第十一話 悪魔と天使と新人魔法少女 その8
「ヒーヒヒン! 許さん、絶対に許さないぞ! ブルルルッ!」
「う、馬夫、落ち着いて!」
「俺は馬夫じゃねェェ~~! アムドゥスキアスだ、ブルル!」
「沙希、余計に怒らせちゃったわね」
「う、うん……」
馬夫の怒りは、さらにヒートアップする。本当の名前であるアムドゥスキアスって呼ぶべきだったかなぁ……。ついでに、馬夫が固有結界を展開したようだわ。いつの間にか、私達は古代ローマの円形闘技場のような場所へと移動しているし――。
「ブルルル、お前らは皆殺しだ! 俺様の宝具ヘル・ザ・ディストラクションをぶっ壊した報いを受けろ
ォォ~~!」
「な、直せばいいじゃない!」
「そういう問題じゃねェェ~~! 死ぬやァァ、ヒヒヒーン!」
「む、馬夫の周りの楽器が!? 空中を飛び交う楽器が!」
ゴオオッ! と、両目からも炎が噴出させる馬夫は、怒号の雄叫びを張りあげる――う、バイオリンやシンバル、それにトランペットにホルン……以下略。とにかく、様々な楽器が馬夫の周囲を飛び回っている! 自立行動する楽器型ロボット――いや、違うか?
「そういえば、突然、円形闘技場のような場所になってしまいましたが、確か楽器倉庫になったいたはずです。むぅ、あの馬人間は、それを自身の武器として……きゃああ、耳がっ!」
「しょ、衝撃波よ、これは!」
ヴィジュアルバンド部の部室こと旧職員室は、今じゃ楽器倉庫となっているとのこと――うお、自立行動する空飛ぶトランペットやホルンが、ズドンッと耳障りな轟音を放つ――うう、衝撃波のようだ!
「ブヒヒヒン♪ どうだ、俺の魔力で操る楽器が奏でる毒音波はァァ~~! ヒヒヒン、今度はコイツで切り刻んでやんよ!」
「わあああ、空飛ぶシンバル!」
「まったく! 楽器を雑に扱うなんて許せませんね!」
「真田先生、危ない!」
馬夫に操られる楽器は、他にも一対のシンバルなんかも――く、馬夫の魔力によって円盤型の刃と化している。うく、当たったら切り刻まれてしまうわ!
「ちょ、なんで俺の方に飛んでくるんすか!」
「お前が狙われているからだろ……って、おい! なんで俺に背後に隠れるんだよ!」
「いや、ツチグモは女のコになっても身長があんまり変わらないからっす!」
「ふ、ふざけんなー! わあああ、危ねぇ!」
馬夫の魔力が宿ったせいで円盤型の刃と化した一対のシンバルが、ズオオオッと獲物目がけて飛翔する猛禽類の鳥のようにヤスとツチグモに襲いかかる!
「出雲、余に任せるのだ! コケケケーッ!」
ツチグモの頭の上に乗っかっている使い魔の雄鶏ことヴァレリアヌスがしゃべる。一人呼称が〝余〟とか、偉そうだなぁコイツ――それはともかく、余に任せろって言った刹那、けたたましい鳴き声を張りあげる。おお、衝撃波が発生したぞ!
「衝撃波か! おお、シンバルをそんな衝撃波で弾き飛ばしたぞ、やったー!」
「おいおい、喜ぶのはまだ早いっす! シンバルは一対っす! ふたつでひとつなわけで、もうひとつは――」
「はわわわあー! 忘れてた!」
シンバルという楽器は、ふたつでひとつの一対の楽器であることは言うまでもないかな? そんなわけでヴァレリアヌスが衝撃波を放って、そのうちのひとつを叩き落としも、もうひとつは健在なわけで――。
「出雲クン、危ないっ! よし、叩き落としたわ!」
「うおおお、間一髪!」
ヒュンッと早苗姉ちゃんが投げつけた椅子が、円盤型の刃と化したもうひとつのシンバルに直撃し、弾き飛ばす。ふー、間一髪のところでツチグモに直撃するところだったわ!
「熊の力ってすごいね、沙希! こんな重たい椅子を持ちあげることができるし~☆」
「まあね! でも、灰色熊よりホッキョクグマの方が強いわよ!」
「え、そう?」
「そうよ! さぁて、シンバルを元に戻しておいたわ」
同じ熊でも、灰色熊よりホッキョクグマの方が強いに決まっている! さて、円盤型の刃と化した一対のシンバルに宿っていた馬夫の魔力を私は消し去る。これで物言わぬタダの楽器に戻ったはずだ。
「ヒヒヒン、俺の武器がっ! ブヒヒヒン、だが、武器ならまだまだあるぜ! 食らえ、地獄の演奏会だァァ~~!」
「う、トランペット、バイオリン、チェロ、コントラバス……奴の魔力によって操られた弦楽器が勝手に演奏を始めたぞ!」
「うわああ、師匠、手伝ってくれっす!」
「うーん、新人研修故に、ここは断わっておくべきかな?」
「「な、なんだってー!」」
地獄のオーケストラ!? 指揮者である馬夫がスッと馬の頭の装飾のついた指揮棒を握る右手を振りあげると同時に、奴の周囲を飛び交うトランペット、バイオリン、チェロ、コントラバスなど、独りでに演奏を始まる。
「ヒーヒヒン! 悪魔の演奏曲を聴いて死ねィ!」
「うわあああ、ヤバい! 今度こそっ!」
「うぐええええ、師匠……もうダメっす……ぐええっ!」
「ちょ、ヤス! なんで倒れるんだ! 頑張れ、頑張れ、エイエイオー!」
「フ、フレイヤ、俺はもう無理っす!」
「お、おいィィ! ってか、俺もめまいがっ!」
「あらら、いつの間にか早苗姉ちゃんも……」
「あら、真田ティーチャーも倒れちゃっていますネ」
「麻呂もそろそろヤバくなってきたでおじゃるよ……」
ツチグモとヤスがゴトンと転倒し、口から泡を……ああ、気づけば、灰色熊の姿から人間の姿に戻った早苗姉ちゃん、それに真田先生も口から泡を吹いて転倒している! あ、ちなみに、使い魔達はなんとか耐えているけど、長く耐えられないだろうなぁ。
「ブヒヒヒン、残りはお前達だけだ! 死ねィィ!」
「ああ、もう慣れたかも~☆」
「あの音楽を聴いていたら腹が減ってきたぞ!」
「ヒ、ヒヒン! なんだとォォ~~!」
「あ、私も慣れたわ!」
「あらあら、適応が早いですネ~☆」
むぅ、なんだかんだと慣れたかもしれない。ああ、狼姫、サマエル、それにミカエル先生も、馬夫の地獄が奏でる毒演奏に適応してしまったようだ。
「さて、お馬さん、演奏をやめていただけませんかネ?」
「うお、天使! それだけはノーだぜ、ブルル! やめてほしかったら、俺の愛用のエレキギターコトヘル・ザ・ディストラクションを弁償しやがれェェ~~! 現界での値段は軽く見積もっても一億円はする代物だからな!」
「え、そんなに!?」
「私には安物に見えるわ」
「安物だと、うがあああ! 許さん、許さんぞ、ブルル!」
馬夫の愛用のエレキギターことヘル・ザ・ディストラクションは、現界では一億円以上に価値があるらしいけど、私にはどう見ても安物にしか――お、サマエルも同意見のようね。
「さて、鬱陶しい演奏会はもうやめましょうネ。いいでしょう……ハッ!」
「うおおお、なにィィ! 楽器が……俺の武器が動かなくなったぞ!」
「姉様、サービスしすぎでは?」
「あら、そうですカ? ああ、オネンネしている新人さん達を起してあげてくださいネ~☆」
一瞬だけど、ミカエル先生の両目はキュピーンと光った気がする。んで、その直後、馬夫の魔力のよって操らている楽器が、一斉に動きを停止させる。一体、ナニをしたんだぁ!?
「せ、先生、一体、なにを!?」
「秘密です~☆」
「えええ、秘密かよ! だけど、楽器を無力化させたことだし、奴と真っ向勝負できそうね!」
よしよし、これで邪魔な楽器攻撃ができなくなったわけだし、奴と真っ向勝負ができそうね!
「師匠、俺がやるっす! さっきの借りを返させてもらうッす! うおりゃああああっ……ぐぎゃん!」
さっきの借りを返させてもらう! と、意気込み殴りかかるヤスだったけど、その刹那、馬夫は馬蹄型の闘気が放つ――ああ、そんな馬蹄型の闘気の奔流にヤスが飲み込まれる! 楽器がなくても油断できないわね、流石は悪魔ってところかしら?




