第二話 魔道書を狙うモノ達 その2
「フン、そんな攻撃なんぞ……あ、あれぇ、身体が重いぞ? どういうことだ……キャイイイインッ! ブギャアアアッ!」
私が打ち放った下段からの強烈な突きあげ攻撃――熊爪天昇は抉るように狼の群れの一頭にクリーンヒット! そして激しく空中へと舞いあげ、そしてグシャアッ! と、地面に落下する。
「あ、沙希ちゃんが攻撃した狼を除く他の狼が消えた!? やっぱり予想通りだったわね! アレが本体だったわけだし!」
「予想通り? どういうことよ!」
「詳細よろしく頼むぜ!」
ふう、なんだかんだと、予想が当たったことになる。私が熊爪天昇をブチかました狼――狼姫の本体という予想が……と、とはいえ、意外だったわ。
「ええと、説明がヘタクソだから簡単に説明するね。沙希ちゃんが今ボコった狼が、分身し、手数を増やした狼姫の本体ってわけ」
「あ、あれが本体ですって!?」
「そう……てか、見分けることができたのは、あの月のおかげってところかな?」
熊爪天昇をブチかました狼が、何故、狼姫の本体だってことを見分けることができたのか? と、訊いてくるサマエルと悠太に対し、茜はビッと左手の人差し指で夜の草原という固有結界内で煌々と輝くモノ――空に月を指差す。
「もしかして影?」
「ビンゴォ~♪ 本物には影があるからね。それをあのお月様が照らし出してくれたわけよ!」
「な、納得~! しかし、よく気づいたなぁ」
「とはいえ、ホント偶然よ、偶然……」
そう狼姫の本体を見分けることができたのは偶然みたいなものね。偽者とはいえ、あの月とアドバイスをくれた謎の声の主にはマジで感謝しないと!
「イタタタッ! いきなりブン殴るなんて!」
「わ、狼姫が立ちあがった!」
わお、まるでなにもなかったかのように狼姫が立ちあがる……ちょ、一応、渾身の一撃を放ったつもりだったのに!
「ハッハッハ、わらわをあの程度の攻撃で仕留めようなどとは片腹痛いわ! だが、おかしいなぁ、あんな攻撃、軽く回避できたはずなんだが……」
ちょ、無傷なんですけど! だけど、狼姫は不思議そうに首を傾げている。自身の身になにかが起きたかのように――。
「フフフ……おかしいもなにも、君の力は七割は減退している。故に、分身の術なんて使えば疲労度も――」
「ひ、疲労度? わらわは疲れてなんぞ……はうっ!」
と、悠太の左肩に座る妖精さんが、狼姫に対し、そう言い放つ――ちょ、どういうこと!? ああ、なんだか狼姫の動きが鈍っている。どうやら本当っぽいなぁ。
「沙希、女帝のアルカナカードを見てごらんよ。きっと光っているはずだ」
「う、うん! 一旦、人間に戻るわ……うわ、ホントに光っている!」
私は一旦、人間の姿に戻ると、上着の右ポケットに右手を突っ込む――おお、妖精さんの言うとおりだ! 女帝のアルカナカードが赤く光っているわ!
「ど、どうして光っているわけ!?」
「ハハ、そりゃ簡単さ。狼姫の力を七割は吸収したわけだしね」
「そ、そうなのか……」
「にゃにぃー! わらわの力が七割も、そんな紙切れに……ウガアアアッ!」
「うわ、ヤベェ人間の姿に戻るんじゃなかった!」
はわわ、狼姫が飛び掛ってくる! 変身を解くんじゃなかったァァ――ッ! どどど、どうする、私ィィ!
「沙希ちゃん、危ない! うりゃあああっ!」
「ぎゃふーん!」
はうわ、茜が未だ豹の姿に変身していたから助かったかも! と、とにかく、茜が狼姫に体当たりをぶちかます。
「く、この化け猫! やってくれるじゃん! 久しぶりに燃えてきたぞ!」
「うーむ、体当たり程度がビクともしないのね……」
「当たり前だ! 力の七割を奪われたとはいえ、わらわが使える技は百を超えている……覚悟しろ!」
「百を超える技だって!?」
「そうだ、驚いたか……って、ありゃ!! 基本形態である人型に戻ってしまったぞ、何故だ!?」
茜が体当たりをぶちかますものの狼姫はビクとも――てか、百を超える技を持っている、だって!? とまあ、それが本当なのか? それとも強がりなのかは定かだけど、狼姫の姿がボンッという軽い爆発音とともに金髪碧眼の白人の姿に戻る。
「はは、野獣形態は完全体じゃないと時間制限があるみたいだね!」
「な、なんだと、チビ助! 時間制限…だと…!?」
「ついでにだけどさ。君が展開している固有結界も一緒に解除されちゃったね、クククク♪」
「ぬ、ぬあああ、本当だ! な、なんてことだァァ~~!!」
お、狼姫が展開していた夜の草原という固有結界も、彼女が人間の姿に戻ると同時にパーンッと解除され、私達の周囲の空間は元の鬱蒼とした山の中という風景に回帰する。
「や、やった! 元の場所に戻れたぞ!」
「うぬぅ、わらわの力はここまで弱っているのか!」
「そういうわけだよ、狼姫! それに僕は君の真名を知っている」
「真名を!? ムムム、お前は一体!」
「僕の名前はともかく、真名を晒されたくなかったら、そのコの使い魔になると誓うんだ!」
真名? うーん、とにかく、悠太の左肩に座る妖精さんが狼姫を脅す。私の使い魔になれ、と――。
「むう、仕方がない。真名を知られたくないし……」
「フフフ、それでいい。賢明な判断だ」
「ギャッ……今、右の手の平がズキーンって激痛が!」
真名というから本当の名前を知られたら、なにか不味いことでもあるのかな? ま、それはさておき、渋々、狼姫は私の使い魔になることを認める――わ、痛っ! 次の瞬間、右の手の平に激痛が走る!
「フ、フン、とりあえず、契約の証を受け取れ。だが、心までは従うつみりはないぞ!」
ツンデレ? まあ、とにかく、狼姫は私の使い魔になることを了承する。んで、その証が右の手の平に吼え長ける狼のような刺青ってところだ。
「ありゃ、現実世界でも夜になってたわ、沙希ちゃん!」
「ヒュー……いつの間に!」
現実世界でも夜になっていたとは! そんなこんなで、私達の周りは殊更に真っ暗である。今いる姫鬼山が背の高い雑草が生い茂り、おまけに樹齢数百年の巨木が密生する緑の魔境と言っても過言じゃない場所なだけに――。
「姉ちゃん、戻ろうぜ! きっと、爺ちゃん達が俺達を探しているはずだ」
「う、うん、そうだよね」
「ん、おい、どこへ行くんだ? わらわも連れてゆけ! 肉を食わせろ!」
う~ん、なんだかんだと、姫鬼山から下山しなきゃいけないわね。ああ、きっとお爺ちゃん達が私達を探しているんだろうなぁ――って、おい! 狼姫が一緒に来る、と言い出す……肉を食わせろだって!
「あ、名井有人からのメールだ。何々、『君達を探すための捜索隊が結成されたみたいだよ♪ そろそろ現れるはずさ』……ちょ、捜索隊!?」
「え、私達を探す捜索隊が結成されたって!? んん……足音が聞こえるよ!」
「わわ、早く豹の姿から人間の姿に戻って!」
「う、うん!」
名井有人からのメールが私のスマホに届く。ちょ、捜索隊って……ん、足音が聞こえるわね。そんな捜索隊なのかしら?
「いたわ! 沙希、どこへ行っていたのよ!」
「お~い、茜、無事だったみたいだな!」
ん、懐中電灯の灯りだ。ザンッと棒状の光りが姫鬼山の闇を切り裂くように私達を照らす。んで、現れたのは早苗姉ちゃんと茜のお兄さんである竜司さんだ。
「あ、あれぇ、お兄ちゃん! どうして一緒なわけ?」
「馬鹿、忘れたのか? 俺は早苗先輩の同僚の警察官だぞ!」
「あ、ああ、そうだったわね、テヘペロ♪」
そういえば、茜のお兄さんこと竜司さんは早苗姉ちゃんの同僚の警察官だったわね。それはともかく、私達を探すために結成された捜索隊の中には、一緒に世羅江野村へ来なかったお父さんの姿も見受けられる。