第一章 巻き込まれてビームソード
「はあ……なんでこんな事に」
時刻は夜九時過ぎ、俺は暗い道を一人で歩いていた。
あの大爆発の後、目を覚ますと何故か町は元通りに戻っていた。ひょっとして全て俺が見た幻だったのだろうか?
でもそれは考えたくないな……何が悲しくて、昼間からビームソード持った美少女の幻を見なければならないん……ま、まさか! 俺は美少女に痛めつけられたい願望でもあるというのか!?
「……あほらし」
自分で考えていた事のあまりのバカらしさに、俺は思わず呟いてしまう。
「つーか、どうしよう。いい加減なんとかしないとヤバいよな」
あの大爆発に巻き込まれて、五体満足だったのは非常についているんだろうけど(あれが俺の妄想でなければだが)、俺は今かなり困った事態に直面している。現在の状況を比較的簡単な言語で単純に表すのなら、
道に迷っているのだ。
かれこれ七時間以上は余裕で迷っているように思う、それに何より、
「腹減って死にそうだ」
一時間ほど前から、俺の腹は自分の存在を主張するかのように「ぐぎゅるううううううう」などと唸り声をあげている。そんなに繰り返し主張しなくてもわかってるから、少し黙っててほしい。
本来ならば今頃、俺はお世話になる家で温かいご飯を御馳走になっているはずだったのに……だったのに!
ぐぎゅるううううううううう、ぐぎゅううううううううう。
「……うぅ」
何でこんなひもじい思いをしなくちゃならないんだ――くっ、それもこれもあのビームソード女が、俺を訳の分からない何かに巻き込んだせいだ!
というのも、あのビーソードを持った美少女(略してビ女)に絡まれたあの時、俺はいったい何をしていたか?
答えは簡単。
俺はあの時、リュックから滞在先となる家の地図を取り出して、手に持っていたんだよ! そりゃあもう大事に持っていたさ。なんせあれがなければ、俺は目的地に辿り着けずに迷子になるしかないのだから。
「今みたいにね!」
「ひっ」
……えーっと、なんか向こうから走ってきていたランニング爺ちゃんが、そそくさと方向転換して引き返していった。
俺は思わず額に手を当てて、げんなりする――メチャクチャ恥ずかしい。というか、あの人にダメもとで道を聞けばよかった。もう後の祭りだが。
「今日は本当についてないな、過去最高についてない気がする」
この町での滞在一日目からこれとは……我ながら本当に大丈夫だろうか?
話を戻すが、それもこれもあのビ女のせいだ。
あのビ女に絡まれた後に発生した大爆発、俺はアレに巻き込まれて気絶しまったのだ。そして目覚めたら、なくなっていた。
地図がなくなっていた。
おそらく爆風でどこかに飛ばされたのだろう。俺は辺りをそれこそ必死に探し回ったが、その苦労は結局無駄に終わった。
「はあ……思い出しただけでも鬱になりそうだ」
地図に書かれた情報で唯一覚えているのは、滞在先のご家庭の名前が「芥川」だと言う事だ。あまり見かけない苗字なので、見つかればすぐに分かると思うのだが、いかんせん現実はそう簡単には……、
「ん?」
俺はやや急ぎ足で、先ほど通り過ぎた家の前までバックする。
戻ってきた俺の眼に映るのは、木造建築の昔ながらの日本家屋。
まさか、まさかまさかまさか! 否応なしに早まる胸の鼓動を抑えつつ、俺はその家の表札を、穴が開くほどに見る……見つめまくる。
そこにはこう記されていた。
芥川
こ、これは!?
「きたああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
「ひっ」
……なんか何度もごめんね、ランニングしている方々。まあ傍からみたから完全に不審者だよな、夜の誰もいない道で叫んでる男が居たらさ。
「さて、今は気を取り直してっと」
俺は家の玄関に設置されているインターフォンを鳴らす。直後、夜に道に響き渡るピンポーンという、やや間延びした音。
頼むぞ! ここまで来て「芥川さん」違いだったとかやめてくれよ!
俺が一人切実に祈っていると、インターフォンから声が聞こえてくる。
『はい』
「あ、えーと……今日からこちらでお世話になる夏目虎太郎です。来るのが遅れてすみません」
すると、少しの空白の後、
『い、今いくから待ってなさい!』
ガチャっと音を立ててインターフォンが切られる。なんだろう? 少し機嫌が悪そうな感じがしたけど……やっぱり来るのが遅かったせいで、怒らせてしまったのだろうか? だとしたらビ女め、いったいどこまで俺に迷惑かける気だ!
島に訪れたばかりの俺に、というか初対面の俺にいきなりビームソードを突きつけるだけでなく、あんな意味の分からない大爆発に巻き込んで――今度あったら絶対に何か一言言ってや……、
「あれ、あんた……?」
開かれたドアから、俺の思考を遮ってそんな声が聞こえてくる。
俺はややうつむいていた顔を上げる。するとそこに居たのは。
「お、お前は……あの時のビームソード女!?」
「はあ!? 誰がビームソード女よ!」
女の子は可愛らしく頬を膨らせながら、俺の方へと歩いてくる。そして俺の胸を小さな手で指さしながら、
「あたしはカノ、芥川カノよ! ビームソード女じゃないわ! だいたい何なのあんた? こんなに遅れて来た癖に、第一声がそれ? あたしがどんだけ待ったと思ってるのよ!」
「いやいやいや、ちょっと待てよ! ちゃんと第一声は謝罪だっただろ!?」
「インターフォン越しでしょ? そんなのノーカンよ、ノーカン!」
な!? いったいどういう理屈だよそりゃあ……ん? というか何かおかしくないか? 何で俺が怒られてるんだ?
少し考えてみたけど絶対におかしい。だって俺がこんな事になったのは、
「ビームソード女、謝るのはどう考えてもお前だろうが!」
「ま、またビームソード女って言ったわね! ゆるさない、許さないんだから!」
ビ女は「ビームソード女」と呼ばれるのが、よほどお気に召さないのか、子犬の様にキャンキャン吠えている――そんな姿を見て、不覚にも可愛いと思ってしまったのは内緒だ。
「と、とにかく……俺がこんなに遅れたのはお前のせいだろ!」
「何であたしのせいなのよ!」
何で? 何でだと!?
くっ、こいつ本当にわかってないのか? いいさ、だったらこの俺が分かるように、直接教えてやる。
「お前が俺を巻き込んだうえ、大爆発の中に放置したからだろうがああああああああああ!」
俺はビ女の手首を掴んで思いっきり叫んでやった。ふう、これで少しはスッキリしたぜ。
「……なさい」
何やら声が聞こえたので、俺はビ女の方を見る。するとそこには顔真っ赤にして、俺に掴まれた方の手を発光させる彼女の姿が……って待て! この展開ってまさか!?
俺の脳裏には昼間の大爆発が瞬時にフラッシュバックする。走馬灯ではないことを祈りたい。
「は、離しなさいよ……こ、こここ、このへんたあああああああああああああい!」
カッ
まるで空気を切り裂いたかのような激しい音と共に、俺の視界を暴力的な光が埋め尽くす。意識が途切れる直前、俺はふと思ったのだった。
あ、これってデジャヴ?
「はい、ごめんさい。芥川さんの言う通りです」
「ん、わかればいいのよ!」
似たような展開で、またしても気絶してしまった俺だったが、今回はほんの数分で覚醒する事が出来た。
理由は至極簡単、ビ女こと芥川さんが俺を起こしてくれたからだ――まあ正確には起こしてくれたのではなく、片足を掴まれてここに運ばれている途中、段差に頭を強打して目が覚めたのだが……細かい事は気にしないでおくとしよう。
「ちょっと、何急に黙ってんのよ?」
「うっさいな、ちょっと考え事してるんだから黙ってろよ」
「な、何よ! せっかく心配してあげたのに……だいたい態度デカイわよ、あんた! 自分がどういう立場だかわかってんの?」
はあ……何でこんなことになっているんだろう? これは何かの天罰か何かか? だとした神様よ、多分あんたは人違いしている。俺は天罰が当たるような事してないっての。
説明が遅れたが、俺が居るのは芥川家のリビングだ。
芥川家は見た目は純和風家屋の癖に、中に入ったらまさかの洋風一色。床とかフローリングだよ。さっきみたら床暖房まで完備……外装と内装のちぐはぐ感が凄まじい。
とにかく俺は今、芥川家のリビングに居る。どこかヨーロピアン調ただよう丸テーブルを、芥川さんと一緒に囲んでいる。
芥川さんはよく喋るので、会って間もない人同士が醸し出す嫌な空気は流れていない――その点は幸いだった。しかし、
「何とか言いなさいよ!」
うるさい。
さっきからこの調子で、永遠と怒鳴りまくられている。まるでバグって永遠と同じことを喋り続ける、ロールプレイングゲームの登場人物のようだ。
とはいえ、芥川さんが言う通り、俺の立場は偉そうに出来る物ではない。俺はあくまで泊めてもらう側の人間なのだから。
それにこれ以上、ガーガー言われるのも面倒だ……よし。
俺は度重なる怒鳴り声のせいで、ガリガリに削れた心に鞭打って彼女に話しかける。
「えーと、じゃあいくつか聞きたいことがあるんだけど」
俺が言うと、彼女は何がそんなに嬉しいのかわからないが、凄く嬉しそうに「な、何よ?」と言う。心なしか桃色に染まった頬が、何とも言えない可愛らしさを……って、何考えてんだ俺?
「芥川さんは……」
「カノ」
「は?」
「カノって呼んで、芥川って呼ばれるのは好きじゃないの」
「……じゃあ、カノは何なの?」
「あんたバカにしてんの? 人間に決まってんでしょ!」
「そういう事じゃねえから! 誰もお前の種族なんか聞いてないから!」
「何そのテンション? ……キモ」
うぐっ、仮にも美少女からキモイ発言。なかなか心に突き刺さるものが有るな。
「お、俺が聞きたいのはだな。お前が昼間にビームソード振り回してた理由だよ、アレはいったいなんな……」
「はあ? ビームソードなんかじゃないんだからね! 私の魔法に変な名前つけないでよね!」
本当にいちいちうるせえな。でも待てよ、今何か聞き捨てならない事を言ってなかったか?
「今、魔法って言ったか?」
確認の意を込めて、俺がカノに問いかける。すると彼女は小さくもなく大きくもない、実に普通な胸を逸らしながら「よくぞ聞いてくれたわ!」と言った感じで喋りした。
「そう、魔法よ! あたしの魔法『バハムート』は光を収束させる魔法なの、あんたがビームソードビームソードうっさいのは、あたしの魔法で作り出した剣よ! つまり、光を収束させて剣の形にしてるのよ!」
「……ちょっと待て」
「何よ?」
カノがせっかく気持ちよさそうに説明しているところ悪いが、俺はどうしても口を挟ませてもらった。
「何で魔法なんか使えんのお前?」
「使えるから使えるのよ! そんな事もわからないの? あんた変態なだけじゃなく、すっごいバカなのね!」
……我慢だ、大人になれ! こんな事でいちいち怒ってたら、この先大変な事になる――考えても見ろ、俺はしばらくこいつが居る家庭で暮らさなければならないんだぞ!
ハゲる。
カノのいう事をなるべくスルー出来る心を身に着けなければ、ストレスで俺は絶対にハゲる。家族の下に帰った時、妹から「お兄ちゃんのハゲ~!」などと言われてはたまらない。
「わ、わかった。魔法の件はもういい、カノが魔法を使えるのは普通のことだ。きっとこの島には、お前みたいな魔法使いがウジャウジャいるんだろ?」
「ほんっとバカね! あたしクラスの魔法使いがウジャウジャ居る訳ないでしょ……っていうか、あたしはあたしが魔法使いなんて言ってないんだからね!」
「じゃあ何なんだよ?」
「魔法が使える人間よ!」
「……さいですか」
もう突っ込んだりしない、「魔法が使える人間を、魔法使いって言うんだよ!」とか突っ込んだりしない――ありのままを受け入れよう。心を空にして、そこに全てを受け入れるんだ。そうすれば道が開かれるはず。新たな世界への道が!
「わかればよろしい! それで、他に質問はないの?」
こいつに何を聞いてもまともな返事が返ってこないような気がする。魔法の件だって全く納得できていないし。でもまあ郷に入れば郷に従えと言うからな、きっとこの島では魔法が使えるのだろう……というか、カノがまともに答えてくれない以上、そう納得するしかない――それになんかそう考えたら、全てが許せる気がしてきた。ここは魔法が使える魔法の島なんだ! あははははは! 楽しいな、わーい! 俺もいつか魔法使いになるんだ!
うぉほん! ……さて、あと質問したい事と言えば、
「うーん、じゃあ昼の何だったの?」
「何って何よ?」
「だから、お前がビームソード振り回して戦ってたやつだよ。なんで戦ってたんだ? それとあの時、俺に何か聞いてきただろ? あれってどう意味だ?」
「そんな事もわかんないの? ほんっとバカ……仕方がないから、あたしが教えてあげるわ。本当に仕方なくなんだからね!」
カノは口では面倒くさそうに言っているが、口元がほころびとても嬉しそうだ――ったく、何なんだよコイツは、なんか調子が狂う奴だな。
「あれは隼町内会よ!」
「…………」
「…………」
えーっと、何? 少し整理してみようか。
「まさか今ので説明終わり?」
「え、そうだけど?」
あ、そうなんだー。アレで説明終わっちゃったんだー。凄い簡潔でわかり安い説明! カノが塾の講師をやったら、生徒はみんな大学合格間違いなしだね! ……って、
「ちょっとまてえええええええええええええええええええええええええええい!」
「な、何よ!?」
俺が言うと、カノは体をビクっとさせる。驚かしてしまったのだろうが、そんな事はどうでもいい!
「アレで説明終わりかよ!? わからないから! 誰も大学合格しないから! みんな落っこちちゃうから!」
「は、はあ? 何言ってんの? 急にどうしたの……大丈夫?」
「よし、大丈夫じゃないのはどの辺りか考えてみようか?」
「あんたの頭」
なるほど、俺の頭か。
「ちがあああああああああああああああああああああああああああああああう!」
「ああもう! さっきから何なのよ!? ほんっとうっさいわね! 今何時かわかってんの? それとも時計も読めなの? さすがバカね!」
「時計くらい読めるわ! 十時だろ十時!」
「だったら静かにしなさいよ! 近所から怒られるのはあたしなんだからね!」
くっ、思わぬ攻撃。いきなり正論を振りかざしやがって!
「わかった、俺も熱くなってた。ここはお互い冷静になって話し合おう」
「『も』『お互い』? 熱くなってたのはあんただけでしょ? バカじゃないの?」
……はい! 冷静になろうか! 虎太郎くんなら冷静になれるよ! 小学校の時の通知表にも「虎太郎くんは普段はとても静かでいい子です」って書かれたくらいだからな。
「つまりカノはあの時、隼町内会なるものに参加していた。それでビームソード振り回してたって事でオーケー?」
「うん、間違ってはいないわね……ちょっと待ちなさい! ビームソードじゃないって言ってるでしょ! あんたさっきもビームソードって言ったでしょ! あたしのビームソードは『バハムート』っていう魔法よ!」
「アアハイハイ『バハムート』デスネ~」
って言うかコイツ、今自分でビームソードって言ってたぞ――ふっ、やれやれだぜ。
何故か俺は突然余裕が出てきた。そう、こんな頭が少し弱い女の子に、むきになってどうする。
「ふふふ」
俺はやや暖かい視線をカノへと向ける。
「な、なによぉ?」
「いや、なんでもないよ!」
「むぅ、なんかムカつくわ! あんた、あたしの事バカにしてんでしょ?」
「は? どういう言いがかりだよ?」
まあバカにしてたけどさ。
カノは頬をぷぅっと膨れさせて、お怒りモードだ。ぶっちゃけ、リスみたいでまるで怖くない。怖くないけど、また怒鳴られるのも面倒だし、ここは話の続きでもしてカノの気を逸らさせてもらおう。
「まあ『バハムート』の話は置いておいて、さっきの話に出た隼町内会について知りたいんだけど」
この隼坂町で生活する以上、隼町内会なるものは確実に俺の生活に絡んでくるはずだ。となればどんなものか知っておいて損はないはずだ。それだけでなく、その町内会があんな爆発の原因となるのなら、なおさら知っておきたい。
うん、知っておかないと危険だ。知っておかないと下手したら命に関わる。
「さっき説明したのにまだわからないの?」
言って、カノは俺をバカにしたような顔をする。なんかもうイライラしなくなってきたかもしれない、我ながら対応するのが早いな――そういえば昔、小学校の通知表に「世渡りが上手です」って書かれたっけな。まあ俺の栄光ある小学校時代の話は、またいつかするとして、
「もうちょい詳しく教えてくれないかな? ほら、俺ってこの町来たばっかで、この町のこと何にもわからないからさ」
「いや、あんたムカつくから教えない」
わーい! 前言撤回だこのやろー……やっぱり凄くイライラします。しかし我慢だ! 耐えろ俺!
「さっきの事なら謝るから、ごめん! この通りだから!」
俺は内心のイライラを押し殺しつつ、顔の前でパンッと手を合わせて謝る――やっといてアレだが、いまいち納得いかない。
「ふ、ふん! 最初からそういう態度に出ればいいのよ! 仕方がないから、ほんっとーに仕方がない、このあたしがバカなあんたにもわかり安く……」
「……虎太郎」
「へ?」
「お前の事をカノって呼んでんだから、俺の事も虎太郎と呼べ! 俺の名前はバカじゃない!」
ここだけはどうしても我慢できなかった。
「生意気な奴ね、でも一理あるわ!」
カノは腕を組んでモジモジしながら、
「えと……えっと、コタロー?」
「あん?」
「~~~~っ! 何でもないわよバカ! と、とにかく隼町内会について教えてあげるわ!」
途端に顔をリンゴの様に真っ赤にして、わたわたし始めるカノを見ながら俺は思うのだった――可愛いんだけどなあ……性格がなあ……はあ。世の中そううまくはいかないもんだ。
「隼町内会……それはバトルよ!」
カノはつい先ほどまでの様素とは打って変わって、瞳に野望の炎を灯した戦人の様に高らかと宣言する。しかし、言っていることは全く理解できない。俺の頭の中は「町内会で何でバトル?」という事でいっぱいだ。
と、考えていたところで、俺はふと嫌な予感に襲われる。それはまるで天啓のように俺の頭にもたらされた。
まさかこいつ、またこれで説明終わらせるだけじゃないだろうな? い、いや待て! いくらカノでも、いい加減ちゃんと説明してくれるはずだ!
俺が消えそうなたき火を見るような心境で、カノの事を見る――消えるな! 頑張るんだ! 消えちゃだめだ! 燃えろ……最後まで燃えろ!
すると、俺の願いが通じたのか、カノが再び口を開く。
「これだけじゃ、バカなあんたはわからないだろうから、もっと詳しく説明してあける……特別なんだからね!」
言い方はともかく、ちゃんと説明してくれるらしい。これで一安心だ。
「このバトルは基本的には、島民全員参加なの」
「ふむふむ」
俺はカノの機嫌を損ねないように、聞いてますよアピールで露骨に頷く。それに気をよくしたのか、カノはまるで花が咲いたかのような笑顔で、嬉しそうに続ける。
「それでね、参加者は優勝目指して戦うの!」
「ふむふむ」
「…………」
「…………」
ん? 終わり? え、嘘だよね?
「何よ、そのもの欲しそうな顔は? まだ何かあるの?」
はい来ました! 説明終わっちゃいました!
俺は黙って「?」と首を傾げているカノを半眼で見る。すると何を勘違いしたのか、
「っ!」
何かに気が付いたかのように、一度だけ目を大きく開いた後、うつむいて顔をどんどん赤くしていく、もはやリンゴなんかじゃ形容できない。だって頭から何か湯気出てるもん。
うん……なんか絶対によくない勘違いを、
「だ、ダメなんだからね!」
今度は俺が「?」と首を傾げる番だった。
「いくら二人きりだからってその……あ、あたしにそういうの期待しないでよね!」
ワッツ!? 何言いだしてんのカノさん!?
「そ、そういうのは……大人になってから何だから……」
言ってカノは急にモジモジしだす――そんな仕草が、女の子らしくて実に可愛い。
なるほど、確かにそういうのを期待したくなる可愛さだ……って!
「違うから! 全然違うから! 呆れてお前の事見てただけだから!」
「は、はあ!? 何であたしに呆れんのよ!?」
なんで?
「抜けちゃったよね!? 大事な説明抜けちゃったよね!?」
いつ? どこで? どのようにして? 色々抜けちゃったよ!
これじゃあ、ルールがわからないスポーツに参加させられて、勝ちなさいとだけ言われたようなものだ……うん。
「絶対に勝てないから! スポーツマンシップのかけらもないから! ちゃんと説明しようよ! ルールはどこに行ったんだああああああああああ!」
俺はついついテンションが上がってしまって、「カムバアアアアアアアック!」と叫んでしまう。と、同時に俺の視界を光が覆い、何かが頬をかすめて飛んで行った。
後ろを振り返ると、壁に刺さったビームソード……頬に触れた手には血が付いている。その事態を引き起こしたであろう張本人は、無表情でただ一言。
「うるさい」
「……ごめんなさい」
「かなり遅いけど、いい加減ご飯にするわ! あたしの手料理なんだから、ありがたく食べなさいよね!」
台所からラップがかかった夕食を持ってくるカノを見ながら、俺は全く関係のない事を考えていた――今の俺は全てを諦めている。もうカノから隼町内会について聞くのは無理だ、時には諦めも肝心なんだと悟ってしまった……諦めないと終了になる試合もあると。
などと考えている内に、カノがテーブルに二人分の料理を並べ、それぞれに掛かったラップを外してくれる。そこで俺は「ん?」と内心疑問に思ったことがあったので、
「カノもごはんまだなの?」
「そうだけど、なんか文句あんの?」
……不自然だ。普通に考えたら、毎晩ご飯がこんなに遅い訳がない。ということはつまり、これはアレか?
「ひょっとしてさ、俺の事待っててくれてたの?」
「~~~~~~っ!」
ああ、途端に恥ずかしがるカノを見てわかってしまった。きっとカノは、今日来る俺のため食べるのを我慢していてくれたのだろう。
俺は今更ながら、自分の腹が猛烈に自己主張していてことを思い出す。きっとカノのお腹も同じ状態のはずだ――悪い事をしてしまった。遅れたそもそもの原因はカノにあるとしても、あくまで遅れたのは俺だ。となれば、言わなければならない事が有るだろう。
食事の準備を終えて、席に着いたカノに俺は言う。
「ごめんな」
すると、彼女は「ふ、ふん!」とそっぽを向いてしまうが、その後すぐに小さな声で、
「心配だったんだから……ばぁか」
そんなカノに俺は頬をかきながら、苦笑いしてしまう。
さて、そろそろ腹も限界近いし、食べるとしますかね!
「じゃあ食べようぜ!」
「あんたが言うな!」
「はは、それもそうだな」
こうして俺達二人での初めての夕食は、かなり遅めに始まった。
明日から通う美蘇殿学園の話や、俺のどの様なところがバカなのかという話に花を咲かせつつ、楽しい夕食の時間は過ぎていく――いや不思議だ。腹が満たされていくせいか、自分がバカだと言われても、笑って返せるぜ!
そんなこんなしている内に、俺はまたしてもカノに聞きたいことが出来た。
「あのさ、カノ?」
「ふぁにお?」
……食いながら喋るな。すぐに反応してくれたのは嬉しいが、お行儀が悪い!
「俺の母さんの後輩、カノのお姉さんって今どこ?」
「おねえふぁん? おねえふぁんふぁいあふぁふぁいお」
うん。
「口の中の物を見込んでから喋ろうか! 何言ってるかわからないから! 口の中がパラレルワールドになちゃってるから!」
「っんぐ……はあ? あんたって時々、意味の分からないこというわね」
「お前が異世界言語喋るからだ!」
「うっさいわね! ……で? お姉ちゃんがどこに居るかを聞いたいんだっけ?」
「そうだよ、何回もいわせんな」
「何その態度? バカの癖に生意気、ほんっと嫌になるわ!」
「はいはい、そりゃあ悪うございましたよ。んで? お前のお姉さんはどこだ? 出来たら早めに挨拶したいんだけど」
「バカのくせに殊勝な心がけね、少し見直したわ! でも残念、今ここにお姉ちゃんはいないわ!」
ん? じゃあどこに居るんだ? まあいずれにしよ、帰ってきたらすぐに挨拶を、
「お姉ちゃんはハワイに行ってるの!」
「…………」
ああ、なんかとんでもない事言われた気がする。気のせいだよな? 気のせいだと言ってくれ!
「ハワイから帰った後は、そのまま本土を一周するって言ってから、当分帰ってこないん思うわよ」
「ぐはっ!」
思わぬ追い打ちに、俺は頭を抱えてしまう。
完全にアウトおおおおおおおおお! 意味わからないから! 何ですかそのフリーダムぶりは!? 俺の事は完全に無視ですかお姉さん!
甘く見ていた――よく考えれば、こいつの姉がまともな訳がないんだ。なんかだいぶ失礼な事を考えている気がするが、声に出さなければ問題ないだろう。
「ちょっと! ごはん飛んだじゃない! 行儀悪いわね、バカじゃないの!?」
「お前に言われたくねえよ!」
「なに? 何でそんなに興奮してんの?」
それは芥川姉妹が、俺の想像を超えて凄まじかったからですね。それ以外に理由なんてないと思います。
「まさかあんた……あたしと二人きりだからって……お、襲う気じゃないでしょうね?」
カノはまたしても頬を染めながらモジモジしだす。
ふふ。
「それ以外の理由きちゃったよ! もう虎太郎さんビックリだよ!」
「は、はあ?」
俺への侮蔑を最大に含んだ「はあ?」を聞きながら、俺は一人もくもくと食事を開始した――きっともう何を言っても無駄だ。ならば、せめて今この食事を美味しくいただこう。
「何で黙るのよ! 何か言いなさいよぉ!」
芥川家に来てから初めての夕食は、こうして終わりを告げた。
「ここが俺の部屋か、想像以上にいい部屋だな!」
食事の後、俺はカノの案内で俺の部屋へとやって来た。正確に言うのなら、俺の部屋になる予定のもと空き部屋へやって来た。まあ今から俺が住むんだし、俺の部屋で間違いないだろう。
カノに「あんたの部屋に案内してあげるわ!」と言われた時は、芥川姉妹クオリティのせいで色々心配だったが、俺の心配は杞憂に終わった――俺はてっきり階段下の物置とかに住まわせられるのでは? と、内心かなりハラハラしていたのだが、実際に案内された部屋は日中の日当たりがよさそうで、広さも高校生にしては十分以上な大きさの部屋だった。つまり凄くいい部屋だ。
ちなみに、俺の部屋の向かいがカノの部屋だ。カノは俺を案内するなり、自分の部屋に戻って行ってしまったので、今は完全にフリーな時間。
「さーて、後は俺の荷物を整理していくだけだな」
していくなんだけなんだけどな。いまこそするのにベストなタイミングなんだけどな。
「めんどいな……」
今日は色々あったから疲れた。本当に色々有ったから疲れた。その大半がカノ関連の事の様な気がするのは気のせいだろうか?
「風呂入って寝るかな」
別に急いで整理しなければならない訳ではないし、こんなに疲れ切った体と頭では確実に効率がよろしくない。勉強でもそうだが、こういう時は寝るに限る!
「って訳で風呂ふろー」
俺は先ほどカノから教えてもらった風呂場に向かう。
向かう途中、マンガとかだとこういう場合、すでにカノが入ってて「きゃあああああああ!」ってパターンだよな……とか思うが、俺はそんなお約束は守らない!
風呂場の脱衣場へ続くドアの前へ着いた俺は、聞いたら誰しもが反応したくなるような、軽快なリズムでドアをノック! 俺は将来ドラマーになれるかもしれない。
「…………」
念のためしばらく待ってみたが、中からの返答はなし。
俺はドアを開ける、するとそこには誰もいない。と、普通の人なら思うだろう。しかし俺は万全を期すために、脱衣カゴの中身を確認する――ここを見れば、万が一風呂場にカノが居てもわかるからな。まあ、もし本当に居た場合、脱衣カゴのなかの下着類をみてしまうわけだが、裸のカノと鉢合わせよりはましだろう。もし、そんな事になったらどうなることやら。
などと心配していたが、カゴの中は空だった。これでもう風呂場は俺以外誰もいない。
「さて、これで俺の安全は保障された!」
あとはゆっくり風呂に浸かるだけだ。
「……っ!」
しまった! 風呂に浸かったまま、少し寝てしまっていた。おそらくそんなに長い時間ではないが、あやうく死ぬかもしれない所だったぜ!
思った以上に疲れてるみたいだな。風呂場で寝たって、疲れが取れる訳じゃないし、さっさっと上がって寝よう。と、考えながら俺は浴槽から出て、ドアに向けて両腕を上げ思い切り伸びをした。
そして悲劇は起きた。
ガチャと音を立てて引く風呂場のドア。
空いたドアの向こう側に居たのは、生まれたままの姿のカノ。俺は思わず彼女の健康的な色の肢体を上から下まで……下から上まで凝視してしまう――適度に引き締まりつつも、けっして柔らかさを忘れていない太腿、可愛らしくもどこか妖艶なおへそ。さらに視線を上へと持って来れば、そこにあるのはおっぱい様だ。もちろんブラジャーなんかつけてねえ!
ほーう、これはなかなか素敵な光景じゃないですか。今のカノは普段はツインテールに結ばれている髪が降ろされているせいか、さっきまでのカノよりどこか大人っぽく……、
「……せ」
ボソリと何かを言うカノ……っ! しまった、こんなことを考えている場合じゃない!
「聞いてくれカノ、お前が何か言う前にこれだけ言わせてくれ! この場合、最初から入っていたのは俺なのであって、論理的に考えたら悪いのはお前で……」
「死に晒せえええええええええええええええええええええええええええ!」
カッ!
突如弾ける光、耳に入ってくる濁流のような爆発音。そして、例えようもない衝撃が俺の意識を刈り取って行く。
沈んでいく意識の中、俺が最後に見たのは崩れ落ちる芥川家と……カノのおっぱいだった。