいの?」
これくらいしかなかった。おそらくリサは、なんらかの理由で秋葉原に興味を持っていて、引っ越して来た僕に少し期待したのだろう――もし秋葉原から引っ越して来たのなら、その街の話を聞けるかもしれないと。
さて、あとは彼女の反応次第で、俺の考えが有っていたかわかる訳だが、
「う、うむ。秋葉原に……というより、私は日本のアニメ文化に興味があるんだ」
どうやら俺の考えは当たったらしい。なんか嬉しかったので、頭の中で一人でガッツポーズしてると、
「わ、笑わないのか?」
「え、笑う訳ないだろ? 俺もアニメとかライトノベル好きだし……あ、そうだ。秋葉原にも何回か行ったことあるから、今度話でも聞かせてあげようか?」
俺の提案が嬉しかったのか、リサはパッと顔を明るくする。そんな彼女は、彼女自身の雰囲気と相まって、まるで氷で出来た花みたいに美しかった。
今更だけど、本当に今更だけどリサって可愛いよな――隣を歩いているリサは、どっかのバカノと違ってバカバカ言わないし、性格もいいし。そして何より……、
おっぱいがデカイ! 完全なる巨乳様だ!
俺の視線の先では大きなおっぱい、略しておっぱい様が激しく自己主張している。カノの普通の胸とは違い、かなり大きいのが一目見ただけでわかる。
大きなおっぱい、それは人類の神秘だ。おそらく世の男性すべ……っ、
「夏目、どうした? なぜ黙っている、そんなに難しい質問だったのか?」
「ご、ごめん! 聞いてなかった、もう一回言ってくれ」
「うむ、そういうことなら仕方がないな」
危ないところだった。も少しでおっぱい様に魅入られてとんでもない事になってしまう所だった。俺の意識がおっぱい時空から、この世界へと戻ってこれたのは、まさに奇跡だっただろう。
「どの辺りから聞いてなかったのかわからないからな、最初から言わせてもらうぞ。まず先ほどの提案、ありがたく受けさせてもらいたい。そしてもう一つ、ライトノベルとは何だ?」
っ!
リサの質問と同時に、俺の中に衝撃が走りぬけるのが分かった――ライトノベルって何だ? やばい、説明できない。サブカルチャーの一つで、軽文学とも言う……みたいな事を言えばいいのか? 違う、絶対に求められている答えと違う気がする。そんな教科書みたいな答えを求められてはいないだろう。
ハッキリした回答が思いつかなかった俺は、とりあえず「よくアニメの原作として使わる小説の事で、たまに挿絵が入ってるんだ」と答えておいた。これで伝われば御の字だ。
「うむ、ライトノベル……か。興味深いな」
「多分、この町の本屋でも売ってると思うよ。よかったら今度探すの手伝おうか? オススメとかもあるし」
「それはありがたい! ……夏目はライトノベルを沢山もっているのか?」
「たくさんって程じゃないけど、アニメ化したやつとか、有名なやつなら少しある」
「うむ、そうか」
そこでリサは一呼吸おいて、
「よければ今度、夏目の家にお邪魔していいだろうか? ずうずうしいお願いだとは思うのだが、ライトノベルなるものがどういうものなのか、最初に読んでみたいんだ。それに秋葉原の話も聞きたい」
リサはその場で立ち止まり、俺を上目づかいで見つめながら「どうだろうか?」と聞いてくる。俺を見つめる彼女の瞳は、どこか潤んでいるように見え……ってか、
断れる訳ねえだろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!
こんな可愛い頼まれ方されて、断る男がいるなら見せてほしい。まあ中には居るのかもしれないが、俺には無理だ。絶対に無理だ。
おっぱい万歳!
「俺は全然おっけーだよ。ただ、俺って友達の家に泊めてもらってるから、自然とそいつも居るんだけど、いい?」
「何も問題はない。夏目の友達ならば、きっと良い奴だろうからな」
っ……ごめん、ごめんよリサ。俺を信じてくれているところ申し訳ないが、俺の友達は……カノは決していい奴ではない。優しいには優しいが、デフォルトの性格が酷い。
まあ、当日は出来ればカノに出かけてもらうという奥義が有る。なんとかなるだろう――問題は、あいつが素直に俺の言う事を聞くかわからない所だが。
黙っている訳にもいかず、俺はリサに「あはは」と苦笑いを返す。リサを見ると、何故か罪悪感が湧いてくるのだ。
「うむ、ではいずれうかがうとしよう……さて」
リサは直後、纏っていた雰囲気は変える。俺がそんな彼女の突然の変化に戸惑っている内に、彼女が再び声を出す。
「もうすぐ体育館だ」
リサの炎の様な瞳の先、そちらに俺も視線を向けると、そこには美蘇殿学園高等部の体育館が建っていた。そして、俺は彼女の雰囲気が変わった理由をようやく理解した。
「私たちはあそこを攻略するわけだが……なんだ、このありさまは?」
俺達の周りには、大勢の味方が横たわっている。そして、その全員がほぼ瀕死の状態で、もう戦闘継続は不可能だろう――いったいここで何が起きたんだ?
俺その光景にあっけにとられている間に。リサが倒れている味方の一人に近づく。
「どうした、一体何があったんだ?」
「う……うぅ……」
「うむ、やはり話せる状態ではない……っ!」
「覚悟です」
突然の声と共に、まるで意識の隙間を突くかのような斬撃がリサを襲う――おそらくこの襲撃者こそが、周りの惨状を作り出した張本人。そしてこいつは倒れている味方にそうしたように、リサの事も意識外からの攻撃によって瞬殺しようとしたのだろう。それ自体は決して悪い攻撃ではない。どんな奴だろうと、意識外からの攻撃には対応できないものだ。しかし、俺の目の前には例外が存在していた。
全ての攻撃を完璧に防ぎきる例外が、
「あなたは……!」
「しくじりましたか……さすがにお前は強いですね」
俺達と距離を取って、淡々と言葉を紡ぐ少女。
ちっこい、身長もおっぱいも色々とちっこい。まさにキング・オブ・ザンネンといった感じだ。これならZOGで優勝間違いなしだ。
やったね!
俺のそんな感想を露知らず、ミディアムロングの黒髪を風に揺らしながら彼女は続ける。
「まさか、あのタイミングで私の妖刀、刻燈の一撃を防ぐとは思いませんでした」
妖刀……刻燈……っ!
俺は彼女が自慢げに前にかざした刀を見る。
その刀は切っ先から柄まで、全てが禍々しいこげ茶色をしている。形は刀と言うよりは長方形の長い棒……その様はまるで、
「ただの麩菓子じゃねえかよ! 何が妖刀!? 麩菓子だよねそれ! おいしくいただけちゃうよね!?」
「誰ですか、お前は?」
「はっ、人に名前を聞くときはじぶ……」
「二葉亭真夜、美蘇殿学園高等部一年生。あとはそうですね、風紀委員会委員長です。お前は誰ですか?」
「……夏目虎太郎です」
「そうですか」
「…………」
「……それではリサ」
「終わりかよ! なんか話続く感じだったよね今!?」
「お前、うるさいですね」
くぅぅぅぅぅぅぅぅ……なんか悲しくなってきた。しばらく黙ってよ。
「話の続きですがリサ、お前のデュナミスは相変わらずですね。少し羨ましくなります」
「うむ、褒めてもらえるのは嬉しい事だ。しかし、私のは鍛錬の末のたまものだと自負している。故に褒めるのなら、デュナミス『氷結城』を褒めるのではなく、私の技を褒めてもらいたい」
ん? なんか今、妙な単語が出てきたような? デュナミスって言ったか? 何だそれは……いったい何なんだ!? とりあえずもう少し二人の話を聞こう、そうすればわかるはずだ。
「そうですか、それは失礼しました」
「うむ、わかってくれるのならば、特に気にはしない。それは戦いを始めるとするか」
「はい」
言って、二人は剣と刀を構える――リサは先ほどと変わらず正眼に構え、二葉亭さんは切っ先を体の後ろに隠すように構えている。
……アレ?
なんか戦いが始まっちゃいそうですけど? デュナミスの説明がまだですけど?
「行きます」
「うむ!」
なんかもういいや、たしかアレだよな。デュナミスって、アリストテレスの哲学の概念だったよな――能力がどうの書いてあった気がする。よく覚えてないけど、きっと「リサが使ってる『氷結城』は魔法ではなく、人間の隠された能力ですよ!」ってことを表しているんだろう……うんきっとそうだ、そうに違いない。この島では魔法だのデュナミスだのに、いちいちつっこんだら負けなんだ。
うん、と俺は頷きながら、剣と刀をぶつけ合い、あちこちで火花を散らしながら戦う二人に目を移すと、
「はああああああああああああああああああああああああ!」
リサは氷の剣を縦横無尽に振り回し、ひたすら攻めに徹している――彼女が戦うその様は、周りに漂う氷の結晶と相俟って、彼女が醸し出す雰囲気をより冷たく、そして幻想的に高めていく。
一方の二葉亭さんはというと、
「……っ」
攻める隙を見出せないのか、先ほどから全く攻撃に移れていない。
だけど、二葉亭さんが防戦一方になってしまうのは無理もないように思う――リサの斬撃が常人を軽く凌駕している点ももちろんあるが、これだけならば身体能力が見るからに高そうな二葉亭さんなら、おそらく問題なく対応できただろう。
彼女にとって問題だったのは残り二つの攻撃方法だ。
一つはここに来るまでの間に見せた、地面から氷柱を生やして攻撃する技。
もう一つは空中からの攻撃――空中で精製された大量の氷柱が、まるで雨の様に降り注いでいるのだ。
これら三種の攻撃を同時に操り、まるで銀色の吹雪の様に攻め立てるリサは、もはや達人の域に居るのだろう。しかし、何よりも俺が驚いたのは。
「よくかわすな、真夜!」
そう、全ての攻撃を躱し、逸らす。リサの怒涛の攻撃を未だに一撃も直撃させない二葉亭さんに、俺は心底驚いた。
空中で上半身を捻りながら回避、地上で上半身を逸らして回避――サーカスの曲芸のように彼女が攻撃を躱し続ける様子は、驚愕と言う言葉では言い表せないほどだ。そこにリサの幻想的な剣舞が合わされば、それはもう何かの芸術作品の様に見えた。
「お前に言われても、皮肉にしか聞こえません」
言って、二葉亭さんはリサの攻撃を止める。しかし、彼女はその体格が示す通り腕力がないのか次第に押され始め、ついにはリサの剣先が二葉亭さんの肩に触れる。それに加え、
タンっとステップを踏むように、リサが地面を軽く足で叩く。すると二葉亭さんの周囲から、彼女に向けて剣山の様な氷柱が迫り、彼女の逃げ場をなくすと同時に、それ自体を必殺の一撃とする。
「これで私の勝ちだ」
「そうですね、確かにこれで私の……」
「勝ちかもしれません」
「な……っ!?」
リサが驚く驚く前に、二葉亭さんは淡々と続ける。まるで己が勝利を確信したかのように――静かに、ただひたすら静かに……しかし、どこかに確かな闘志をを込めて。
「爆ぜてください……忍法『現充爆破』」
「っ!」
俺は思わず腕で目を覆うと同時に、最後に見た光景を思い出す。
あの時、俺は確かに見た。リサの剣に押され、二葉亭さんが膝をついたあの瞬間――彼女が何かの技名を言った直後、爆発したのだ。リサの攻撃受け止めていた、彼女の刀が爆発したのだ。彼女が巻き起こした爆発は、足元か迫る全ての氷柱を吹き飛ばした。そして、俺の身間違いでなければリサにも……。
俺はゆっくりと目を開ける。辺りには砂埃が立ち込めているが、みるみる内に風に飛ばされ視界が晴れてくる。
「お前、どこまで鉄壁なんですか?」
「鉄壁であることは否定しない。だが、完璧という訳ではないらしい」
晴れた視界の先、俺が見たのはどこか悔しげに佇む二葉亭さんと、額から血を流すリサの姿だった。
やはり……あの一瞬、爆発と同時に二葉亭さんの刀がリサに届いたように見えたのは、俺の見間違いではなかったようだ。
「それにしても驚いたぞ。あなたとは長い付き合いだが、まさかデュナミスを使えるようになっていたとはな……いつからだ?」
「明言は出来ませんが、一週間前の放課後だと思います。風紀委員の仕事中、校内で不純異性交遊しそうになっていたカップルを執行の対象にした時かと。私の中の何かが燃え上がるのを感じましたから……それと、私のは忍法です。デュナミスなどという妙な名前ではありません。お前と一緒にしないでください」
「うむ、前から言いたかったのだが……」
っ……リサの雰囲気が一気に刺々しいものに変わったのが、彼女達から少し離れたここからでもわかった。そんな変化に二葉亭さんは気が付いていないのか、もしくは気が付いているのに気が付いていないふりをしているのか、「なんですか?」などと平然と言う。
そんな態度にいよいよリサの口元がピクピクと動き出し、
「真夜は……先輩に対する態度がなっていないようだな!」
裂帛の気合と共に、これまで見た中で最高の速度で剣を振るう。絶対に当たるかに思われた神速の一撃は、
「ここからは本気で行かせてもらいます」
あっけなく外れた……というより、簡単に躱された。
二葉亭さんの刀が爆発したかと思うと、その爆風で彼女は急速に空へと舞い上がったのだ。しかし、リサはこの程度で諦めるような人間じゃなかった。まるでミサイルの様に、地上から上空の二葉亭さんに向けて、大小様々な大きさの氷柱を無数に掃射して彼女を追撃する。
「くっ……ちょこまかと!」
一見すると二葉亭さんは、空中にいるから身動きが取りづらくなかったと思われたが、小刻みに刀を爆発させて回避を取る――それこそ木葉が風に揺られて舞うかのように。
「……逃げているだけでは勝てないので、これで終わりしてあげます」
掃射の間を縫って、二葉亭さんは空高く上がり、こげ茶色に光り輝く刀を頭上に掲げる。
「私の最強の攻撃でお前を……リサを倒します」
「その勝負、受けた! 騎士の誇りをかけて戦わせてもらう!」
「行きます」
「うむ!」
と同時に雷が落ちたかのような激しい爆発音と共に、二葉亭さんが地上のリサに向け……っ!?
聞えてくる音は一度じゃなかった。落雷の様な爆発音は間髪おかず連続して響き渡る――能力を連続使用しているのだ。見れば二葉亭さんは、自らの体が回転するのもお構いなしに、刀を連続爆発させ、その爆風に乗って超スピードで空を駆けている。
爆発を推進力にし、異常な速度で距離を詰めてくるのを見たリサは、ただ無言で腰を落として剣を腰だめに構える。
二葉亭さんは空中をかけ続け、リサへ体がぶつかりそうになった刹那、刀を振りかざし能力を発動させる。そして、この戦いにおいて最高の爆発を巻き起こす。
もはや視認する事すら不可能な速度の斬撃がリサを襲う、爆発によって限界まで加速したその一撃はまさに不可避――避ける事は不可能に近かっただろう。
だが、リサに刀が当たりそうになった刹那、氷の壁が攻撃を受け止める。
「…………」
自分の渾身の一撃が受け止められ茫然としているのか、二葉亭さんは氷の壁に刀を叩きつけたまま、その向こうに居るリサを無言で見つめ続ける。
「では終わらせてもらう、良い戦いだ……っ」
「……『現充爆破』」
その瞬間、またしても落雷の様な爆音と共に、大地を打ち砕かんばかりの大爆発が巻き起こる。
「リサ!」
俺は思わず叫ぶが、この爆発の中だ……俺の声が聞こえる訳がない。俺は口惜しいのを我慢しつつ、辺りを包む爆炎が収まるのを、そして激しい砂埃が収まるの待つしかなかった。
やたら時間が長く感じる。リサは負けたのか? いや、それ以前に彼女は無事なのか?
やがてゆっくりと辺りを見渡せるようになってきた。俺は焦る気持ちを抑えて、彼女たちが居た方を見る。するとそこには二人の内の一人が立っていた。
「ここまで……ここまで傷を負ったのは久しぶりだな」
銀色の髪を風に揺らし、彼女は立って居た。
この勝負、勝ったのは――エリザベート・フォン・グリムだった。
俺は急いで彼女の下に駆け寄る。
「大丈夫か!?」
「う……む、少しやられ過ぎたかもしれん。体が思うように動かん」
剣を支えになんとか立っている彼女を見ると、服の至る所が破け、そこから傷が……っ!
こ、これは!
見えている。スカートが裂けて太腿の付け根がくっきりと、ハッキリと! ええ、そりゃもうエロエロだぜ! ……って、いかんいかん。今は隼町内会中だ、エロい事考えている場合じゃない。
「夏目」
「お、おう! なんだ?」
本当に何だろう、この額からでる脂汗は……関係ない。きっとリサの太腿とは何の関係もない。今はそう信じよう、俺の名誉のためにも。
「うむ、どうやら私はギブアップだ。これ以上まともに戦えそうにない……もっとも、体育館くらいは落として見せるがな」
「……リサ」
「いいか夏目、今から言う事をよく聞け。敵の拠点は体育館を入れて二つ、このまま行けば問題なく勝てるだろう……だが、味方拠点が一つ窮地に陥っている」
リサはふらつく体にムチ入れながら話を続ける――というか、何でリサはそんな情報わかるんだろう? あ、ああアレか。よく見たら、彼女の耳にインカムみたいのが付いている。
……俺のは? 何で俺は渡されてないの?
「そこであなたに頼みたい事が有る、その拠点を助けに行って欲しいんだ」
なっ!? 助けにって……そんな!
「俺一人が行ったって、どうにか出来る訳ないだろ……それに! リサはどうするんだよ?」
「私は一人で十分だ。いいか夏目、その拠点は孤立した仲間の拠点を助けるために、多くの増援を出した。その隙に狙わられてしまったんだ。きっと一人でも多くの戦力を欲している」
その拠点って……まさか。俺は脳裏にうるさいツインテールの女の子の顔がよぎった。
「本来なら私が行きたいのだが、この傷では長距離は無理そうだ。私の代わりに行ってくれないか?」
はあ……ったく、そんな言い方が卑怯すぎるって、断りようがない。
無言を是と取ったのか、リサは「ありがとう」と呟く。
「任せたぞ、夏目。その拠点が有るのは」
言って、リサが指差したのは……。
●●●
「ちょっときついわね……」
あたし達の拠点は、責められる可能性が少ないから、守りはあまり固めなくてもいい――その判断は間違っていたとは思えない。そうよ、あたしが間違うはずなんてないんだから!
なのに何でこんな事になってるんだろう?
あたしが周囲を見回すと敵だらけで、まともに戦える状態の味方はあたしだけだった。みんな倒れてしまっている……立って居る人もいるけど、傷だらけて押したら倒れてしまいそうだ。
でも、まだ負けた訳じゃない。あたしには奥の手が有る。
上手くこいつらを誘導すれば、文字通り一網打尽にすることが出来る!
「芥川カノ、お前の負けだ。いい加減に降参しろ!」
勘違いなバカ男がズレたことを言って来たけど、あたしは無視した。バカと話すとバカがうつるかもしれない。ただでさえバカと生活しているのに、これ以上バカ分を摂取するわけにはいかないわ!
「降参しないっていうなら……」
バカ男を先頭に、周りの奴らがジリジリと近付いてくる。
周囲を確認しながら、あたしはこれからの行動プランを確認する――あたしが今いるのはデパートの一階、あたしの奥の手を使う為なら、最低でも三階以上の高さ……確実性を持たせるなら四階くらい欲しい。とにかくそれくらいの高さまで、敵をおびき出したい。囮にするのは当然……、
「ふん、仕方ないから、あんたたちの相手してあげる。ありがたく思いなさいよね!」
一人でこいつらを四階までおびき出すのは、少し難しかもしれない。でも出来る、このあたしなら絶対に出来る!
とにかく今すべきことは、周りを囲んでるこいつらの包囲を抜ける事だ。そうすれば後は簡単、四階まで走り抜けるだけ。
行動プランは決まった、後はそれを実行に移すだけ。
あたしは虚空を掴むように右手を前に掲げ、なれ親しんだあたしの魔法を発動させる。するといつもの様に、あたしの手に光が集っていく。あたしを守ってくれる暖かい光、立ちはだかる敵を殲滅する龍達の威光。
「バハムート一式……」
「『ジャバウォック』!」
あたしがその名を呼ぶと光が形をなしていき、瞬時に一本に光剣があらわれる。現れたそれを掴むと、あたしは一気に駆け出す――突如走り出したあたしに不意を突かれたのか、相手はまだ戦闘態勢を取れていない。
「……チャンス!」
目指すのはデパートの入り口、立ち止まっている暇はない。これは時間との勝負、あたしが少しでも遅れれば、それはそのまま相手が大勢を立て直す時間に繋がってしまう。
光の粒子を散りばめながら、あたしは包囲網の一部に急接近する――まずは目の前のこいつ、あたしに散々降参を進めてきたバカ男だ!
「……っ、この!」
バカ男はあたしに向けて右回し蹴りを放つが、そんなの当たる訳がない
右から迫りくる回し蹴りに対し、体を落として躱す。そこから地を這うような姿勢のまま反撃に移る。あたしは構えていた光剣を、体を捻りながら右斜め上に振りぬく。
「死になさい、このバカ男!」
「ぐぎゃあああああああああああああああ!」
バカ男はやられ役みたいな台詞で、どっかに吹っ飛んでいった。とりあえずさっきまで感じてた周囲のバカ分は減った。それだけでも勝った気分になるけど、油断はできない。
「相手は態勢は崩してるぞ!」
「囲め! 数はこちらが圧倒的に有利だ! 全員で抑え込むんだ!」
まだ周りには無数の敵がいる。油断どころか全く気を抜いていい状況ではない、完全に劣勢に立たされている……けど、
「この程度じゃ、あたしを打ち取るなんて無理なんだからね! ……バハムート四式」
「『ウロボロス』!」
あたしを守るように発生した無数の光の球体、それらから吐きだされる無数の光の槍。それがあたしを抑え込もうと近づいてきていた周りの敵に、面白いように当たって行く。
その様子を見て、あたしは少し口元を緩める――奥の手なんか使わなくても、この調子でいけば全員倒せるんじゃないか? そんな事を考える余裕は生まれた事による緩みだ。
現に『ウロボロス』が多くの敵に当たった為、敵の被害はそれなりだ。被害甚大とは言えないまでも、このままここに残って戦うのもありかもしれない。そう思わせるほどの被害は与えたと思う。
「……っ!?」
その時、あたしはようやくその事に気が付いた――どういう事? 『ウロボロス』の射程圏内に居たのに全くダメージを負っていない一団が居る……それに妙だ、その一団の左右に居る敵はしっかりダメージを受けている。
どういう事? まさか魔法を無効化する能……っ!
あたしの思考は自分に向けて放たれた『ウロボロス』によって遮られる。
攻撃を躱しながら攻撃が来た方向見れば、例の一団の一人が妙な形の鏡を掲げてほくそ笑んでいる――それを見てあたしは全てを理解した。
なるほどね。光を吸収して、放出する能力……そんなところかしら。いずれにしろ、あたしと相性最悪だわ。
っ……少し癪だけど、やっぱりここは当初の作戦通りやるしかないわね!
あたしは先ほどの攻撃で態勢を崩した奴らを光剣で切り付けて牽制したり、地面に倒れて起き上がろうとしてる奴らを踏みつけたり、とにかく前進する事だけを考えて行動した。今の状況では、少しでも前に進んだ方が有利だ――途中で「もっと踏んでくださいぶひいいいい!」という声が聞こえた気がするけど、多分気のせいだと思うわ。
「ぐはっ……」
「ぶひ!」
あたしはとにかく駆けつづけた。切って、踏んで、潰して、グリグリして、とにかく前へと進んだ結果。
「取りあえず第一関門突破!」
デパートの中に何とか駆け込む、あとは相手をあまり引き離さないように注意しながら、目標地点の四階まで進んで行くだけだ。
「楽勝ね。まあ、あたしならこんなもんね!」
言って、あたしは四階へと続く階段を駆け上り始めるのだった。
四階に辿り着いたあたしを待っていたのは、
「荘厳な光景だった……とかならロマンチックなんだけどな」
だけど現実はそう甘くない。あたしの目の前に広がっているのは電気屋だ、なんの変哲もないチェーン店の電気屋。
あたしは、あたしがさっきまで戦っていた駐車場が見下ろせる、一面ガラス張りの窓まで歩いていく。
「居たぞ!」
「ようやく追いつめたぜ……手間かけさせやがって」
窓から外を見ようとしたその時、あたしの後ろからかけられた声に、あたしは辟易した――はあ、少しは景色見せてくれればいいのに……これだからバカは嫌いなのよ。でも、仕方ないか。今はやることやっちゃわないとね!
「大人数でこんなところまで追いかけてきて、わざわざご苦労様!」
「カノちゃんは相変わらずだね。今ならまだ間に合うよ、降参しな」
近所のおばさんが言ってくる。
あたしは思わず両手の平に力を入れて、握り拳を作る。握られた拳は力を入れ過ぎたせいか、あたしの意思を無視してぷるぷると震えている。
「ほら、そんな震えるほど我慢しないで……」
「ぷっ」
ああもう駄目! 限界! 必死に我慢してたけど、これ以上笑いを堪えるのは無理だ。
背後の気配がざわざわしたものに変わる。あたしが急に吹き出したのを、みんないぶかしんでいるんだろう。これ以上じらすのも可哀そうだし、そろそろ終わりにしてんだから!
あたしは振り返って、背後に居る連中に思いっきり笑顔を向けてあげる。あたしがこんな笑顔するのはレアだ――自分で言うのもなんだけど、このあたしの笑顔見れたんだから、少しは感謝してほしい。
「ここまで来てくれてありがとう。べ、別に嬉しくなんてないんだからね!」
あたしは昔好きだったキャラクターのまねをしていたら、何時の間にか私の口癖みたいになってしまった言い回しをして続ける。
「あと、これであたしの勝ち……計画通りに動いてくれてありがとね! あたしの勝ちに貢献できるんだから、少しは感謝しなさいよね!」
「いったいどういう……」
「ふん、バーカ!」
あたしはおばちゃんの言葉を最後まで聞かず、バハムートで背後のガラスを割りながら、場窓の外へと身を躍らす。続いて体が重力によって下へと引っ張られる。
四階と三階の間くらいの高さだろうか? 四階からはおばちゃんが、あたしを慌てた顔で見ている――はたしてあたしを心配しているのだろうか? それとも、あたしを逃がしたことを心配しているのだろうか?
でも、そんな事は関係ない。だってすぐに何も考えられなくなるから。
あたしはデパートに手を向ける。これであたしの勝ちだ……、
「バハムート二式……」
「『ヨルムンガンド』!」
デパート至る所で爆発音が響いたかと思うと、ズゥウンという独特な鈍い音を立ててデパートは内側へと畳み込まれるように倒壊していく。
デパートからは叫び声の様なものが聞こえた気がしたが、今更どうする事も出来ないだろう。これで敵は間違いなく全滅した。
考えている間にも地面が迫る。あたしはバハムートを地面に向けて使い、それよって巻き起こる爆風で落下の勢いを弱め、ちょっと格好をつけながら着地する。
視線を上げると、目の前には完全に倒壊したデパートが見える。
「完璧ね!」
本当に完璧だ。
任意のタイミング破裂させられる光弾『ヨルムンガンド』をデパートの各所に仕掛け、拠点それ自体をトラップにしておいたのだ――もっとも本当に発動させる時が来るとは、微塵も思ってなかったけど。
それにこの前テレビで見た「爆破解体ベストスリー」なる番組から得た、なんちゃって知識で、ここまで綺麗に内側に折り畳まれるように崩れるとは思ってなかった――あたしはせいぜい、木端微塵になればいいかな、程度に思ってただけなんだけど。
「あたしって凄いかも!」
問題は粉塵というか……埃が凄いって事ね、早く帰ってお風呂に入らないと。
体が埃だらけだった――いつも手入れをしている髪の毛とかは特に酷い事になってる。さわっただけでも髪が埃っぽいのがわかる。今こうしている間にもどんどん埃が付着していると考えると、どうにかなってしまいそうだ。
「なんかおもちゃ屋で、何年も売れ残ってる人形みた……っ」
「もう一度言うよ。芥川カノ、お前の負けだ」
「あんた……何で生きてんのよ?」
あたしが憎々しげに後ろに首を向けると、そこにはあたしが最初に切り倒したはずのバカ男が立って居た――それだけなら何も問題はないんだけど、そのバカ男はあたしの背中にエアガンを突きつけている。
「僕の能力は一度だけ、どんな攻撃でも無効化する事ができるんだよ」
「……なるほどね」
それであの時の斬撃を無効化したわけ……嫌な能力。
「さあ、降参するんだ!」
誰がするか、このバカ男!
とはいうものの、実際かなりピンチよね。銃を突き付けられたこの状態では、体の動きを完全に封じられたも同然だ。おまけにあたしの命はバカ男の手のひらの上。
「……っ」
いくら考えても、あたしには逆転の手が思い浮かばなかった。背後を取られ、この状態に持ち込まれた時点で積んでいる。
終わり……か。
負けたくないな――そうだ、最後くらいバカ男に一矢報いよう。
「誰が降参なんてするもんですか、このバーカ!」
言って、あたしは眼を閉じた。
●●●
倒壊したデパートが見えた時、俺の胸の中は激しくざわついた――カノは無事なのか? その事しか考えられなくなった。会ってからまだ二日と立って居ないのに、俺は彼女の事が酷く心配だった。
何でだろう、何で俺はあいつの事を……。
「だああああああああああああ! わけわかんねえええええ!」
なんかイライラしてきた。何で俺がこんな訳のわからない気分にならないといけないんだよ!?
そんな事を考えながら、俺はデパートの周辺を見回っていると、俺のザワつきを大きくする光景が目に入った――バカそうな男が、カノに銃を突きつけいる光景が。
その光景は俺のザワつきを大きくするどころでは済まなかった……もっと大きな何かが、心の奥底から噴き出したのがわかる。それを感じた瞬間、目の前が真っ赤になった。もう何も考えられない、音すらも入ってこない。
俺は走る。いや、勝手に走り出していた。
そして、爪が肌に食い込むほどに拳を握り、
「何やってんだ、このクソやろおおおおおおおおおおお!」
「こ、コタロー!?」
カノが俺に気付き、続いてバカそうな男(バカ男と呼ぼう)が俺に気が付く。バカ男はとっさにこちらに銃を向けようとするが、
「させるかよ!」
顔面めがけて全力パンチ、ゲーセンにあるパンチ力を試すゲームに打ち込んだ時くらい綺麗に決まる――なんか最高に気持ちいい!
「ぐべぶっ!?」
くらった側も気持ちよかったのだろうか? バカ男は妙な悲鳴をあげながら飛んで行った。
「どうだ、見たか! ゲーセンで鍛えたこの俺の右ストレート! 黄金の右の威力!」
俺は右腕を天へとかざし、世紀末マンガみたいなポーズを取ってみる……よし、満足した。
俺はバカ男が立ち上がってこないのを確認してから、茫然としてこちらを見つめているカノの方に向き直り、声をかける。
「大丈夫だったか?」
「…………」
なんだ、なんか無視されてる?
俺は「カノ?」ともう一度声をかけてみる。
「な、なによぉ!」
「いや、だから大丈夫って……」
「大丈夫だもん! べ、別にあんたが助けに来なくても、あたし一人でなんとか出来たんだからね! だから、あたしを助けたからって調子にのったり……」
「ああ……はいはい」
カノは顔を真っ赤に染めたままわめきまくっている――相変わらずうるさい。というか、相変わらず言い方がムカつく。少しは感謝の言葉くらい言って欲しいものだ。
「ふん! ほんっとバカなんだから!」
カノはどこか嬉しそうな顔で言うと、手を組んでそっぽ向いてしまった。
さて、カノの話は一段落したみたいだし、俺も言いたい事を言わせてもらおう。
「なあカノ、お前さ……俺に何か渡し忘れてない?」
「なんかって何よ?」
これまで会った奴らは……そこで倒れてるバカ男も含めて、全員が耳にインカムをつけていた。仲間と連絡を取るために必要不可欠なアイテムだ。
「インカム」
「は?」
「俺さ、インカム渡されてないんだけど。俺って詳しくないからわからないけどさ、あれって拠点長からもらうもんじゃないの?」
「……あ」
この反応……間違いない――誤解だったら謝ろうと思ってたけど、この反応は間違いない。
俺が半眼でカノを見ていると、彼女はポケットから何かを取り出して、俺にそれを渡してきた。
「はい、これ! コタローのだから大事にしなさいよね!」
インカムだ。インカムを渡された……うん。
「今さだよね! どうすんのコレ!? 今更貰ってどうすんの!? つけるの? 今更つけるの!? ねえ、そうなの!? これつけるの!?」
「うっさいわね! 次から使えばいいでしょ!」
俺がインカムをつけると、
『敵の最後の拠点をとしたぞ!』
という、どこかで聞いたような声が聞こえてきた。
隼町内会のあった日の夜、俺はリビングでゆったりとしていたのだが、どうしても気になることがあった――うん、気になっている事を放置しているのはよくないよな。
「なあカノ?」
「なによ」
「いやさ……これ」
俺は今、俺の手に握られている隼町内会の景品を見ている。これはどっからどう見てもアレだ。そう、俺の手に握られているこれは……、
「缶ジュースだじゃねぇかあああああああああああああああ!」
「うるさああああああああああああい! もういい加減叫ぶのやめて、バカじゃないの!?」
「だってこれ! 缶ジュースだよ? アレだけ頑張って戦ったのに缶ジュース一本って……どこの参加賞だあああああああああ……ぁぁ……あははは」
カノの手が光り出したので、これ以上はやめておこう。
「しょうがないでしょ、参加人数が多いんだから! こういうチーム戦の場合は一人当たりに割ける金額が少なくなっちゃうのよ!」
「……なるほど」
納得は出来たけど……なんか納得いかない。なんという微妙な心境なんだろう。
でもまあ、
「楽しかったからいいか」
こうして俺の隼町内会初体験は終了した。