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荒ぶるカノじょ様  作者: 紅葉コウヨウ
3/7

第二章 私の初体験は高校生の時でした

「はっ!?」

 なんだろう? 凄く悪い夢を見ていた気がする。

俺は窓から差し込んでくる暖かな光で目を覚ます――何故か「光」という単語を思い浮かべただけで、先ほどの「悪い夢を見ていた」という感覚が戻ってくる。俺が寝ている間、もしくは寝る前に何かあったのだろうか? そもそも、俺は昨日いつ寝たんだ? その辺りの記憶がまるでない。

「たしか昨日は風呂に入って……あれ? 風呂入った後、俺ってどうしたんだっけ?」

 記憶の混乱を不思議に思いながらも辺りを見回すと、そこには見慣れない部屋があった。いつもの俺の部屋とは違う部屋、要は芥川家での俺の部屋だ――起きて最初に見る景色が変わると、なんかこう……新鮮な感じがするもんだな。いつもと違うと、何かいつもと違う良い事が起こりそうな気がする。

 そんな気分に浸っていたら、昨日の事なんかどうでもよくなってきた。俺はとりあえず着替えるためにベッドから降り、クローゼットに向かって数歩歩き、

「ん?」

 そこでようやく、俺は有ることに気が付いた。

「何で裸?」

 そう、何故か裸だったのだ。そりゃあもう完全に生まれたままの姿だ。下半身では息子が元気に自己主張している……うん、間違いない。今日もいい一日になる!

 俺は部屋の中央に立ったまま自分の体を見回すが、何度見てもどのように見ても裸だ――念のために説明しておくと、俺に裸寝るようなポリシーはない。寝る時は、まあ季節によるが……今みたいな六月の頭ならば、甚平を着て寝ることにしている。そんな俺が、

「なぜに裸?」

 アレだろうか? 寝ている間に宇宙人に誘拐されて、何らかの人体実験でも受けただろうか? そう考えると、なかなか胸が熱くなる展開だが、冷静になって考えると少し怖い。だって解剖とかされてるかもしれないんだぜ? 生きたまま解剖とか最悪すぎる。

「……うぅ」

 なんか朝から変なこと考えていたせいか、少し具合が悪くなってきた……うん、息子も心なしか元気がなさそうだ。しかし、今日は学校を休むわけにもいかない。

 今日は月曜日――転向初日となる日だ。さすがに転向初日から休むのはどうかと思う。

「いや、転向初日から休むのは、明らかになしだろ」

 俺は一人ごちて、とりあえず着替えようと再度クローゼットに向おうとしたが、

「コタロー、何時まで寝てんのよ! もう朝よ、いい加減起きないと許さないだからね!」

 と言いながら、俺の部屋へ入ってきたカノによって遮られた。

「…………」

「…………」

 状況把握開始。

 夏目虎太郎、全裸。

 芥川カノ、赤面。

 状況を論理的に考え、今しなければならない事を導き出す。そして、導き出された結論に従い、俺は胸と股間を押さえて叫ぶ!

「き、きゃあああああああああああああああああああ! カノのエッチ! へんたっ……!」

「死に晒せええええええええええええええええええええええええ!」

 芥川家が周辺が大破するほどの凄まじい祝砲と共に、俺の新生活は幕を開けた。


「はじめましてぇー、なつめぇこたろぉですぅ。よろしくおねがいしますぅ」

「…………」

 美蘇殿学園高等部、二年三組が俺のクラスとなった。そして今現在は昼休み、俺は隣の席のクラスメイトに、朝のホームルームでした自己紹介をバカにされている。

「しゅみはぁー、どくしょとぉげーむでぇす」

「…………」

 座席の位置は結構いい位置だと思う――窓際の列の一番後ろと、人によっては泣いて喜ぶほどの価値が有る席だ。転向初日からこの席に座る権利を獲得した俺は、どんなに控えめに言っても勝ち組だろう。

「これからぁー、なかよくしてくださぁーい」

「…………」

 右隣にこいつさえ存在しなければ、きっと俺の学園生活が素晴らしいものになっただろう。

 それにしてもコイツ、俺が隣に座った途端からこの調子だ。授業中などは、俺が落とした消しゴムを前方に思い切り蹴飛すし、担任が見てない隙にしょっちゅうちょっかい出してくる。そうして俺は確信に至った。

 こいつはいじめっ子だ。転向してきたばかりの俺に目をつけて、ひたすらイジメまくる気だろう。なんてたちが悪い奴なんだ。

 俺はゆっくりと隣に座る奴の顔を見る――うん、凄く陰湿でたちが悪そうな顔をしている。

「ふん、どんだけ普通の挨拶なのよ? でもバカなりに頑張ったと思うし、褒めてあげる!」

 俺の隣のクラスメイト、芥川カノは偉そうに足を組みながら、俺に話しかけてくる。話しかけられたら、今迄みたいに無言でいる訳にもいかない。なぜなら、こいつは無視すると切れるからだ。余計に面倒くさいことになるだけだからだ。

「自己紹介なんて、誰がしても似たようなもんだろ?」

「そんな事ないわよ、一流のあたしは自己紹介も一流なんだからね!」

「はあ? なんだよ一流の自己紹介って?」

「い、一流は一流よ! とにかくあたしの自己紹介は、個性豊かで特別なの!」

 個性豊かで特別な自己紹介って、いったいどんな自己紹介だよ? こいつ絶対に適当にいってるだろ……おそらく、俺をバカにしたいがために言っている。間違いない。

「言ってみろよ」

「え?」

「そんなに自信あるんなら、今ここでバカな俺にお手本見せてほしいなー」

 カノが「うぐっ」と固まる。

 やっぱり何の根拠もなく、ただ適当に言っていただけの、

「いいわよ! 言ってやろうじゃない!」

「!?」

 なんだと? まさか適当じゃなかったのか? こいつの自己紹介は本当に特別だとでも言うのか!? いや待て、冷静に考えるんだ俺。さっき「うぐっ」と動揺していたのは本当なのだし、今は取り繕っているだけかもしれない。というか確実にそのはずだ。

 ふっ、いいだろう――自らの勝利を確信した俺は、勝者の余裕と言わんばかりにカノの自己紹介を待つ。

「あんたのためにしてあげるんだから、ちゃんと聞きなさいよね!」

 カノは「おほん!」と口に手を当てると、席から立って自己紹介を開始した。

「美蘇殿学園高等部、二年三組 芥川カノよ! 二つ名は『漆黒のカノ』、呼ぶときはカノでいいわ! と、特別なんだからね!」

「…………」

 なんか来ちゃったああああああああああああああああああああああああああ!

 二つ名ってなんですか!? なんなんですか!? この学園の生徒はみんなもってるんですか? 俺が普通じゃないんですか? アブノーマルなんですか? おかしいのは俺だけなんですかああああああああああああああああああ!?

「あたしの魔法は……」

「まだ続くだと!?」

「あたしの魔法は『バハムート』。別名、龍の揺り籠よ! 必殺技は……」

「もういい! わかった! カノの自己紹介は凄い! 見直したよ! そして俺がどんなにバカなのかがわかった……ありがとう、カノ!」

 言って俺がカノの肩に手を乗せると、彼女は「ほ、褒めたって何も出ないんだからね!」と言いながら、頬をほんのり桃色に染める。

「あれ? でも一つ疑問に思ったんだけどさ、何で二つ名が『漆黒のカノ』なんだ?」

 こいつの魔法はバハムート。詳細は詳しくはわからないが、光を収束する魔法だときいて

いる。だったらイメージ的には、「閃光」とか白をイメージさせる方が相応しい気がする。「漆黒」ではイメージがまるで逆だ。

 俺の質問に対し、カノは珍しく素直に答えてくれようとしたが、

「ああ、その事ね。それは……っ」


『今から一時間後、隼町内会を開催します』


 突如、スピーカーから響き渡ったその音声によって、カノの説明は中断された。

 スピーカーからの音声はなおも続ける。

『バトル形式はウォーゲームです。各自、あらかじめ決められたチームに分かれ、それぞれの拠点へと移動してください。繰り返します、今から……』

「コタロー、行くわよ!」

 何が何だかわからず、茫然と放送を聞いていた俺の腕が掴まれる。掴まれた腕の方を見ると、そこにはカノが居た。さきほどは別人のような気配を漂わせたカノが居た――他のクラスメイトを見回すと、誰もかれも独特な気配に身を包んでいるような気がする。

 なんだこの感じ? このクラスの全員が、全身から他人を突き刺すような何かを放っている。俺はどこかでこれと同じものを味わっている。これは確か……、

「デパートのバーゲンセール?」

 そう、安い物を求めて争い合う主婦たちの戦場。

 今、このクラスはそれと似たような空気に包まれている。

「っ!」

 つまり、ここは戦場なのか? でも何で……さっきまであんなに平穏だったのに。

 そんな考えとは裏腹に、俺の中ではすでに一つの答えが出ていた。

「どうやら気が付いたみたいね」

「……カノ?」

「隼町内会が開催している間の隼坂町……織御島は、本当の戦場になるの」

 本当の……戦場。

自分ではない他の人物からその事実を言われ、俺は思わず喉を鳴らしてしまう。周りの空気が、戦場という言葉に相応しい程に張り詰めているのを――その現実をより実感したからだ。この場にこうしているだけでも、俺の精神力がガリガリ削られていくのがわかる。

 これが隼町内会。

 周りでクラスメイトが、それぞれ気合の掛け声などを掛け合っている。

 完全に舐めていた。所詮は町内会なのだから、遊びの様なモノなのだろうと思っていた――とんでもない、ここに居る奴らの眼は本気だ。全員本気で戦いに臨もうとしている。

 ここに居る奴らは全員、本気でこの戦いに勝ちに来ている。勝つために死力を尽くそうとしている。

 なんてバカバカしいのだろう。

俺は最初にそう思った。こんな訳のわからないバトルだかに本気になって……でも、なんて楽しそうなのだろう。こいつらを見ていると、不思議と胸の中に込み上げてくるものが有った。

 この胸に込み上げてくるものの正体が何なのかは、今はまだわからない。だけど、俺もいつかこいつらみたいに本気で……、

「とりあえず今は、あたしの言う通りにしなさい! 拠点に行く間に、今回の隼町内会のルール説明をするから」

というカノの言葉によって、俺の思考は突如途切れさせられる。

あまりにも咄嗟の事に、俺は「あ、ああ」と返事をするが、体を支配する妙な感覚のせいで、返事がそぞろになってしまう。しかし、彼女はそんな俺にお構いなしに会話を続ける。

「ふん! 別にあんたのために説明するんじゃないんだからね! 何も知らない奴がチームメイトだと、あたしが迷惑するから教えるだけなんだから!」

 カノはそこまで言い切ると、掴んでいた俺の腕を引っ張り、俺を立たせようと力を入れ始める。そんな彼女に俺は「ついていくよ」と返し、席からゆっくりと静かに腰を上げた。

 こうして俺達は、美蘇殿学園を後にするのだった。

 ……うん、でも一言だけ言っていいかな?

「授業は!? まだ昼休みだよ? 五時限目はどうすんの!?」

 余談だが、俺の最後の問いかけは無視された。ホールインワンを決めるくらい鮮やかに無視された。鮮やかすぎて涙が出てきたぜ!


 今回のルールはウォーゲーム。

 二つのチームに分かれて、それぞれの拠点を攻略しつつ、相手を倒していくバトルらしい。

 勝利条件は相手の拠点を全て攻略するか、相手のチームメンバーを全滅させるかのどちらか。

 敗北条件は、勝利条件を反対にする感じらしい。

 これらが俺達のチームの拠点に来るまでに、カノから聞かされた、ウォーゲームのルールだ。

「なんか質問有る? あんたはバカなんだから、どんどん質問しなさい! あたしが特別に何でも答えてあげるんだから!」

 言い方は相変わらずムカつくが、何でも答えてくれると言うのなら質問させてもらおう――ここで俺は「スリーサイズはいくつ?」とふざけたくなるのを必死に我慢した。それこそ血涙がでそうになるほど我慢して、我慢した結果。

「スリーサイズはいくつ?」

 結局、聞いてしまった。

 それに対してカノは、こちらの質問が聞こえなかったのか「はあ?」と返すだけだったので、さっきの質問はなかった事にさせていただいた――やはり、こういう時にふざけるのは良くない。ふざけるにしても、時と場ってのを考えなければ駄目だと思う。という事で本題、

「基本的な事なんだけどさ。相手の倒し方とか、拠点の落とし方はどうするんだ? いや、それ以前にチーム分けどう決まってんの?」

「チーム分けって、そんなの見てわからないの?」

 ……わかるか。

「チームは住んでる地区ごとに分けられるの。あたしと同じ家に住んでるから、コタローは当然あたしと同じチームね!」

 なるほど、ようやく納得いった。俺はさっきまで、こちらのチームのメンツの顔ぶれに疑問を抱いていたのだ。

 俺が辺りを見回すとそこには、美蘇殿学園の制服を着た小中高生、おそらく八おもちゃ屋や魚屋だと思われる商店街の人達、老若男女問わず様々な面子が揃っていた。

こうして見てみると、かなり混沌としたメンバーだ――俺が視線を向けた先では、ヨボヨボの爺さんが、シャドーボクシングみたいな事をしている。また別の方に視線を向ければ、幼稚園児らしき男の子が「我が剣が血を求めている」と言いながら、プラスチック製の刀を素振りしている。

 混沌だ。

 今この時、俺の前に混沌とした世界が顕現していた。そしておそらく、客観的にみたならば、この俺自身もその一員なのだろう。

「チーム分けの事はもう分かったでしょ? 時間ないんだから、さっさっと行くわよ!」

 少し機嫌が悪そうだが結局説明してくれるカノは、なんだかんだ優しいと思う。

 なお、カノによると、俺が先ほどした質問に対する回答は、次のようになるらしい。

 相手の倒し方はフルボッコ。とにかく相手が戦闘不能になるまで、ひたすらボコボコにしろとのことだ。特例として降参制度もあるらしいが、めったに使ってくる奴はいないらしい。

 拠点の落とし方は、それぞれの拠点に居る拠点長なる人物を倒せばいいようだ。

 隼町内会に初参加する俺にとって、このルールは幸いと言える――なんせ、あまり複雑なルールがないのだから。もし難しいルールが存在したら、今回の俺は何の役にも立てなかったはずだ。

「でもさ、拠点長ってどうやって見分けるんだ?」

「これよ、これ!」

 カノは自分の左腕を指差す。そこには派手な装飾をされ、「拠点長!」と書かれた腕章が巻かれていた。

 なるほどね、この腕章で見分ける訳ね……って、ちょっと待てよ。

「なあカノ、お前さっき言ってなかったか? 拠点長は拠点から出るのは禁止、さらに防衛戦以外の戦闘行為をしてはならないってさ」

「言ったわよ、それがどうかしたの?」

「俺はどうすればいいんだ? やっぱりカノの傍で拠点の守りを……」

「はあ? あんたみたいな雑兵は特攻に決まってんでしょ?」

「いや、でも俺……初心者だぜ? 初参戦だぜ?」

「……めんどくさ」

 こ、こいつ……何て言った? 今、面倒くさいと言ったのか?

「お前言ったよね!? 『あたしの言う通りにして』だのなんだのさ! ああいうのってアレじゃないの? 普通、一緒に戦ってくれる人が言う台詞だよね!? 面倒見てくれますよ的なやつだよね!? 放置ですか? 放置プレイですか!?」

「ぷ、プレイって……変態! バカじゃないの!? 一人でやってなさいよ! ……ふん、だいたいあたしの言う通りにするなら、あたしの言う通り特攻してきなさいよ」

「くっ、わかった……わかったよ。こうなったらデッカイ戦果でも挙げてきてやるよ!」

 それでカノの鼻を明かしてやる。せいぜい俺の事を見直しまくればいいさ――そうだ、この機に、俺の事をバカバカ言うのを止めさせてやる。

 そんな俺の内心をよそうに、カノは心底嬉しそうな笑顔を浮かべて、

「最初からそう言えばいいのよ、ほんとバカなんだから」

 はあ……なんかこいつの顔をみてると、どうにも調子が狂うんだよな。

「じゃあ最後にアドバイスとかねえの?」

「もうバカすぎて何にも言えないわ」

「そこを何とか……ってか、そんくらい教えろよ!」

「……うざ」

 こっちの台詞だ!

「とにかく強そうな味方が居たら、そいつに引っ付いてばいいんじゃない? バカなあんたでも生存率あがるでしょ」

 言い方はともかく、カノと言ったことはなかなか的を射ていると思う。たしかに初心者の俺が単独で特攻するより、強い味方にくっついていた方がまだましだろう。

「さて、じゃあ作戦タイムにするわよ」

 カノは「みんな、ちゅうもーく!」と大声で言いながら、拠点中央に設置された地図を指差す。

「こちらのチームの拠点の数は、こことここ……それにこことここ、最後にここの計五つよ!」

 この拠点に居た全員が、さきほどまでと打って変わって、静かにカノの説明を聞き始める――周りが一斉に静かになったのにも驚いたが、なによりカノがリーダーシップを取っていることに驚きだ。性格的にどう考えても、リーダーシップが取れる性格じゃない。

 しかし、当のカノは順調に説明を続け行く。

「現在、あたしたちが居る拠点はここ――町の一番西にあるデパートよ!」

 すると至る所で「おお!」と興奮交じりのざわめきが聞こえるが、何にそんない興奮しているのかまるでわからない。

「あたしたちの拠点は、敵の拠点から一番離れているわ! なおかつ、ここに来るまでには味方の拠点が二つ間にある……つまり、ここが攻撃される事はほぼないとみていいわ! されるとしても、バトルの終盤でしょうね」

 たしかに、敵の拠点は南東に集中しているため、この拠点とはかなり距離が開いている。カノの言う通り、間には味方の拠点が二つあるから、攻撃されることはまずないだろう。とか考えていると、攻撃されるフラグが立ちそうだから、あまり考えるのはよそう。

「ここで呼び名をつけるわ! あたしたちの拠点をA。拠点Aと敵の拠点、その間にある拠点二つの内こちらをB、残りのこっちをC。そして、北西にある拠点をD。最後に残った拠点をEとするわ!」

 ふむふむ、なんか少しこんがらがってきたが、まだなんとかなるレベルだ。

「拠点AからDは、それぞれ近くに味方の拠点があるから問題ないわ! 問題はここ……」

 カノは今までのハキハキとした喋り口調から、まるで苦虫を噛み潰したかのような表情になりながら、深刻そうに語り始める。

「拠点Eの位置が最悪だわ」

 見ると拠点Eが有る位置は、南東よりの北東――むしろ南東と言ってもいいかもしれない。

「味方の拠点から孤立しているだけでなく、敵の二つの拠点と隣接してるわ」

 そう、拠点Eは孤立しているだけでなく、敵の拠点二つと隣接しているのだ。おそらくだが、敵が一番最初に狙うのは拠点Eだろう――少なくとも俺が敵だったら、間違いなく拠点Eから狙う。

 どうするんだ、カノ? 

 俺の心の中の声に答えるかのように、カノは言う。

「あたしが今から言うメンバーは、拠点Eの援護に向って! おそらく他の拠点からも援護が行くと思うけど、援護は多いに越したことないはずよ!」

 あたりから一斉に「うおおおおおおお!」と熱い歓声湧き上がる。窮地に陥っている仲間を救いに行くのだ、心躍らない訳がない。男にしろ女にしろ、きっと誰しもが熱くなる展開だろう……もちろんこの俺も!

 カノが順番に名前を告げていく、そしてついに俺の名前が……!


 呼ばれなかった。


 ……うん。

「なんでだよ!?」

「またぁ? 毎回なんなのよ?」

「いやいやいや! 言ったよね!? カノさん言いましたよね? 虎太郎さんは特攻って言いましたよねえええええええええええええ!?」

「ああ、あんた救援部隊に参加したかったの?」

 俺が無言でカノの眼を見つめる。髪の毛と同じで、優しそうな栗色の眼だ。しかし、そんな優しい眼とは裏腹に、彼女は俺にとって残酷な真実を突きつけてくる。

「あんたバカでしょ? コタローみたいな初心者を行かせたら、即行でやられるに決まってるじゃない。救援って言い方を変えれば、敵だらけのところに突っ込んでくことなんだからね?」

「だ、だって俺は特攻が仕事なんじゃないのかよ?」

 どうしても熱い戦いに参加したかった俺は、苦肉の策でカノがさっき言った事を逆手に取ってみる。

「バカすぎるわね。やられるとわかってる奴を突っ込ませるのは、けっして特攻とは言わないわ……それは自殺よ!」

 カノは腰に手を当て、こちらにビシッと人差し指を突きつける。

「あたしはそんな事をさせたりしないわ! 仲間に自殺を命令したりなんか、絶対にしないんだから!」

「……っ」

 俺は思わず何にも言えなくなってしまう。カノの言葉が正しかったからではない、彼女の言葉の何かが、俺の胸い届いたからだ――そして、こいつがリーダーみたいに振る舞っている理由が、なんとなくわかったからだ。

「わかったよ……じゃあカノ、俺は何をすればいい?」

 カノは「ふん!」と言って腕を組み、俺に背中を向ける。

「特攻よ! 敵に特攻すればいいの! ……だけど、あたしがさっき言った方法で少しでも生存率をあげなさい。死んだら許さないんだからね!」

「おう!」

 心地よい初夏の風が吹く隼坂町、俺は隼町内会初体験をする事となった。


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