アイドル
「よっし!今日も盛り上がったし、良い出来だった。」
私は冴桐美沙、少し前まではそこら辺にいる女子高生だったけど、今は一部で有名になった。というのも、ほんの興味本位で某動画投稿サイトで生放送をしたところ、意外にも高反応だったのだ。勿論最初は観てくれる人なんて殆どいなかったんだけど、その数少ない人たちがとても優しくて、次を楽しみにしてるよなんて言われて舞い上がってしまった。一回限りで止めるつもりだったけど、その言葉が嬉しくて、つい二回目の放送をしたら、前回の五倍近い人が来てビックリ!
それからは、こうして毎週土曜日に放送しているってわけなんだけど、今では毎回1万人くらいの人が観てくれてるみたいで、今ではちょっとしたアイドル気分。
「さてと、コメントの確認したらお風呂入っちゃおっと。」
コメントの確認は、私がどれ位の評価をされてるかという確認のほか、次回の放送をどんな方向性で行くかを決める、一つの判断材料にもなるから重要だ。
履歴には、ミサちゃんぷりち~、今日も可愛いね、ミサちゃんchuзchuなど私を称えてくれるコメントもあれば、言うほど可愛くないだろ、ブスは放送すんな、無理感あふれててウケルwwwなんて誹謗中傷もある。煽りや荒らしなんかは無視するのが一番だけど、理解しているのと心で受け止めるのとでは違う。
「人が増えると、こういう人たちも出てくるってのはわかってるけど、ちょっと傷つくよね。」
少し沈んだ気持ちで確認作業を続ける。そんな私の心を晴らすコメントがあった。
『いつも見てます、これからも見ますので頑張ってください。』
ごく普通のありふれた言葉。だけど、今はそんな言葉に元気を貰える。コメントがあったのは、生放送終了間近。ということは、確認作業ももう終わるということだ。
「概ね高反応だったな。次回も今日と同じノリでいいかも。」
そう考えた私は、お風呂場へと向かうのだった。
翌週、前回のネタを更に引っ張った内容を配信していたのだが、その途中でファンファンファンファンと、パトカーがサイレンを鳴らしながら家の傍を通過したようだった。
画面には、パトカー?なんかあったんかね?、お前らを捕まえに来たんだろw、おまわりさんこの人です、なんてコメントが流れてた。
「あー、なんでしょうかね?大きな事件じゃないといいです。」
そんな当たり障りのない返事をした私。気を取り直し、テンション上げて行こうと愛想を振りまく。
「私はスイーツが好きなんですけど、最近のコンビニって結構侮れないですよね。シュークリームとかロールケーキなんかはコスパいいですし、和菓子系も悪くないと思います。ミルフィーユなんかもお手ごろ価格で買えちゃうから、女の子は嬉しい反面、ちょっと体重なんかも気になっちゃいます。」
そんな話題を消化し終える頃、時計に目を向けると丁度時間になっていた。
「もうこんな時間ですか。今日は沢山話してちょっと疲れちゃったかな。それじゃあ本日はここまで、ご視聴ありがとうございました。また来週もよろしくねー。」
カメラに向かってはにかみ、左手を振りながら、右手で終了のボタンを押す。
「う~っっん!今日は流れ途切れて、調子狂っちゃったな。」
背を伸ばしてリラックスすると、自然と愚痴がこぼれる。
「ケーサツにはケーサツの仕事とかあるんだろうけどさ、もうちょっと空気読んで欲しいよね。」
そんなこと、土台無理な話だと頭ではわかっているのだが、所詮単なる愚痴である。それに深い意味などない。
「それはそうと、コメントの確認しなきゃね。」
思考を切り替えて、必要な作業を始める私。内容は普段と大差ないが、一部にリクエストなどがあるので、心のメモに留めておく。
「ゴスロリ衣装かあ。興味あるけど、ああいうのって高いんでしょ?外に来て歩くのは勇気いるし、ここでしか着ないなら出費を考えると却下だよね。」
私だって女の子なのだ、可愛いとは思うしお洒落に気を使う。でも元手がない以上、それは叶わぬ夢だ。しかし考えるだけならタダ、コメントを眺めながら、自分のゴスロリ姿に思いを馳せる。そんな時、一つの文が目に留まった。
『スピード違反するくらいなら、限界まで飛ばしてみんな事故ってしまえばいいのに・・・』
「・・・なんか物騒なコメントあるな、ってかこれ私の放送で流すってどういう状況よ。」
なんとなくもやもやした気持ちを抱えながらも、コメントの確認を終える。終盤にはまた、『いつも見てます、これからも見ますので頑張ってください。』のコメ。
「この人、前回と同じ人かな?だとしたらマメな人だなあ。」
先ほどの気持ちとは逆に、今度はほんわかと暖かな気持ちになる。配信開始したばかりの頃にいた優しい人達。あの頃を思い出して、頑張ろうという気になれる。
「よっしゃ!モチベーション上がってる今の内に、宿題片付けてしまいましょう!」
ほんの数秒前に感じた嫌な感情など忘れ、意気揚々と机に向かうのだった。
「そーいえばですね!前回はスイーツについても話したと思うんですけど、最近うちの傍に出来たケーキ屋さんがあるんですよ。友達と行ったら、オープン記念だとかで、全商品が3割引でした!お得だったのも勿論ですが、何よりケーキが美味しいの何の。店内で食べれるところだったんですが、最初のケーキを食べ終って、美味しさのあまり追加注文しちゃいました。少し食事を減らさないといけないかもですね。」
今日はトークのキレがあり、非常に調子が良かった。話をしながらコメントを確認しつつ、時折それに対して反応を返す。いつもより、視野が広がったような感覚で放送をしていたのだが、その拡張された意識がとあるコメントを拾った。
『スイートシュクレのケーキ美味しいですよね。僕も食べました。』
スイートシュクレとは、つい先ほど私が言ったケーキ屋の名前である。何故名前を出していないのに、この人は当てることが出来たのだろうか。そこに考えが至った瞬間、背筋がゾッとした。
「よ、よし!ミサ、これからダイエットにジョギングしてこよう!突然ですが、今日はこれまでにしたいと思います。」
画面には、ええ~打ち切りエンドかよ、そんな!しどい!、などの批判のコメントが溢れ返ったが、今の私には関係なかった。
「いきなりでごめんなさい。それでは次回、またお会いしましょう!さようなら~。」
そういって私は、予定していた時間より早めに動画の終了ボタンを押す。
「なんなのよ、さっきのコメント・・・」
冷や汗と悪寒が止まらない私。怖いけど、コメントを読み返してみる。前後の他のコメントから、私がケーキ屋の話題を話して間もなく、それが書き込まれたと予測できた。
「やっぱりこれ、私に宛てた物だよね。」
もともと私の動画に対してのコメントだ。普通にそう考えるのが当たり前なのだろうが、恐らく皆は"ミサ"というキャラに対してコメントしているはず。でもこの人は"ミサ"にではなく、私個人に対して言っている気がするのだ。
これ以上考えるのが怖くなり、私はパソコンを閉じて布団に逃げ込むように潜り込むのだった。
「前回はあんな終わり方してすみませんでした。」
謝罪から入った今週の配信。流石にあれはなかったと思った私は、素直に謝ることにしたのだ。こちらがホストであるとしても、向こうもこちらに期待をしていたのに、それを裏切るような真似をしたのだからそれが筋だと思う。
「今回はそのお詫びとして、ちょっと薄着にしてみました。似合ってますかね?」
可愛いとかエロイなんて言葉が飛び交い、少しの間画面がコメントで埋め尽くされる。前回の埋め合わせは出来たかな?と内心ホッとし、放送を続けていく。
「それでですね、そのおじいちゃんってばもうボケちゃってたみたいで、私たちのこと覚えてなかったんですよ。」
笑いが伝播し、"w"に装飾された数々のメッセージ。チラっと時間を確認した私は、終了の言葉を紡ぐ。
「といった所で今週の笑点お開き、また来週。なんつって。」
急展開にこける様子を残す字幕たち。けれど前回のように批判ではなく、笑いに満ちたコメントで無事終わったな思った私。マウスに手を伸ばそうとした時、"それ"が視界の端に映った。
『いつも見てます、これからも見ますので頑張ってください。』
一瞬手が止まってしまった。が、カーソルを動かして画面を閉じる。それから直ぐにコメントの確認を始める。配信直後の謝罪、特に薄着の反応をした箇所をよく見る。周囲の文に押し流され、リアルタイムでは見分けられないであろう濁流の中に、その文はあった。
『蔵星のショッピングモールで買った服、似合ってますね。』
蔵星は隣街で、大きな買い物やお洒落したい学生達は、そちらに行くことが多かった。だが私はそんなことウェブ上で言ってないし、これまでの放送でも住所は勿論、県名・地方名すら語った事はない。それをこの相手は知っているという事実に驚愕する。
だが私の手はそこで止まらなかった。コメントの表示を切り替え、ユーザーIDを表示しコピー、メモ帳を立ち上げペースト。そして、いつも応援のコメントをくれる人のIDと見比べる。
「同じだった・・・・・・」
ならばと思い、以前の動画を投稿したURLを開き、コメントからスピード違反とケーキの書き込みも確認すると、全て同一のIDによるものだと判明した。
力が抜けて、立ち上がることが出来ない。椅子が軋む音が聞こえ下を見て、そこでやっと自分が震えていることに気付く。
「い、いやあああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
絶叫に驚いた家族が部屋まで駆けつける。私は、言葉に出来ず、唯ひたすら親の胸元で泣くしか出来なかった。
それから私は、ネットで動画を配信することを止め、親に事情を話して別の街に引っ越した。けれど未だに不安は拭えない。あの時の相手は、どうやって私の身元を調べたのだろうか。いつから監視されていたのだろうか。一時的な時間なのか、四六時中なのか。そもそも引っ越しをして、逃れることが出来たのか・・・
アイドルは見られるのが仕事というが、そんな仕事は死んでも嫌だ。私はそう思う。